1500P
最大SP
500km
1500―
1800km
13mm機銃
2000H
600km
1850km
13×3
2000K
500km
13×2
逆カモメ型W
1500
7×2
13×2
450kg
450km
1450
2名
or
4名
440km
13×3
600kg
1ton
胴太
・米は、欧州戦の当初焼夷弾を5%使ったが、今は60%位使っている。ドイツの工業都市の破壊は、爆弾によるに非ずして、焼夷弾による火災のためである。(テルミット)
・火焔噴射弾。
・時限爆弾。(数時間乃至数分後に爆発)
・大型焼夷弾。(炸薬も相当入っている)
(罹災区) (収容区)
日本橋 赤 坂
荒 川 大 森
下 谷 世田谷
京 橋 目 黒
深 川 四 谷
本 郷 中 野
浅 草 杉 並
向 島 板 橋
本 所 王 子
城 東 荏 原
―――――――――――
以上二十区
麹、麻、小、牛、芝、神、
豊、渋、足、葛、品、蒲、
渋、江、淀
|
◯焼け跡も疎開も知らぬ桜哉 ◯分解の敵機も散るや花の雲 |
△品川→日本橋 △三田→日比谷 △目黒→日比谷 △五反田→金杉橋 △渋谷→金杉橋 △渋谷→青山一丁目 △渋谷→六本木 △中目黒→金杉橋 △四谷三丁目→泉岳寺 △四谷三丁目→浜松町 △新宿→荻窪
◯東海道線=東京→小田原 ◯中央線=東京→大月 ◯東北線=東京→小山 ◯高崎線=大宮→熊谷 ◯常磐線=日暮里→土浦
この騒然たる空の下、事実を拾うはなかなか困難であり、それを書きつけるは一層難事であるが、私としては出来るだけ書き残して行きたいと思う。
昭和二十年五月二日
ヒットラー総統死去のラジオ報道を聴いた夜
海野 十三
序 昭和二十年八月
「空襲日記」変じて「降伏日記」と化す。
新聞、会話等に於ても、意識してか無意識のうちにか「皇国降伏」の文字を使いたがらぬようであるが、それはいけないことだ。今やわれわれ日本人は、降伏者として――米英ソ中四国その他に降伏した者として十分に自識すべきである。この自識に徹底せざるときは、恐れ多くも詔書にお示しになった御教えから逸脱し、国際信義にもとり、世界平和と新しき問題たる地球防衛に欠くるところあり、また、日本民族の美点と生長とを芟除(さんじょ)することになる。
もちろん苦難忍辱(にんじょく)のこの途である。一通りや二通りの覚悟ではつとめ切れない。日記を書くのも反省以て新しい勇気を起こさんためである。
「まだらの紐」の内金を持参あり。偕成社の近情を聴く。社長の所業に対して好意的なる苦言を呈せん事を思い、あとに池田氏へ手紙にて拝談す。夜に入りて出版の用にて竹田清治君来。折から停電。未筆稿の印税前渡し持参の連らく。