大阪第一合唱団は、歌いたい人を歓迎する歴史あるアマチュア合唱団です。

■ 歌いたい人を歓迎する合唱団です

大阪第一合唱団の特徴を一言で言えば、
典型的なアマチュア合唱団といえると思います。

入団を希望される方は経験のあるなしに関係なく、
合唱に興味をお持ちの方はどなたでも入団いただいております。

声が美しい、音程が正確、 その様な上手な人ばかり
テストをして入団していただいた方がハーモニーの美しい


大阪第一合唱団
団長:木越敏郎
良い合唱音楽が作りやすいことは理解しているのですが、私達の目指す音楽は
これらの要素がたとえ満たされていなくても、聴く人の心に響く、感動していただける
その様な演奏ができるように努力していくことです。

困難ではあっても、この様な音楽をともに作っていこうという気持ちや志を同じくする人の入団を期待しています。


■「練習は厳しく、友情は厚く」仲間と一緒に助け合う合唱団です

メンバー構成は、20代〜70代まで年齢の幅が広く、経験豊富な人から初心者まで
合唱の上手、下手の幅も広い、その様な団員同士が助け合い、1991年にお迎えした
常任指揮者である納多正明氏のご指導のもと、厳しい練習と真摯に向かい合い、困難な練習を乗り越えた時の充実感、喜びを味わう為、日々努力しております。

大きな困難であればあるほど、それを乗り越えた時の喜びはより大きなものになり、
次の幸せに向かってまた頑張っていこうという気持ちになるのです。

又、団の運営は全団員による選挙によって選出された運営委員により「練習は厳しく、
友情は厚く」
をモットーに民主的に運営され、どんな些細な問題でも決して団長の独断で決めることはありません。

年1回団総会を開催し、当初の運営方針に従って間違いなく、民主的に運営されてきたか、全団員の意見を聞いて検証しています。

演奏会の曲目は、指揮者・団長・委員長・技術部長・各パートリーダーにより構成された選曲委員によって決定されますが、時には団員の希望する曲をアンケートで求めることもあります。

友情は厚く、で特に思い出されるのは阪神淡路大震災の折、被災された神戸方面団員宅を被災を免れた多くの団員によって水や衣類、燃料等を背負って西宮北口から線路を歩いて仲間を元気づける為に、誰からも強制されることなく自主的にごく自然にボランティア活動が行われたことでした。


■ 素晴らしい客演指揮者、多彩な活動をする活気ある合唱団です

創立46周年を迎える伝統ある合唱団のこれまでの残してきた足跡を見ますと、
アマチュア合唱団としては誠に贅沢な専門家と数多く共演してきたことが伺えます。

NHK交響楽団指揮者の外山雄三先生は、当時常任指揮者の櫻井武雄先生と大阪労音第一合唱団のために書いて下さった「子供の十字軍」をご自身の指揮、北野完一先生のピアノ伴奏で初演。「子供の十字軍」はその後度々再演、スイス・ビール市に於いても演奏し、第一合唱団の愛唱歌にすらなっています。

紫綬褒章の林光先生とは、「戦争の子」「おまけの平和と最後のなるほど」の初演、定期演奏会の客演指揮にも来ていただきました。創立35周年に委嘱した「コメディア・チォッコラータ」は全音楽譜出版社より出版され、初演 1998年11月21日、大阪第一合唱団
35周年記念演奏会 於:いずみホールと記載されています。

共演で最も思い出深い出来事は、なんといっても、1988年国立モスクワ合唱団の来日時に団員及び指揮者ウラジミール・ミーニン氏とも親しく交流し、そのときの友好から、招待によりソ連(現ロシア)へ演奏旅行に行けた事でした。モスクワのチャイコフスキーコンクールで有名なモスクワ音楽院大ホールで、国立モスクワ合唱団とパレストリーナの「スタバート・マーテル」をジョイント演奏し、第一合唱団は単独で日本の曲やロシア民謡を演奏し、特に「鶴」の演奏では、涙を流しながら聴いてくださったロシアの人達の姿が目に焼きついています。モスクワの後は観光客が未だ殆ど行ったことの無いペルミ市へ行き、ペルミオペラ劇場でも演奏しました。

海外演奏旅行ではもう一つ忘れられないことは、1988年、ドイツのフライブルグへ行けたことでした。当時の常任指揮者の櫻井武雄先生世界的オルガニスト、ジグモント・サットマリー先生の友好のお蔭で実現しました。フライブルグのアグスチナムゼウムで日本音楽を中心の演奏とセントゲオルグ協会でミサに参加、ドボルザークのミサを歌い、セントゲオルグの町の人達のお宅にホームスティさせていただき、そのときの友好は今も続いています。

共演で忘れてならないのは、東京・大阪交互に開催してきた5回を数えた東京労音合唱団とのジョイントコンサートです。創立年も同じの兄弟の様な合唱団です。今後も友好は続けていくことになるでしょう。

ブザンソンの指揮者コンクールで優勝された阪哲朗氏とは1993年のオペラ「カルメン」で指揮をしていただいて以来、スイス・ビール市のオペラ劇場の指揮者をされていた関係から、スイス演奏旅行が実現。

現地の合唱団とベートーベンの第九を演奏。このときに日本音楽の夕べとして、「子供の十字軍」を演奏しました。この年(1995年)に起こった阪神淡路大震災の時、いち早く、
援助に来てくれたスイスの救助犬2匹を招待し、骨をプレゼントしたことをほほえましく
思い出します。

阪哲朗氏とは、その後、スイスから合唱団を迎えて、日本スイス友好コンサートでヴェルディ「レクイエム」(テノール・佐野成宏さんはこのコンサートが日本デビュー。その後の目ざましいご活躍は皆様のよくご存知の通りです。)、ハイドン「天地創造」、ブラームス
「ドイツレクイエム」、モーツァルト「レクイエム」と続けてきました。

特に「カルメン」では、3カ月におよぶ長期の練習を私達アマチュア合唱団に対しても、
誠に丁寧なご指導をいただき、2日間の公演を成功に導いてくださいました。
一アマチュア合唱団が何の後ろ盾もなく、オペラを上演するなんて、今から考えれば
大変無謀な企画でありました。

舞台装置、それを組立てる人の滞在費、大勢のソリスト、オーケストラの費用等、予想以上の出費が重なり、相当額の赤字が発生。ついに団債を発行し、団員から善意の基金を預かり、なんとか乗り切りました。団員から借りたお金は、その後の演奏会で得た利益で返済は全て完了しました。 このときの団員の結束力は誠に素晴らしく、今も団員の
チームワークに大きな影響力として残り、団員同士の絆がより一層深いものになりました。

さて、本年度は阪氏のスケジュールが合わず、阪氏のご紹介により、キンボー・イシイ=エトウ氏を指揮者にお迎えし、11月3日に、ヘンデル「メサイア」をザ・シンフォニーホールで演奏することになっており、キンボー先生のご指導を楽しみにしています。


■ 私(木越敏郎)の合唱団に対する思いです
私、木越敏郎個人としましては、単に合唱を楽しんでいるだけではなく、世界平和を望んでいます。合唱は声を揃えて歌うという仲間がいないとできませんが、同時に世界でどの様なことが行われているのかにも関心を持ち、飢餓で苦しんでいる子供達を音楽を通して少しでも役に立てることはないのか、そんなことにも真剣に考える優しい気持ちの仲間と一緒に合唱を楽しみたい。私はそんな合唱団でありたい、そんな合唱団を目指してこれからも頑張っていきたいと思っています。


大阪第一合唱団
団長:木越敏郎


大阪第一合唱団は、歌いたい人を歓迎する歴史あるアマチュア合唱団です。