石炭ガス中毒で一家3人死亡、2人は交通事故、また1人は海水浴で溺死。遺体は洪水で流された。あるいは埋葬されたが、その後、掘り返されて火葬された―。拉致問題をめぐる政府調査団の北朝鮮での調査結果が明らかになった。亡くなったとされる方についてはこんな情報がもたらされたが、誰がハイ、そうですかと納得するか。 ![]() さらに3日には、生存者との面談のやりとりを録画したビデオや聞き取り調査の結果が家族に示されたが、どの生存者の口からも「一刻も早く祖国に帰りたい、私は無理矢理連れてこられた」という声は聞こえて来ない。どこの社会に父や母、妹たちが待つ生まれ育ったふるさとへ帰りたくない人間がいるか。 着飾った服装、豊かな生活をしていると演出させられた上での演技に決まっている。流れた涙は「連れ戻して」という声を汲み取ってほしいという必死のメッセージだったはずだ。 その生存者のビデオが明らかにされた日、私が出演している朝日放送の「ワイドABCDE〜す」の番組で1990年10月、福井県美浜町の海岸で発見され、いまは公安関係者などに保管場所を明らかにしないことを条件に公開されている北朝鮮工作船の様子を放映した。 荒波ではいまにも難破してしまいそうな木造船。そんな船に不釣り合いなアメリカ製高速エンジンと上陸用の水中ロケット、船底の狭い船室、この船室に過去30年でどれだけの人が押し込まれたことか。またこの工作船発見のときには、遭難したと見られる工作員2人の遺体も見つかっている。北朝鮮に拉致されるまでに日本海の荒波に飲まれてしまった日本人不明者は一体、何人にのぼるのか。 私はこれはまさにパンドラの箱を開けた事態になったと思っている。太宰治の小説にもあるパンドラの箱。パンドラはギリシャ神話の地球上最初の女性。彼女が持っていた箱を開けた途端、この世のあらゆる不幸が飛び出してきたことになっている。 あの福井で発見されたような工作船によって一体、どれだけの不幸が北朝鮮というパンドラの箱に詰め込まれていったことか。いま封印されていたその不幸が目の前を覆う。立ち昇った煙にみんな息を詰まらせ目頭を押さえているのだ。 ただ、しかし、はっきりさせておきたいことがある。だからと言って、ここで正常化交渉をやらないんだということにして一体、何の果実がもたらされるのか。隣国にとんでもない国がある。だからいつも私たちは心にも身にも鎧をまとった生活をし、市民は互いに疑り合う。そんな社会をわれわれは望んでいるのか。 正常化交渉は過去にあった不幸を二度と繰り返さないためにあるはずだ。 被害ご家族とともに万感迫る怒り、憤り、悔しさ。だからこそ、あえて書く。冷静になりたい、と。 (日刊スポーツ「熱血サイト」大阪エリア版 毎週土曜日担当) |