◇第24回◇
ヒューズがとんだ話(少年時代の思い出 T)
私は、少年時代 模型 (主に鉄道模型)や電気に興味を持っていた。
小学6年生の時、昭和22年頃の話である。
小遣いを貯めて、模型用のモーターを買った。
乾電池をいくつ繋いでみても動かない。このモーターは10ボルト前後の交流電流で回転する仕組みになったいるのだから、直流の乾電池では動かない。
家庭用100ボルトを 10ボルト位の電圧に変換するには、変圧器が必要なのだが、私の小遣いでは買えなかった。
しかし、折角手に入れたモーターなので、なんとしても廻してみたかった。
ある時、親の留守を見計らって、友達S君を我が家に招き、モーターを動かす実験を試みることにした。
電灯線の二股ソケットからコードをひき、モーターに直接繋いで100ボルトで廻してみようというわけだ。
無茶だとは思ったが、短時間なら何とかなると思った。
モーターにコードを繋いだ瞬間、火花と同時にモーターは一瞬「ぶーん」と大きな唸り声とともに勢いよく回転した……と同時に室内の電灯が消えてしまった。
屋内の開閉器のヒューズがとんでしまったのだ。(電気がショートしたり、過電流が流れるとヒューズが熱で溶けて切れる。当時は今のように、過電流が流れると自動的に電流が遮断されるブレーカーなるものはなかった)
これは大変なことになった、このままでは親に叱られる。親は電気の知識が皆無だから、多分電力会社に連絡して来てもらうことになるだろう。そうしたら私のいたずらもばれてしまう。
私は、開閉器を開けて修理することにした。
S君とは「黙っていようね」と二人だけの秘密にした。
開閉器は、玄関の上の方についている。
踏み台になるものをいくつか重ねて、ようやく手が届くのだが、不安定である。
S君に手伝わせて、足場を固めてもらった。
作業そのものは、極めて簡単なことで、代わりのヒューズと取り替えればいいことなのだが、代わりのヒューズなどない。
本当は いけないことなのだが、背に腹は変えられない、その辺にあった針金を使うことにした。
針金でつなぎ開閉器を閉じると元通り電灯は灯った。
これで一安心なのだが、多少の心配はあった。
もし規定以上の電熱器などを使ったり、ショートしても、開閉器には針金が使ってあるため、電流は遮断されない。その代わり、大元の電柱のヒューズがとんでしまうことになり、その電柱から配電されている数戸の家が停電してしまうことになるのだ。
正直なところ、私はこのことを少なからず不安に思っていた。
しかし、私達は間もなく、その家から転居した。その後 別の人が住んでいたようだが、電気に関する事故があったとは聞いていない。
その家も ほどなく解体され、私は 心配から完全に解放された。
今から考えると、10ボルトで動かすものに、二股から100ボルトのコードを繋ぐなど、まかり間違えば、感電し 命の危険さえあるいたずらだ。
またヒューズの代わりに針金を使へば、火災の危険すらある。今から考えると悪質で
、こっぴどく叱られて当然のいたずらだろう。
弁解する気はないが、当時私は100ボルト程度の電気では、触れるとビリットくるが、心臓に電流が流れなければ、命に別状はないという程度の知識は持っていた。
今の子供達には、こんないたずらをする者は まず居ないだろうし、考えもしないだろう。
最近の少年や学生達の理科離れや科学離れが問題になっているが、もっともっと色々なことに、関心と興味を持ってもらいたい。
探究心のためなら、多少のいたずらは許されるかも…。
〔後日談〕
その年の秋頃、鉄道模型の組み立てパーツ(部品)を手に入れ、自分でハンダ付けをして、前述のモーターを組み込んで、実際に動く電気機関車 (Oゲージ、線路の幅が32ミリ) を作りあげた。
ラッカーで塗装までして、学校に持っていったら、先生がえらく感心して教室のうしろに、2〜3日展示してくれた。
その後レールも自分で工夫して作ってみたが、脱線ばかりしてうまくいかなかった。
小学生時代の、懐かしい、楽しい思い出の一コマである。(「少年時代の思い出 U」につづく)(2002.02.15)
次回は〔第25回〕
「ラジオ少年の巻」(少年時代の思い出 U)(2002.03.01)
【出来事】