◇第41回◇
拉致被害者の帰国問題
去る10月15日 北朝鮮拉致被害者5人が、大変な歓迎の中で20数年ぶりに帰国した。
夫々故郷に帰り 肉親との涙の対面、昔の友人知人らとの感激の再会等が、連日テレビで大きく報道され、テレビを見ながら涙した人も多かったことだろう。
北朝鮮の国家権力による非人道的な拉致により 人生を無残にも踏みにじられ、子供や配偶者を現地に残しての帰国、5人の方々の心境を考えると本当に胸が痛くなる。
ここで我々は、死亡したとされる8人のことを忘れてはならない。
テレビや新聞では、帰国者にだけ焦点が当てられ、死亡したとされる拉致被害者家族に対する配慮が 足りなかったような気がして いささか淋しく思ったのは 私だけだろうか。
私は、帰国者5人の様子を見て、なるほどと思ったことがある。
5人の方々は 生き延びるために 相当な努力をされたということである。
生きるため、早めに気持を切り替え、現地への順応、洗脳や北朝鮮への忠誠を受け入れたことだ。
5人の言動は、そのことをよく物語っている。
そこには、子供たちを いわば人質として現地に残してきたこともあって、北朝鮮の見えざる恐ろしいプレッシャーが 横たわっているような気がしてならない。
5人が感じている北朝鮮の国家権力の恐ろしさは、我々の想像をはるかに超えたものがあるのだろう。
北朝鮮のバッチを常に着けていることも象徴的だ。
マスコミは、5人の真意を問いただすような取材は 極力控えるべきだと思う。それは本人たちを苦しめるだけだ。
5人の話には不自然な点が多々ある。例えば
現地では、不自由のない生活をしていると言いながら、日本人であることを隠して生活しており、子供も親が日本人であることを知らないというし、今回の日本への一時帰国に際しても 家族には旅行とか出張と言って出てきたというのだから、我々には とても理解できない。やはり異常だと言うべきだろう。
死亡したとされる方々の家族は、5人の帰国者に、写真を示しながら 消息を尋ねた。
5人の中には、当初 横田さん以外の家族には 会いたくないと言っていた人も居た。
横田めぐみさんについては、入院していた、亡くなられたらしいとの噂を聞いた等と皆よく語っている。
特にめぐみさんの娘さんについては、5人とも極めてよく知っていた。
しかし、これと対照的に 横田さん以外の話になると 消息は全く知らないと言い、顔をそむけがちだったという。「私達だけが生きて帰ってきて…」と言って涙を流した人も居た。何かあるはずだ。
多分、横田さん以外の他の拉致被害者に関しては、一切喋るなと北朝鮮から指示されているのだろう。
このことからみても、他の拉致被害者が亡くなったというのが事実なら、本当の死因は公表できない、即ち多分殺されたとみるべきだろう。
北朝鮮が示した死亡診断書には 不審な点が指摘されているが、もし殺されたとすれば、まともな死亡診断書などあるはずがない。
日本側の要求に窮して、急遽偽造したものに違いない。
ただ横田めぐみさんについては、北朝鮮は めぐみさんの娘を使ったり、一時帰国者から彼女のことを語らせたりしている点から考えると、うつ病で入院、自殺というのは唯一公表できる死因なのかもしれない。
いずれにしても徹底した真相究明が必要だ。
10月15日 5人の帰国の時、横田めぐみさんの娘が、もしかしたら祖父母に会えるかもしれないとピョンヤン空港に来ていたというのだが、これは実に不自然だ。
一般の人々には 拉致事件の存在さえ知らされていない北朝鮮で、わずか15歳の少女が、自分の意思で一人で空港に行けるはずがない。
これは、なんとかして拉致問題を終結させようとする北朝鮮の戦略の一環だろう。
国交正常化交渉のネックになっている拉致問題を解消するためには、拉致被害家族の会の会長をしている横田さんを懐柔することを まず考えたのかもしれない。
生存者5人の一時帰国をあっさり認めたのも、したたかな戦略だったと思われる。
5人を一時帰国させることにより、家族は勿論 日本の世論は 家族を含めての永住帰国を強く求めることになり、北朝鮮側はこれを逆手にとって 正常化交渉を有利に運ぼうという作戦だろう。
5人が再び北朝鮮に帰って来なくても、子供たちを人質に取っているかぎり、交渉のカードに使える。
20数年前に自ら犯した拉致事件さえも 交渉のカードに利用しようとする北朝鮮の悪らつな実体を、十分認識しておく必要がある。
また、北朝鮮との国交が正常化されれば、家族同士の行き来が自由にできると思うのは大間違いだ。
現に北朝鮮と国交がある国でも、北朝鮮に住む家族との自由な行き来は できない。
5人を北朝鮮に戻さないことにしたのは、賢明だった。
10月25日、フジテレビが平壌で横田滋氏の孫キム ヘギョンさんへのインタビューを行い、大きな波紋を呼んだ。
キム ヘギョンさんの“祖父母に会いたい、どうしてこちらに来てくれないのか”と言うことが 不自然な程強調され 際立っていた。
4回も待ったのに来てくれないと言っていたが、4回とはどういうことか、多分北朝鮮当局が今度は来るかもしれないと繰り返し言ってきたのだろう。
あれだけ慕っていた母親めぐみさんが いつ死んだのかも知らない、墓がどこにあるかも知らない、父親がどんな仕事をしているかも知らないと言うなど不自然な点が多い。
このような場合、父親が付き添ってくるのが常識だが、父親は全く姿を見せないし、帰りは 迎えに来ていた車に乗って一人で帰ったという。
キム ヘギョンさんの父親とされる朝鮮人は、今だに正体不明である。果たして本当の父親かどうかさえも。
キム ヘギョンさんには、言ってはならないこと、言うべきことなどを事前に指示し、北朝鮮側の筋書き通りに答えさせたに違いない。
質問の内容も「これでは まるで警察の尋問のようだ」と横田滋さんが憤慨していたように、幼い少女の気持をひどく傷つけるものでフジテレビの企画は非難さるべきだろう。
フジテレビ側は、このインタビューは こちらが申し入れて 北朝鮮側が応じてくれたもので、北朝鮮側の提案ではないと弁解しているが、結果的には北朝鮮側の戦略、宣伝にまんまと乗せられた形だ。
幼い少女まで正常化交渉に利用することは、決して許されることではない。
拉致被害者救出議員連盟が、一時帰国者は北朝鮮に帰すなとの決議をしたのに続いて、10月23日には 拉致被害家族の会が、一時帰国者5人を北朝鮮に戻さず 現地に残された子供ら家族の早期帰国を求める要望書を 政府に提出した。
翌24日、政府は5人を10月27日頃北朝鮮に一度帰すとの当初の方針を転換し、拉致被害家族の会の要望を全面的に受け入れることにした。
この政府の方針転換は、家族の会が政府に強く訴えたこと、安倍官房副長官らの意向、平沢勝栄代議士ら拉致被害者救出議員連盟をはじめとする世論が大きく影響したと思う。
北朝鮮は、本人たちの意向を尊重したいと言っているようだが、北朝鮮に忠誠を誓わされ、マインドコントロールされているかもしれない本人たちが、北朝鮮に真意を言えるはずがない。
日本政府も、はじめは あくまで本人や家族の意向を尊重すると言っていたが、これも おかしな話だと思っていた。
侵害された我が国の主権を、政府は どのように回復しようとするのか、まず政府の方針ありきだと思うからだ。
本人や家族の意向任せにするというのは、政府の責任回避、無責任な姿勢と言わざるを得ない。
拉致被害者や家族の意向を尊重すべきことは勿論だが、本人や家族が納得すれば それでよいという問題ではない。
拉致事件は、単に拉致被害者やその家族だけの問題ではない。国家の問題、国民全体の問題であるはずだ。
この問題は情緒的に捉えてはならないし、本人や家族の意向を尊重すると言えば、いかにも人道的で聞こえはいいが、この際は決して人道的ではない。
もし当初の方針通り、5人を北朝鮮に帰していたなら、国は5人を見殺しにするところだった。
この上は一刻も早く5人の家族らの帰国を実現しなければならない。横田さんの娘キム ヘギョンさんも是非日本へ呼び寄せたい。
しかし、10月29日〜30日の正常化交渉は、北朝鮮が5人の家族らの引渡しに応ぜず、物別れに終わった。
北朝鮮は、拉致問題は9月17日の日朝首脳会談で解決済みだとか、一時帰国の約束を日本側が破ったため 問題を複雑にした、5人を再び北朝鮮に帰して親子の意思を確認すべきだ等と主張した。
北朝鮮にいる“日本人”を日本政府が帰国させてくれと言っているのに、異議をはさむ権利はないはずだ。
まして拉致という非人道的な国家犯罪を犯した北朝鮮が、これを認めるとか認めないとか言える立場ではない。
いまだに拉致という違法状態が続いていることになる。
こうなれば日朝首脳会談での金正日の謝罪は意味をなさなくなる。
あくまで正攻法で 拉致事件という国家犯罪の責任追及から始めねばならない。
いやしくも拉致事件を交渉の取引やカードに使わせてはならない。
今後とも 政府は、侵害された主権の回復、国権の発動として本人たちの意向とは無関係に、引渡しを求めるという強い姿勢で臨むべきだ。北朝鮮は 人権とか人道問題などは全く通用しない国だということをよく認識しておく必要がある。
拉致被害者やその家族にとっては、しばらくは 非常に厳しい状態が続くかもしれない。まことにお気の毒だと思う。
政府は勿論、国を挙げてそのケアに万全を期すことが大切だ。
そう遠くない日に必ず朗報がもたらされるはずだ。
先日、北朝鮮は、核開発は凍結するとの1994年の米朝枠組み合意に反し、既に数年前から核兵器の開発を進めていることを明らかにした。
広島型原爆程度は完成しているという話もある。
9月17日の小泉訪朝時のピョンヤン宣言には 「朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守することを確認する」と書かれているが、すでにその時点でピョンヤン宣言は破られていたことになる。
10月29日の交渉では、これはアメリカとの交渉事項だと言い、日本との正常化交渉で解決を図る気はないようだ。
核開発問題は我が国や韓国にとっては重大問題だ。事の重大性からみれば、拉致問題より もっと大きな問題だろう。
北朝鮮の核開発はアメリカから言われるまでもなく、我が国としては絶対許すことはできない。
この問題は、アメリカをはじめ国際機関の査察により、核開発の危険性がなくなったことが実証されることが必要であり、それまでは国交正常化はあり得ないとの方針を貫くべきだ。
麻薬の密輸も北朝鮮の国家が関与している犯罪だし、不審船問題など北朝鮮に要求すべきことは、外にもまだ沢山ある。
日朝正常化交渉には、新たに核開発というアメリカも巻き込んだ難問が出てきた。交渉は更に困難な度合いを深めることになった。
私は、前回 (第40回) のホームページで平壌宣言文の不備を批判したが、今にして思うと、やはり9月17日の日朝首脳会談での詰めが甘かったことは確かだろう。
小泉さんも内心では、これほどの国とは思わなかった、してやられたと思っているに違いない。
相手が道理をわきまえない異常な国だけに、拉致問題の原状回復や真相究明は、国際世論に訴える等ありとあらゆる方策を講じ、早期解決を図る必要がある。
(2002.11.01)
次回は〔第42回〕
「不祥事と責任 (その1)」(2002.11.15)
【出来事】
- 10月15日 北朝鮮拉致被害者5人 帰国
- 10月18日 第155臨時国会召集(12月13日まで 57日間)
- 10月23日 拉致被害者家族の会 一時帰国者5人を北朝鮮に戻さず 現地に残された子供ら家族の早期帰国を求める要望書を政府に提出
- 10月24日 現地時間23日午後9時頃 モスクワのミュージカル劇場にチェチェン共和国イスラム武装勢力とみられる約50人が観客ら800人余りを人質に立てこもる
26日ロシア特殊部隊が同劇場へ突入 制圧 人質に死者117人重軽傷者多数
- 10月24日 政府 拉致被害帰国者5人を北朝鮮に戻さず 現地に残された子供ら家族の早期帰国を実現するとの方針を決める
- 10月25日 民主党衆院議員石井紘基氏 自宅前で刺殺される
- 10月26日 プロ野球日本シリーズ開幕 初戦は4対1で巨人が西武を下す
- 10月27日 衆参7選挙区で統一補欠選挙
- 10月29日〜30日 日朝正常化交渉 於マレーシア クアラルンプール
- 10月30日 プロ野球日本シリーズ 巨人が4勝0敗で西武を下し制覇
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