江島杉山神社の由緒
世界一がある神社
| 本社は江島杉山[えじますぎやま]神社といい、神奈川県藤沢市の江ノ島弁財天(市杵島比売命)と、鍼術の神様・杉山和一(1610〜94年)総検校[そうけんぎょう]がまつられています。 弁財天は、全ての願いをかなえてくれる神様ですが、特に芸能上達に通じています。 杉山和一は、鍼の神様、視覚障害者の先駆者、視覚障害者に鍼・按摩を職業として与えてくれた人として尊敬されています。 |
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◎弁財天と杉山和一との関係
杉山和一は、三重県津市の出身で江戸時代初期の人です。幼くして失明し、江戸(現在の東京)に出て山瀬琢一に鍼術を学び、更に江ノ島弁天の岩屋にこもり鍼術の一つである管鍼[くだはり・かんしん]術を授かりました。その後和一は、京都に行き入江豊明にも鍼術を学び、再び江戸に戻り鍼の名人として有名となりました。この和一の名声を聞いた五代将軍徳川綱吉が、和一を「扶持検校[ふちけんぎょう]」として召し抱え、日夜自分の治療に当たらせました。しかし、高齢だったために侍医・御典医という役職には就きませんでした。和一はすでに多くの弟子を教育していたので、代わりにその弟子達が江戸幕府や大名の鍼科の御典医となりました。
綱吉は和一に、江ノ島弁天に月参りをして感謝しているのを不憫[ふびん]と思い、元禄6年(1693)5月16日に当地本所一つ目に1860坪余りの屋敷を賜い、同6月18日には弁財天像、先の屋敷内西側989坪余りに弁財天の社地を下賜しました。当地下賜の逸話に、綱吉が和一に「何かほしいものはないか」と問われ、「一つ目が欲しい」との返答に当地が撰ばれたと言います。
◎本社の世界一
@ 管鍼の創案・鍼の神様がまつられている…和一は、鍼治療に際し管の中に鍼を入れるという方法を創案・大成しました。これは現在日本の鍼治療の方法の主流となっていて、世界にも伝わっています。
A 杉山流鍼治稽古所…和一が延宝8年(1680)には視覚障害者に鍼・按摩を教育し、世界一古い障害者教育でもあります。江戸時代の後期より本社二の鳥居の手前・南側にその教育施設「杉山流鍼治稽古所
四間余二五間」が有りました。
B 「贈正五位杉山検校彰徳」の石碑…二の鳥居の手前・南側、拝殿に向かい右手。和一の業績が認められ、大正13年2月11日に正五位が追贈されたのを記念にして作られた世界に一つしかない点字の石碑です。
◎その他
拝殿の右側の奥には、和一が江ノ島弁天の岩屋にこもり管鍼術を創案したことに由緒があり、それにちなんで岩屋があり、中には宗像三神・宇賀神(人頭蛇尾)、杉山和一の石像が祀られています。一度はご参拝ください。
また、杉山和一への感謝に集まる人と、それを理解し支える町内会の感謝の輪の社でもあります。
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昭和20年代の江島杉山神社
江島杉山神社御神宝所蔵品
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元禄釣灯籠(区文化財指定) |
平家琵琶(さざなみ |
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徳川綱吉公御筆「大弁才天」掛軸 |
浄光院御筆(綱吉公正室) 「六歌仙」掛軸 |