◇第16回◇
危機管理について
去る9月11日、アメリカで発生した同時多発テロによる大惨事は、危機管理についての問題を改めて提起した。
危機管理と言っても多種多様である。
テロ、ハイジャックの外に地震、風水害等の自然災害等がすぐ頭に浮かぶ。
その他にも爆発事故や火災、原子力発電所の事故(放射能漏れ)、凶悪犯罪や交通災害、新しい病原菌ウイルス等の蔓延(最近では、エイズ、家畜では狂牛病等)等々挙げればキリがない。
身近なところではコンピュータウイルス対策も危機管理である。
また、危機管理といっても、国の領域分野、地方自治体の領域分野、企業等が考える分野、個人の分野等があるが、今回ここで問題にしたいのは国の危機管理についてである。
私は、我が国の危機管理は誠に不十分だと思っている。
何か事が起きてから、慌ててそのことだけに対策を講じ、責任追及をしたりするが、幅広い危機管理について抜本的には考えようとしない。
その場しのぎで、全てが後手後手になっているのが我が国の現状だ。
最近の例では狂牛病が我が国で発生したことだ。
ヨーロッパでは、相当以前から国際的な大問題にまで発展していたのに、政府は、我が国だけは大丈夫だと考えていたようだが、何を以って大丈夫だと考えていたのだろうか。
狂牛病第1号が発見された後の対応がお粗末であったし、その後も不始末続きで 国民に大きな不安と混乱を与えた責任は大きい。
政府や行政機関は 狂牛病についてどう認識していたのかと
疑いたくなる。
危機管理の前に まず安全ということについて考えてみた。
安全は常に危険と隣合わせだという考え方から出発しなければならない。
飛んでいるものは必ず落ちる、動いている物は衝突する、機械は故障する…という発想である。
今や安全と言われる飛行機も墜落する確率はゼロではないし、またゼロにはできない。
墜落する確率を限りなくゼロに近づける努力を積み重ねることが、安全対策の目的なのである。
しかし、墜落の確率がゼロでない以上、安全への努力は限りなく続くし、墜落の確率がゼロにはならいのだから、墜落した場合のことも考えておかねばならない。
このように あらゆることを想定する、これが危機管理の考え方だと思う。
危機管理を考える時、既成概念や常識は禁物だ。
最近、アメリカで発生したあのような同時多発テロは、事前に誰が想定できただろうか、まさに狂気の沙汰としか言いようがないが、現実に起きた事実なのである。
生物化学兵器、更には核兵器によるテロも将来起こらないとは言いきれない。
常識とは大多数の人々がお互いに共有している考え方や倫理観であるが、全ての人々が我々と同じ考え方とは言えないのである。
「話せば分かる」という言葉があるが、それは相手が常識人(同じ価値観を持っている人)の場合であって、話しても分からない人が居ることも考えておく必要がある。
民族や国によっても常識は違う。我々が当たり前だと思っていることでも、外国人の考え方が違うケースも多い。
狂気の沙汰としか思われないような犯罪が最近多いが、これは個人に限ったことではない。
先のアメリカ同時多発テロが示すように組織や団体にも見られるし、国家にもあり得ることだということも念頭において置く必要がある。
1987年の大韓航空機墜落事件(金賢姫事件)等は、明らかに北朝鮮という国家によるテロ犯罪である。
また、オウム真理教のサリン事件をはじめとする一連の犯罪行為も 組織テロ犯罪である。
地下鉄サリン事件が発生する相当以前から、オウムの反社会的行為が各地で指摘されていたにも拘わらず、信教の自由に気兼ねしたのか、宗教団体がまさか…と思ったのか、捜査や摘発が後手後手に廻り、その結果サリン事件にまで発展したのである。
これを未然に防止できなかった政府の責任は非常に重いと思う。
アメリカでは、今回の同時多発テロ事件の事前情報の把握ができなかったCIAの責任が問題になった。
しかし、我が国のオウム事件では、オウム真理教について色々な情報があっただけに、当時の国家公安委員長や警察庁長官等の責任は、今回のCIAの責任より はるかに重大だと思うのだが、政府機関には責任のかけらすら感じた者は居なかったし、政治家にもマスコミにもそれを追及する気配すらなかった。
政府や政治家が、如何に危機管理に鈍感であるかをよく物語っている。
しかも、このような反社会的団体に対しても破防法の適用もできなかった。首謀者の麻原彰晃(松本智津夫)の刑事裁判は、弁護側の引き伸ばし戦術により いつ終わるともしれない裁判が延々と続いており、オウム真理教は名前を変えたとはいえ、今だに存在し、活動を続けている様を日本国民はよく容認しているものだと思う。
我々日本人には、我が国に限っては他国のテロの標的になったり、外国から武力攻撃を受けることはないと信じている人が多い。
平和ボケしている政治家の中には、外国と紛争が起きても、あくまでも話し合いで全て解決できると信じ、主張する人も多い。
勿論、粘り強く話し合いで解決を図ることは大切だが、それが通用しない相手やケースもあり得ることを忘れてはならない。
我が国がテロの標的になったり、武力攻撃を受ける確率は少ないかもしれないが、ゼロではないのである。
もし万一不幸にして、我が国が大規模テロや武力攻撃を受けた場合の混乱ぶりは、今から手にとるように分かる。
そんな非常事態になっても自衛隊は、法の制約のため十分な活動ができない。
慌てて法案を作成し、国会を召集して法律を改定しなければならない。
憲法との関係はどうか、国民の基本的人権はどうなるか…等々、賛成、反対と喧々諤々と議論していたらもう間に合わないということになってしまう。
現に、今回のアメリカ同時多発テロに対し、ほとんどの国がアメリカの武力行使を積極的に容認しているのに、我が国では共産党や社民党は、テロに対する武力行使に反対し、あくまで犯罪行為として国際ルールに従って処理さるべきとアメリカの対応を批判している。
国際刑事警察機構にでも頼んでテロの犯人を捕まえてもらえとでも言うのだろうか。
そんなことでテロ組織を撲滅できないことは 誰にも分ることだし、それこそテロの思う壺だ。
こういう考え方はテロ容認の立場だと言われても仕方がないだろう。
我が国のこのような現状(弱点)は、外国にも良く知れ渡っている。
平素から緊急事態に対応する有事法制をはじめ、危機管理体制を確立しておくことは、テロや外部からの武力攻撃に対処する為のみならず、これらの危機を未然に防止するための抑止力としても極めて重要なことだと思う。
今回のアメリカ同時多発テロ発生に際し、小泉首相はアメリカに対し、憲法の範囲内で必要な支援、協力は、惜しまないと言明している。
NATOは集団的自衛権行使の方針を決定する等、西側主要国は、いち早く軍事協力を含めて支援、協力する姿勢を示している。
我が国の場合、直接攻撃を受けたアメリカの同盟国としての立場、国際社会と協力して人類共通の敵、国際テロを撲滅するという主体的立場の二つの立場を合わせ持っていると思う。
武力行使ができない我が国としては、実際には主動的に動くアメリカに協力、支援を行うことで我が国の役割と責任を果たそうということだろう。
しかし、現在の我が国の体制では、実質的に貢献できるものは、ほとんど ないように思われる。
アメリカ側もその辺はよく心得たもので、当初 日本にはモラルの面で(精神的に)支持してもらえればよいと言っていた。
先月(9月25日)小泉首相は、ブッシュ大統領に会って直接日本側の協力、支援の方針を伝え、ブッシュ大統領は謝意を表したが、本当のところは日本にはあまり期待していないというのが 本音ではないだろうか。
今政府は、自衛隊の後方支援を可能にするための法案(テロ対策特別措置法案、自衛隊法改正案)を作成し、9月27日から開催されている臨時国会で早期成立を図ろうとしている。
いかにも泥縄的であるが、この際 必要な法整備は早急にやってもらう必要がある。
既に10月8日未明、米国は、英国と共に タリバン軍事施設等に対し 巡航ミサイルや空爆の武力攻撃を開始した。我が国の後方支援の為の法整備は、米国の武力攻撃開始には やはり間に合わなかった。
今回制定しようとしているテロ対策法では、民主党の賛成を得るため、自衛隊の行動基本計画は国会での事前承認を必要にすることになりそうだが、これでは緊急事態に即応して臨機に 機動的、効果的な行動ができなくなる恐れがある。
自衛隊は 時限立法であるテロ対策法に基づいて行動するのだから、国会には事後報告で十分であり、そこまで自衛隊の手足を縛るべきではない。
また、今回の法律を今回限りの2年間の時限立法とすることには賛成できない。
将来如何なる事態にも 常に自衛隊が即応できるよう法整備を図るべきだと思う。
将来再び緊急事態が生じた時は、また新法案を作り、国会をわざわざ召集して…ということになり、これでは事ある毎に泥縄式と小田原評定の繰り返しとなり、緊急事態には対応できない。
日本が武力攻撃を受ける等、我が国の危機に際しては、日米安保条約によりアメリカが守ってくれるから安心だと考えるのは実に甘い考えだ。
自分の危機の時に何もしてくれない相手を、自らの犠牲を払って助ける程アメリカ人もお人好しではないだろう。
もし、助けてくれるとすれば、それはアメリカの国益に叶う場合だろう。
アメリカに一方的に頼りたかったら、アメリカの保護国や属国になるしかない。
アメリカ等の武力攻撃に対抗して、これからイスラム過激派アルカイダ等の国際テロ、ネットワークによる攻撃は、各地で起こる危険性が十分ある。
アメリカを支持している日本は、危機管理体制の弱点をつかれ、テロの標的にされ易いし、その可能性は十分考えておく必要がある。
当面、ハイジャックや爆発物等、テロ対策には万全を期すことが急務だと思う。
また、最近アメリカで相次いで発見されている炭そ菌問題についても、決して他人事ではなく、我が国でも対応を十分考えておく必要がある。
今回の同時多発テロによる大惨事は、我が国の危機管理を問う いい機会になった。
この際、憲法改正問題も含めて有事法制の整備等幅広い検討を行い、国の安全、危機管理体制の抜本的な確立が望まれる。
自由党小沢一郎氏の自衛隊派遣論拠の主張について
小沢一郎氏の主張は次の通りである。
@国連が平和維持活動のため武力行使容認決議をした場合は、自衛隊派遣は可能である。
したがって、国連が武力行使容認決議をした湾岸戦争の時は、小沢氏は世界平和を守るため (自衛隊は) 断固参加せよと主張した。
これに対し、政府は、国連決議があっても自衛隊参加は憲法上許されないという これまでの憲法解釈により、自衛隊を参加させなかったし、今回の場合も政府の見解は変っていない。
しかし、今回は国連の武力行使容認決議がなされていないのだから、自衛隊を参加させるためには次に拠るしかない。
A集団的自衛権を認めるべきである。(米国の敵は日本の敵、日本の敵は米国の敵という考え方)
しかし、政府は個別的自衛権は認められるが、集団的自衛権の行使は憲法上認められないというこれまでの政府統一見解を今回も変えようとしない。
これでは、政府が姑息な手段で法改正や新法を作っても、今のような憲法解釈に固執する以上つじつまが合わないし、自衛隊派遣の論拠とはなり得ない。(憲法違反になる)
政府の責任で従来の政府見解を転換し、集団的自衛権の行使を認めた上で、自衛隊の派遣を実行すべきである。
筋の通らない、なし崩し的な政治手法は極めて危険だ
というのが小沢一郎氏の主張である。
私は、小沢一郎氏の主張は筋論としては全くその通りだと思う。
しかし、これまでの政府の統一見解を今ここで転換し、集団的自衛権の行使を認めることを打ち出せば、国会は大論争になり、この緊急時には間に合わない。
また、与党の公明党は多分反対するだろうし、3党連立政権の存立自体が危うくなる可能性があると思う。
したがって、小沢さんの主張を、今回 政府が受け入れることができないのは当然だし、その点では小沢さんの主張は、現実的には無理な話だ。
小泉さんも国会答弁で、自衛隊派遣の論拠については、つき詰めていけば曖昧なところもあるし、とことん追及されれば答えに窮するところもあると認めていることから、その辺のところはわきまえていることだと思う。
今回の事件が一段落したら、我が国の危機管理、自衛隊問題等について、小沢一郎氏の主張等も踏まえ、抜本的な体制確立を検討して貰いたいものだ。(2001.10.15)
次回は〔第17回〕
「国際テロ撲滅と難民救済」(2001.11.01)
【出来事】
- 9月30日 高橋尚子(29歳積水化学)ベルリンマラソンで世界記録を樹立(2時間19分46秒)
- 10月6日 セリーグ、ヤクルト優勝決める
- 10月8日未明(日本時間) 米軍タリバン等へ武力攻撃開始(英軍も参加)
- 10月8日 小泉総理訪中 江沢民国家主席と日中首脳会談
- 10月10日 野依良治博士(名古屋大学教授)ノーベル化学賞受賞発表
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