◇第6回◇
教 壇
随分昔の話になるが、私の子供が まだ小学生の頃、父親参観日に授業参観に行った。
まず気がついたのが、教室に教壇がないことである。
聞いてみると先生と生徒とは対等な関係であり、同じ仲間だという考え方に基づいて教壇はないのだという。
今も ほとんどの小中学校で教壇はないようである。
教壇の有無は別として、その背景にある考え方、即ち先生と生徒とは 対等であるという考え方には賛成できない。
人は皆、生まれながらにして平等であり、基本的人権を有しているということとは次元が違う。
教える者と教わる者 即ち先生と生徒が教室の中で対等であるはずはないし、対等な関係では教育はできないと思う。
教える者と教わる者の関係は、なにも学校教育に限ったことではない。自動車学校の指導員と生徒の関係、色々な習いごと、ピアノやゴルフのレッスン等々、教わる者(生徒)の社会的地位がどうであれ、教える者と教わる者の関係は、そこでは 対等ではない。
教える者の方が、その分野においては はるかに優れているということを前提に教わっているのだから、当たり前の話である。
教える者と教わる者の関係という、人としての基本的なことは、幼い時から きちんと教えるべきなのに、戦後、道徳教育そのものが否定される等、全く誤った考え方に基づいて教育がなされてきたように思う。
現在、いじめ、先生に対する暴力、学級崩壊等々深刻な問題が生じているし、青少年の犯罪も大きな社会問題になっている。
最近の若者の中には、すぐにかっとなって人を傷つけたり、殺したりする現象がある。即ち、すぐキレルということだ。
これは、豊かな社会の中で、我慢とか忍耐を知らず、如何に安易に育ってきたかという証左である。
こんな深刻な事態になったのはなぜだろうか。
これには様々な要因が考えられるが、大きな要因として、戦後の長年に亘った誤った教育方針が挙げられる。
上述の先生と生徒は対等などという考え方は、その一例に過ぎない。
親を敬う、目上の人や先生を敬う、他人に対する思いやり、社会への奉仕、忍耐力の醸成…等は、人として当然 わきまえておくべきことだ。
こんなことは、小さい時から、躾としても十分身につけさせるべきなのに、学校でも家庭でも軽視されてきた。
とりわけ日教組の影響は大きく、日教組の方針に基づく教師達の間違った教育により、自ら墓穴を掘ったという側面も否定できない。
その意味において日教組の責任は、計りしれないくらい大きいと思う。
昔の(特に戦前の)教育は、全て悪だと考える風潮があるが、果たしてそうだろうか。
戦前の教育指針は教育勅語にあった。この教育勅語が悪用され、我が国が軍国主義への道を辿ることに一役買ったとして、戦後直ちに破棄されてしまった。
しかし、この教育勅語の中には良いことが沢山書いてある。
例えば、親孝行をしなさい、兄弟仲良くしなさい、夫婦もお互いに仲良くしなさい、また友達ともお互いに信頼し合いなさい。常に自分自身に慎み深く、多くの人に博愛の精神を発揮しなさい。勉強して、知識や技能を高め、道徳を身につけ、社会に役立つ人になるよう心掛けなさい…等々。また、憲法を重視し法律を守りなさいということもちゃんと書いてある。
これらは、どんな社会でも、いつの時代にも通用する普遍的なことではないだろうか。
しかるに、このような普遍的で正しいことも含めて、昔の教育は全て悪だとして葬りさったところに問題があると思う。
◆[参照]⇒「教育勅語」(クリック)
いじめや学級崩壊などに象徴されるこの種の問題は、昭和40年代前半頃(戦後20〜30年)までは 今ほど社会問題化してはいなかった。
深刻になってきたのは、昭和50年代になってからである。
それはなぜだろうか。
戦後しばらくは、戦前の教育を受けた人々が教師であり親であった。したがって その頃までに育った人々は、まだ まともだったのである。
それが昭和50年代以降になると、完全に戦後の世代になった、即ち、親も教師も戦後教育を受けた世代になったのである。
戦前の教育は間違っていた、もっとより良い社会を作るためにと、戦後新しい教育方針が採り入れられたはずなのに、今その結果を検証してみると 現状はご覧の通りである。
いじめ、校内暴力、学級崩壊、子供に対する虐待、親に対する暴力、凶悪化する青少年の犯罪等々が、連日 新聞の社会面を賑わせている。
道徳教育を不要視する等 戦後の誤った教育の結果が、最近(昭和50年代以降)になって現実のものになってきたということが言えるのではないだろうか。
私は決して戦前教育礼賛者ではないが、学校教育がこんなに荒廃していなかった昔の教育(戦前も含めて)が どうであったのか、原点に帰って見直してみる必要があると思う。
歴史に学べという言葉があるように、昔の教育は全て悪だとして捨て去るのではなく、普遍的なこと、正しいこと、良いことはこれを継承し、更に発展させていくことこそが大切だと
思う。
今、教育基本法の改正が問題になっているが、このような観点から 是非見直してもらいたい。
教育問題は、国の将来を左右する極めて重要な問題だ。(2001.05.15)
次回は〔第7回〕
「ゆとり教育について」(2001.06.01)