当時、1日五円のこづかいで購入できたのが、

王将の3色バーアイス・グレープアイス・

塩せんべい・カレーせんべいとか

くじ引きの黒砂糖菓子(特等大きすぎ)・

はっか味の食べる紙とか、

玉ゼリーとか、ほとんど五円だった。

コーラなんか店で飲んでも50円だから

高価な飲み物だ。

チェリオはキャッシュバックで50円当たったり

するから、ドキドキだった。

500円当たる人に遭遇したら店の周り皆で騒いだものだ。

ウルトラマンのソフトビニール人形は

100円もしたので、金持ちのお子様しか持っていなかった

だから、見つけたら、接合部分をはずしていた(^.^)

(小学生の力では入れるのが困難)

空き瓶を拾って洗って店に持っていく。

1本10円、3本持ち込んで

35円で楽しんでいたものだ。

何故か小さい頃は高いところが好きで

塀に登って永遠と黙々歩いた。

落ちたら負けの一人ルールにのっとり?

学校や工場の塀を何周も理由無く歩いていた。

落ちたら怪我するスリルを味わっていた。

その頃からマンガを読み出した。

雑誌回収の日は宝の日。

雑誌や古新聞にまみれ、朝から晩まで読みふける。

読みきれない分は秘密基地1号に隠して、ゆっくり読む。

気に入った作者の本は貸し本屋に行って借りる。

1冊、これまた五円。

古いマンガは2冊貸してくれた。

(作品が古い理由で無く、ボロボロでページがはずれ、

たこ糸で本を綴じている、and店のお婆ちゃん判断による

采配?気まぐれ?。)

「男おいどん」のトリさんが気に入って、

トリの絵ばかり書いてた。

空き地があったらナスカの空中絵みたいに書いてた。

近所に同じ位の子供が引っ越して来始め

仲間は増え、男女入り乱れて

ビー玉やら、かかしケンパをしていたり

雨の日は踊り場で「人生ゲーム」で騒いだり

なぜか、子は増え車2台になる。

お祝い金は嬉しいが、決算で税金を取られる。

最後の精算で子供が売れると言う、今思えばなんと

恐ろしいゲームだったんだろ、、、。

「億万長者になるか?!、貧乏農場へ行くか?!」

このフレーズも怖いけどね、、。

少年ジャンプが主流だったのか

トイレット博士や、マジンガーZを読んでいた。

アシュラ男爵のヌードにはド肝を抜かれたものだ。

小さな恋の物語とか昔は劇画と呼ばれているもの以外は

ほのぼのタッチの絵で、自分の画風もそんなほのぼの

だったが、中学で「Dr.スランプ」を見て

世の中変わるのか?と衝撃を受けた。

(ギャグ・マンガでこのような絵柄は反則だ(T_T))

「童夢」を見て、終わった、と感じた。(゚o゚)

それから、マンガは遠のいたのだが、、

「White pace」に続く。(爆)

幼稚園途中で引っ越した私は、

最初の3ヶ月は市バスで30分かけて

前の幼稚園に通っていた。

近くの幼稚園に転園した時は

幼稚園生活残り少ない為、制服を買ってもらえなかったし、買う余裕もなかった。

正規は群青色に対し、明るい水色。帽子もお洒落なデザインで群青色、

黄色のゴム帽子。目立つ、目立つ^^;

残り少ないのもあったし、無口な私?だったので、

皆とは馴染まなかった。

鉄棒で逆上がりする日々が意外と楽しかった。

ある雪の日、初めて声をかけてもらって

嬉しかった、「こっちに、新しい雪あんで、、」と

狭い隙間に閉じ込められ、自力で脱出し、

授業中のふじ組みの、閉じ込めたやつのところへ行き

「ふざけんな」と椅子を蹴り上げた。

集団下校のときその取り巻きがやって来て

囲まれたが、耳元で「なめんな、、」と

ささやいて、膝蹴りしたら、あっちへ行った。

再び鉄棒が友達になったけど、そんな事があったので、

「鉄棒うまいね、、」と来た子にもあっち行け、と言ってしまった。

早く小学生になりたい、、そう願う幼稚園児だった。

小学校3年生が怪我のピークだったかな、、

あご下は3針、頭2針、バットで殴られ前歯折れるし、、

後1センチ上で鼻だったら死んでた。

アキレス腱の2センチ上切って、5針縫ったか?

友達と自転車二人乗りして、坂を下るスピードに

バランスを失って、二人とも半身ズリズリのすり傷。

休みの日も鍵ッ子だったので、見知らぬ土地に冒険の旅に出かけたものだ、

(兵庫県内だけど、、大阪は十三まで、、)

福知山線は木の電車でドアも手動、開けたら開けっ放しのドアでディーゼルが

列車を引っ張っていた。

武田尾・道場とか渓谷が楽しかった。

阪急電車も木だった、

学校の床の油の匂いが漂う車内、、。

それとオーバーラップして我が子は軟弱だなぁ〜と思う。

怪我も頭を3針縫ったくらい、目の横2針、、^^;

喧嘩しても泣いて帰ってくるし、、、

電車も一人で乗れないし、、。

我が子が生まれた頃、母親から電話があった。

「あんたが、良く遊んでた、井戸みたいなところあるやろ、、

小さい子登られなくて、死んだそうや、、。」

幼稚園の頃に遊んでいた場所。

小学校4年生が無くなったそうな、、。

はてさて、何とも言えない気分であった、、、。