◇第27回◇
文化祭のマル秘事項(少年時代の思い出 W)
昭和26年、私は市内の県立M高校に進学した。中学時代の無線部の友人S君も一緒だった。
M高校にも無線部があったので、S君とともに入部した。新入部員は他の中学から来たN君を含め3人である。
勿論、2年生3年生の先輩もいたが、ほとんど部活らしい活動もせず、もっぱら部室を昼休みや放課後の溜まり場に利用し、高校時代をエンジョイしていた。
2年生になると、我々はいつのまにか部の主導権を握っていた。
今の高校にも文化祭があるようだが、当時の我がM高校にも文化祭があり、各サークルが 日頃の活動状況などを陳列したりして発表するのである。
文化祭は我々にとって大きな楽しみであった。それは文化祭の前になると その準備と称して 数日学校に泊り込むことができるからである。(他のサークルは、泊まり込みまでは あまりしなかったようである)
文化祭と言っても我々の場合は、各人の手製のアンプやラジオを持ち寄って陳列するだけだから、そんなに準備することもないのだが、誰も居ない学校に泊り込むことに意義を感じ、いろいろ議論したりして親睦を深め合うことには役立ったように思う。
この日も夜、S君N君と3人で部室でしゃべっていた。校内には宿直室に宿直の先生が寝ているだけで誰も居ない、あたりはしーんと静まりかえっている。
 文化祭の準備でごった返している 部室 |
こうなると「何か面白い事はないかなー」ということになる。
「おい あそこから天井裏に行けるぞ」と1人が部室の天井の片隅を指差しながら言った。
隣は化学準備室で、入り口にはいつも大きな鍵がかかっており、化学の先生以外は絶対に入れない部屋だ。
中に何があるのかは 大いに興味があるところだった。
ひょっとしたら天井から化学準備室に入れるかもしれない、探検してみようということになった。
天井裏には簡単に昇れた。
懐中電灯で照らすと、たばこの吸い殻がいくつも捨ててあった。不良先輩連中の仕業だ。
化学準備室の天井板にも一部固定されていない部分があり、我々はそこから、まんまと侵入することができた。
室内の戸棚には、いろいろな化学薬品が、収められていた。多くはビンに詰められ、極めて危険な劇薬もあり、それらは蝋で封印されている。
S君が「ナトリュームだ、これは面白いぞ」と言い出した。見ると ビンの中にオイルづけの6〜7センチ角位の金属ナトリュームが保存されていた(金属ナトリュームは空気に触れると、反応して消滅してしまうため空気に触れないよう油の中に保存してある)
麻酔薬エーテルもあった。
ナトリュームとエーテルを少し失敬することにした。
金属ナトリュームは、柔らかく、固めの粘土のようなもので、ナイフなどで簡単に切れる。
洗面器に水を入れ、その中に米粒ぐらいのナトリュームを入れると、水と激しく反応する。まず、白煙をあげながら、シューッと音を出し、水面を激しく走り回る。それが終わると2〜3秒後にポンという音をたてて破裂する。
これが実に面白いのである。
そんなことをしていると、机に腰掛けていたS君が、「ドサッツ!」という音とともに倒れた。本当にびっくりした。
S君はエーテルの効果を自ら実験していたのである。
エーテルをハンカチに湿らせ鼻に当てていて失神して床に倒れたのだった。
さいわい、すぐに意識を取り戻し、しばらくは頭が痛いと言っていたが、間もなく回復して大事には至らなかった。
そのうちに、洗面器に米粒のナトリュームでは物足りない。もっと大仕掛けにプールでやってみようということになった。
ちり紙に包んだ3〜4センチ角位のナトリュームの塊を持って、我々3人は校庭のプールに向かった。
何しろ、深夜、草木も眠る丑三つ時(うしみつどき 午前3時頃)で、あたりは全く静かである。
思い切ってナトリュームを投げ込んだ。しばらくすると、プールが周辺部まで真昼のようにピンク色に染まった。
暗闇の中に校舎がシルエットのように、きれいに映し出された。近くの民家までも…。
全く予期しない出来事だったため、我々は一瞬呆然と立ちすくんだが、これは2〜3秒で終わり、また元の暗闇に戻った。
やれやれとやっと安堵した途端、今度は「ドカ−ン!」という大音響がして水柱が上がった。一瞬誰かが逃げろと叫び10メートル位走ったが、逃げてどうなることでもない。
爆発音は一瞬だけで、あたりは又 もとの暗闇と静寂に戻っている。
宿直の先生や近くの民家の人に気付かれなかったか心配したが、深夜のことで誰にも気づかれなかったようである。
しかし、あれだけ大きな爆発音がしたので、プールが割れたのではないかと心配し、夜が明けるのを待ってプールに行ってみたが、プールは何事もなかったように、なみなみと水をたたえていた。
翌日の夜のことだった。退屈しのぎに、試験管の水の中に粟粒ぐらいの小さなナトリュームを入れた。
先に述べたように 白煙をあげて激しく反応した。そのあとポンと音を出して破裂する筈なのに、なかなか破裂しない。
おかしいなと思って、試験管を上から覗き込んだ途端に「ポン」と破裂した。
「あっ」と叫んだ時は遅かった。覗き込んだ右目が全く見えなくなってしまった。
あわてて右目を水で洗ったりしたが、視力が回復するまで2〜3時間かかった。
目の周辺の皮膚には、火傷の小さな水泡が いくつかできていたし、一時は本当に片目失明したかと心配した。
朝帰宅し、すぐ町の眼科医に行き診察してもらった。ナトリュームのことは話したが、化学の実験中の出来事ということにした。
医者は目を洗浄してくれただけだったので、特に治療は必要なかったのだろう。
しかし、それまで私の利き目は右目だったのが、それ以来左眼になったような気がする。
これには後日談がある。
それから30年後、47才の時、突然右目だけ白内障になった。
主治医の女医さんは「あら お若いのに、目に何かぶっつけたり、衝撃をあたえたことはなかったですか」と聞かれたが、思い当たるふしはないので、「いいえ」と答えると先生は、カルテに老人性白内障と書きこんだ。原因がない白内障は全て老人性ということになるらしい。
すぐ手術を受け視力は回復したが、当時は今のように眼内レンズはなく、コンタクトレンズを使用することになり今日に至っている。
当時、左眼も白内障になる可能性が強いと言われたが、左眼は今も健在である。
右目だけ白内障になった原因は、今にして思うと、高校時代のナトリュームのいたずら事件以外には考えられない。30年後に罰が当ったと言うわけだ。
このいたずら事件は、3人以外は誰も知らないはずだ…勿論S君かN君が口外しない限り…
しかし、あれから半世紀も経ったので、もう時効だろう。(2002.04.01)
次回は〔第28回〕
「きびしく育てる」(2002.04.15)
【出来事】
- 3月21日 小泉首相 訪韓 22日金大中大統領と会談
- 3月24日 大相撲春(大阪)場所千秋楽 横綱武蔵丸優勝(13勝2敗)
- 3月26日 外形標準課税訴訟(原告 銀行18行)第一審で東京都全面敗訴
- 3月26日 辻元清美社民党政審会長 元政策秘書給与不正受給疑惑で衆院議員辞職
- 3月27日 プロ野球 セ・パ両リーグ公式戦開幕
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