◇ これまでの云 い た い 放 題 ………◇ これまでの云 い た い 放 題 ………◇ これまでの云 い た い 放 題 ………
【2001/08/01】



◇第11回◇
小泉さんの靖国神社参拝問題

 8月15日の終戦記念日が近ずくと、毎年、マスコミが閣僚の靖国神社参拝問題を年中行事のように取り上げる。
また、参拝した大臣には、それが公式か私的参拝かを問題にして騒ぎ立てるのも毎年同じパターンである。

 特に今年は小泉首相が、総理大臣に就任早々、8月15日には靖国神社に参拝すると表明したため、総理の靖国神社の参拝が国の内外で問題になっている。

 小泉さんは、「先の大戦で多くの人々が国のために殉職した。今日、我国が平和と繁栄を享受できるのは、これら戦没者の犠牲の上に成り立っている。戦没者の供養と二度と戦争をしないという平和のための誓いを込めて参拝する」と述べている。
この小泉さんの発言は誠に立派なもので、発言内容自体に異論をはさむ者はあまりいないだろう。

 問題になっている点は、
  1. 大臣が参拝するのは憲法第20条(信教の自由、国の宗教活動の禁止)に違反するのではないか
  2. 靖国神社にはA級戦犯が合祀されている
  3. 中国や韓国が反対している
 の3点にあるようだ。

 大臣が靖国神社に参拝するのは憲法違反だろうか。
国や地方自治体が建物等の施設を造る時の地鎮祭は、神主さんを呼んで神式でやっているが、誰もこれを憲法違反とは言わないし、閣僚の伊勢神宮参拝には マスコミも 騒ぎ立てないではないか。
 日本人は、宗教に対してはおおらかで、あまり特定の宗教には こだわらない民族のようである。
初詣は神社に、結婚式はキリスト教や神式で、キリストの生誕日クリスマスも祝っているし、葬式は仏教でやるのが多い。これで日本人には何の違和感もない。
 閣僚の靖国神社参拝が憲法違反というならば、国や公共団体の公式行事である地鎮祭は 憲法違反になってしまう。
私的参拝なら良いと言う議論もあり、マスコミは 私的参拝か公的参拝かを問題にしているが、参拝するという行為は、気持ちの問題、心の問題であり、公式も非公式もない。
記帳に肩書きを書いたら公的参拝、書かなければ私的参拝と決めつけているが、そんなに目くじらを立てて騒ぎたてる程のことでもないと思う。
勿論、閣議等で靖国神社参拝を取り決めたり、公費を使ったりしたら憲法違反だが、各人が 夫々自らの気持に従って自由に参拝するのにどこに問題があると言うのだろう。
 また、憲法第20条には、信教の自由は、何人に対しても これを保障すると書かれている。(公人には信教の自由を制限するとは書かれていない)
閣僚の靖国神社参拝がけしからんという議論の方が 信教の自由を謳った憲法第20条に違反するのではないか。

 A級戦犯を合祀してあるからと言う議論はどうだろう。
靖国神社に参拝する人は、そこに合祀してある御霊全体にお参りするとは限らない。
ある遺族は自分の身内の特定の人(父や兄弟等)に手を合わせる人もいるだろうし、戦犯を含めた戦没者全員にお参りする人もいるだろう。
参拝という行為は、内面の心の問題だから人夫々まちまちである。
A級戦犯に参拝するのはけしからんと言われれば、戦犯以外の戦没者に参拝したと言えばそれまでだ。
しかし、このような内面的なことについて、誰に参拝した等と言う必要もないし、聞く方もナンセンスだ。
誰に手を合わせようと自由だし、要らぬお節介だ。

 戦犯についても議論が分かれるところだと思う。
当時の国の指導者は、国のため、国民のため一生懸命にやったことは間違いないことだと思うが、しかし、それが結果的に大きな過ちを犯し、国や国民を破滅に導いた責任は 極めて大きいと言わなければならない。
戦後、これら戦犯達は、戦勝国の論理に従い連合国の裁判で絞首刑になった。
 太平洋戦争当時を想いおこしてみると、当時は「一億一心」等の標語が示すように国民全体が協力して戦ったのである。(中には俺は戦争に反対だったという人も居るだろうが…)
したがって、戦争責任は、国民全体にも多かれ少なかれあると思うし、ある意味では、戦犯たちは国や国民を代表して責任をとって逝ったと言えなくもない。
 当時の指導者達は、政治の方向にこそ大きな過ちを犯したが、国や国民を思う気持は、決して今の政治家に劣るものではなかったと思う。
戦犯を擁護する気はないが、党利党略や派閥に明け暮れ、私利私欲にまみれた今の一部無責任な政治家達とは比較にならない。
 このように考えると、戦後絞首台に散った戦犯達も一般の戦没者同様、国のための殉職者であり、これら多くの犠牲のうえに現在の我国の平和と繁栄があると考えることもできるのである。
私は、戦争責任をとって既に亡くなったこれら戦犯の方々に、人間として 唾を吐きかける気には到底なれない。

 それにしても何故韓国や中国は、我国総理大臣の靖国神社参拝を問題にするのだろう。
両国の主張の根拠は、靖国神社参拝は日本の軍国主義に繋がるものだ言っているようだが、戦後半世紀以上、日本ほど平和主義に徹してきた国はない。
原爆等核兵器を保有している中国の方が、余程大国主義、軍国主義ではないか。
内政干渉もいいところだと思う。

 7月24日、日中外相会談が行はれたが、その後の記者会見で中国外相は、日本人記者団を前に、はっきりした日本語で『(靖国神社参拝は)やめなさいと言明しました』と言っている。
明らかに命令調であり、いつから日本は中国から命令される関係になったのか。
日本人マスコミの前で、これだけはっきり喋るということは 政府間の問題に止まらず、日本国民に対しての威圧的態度ではないか。
これは 失礼な発言で済まされる問題ではなく、取り消しと謝罪を求めるべき問題だと思う。
 これに対する田中真紀子外相の対応も実に情けない。
しかも、その後も真紀子外相は、総理の参拝はやめて貰いたいと記者団に述べている。
一閣僚が、総理の方針に反対の意見を外に向かって表明するというのは、前代未聞だ。
総理に真紀子外相の意見が聞き入れられなければ、彼女は辞任するのが筋だ。
もしそのまま居座り続けるようであれば、真紀子氏の大臣としての資質が更に問われることになる。  

 中国や韓国が問題視するのには、毎年、靖国神社の閣僚参拝を騒ぎ立てる我国のマスコミにも大きな責任がある。
これを利用して、一部左翼知識人(と称する輩) 等が、これは日本の軍国主義に繋がるものだと中韓両国を煽動しているふしがあるのは極めて遺憾なことだ。
 先日テレビで ある評論家が、冗談まじりに、今国民の人気者である田中真紀子大臣が小泉総理と一緒に靖国神社を参拝したら、この問題は一気に解消すると言っていたが、なるほどと考えさせられた。

 いずれにしても、小泉さんは、この問題も構造改革と同様、外圧に屈することなく 自らの信念を堂々と貫いてもらいたい。(2001.08.01)

 次回は〔第12回〕「終戦記念日雑感」(2001.08.15)