◇第31回◇
中国 瀋陽日本総領事館事件を考える
去る5月8日、中国遼寧省瀋陽市の日本総領事館に 亡命目的の北朝鮮住民5人が駆け込み、これを追って侵入してきた中国武装警察官により、2名は同館内ビザ申請待合室で、3名は同領事館構内の門扉付近で取り押さえられ、中国当局に連行されるという事件が発生した。
この模様の一部始終はマスコミにより撮影され、映像として全世界に配信された。
外務省は、この事件を 我が国に対する主権侵害だとして中国側に謝罪と5人の引渡しを求め抗議したが、中国側は、身元不明の5人の領事館への駆け込みは、領事館及び館員に危害を及ぼす可能性もあり、領事館側の同意のもとに行ったもので 何ら国際法に反するものではないと一貫して突っぱねてきた。
このため、我が国は 対中交渉を途中から 5人の人道問題優先に切り替えたが、中国は、日本側の主張は聞く必要はない、あくまで中国の国内法、国際法、人道的観点から処理すると述べ、5月22日5人をフィリッピン経由で韓国に出国させた。
我が国政府は、当方の主張に沿った処理ををしてくれたとして、これについては理解を示した。
しかし、中国は、日本側の意見を尊重したわけではない、日本は勿論 どこの国もこれに意見を差しはさむ権利はない、あくまで中国独自の判断で行ったものだという姿勢を貫いている。
中国の強硬姿勢に圧倒され、日本政府の主張は、相手方に謝罪を求めるという当初の強い主張から大きくトーン ダウンしてきた。
今では、本件の解決策として、事件再発防止策について中国側と協議したいと言っているが、これさえも中国は拒否している。
もともと、領事館侵犯事件などなかったという立場だから、中国の態度は当然と言えば当然だが、これからも中国は この方針を変えることは、まずあり得ないだろう。
この事件は、時間の経過とともに、うやむやの内に棚上げされてしまうだろう。
しかし、領事館侵犯という厳然たる事実があるにも拘わらず、これを全く認めようとしない中国は、交渉や話し合いで解決できる国ではないということが一層明確になったし、このことを、日本政府も国民もよく認識し、また今後の対中外交に活かしてもらいたいものだ。
それにしても日本領事館の対応は お粗末極まりない。
映像で見る限り、領事館側が身体を張ってでも中国警察官の侵入を阻止しようとした緊迫した場面は全くない。
それどころか、領事館構内に落ちていた中国警察官の帽子を拾ってやる等 なごやかな情景としか見えない。(領事館構内に落ちていた中国警察官の帽子は、中国側の不法侵入の証拠物件でもあるはずなのに…)
これでは中国側が“日本領事館側の同意があった” とか “謝意を表された”と言う中国側の主張を半ば裏付けているようなものだ。
本事件は、映像が世界に配信されたため、国際的にも注目を集めた。 特に韓国では、事件直後からマスコミは連日これを大々的に報道し、日本の対応を批判した。 5月10日前後の韓国各紙の記事を紹介すると
「日本は総領事館職員が北朝鮮脱出者の拘束を放置したとの疑惑を解明する必要がある」(京郷新聞)
- 「事件発生時の釈然としない状況は、米国の明快な対応と対照的だ」(東亜日報)
- 「事実上、日本側の了解の下で連行されたのではないか。連行を黙認しつつ、表面で中国に抗議するのは“二重プレー”の可能性がある。(朝鮮日報)
- 「脱出者たちは米国、ドイツ、スペインなどの公館に入ると保護が受けられるのに、日本の公館では道路に引きずり出された」(大韓毎日)
- 「日本政府は中国に5人の引渡しを要請したが、それほど重みがあるようではない。日本の典型的な二重プレー外交と言われても返す言葉はないだろう」(韓国日報)
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等々日本に対する手厳しい批判と不信感をあらわにしている。
これらの記事が、必ずしも正しいとは思わないが、外国からこのような見方をされているということは、日本政府も国民もよく認識しておく必要がある。
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しかし、治外法権の日本領事館内に、中国官憲が不法に侵入し、日本の主権が侵されたことは厳然たる事実であり、この点については、あくまでも中国側の非を主張し続けるべきであり、これこそが最大の再発防止策になると思うのだが……。
今回の領事館のお粗末な対応はなぜ起きたのだろうか。
それは我が国の政治が『事なかれ主義』や『その場しのぎ』に覆われているからだと言ってよい。
今回の場合も、事件直前の5月8日の午前中、阿南惟茂駐中国大使が会議の席上、北朝鮮脱出住民が大使館に入ってきた場合は追い出せと指示していたいう報道があったが、これは多分、亡命者の取り扱いを巡って中国との交渉、北朝鮮との関係等を考えると、初めから追い返した方が無難だと考えたのだろう。
阿南大使は、そんなことは言っていないと言っており、真偽のほどは分からないが、少なくともそういうニュアンスを与えたことは事実であり、外務省の“事なかれ主義的体質”から出たものと言える。
最近の我が国外交の例をみると、このことがよく分かる。
昨年5月初旬、北朝鮮の金正日総書記の長男 金正男が偽造パスポートで不法入国しようとした事件で、政府は金正日総書記の長男と分かっていながら(本人も認めていた)、それ以上の確認もせず、第三国に出国させ、総理自らこれが最良の策だったと述べている。
明らかな密入国という不法行為に対し、なぜ法に基づく処分をしなかったのか、なぜ北朝鮮側と政治解決をしようとしなかったのか。
当時北朝鮮側は、そんな事件は知らない。日本のでっち上げだと言っていたのだから、日本側はどんな措置でも講じられたはずだ。
これこそ“事なかれ主義”の最たるものだ。
この事件は、今回の瀋陽総領事館事件と合い通じるものがある。総理自身が金正男の偽造パスポート事件の曖昧な処理を礼賛している、即ち“事なかれ主義”の模範を示しているのだから、領事館だけを責めるのは酷かもしれない?
また、昨年春から夏にかけて中、韓両国と問題になった歴史教科書問題や総理の靖国神社参拝問題についても、我が国は弁解ばかりしているが、なぜはっきり内政干渉だと言えないのだろうか。
《参考 〔第14回〕 日本外交と外務省(その2)》
今年4月21日小泉首相が靖国神社を参拝したが、その後公明党の神崎代表が中国を訪問し、中国側からは「小泉首相の靖国神社参拝は許せない。止めさせろ」と言われ、まるで叱られに行ったようなもので、一体神崎氏は何の目的で中国へ行ったのか、何を考えているのかと言いたい。
なぜ「それは内政干渉だ。中国側の主張は聞けない」とはっきり言えないのだろうか。
この傾向は、政府や与党に限ったことではない。野党も外国に対しては、もっと弱腰だ。
この際、国会で中国の主権侵害に対する抗議決議案を採択すれば、内外に我が国の姿勢を鮮明に示すことが できると思うのだが、その動きは全くない。
与党がやらなければ、野党側が提案、主張すればいいのだが、この種の問題になると野党も尻込みして その勇気はない。
せいぜい政府の不手際や責任を追及するぐらいが関の山だ。
当事国ではないアメリカでさえ、ケネディ上院議員らは、4月20日、拘束されている北朝鮮5人の身柄を直ちに解放することを中国政府に求める決議案を議会上院に提出している
4月15日民主党は、真相解明のためと称して海江田、中川両議員を中国に派遣した。中国側に抗議するためではなく、目的は外務省の発表は当てにならないとして、現地で中国側と領事館側双方から事情を聞いたと言うが、これでは日本の国会議員ではなく、全く第三者的立場であり、政府の責任追及の材料探しに行ったようなものだ。
民主党の両議員は中国で大歓迎を受けたというが、それはそうだろう、中国側の言い分を「ああ そうだったのですか」とよく聞いてやったのだから。
これでは中国側に足元を見られてしまい、中国側を勢いづかせるだけで、全く国益を考えていないと言わざるを得ない。
この種の情けない政治家は、与野党を問わずかなり見受けられる。我が国の政治や政治家がこんな調子なら、外務省ばかりを責めるわけにはいかないのではないか とさえ思われる。
尚、北朝鮮亡命希望者5人の韓国入国後、日本政府は5人からの聞き取り調査をしたい旨韓国に申し入れているが、韓国は、韓国側の事情聴取を優先させたいと述べている。これは韓国側として当然のことだ。
亡命希望者5人の事情聴取は、領事館を侵犯し、5人を連行した中国に対して主張すべきものであって、5人が亡命希望国韓国に入国した今となっては、日本側の事情聴取は全く意味がないし、我が国には韓国に対して、それを求める権利はないと言うべきであろう。
韓国側はいずれ日本側の事情聴取を認める意向のようだが、その時5人から、領事館内で連行された時 日本はなぜ傍観し、保護しようともしてくれなかったのかと問い詰められたら、日本はなんと釈明するつもりだろうか。
今回の事件については、中国側の主権侵害が厳然たる事実である以上、我が国の主張を取り下げるわけには行かない。
これは日中友好とは別次元の問題であり、お互いに事実を認め合うことこそが真の友好関係につながる。このままだと、日本人はいつまでも中国に対する不信感を抱きつづけるだろう。
また、日本領事館の不適切な対応については、広く我が国のあり方(政府は勿論、官僚、与野党の政治家等々を含む)についてまで十分検証し、その上で責任の所在をはっきりさせる必要があると思うのだが ……。(2002.06.01)
次回は〔第32回〕
「政府、自民党の“規制緩和”の実態」(2002.06.15)
【出来事】
- 5月22日 中国瀋陽日本総領事館で 中国武装警察官に連行されていた北朝鮮住人5人が フィリッピン経由で韓国へ亡命
- 5月25日 台北発香港行き台湾中華航空のボーイング747型機が 台湾海峡海上に墜落 乗員19人乗客206人計225人全員絶望
- 5月26日 大相撲夏場所千秋楽 横綱武藏丸13勝2敗で優勝(14日目に決まる)
- 5月28日 経団連と日経連を統合した「日本経済団体連合会」設立総会 初代会長に奥田碩氏(前日経連会長 トヨタ自動車会長 69才)が就任
- 5月31日 第17回サッカーワールドカップ日韓大会開幕 ソウルW杯スタジアムで開会式
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