こういうコラムを持たせていただいていて、一番うれしいのはやはり読者からの手紙です。とは言っても今回は遠くカナダのトロントからテルユキさんという方のメール。それもかなり厳しいお問い合わせだ。 ![]() <僕はいまカナダのトロントにいて、日本のニュースを知るのに何かいいものはないかと探しているときにこのサイトを発見しました。大谷さんの裏表のない文章にはいつも魅力を感じています> テルユキさん、ありがとう。実は私の事務所のホームページに掲載日の翌日からこのコラムを転載しているんです。それを見てくださったわけですが、日本に戻ったときは、日刊スポーツを買ってね。なあーんて営業もしたりして。 <さて、10月12日の記事の後半、東京の千代田区が実施したタバコのポイ捨て禁止条例について大谷さんは「そんなこと私たちの社会はいちいち法律だの条令で縛らないことにはわからないのか。自分の頭で考えろ」と書かれています。 ところがです。大谷さんは2000年12月1日のこのコラムに『厳罰化は犯罪を減らさない…本当か?』の見出しで「人間は罰がこわくて罪を犯さないわけではない。だから厳罰は意味がないという意見がある。だが、本当にそうだろうか。やはり厳重な罰があるからこそ人は犯罪に走らないということもある」と書かれています。 この二つの意見は矛盾していると思いませんか。タバコのポイ捨ても、ほかの犯罪(例えば強姦や殺人)も、同じだけ悪いことだし、してはいけないことは当然です。もちろん罪の重さ軽さはありますが、やはり論理矛盾があると思います。ぜひ説明して下さい> うーん、なかなか鋭いご指摘ですので、きちんと説明しておきましょう。 一番大事なことは、私はマナーと犯罪の違いだと思うのです。タバコのポイ捨てはたしかに迷惑だし、悪いことです。しかしこれは犯罪というより、法律ではない社会の約束事だと思うのです。それと強姦や殺人を一緒にできないし、してはいけないはずです。 ちょっと難しい言葉でいうとこれは法律論の「加罰的違法性」ということになります。つまり犯罪として立件して罰を与えるほどの行為かどうか。そこをきちんと見極める必要があるという考え方です。 そこが強姦や殺人とポイ捨ての違いです。時々、犯罪厳罰論者の私に「厳罰なんて犯罪防止の役にも立たない」と論戦を挑んでくる人権擁護派の方がいます。そんなとき「じゃあ、あなた自身か、あなたの娘さんが強姦されたら、あなたの場合は罰金か始末書でいいですね」というとみなさん黙ってしまうのはなんででしょうか。 マナーと犯罪の違いは被害者の立場に立ってみたときくっきりと見えてくるはずです。ともあれ、カナダからのメール、これからも楽しみにしています。 (日刊スポーツ「熱血サイト」大阪エリア版 毎週土曜日担当) |