◇第88回◇
コンタクト レンズ
私は、昭和50年代後半、まだ40歳台の時、右目の白内障の手術を受けた。
ある日 突然 異常に気付いたが、その時は 既に右目は ほとんど見えなくなっていた。
左目が正常だったため、右目の異常に気付くのが 遅れたのかもしれないが、急に右目が見えなくなったことは 確かである。
原因不明であったため、カルテには 老人性白内障と書かれたこと、今にして 思い当たる原因は 高校時代のいたずら事件にあったかもしれないことは、〔第27回〕『文化祭のマル秘事項(少年時代の思い出 W)』 で 既に述べた。
白内障の手術は、濁った水晶体 (カメラで言えばレンズに相当する部分) を摘出することである。
当時の手術は、釣針の親玉のような形をした注射針を 目の下に刺して 麻酔薬を注射して麻酔をかける。
麻酔をかけているとは言え、手術をする右目は ちゃんと見えているのだから、実に気持ちが悪い。
二度とやりたくないと思った。
今は、摘出した水晶体の代わりに 人工水晶体(眼内レンズ)を 埋め込むのだが、当時は、人工水晶体挿入技術は、まだ普及していなかった。
その頃までは、摘出した水晶体の代わりに、コンタクト レンズを装用するのが一般的だった。
そのため、私も それ以来、コンタクトレンズの愛用者になった。
平成の初め頃だったと思うのだが、東京から九州の筑豊に出張したことがあった。
飯塚で 夜、宴会があった。
宴会の前に コンタクト レンズを外すのが、習慣だった。酔って レンズを外すのを忘れて寝てしまうことがあるからだ。
この時も、乾杯の前に コンタクト レンズを外そうとして、下に落としてしまった。
探すのが大変だ。なにしろ、相手は直径5ミリくらいの透明な代物だ。皆一緒になって探してくれた。
仲居さんたちは、虫眼鏡や懐中電灯まで 持ってきて 探してくれたが、見つからない。
皆に迷惑をかけるので、レンズの捜索は 打切って宴会を始めた。
左目は正常なので コンタクト レンズがなくても、生活に不自由はない。レンズは、東京に帰って また買えばいいと思った。
その夜は、二次会まで行って宿へ帰った。
出張から帰京して、1週間ぐらい経った朝のことだ。
その日は 天気が良くて、朝の日差しが、朝食のテーブルの下まで さんさんと射し込んでいる。
何気なく足元を見ていたら、そこにキラリと光るものがある。
拾い上げて見ると、それは何と、1週間前に 九州飯塚の料亭で失くしたコンタクト レンズではないか。
あの日は、一次会の後、二次会まで行った。翌日は、車に乗ったり、飛行機に乗ったり、電車に乗ったりして帰宅した。その後も、1週間 毎日、電車で通勤している。
家内に聞いてみると、あのテーブルの下は、毎日掃除機をかけていたと言う。
多分 衣服に付着して運ばれてきたのだろうだが、それにしても 九州で紛失したコンタクト レンズが、どうして1週間後に あの場所にあったのか、今だにミステリーである。
その後、目の定期検診でコンタクト レンズを調べてもらったところ、無数の細かい傷があるので、買い換えた方が良いと言われ、新調した。
我がコンタクト レンズは、九州から我が家まで、文字通り 傷だらけになって 辿り着いたというわけだ。
最近、正常だった左目も 徐々に白内障が進み、ゴルフの時、飛んでいくボールが見え難くなった。
今度は、正真正銘の老人性白内障である。
20数年前の右目の経験から、目の手術は二度としたくないと思っていたが、最近では 手術法も進み、随分改善されたと聞き、思い切って手術に踏み切ることにした。
20数年前の手術の時は 1週間以上入院したが、今は日帰り手術も可能だと言う。しかし、私は自らの意思で2日間入院することにした。
また、麻酔も以前のように注射ではなく、点眼で行うため非常に楽だ。
今回は、水晶体の摘出と人工水晶体(眼内レンズ)の眼内挿入手術だ。
手術に要する時間は 準備時間を除いて 15〜30分ぐらいだろう。
患者の負担は、随分 軽減されている。
最も感動的だったのが、手術の翌朝だ。朝早く 看護婦さんが 眼帯を外してくれるのだが、その瞬間から 世の中が はっきり見える。白は より白く、黒は より黒く見える。私の場合、手術前の視力は、0.7ぐらいだったのが、1.2までよく見える。
人工水晶体を眼内に入れているという違和感は 全くない。
白内障で ほとんど視力を失ったお年寄りが、手術で こんなに視力が回復すれば、本当に感激するだろうと思った。
右目の方は、相変わらずコンタクト レンズを使っていたが、毎日のレンズの脱着は わずらわしいし、最初からあまり具合がよくなかった。
手術がこんなにうまくいくのなら、右目にも人工水晶体の挿入手術ができないだろうかと思い、医師に相談してみた。
医師は、通常の白内障の手術より 多少難しい手術になるかもしれないが、可能だと言った。しかし、積極的に勧めることはなかった。
私は、左目がこんなに良く見えるのだから、右目の手術は多少失敗してもいいと思い、手術の決心をした。
医師に、手術には 多少博打的な要素もあるのかと聞いてみたら、「我々は、博打的な手術は絶対しません。」と言われてしまった。
右目も手術して 人工水晶体を 眼内に埋め込んだため、長年使ってきたコンタクト レンズは もう要らなくなった。
20数年間も体の一部として愛用してきたコンタクト レンズには 愛着があり、今だに捨てきれずに、ケア用品とともに我が家の洗面台の引出しの奥深くに仕舞ってある。いづれ処分するつもりだ。(2004.10.15)
次回は〔第89回〕
「宅急便とゆうパック」(2004.11.01)
【出来事】
- 10月1日 中日ドラゴンズ セ・リーグ優勝決める
- 10月1日(日本時間2日) 米大リーグ マリナーズのイチロー外野手 シアトルでのレンジャーズ戦で年間最多安打記録(1920年にジョージ・シスラーが達成した257本)を破り259本目を記録
10月3日(日本時間4日)の今季最終戦で262本の1シーズン最多安打記録を樹立
- 10月7〜9日 アジア欧州会議(ASEM)首脳会議 於ベトナム ハノイ 小泉首相出席
- 10月7日(日本時間8日) エジプトシナイ半島のホテル「タバ・ヒルトン」でテロによる爆発で死傷者多数
その2時間後保養地ヌイエバ付近のキャンプ場でも2度の爆発により数十人の死傷者発生 (死傷者数等詳細不明)
- 10月9日 台風22号 伊豆半島に上陸
- 10月11日 パリーグ・プレーオフで西武ライオンズが福岡ダイエーホークスを破りパ・リーグ優勝決める
- 10月12日 第161臨時国会召集(会期は12月3日までの53日間)
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