3月24日に公開される「日本の黒い夏―冤罪」の熊井啓監督とABCテレビで、お目にかかったのをきっかけに、松本サリン事件で犯人とされた河野義行さん(51)を、事務所の矢野宏記者に訪ねてもらった。 ![]() <西に北アルプスをのぞむ、人口20万の長野県松本市。その静かな城下町を震撼させた松本サリン事件から7年。事件そのものが風化しつつあるなかで、河野さんはいまも仕事を終えたあと、妻の澄子さん(53)を身体障害者療護施設に見舞う日々を送っている。サリン中毒で心臓が一時停止し脳に酸素が供給されない状態が続いたため、植物人間になった澄子さんは相変わらず意識が戻っていない。 「いまも目が見えず、身体も動きませんが、脳の体温を調節する機能が少しは回復したのか、ここ1年は平熱に落ち着いています」 温和な口調の河野さんだが、「事件のあと、自分への疑惑をはねかえそうとすることでしか妻を守れなかったことが悔しい。もっとそばについていてやりたかった」という。 松本サリン事件がオウム真理教による犯行と断定されるまでの1年間は、河野さんにとってはサリン中毒の後遺症に苦しみながらの、まさに命がけの闘いだった。 「河野に年越しソバは食わせない」をまるで合言葉のようにして自白を強要した長野県警。そんな不当な捜査をチェックするはずのマスコミも、警察からのリークを鵜呑みにし、「河野さん犯人説」を書きたてた。 さらに、河野さん一家を窮地に追い込んだのが、それらの報道を信じ込んだ市民たちの「あんなやつは許せない」という声だった。 「嫌がらせの電話や脅迫状も多い日で30件を数えました。そんな声が大きな世論となり、こんどは警察やマスコミを動かしていくのです。冤罪をつくりだすのに一番大きな役割を果たすのが、一方ではこうした市民一人ひとりの言動だったのです」 だからこそ ― と、河野さんは訴える。 「どうか、冤罪の加担者にならないで下さい。冤罪事件はいつ、だれがまきこまれたとしても不思議ではないのですから」> 矢野記者らがおじゃました日、予定外の仕事が入り、取材の約束時間を10分遅れたことを恐縮され、背広のまま、コップ一杯の水を飲まれただけで、夜遅くまで快く取材に応じていただいた河野さん、すいませんでした。そして、ありがとうございました。 重ねて書きますが、河野さんを脅迫した市民の行動は許されません。しかし、そう信じ込ませたのも警察とわれわれマスコミです。黒い夏は、河野さんだけではなく、多くの場所を覆いつくしていたのですね。 (日刊スポーツ「熱血サイト」大阪エリア版 毎週金曜日担当) |