◇ これまでの云 い た い 放 題 ………◇ これまでの云 い た い 放 題 ………◇ これまでの云 い た い 放 題 ………
【2006/08/15】



◇第132回◇
平和を考える

 毎年8月は、6日が広島、9日が長崎の原爆記念日であり、夫々平和記念式典が行われ、核兵器の廃絶、平和の重要性が訴えられる。
15日(敗戦記念日)は、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」ということになっており、毎年全国戦没者追悼式が開催される。
平和と言う言葉が、日本中に溢れるのが8月だ。
平和都市を宣言した自治体が、全国に幾つあるだろうか。数えきれない程ある。
考えてみると、古今東西 平和を頭から否定した者はいない。
我国も昔から、平和の重要性は強調されてきた。大東亜戦争の時代も、学徒出陣に際しての東條首相は、演説の中で「大東亜の平和のために…」と檄を飛ばしている。
軍事優先の独裁国家 北朝鮮でさえ、自らを平和国家だと言っている。
「平和」という言葉が何と空しいことだろう。日本人は「平和」「平和」と叫んでさえいれば、平和が実現すると勘違いしている。

 本当に平和のことを考えるなら、平和のための方策を真剣に考えるべきである。何もしなくて「平和」「平和」と念仏を唱えるだけで平和は訪れてこない。平和を享受するためには、それ相応の努力や代償が必要なのである。
我国が 戦後60年以上に亘って平和を謳歌することができたのは、まことに幸運であった。しかし、勘違いしてはいけない。
それは、我国の安全保障が、日米安保条約により 全面的にアメリカの庇護下にあったからだ。
お陰で 我国は、永きにわたって安全コスト(平和に対するコスト)を払わずに 専ら経済発展に専念することができ、世界第2位の経済大国になることができた。

 核やミサイル等 近代兵器が高度に発達した国際社会では、今や一国のみでの防衛には限界があり、例えば 他国との相互防衛条約やNATO(北大西洋条約機構)のような集団安全保障体制が一般的になっている。
 しかし、日米安保条約については、これが片務条約であるところに問題がある。即ち、米国は日本防衛協力の義務を負うが、米国(米軍)が攻撃された場合は、日本は軍事的な協力はできないことになっている。日本にとっては 虫がいい条約とも言えるが、外国からは 米国の従属国と見られても致し方ない。
これまで 日米安保条約が、外国の脅威に対する抑止力として、我国の平和に貢献してきたことは事実だろう。
しかし、現実に日本が攻撃を受けた時、はたして米国は、自らの犠牲をも省みず、日米安保条約に基づいて日本防衛に立ち上がってくれるという保障はない。
 前述の片務条約から 対等な双務条約(お互いに軍事面でも支援する義務を負う)に改めることが今後の課題だ。
政府は、自衛権はあると言いながら、個別的自衛権はあるが 集団的自衛権は認められないという立場を取っている。
これこそ、国益を無視した憲法解釈の弄びではないか。 そんな理不尽な解釈は即座に改めるべきだ。
自衛権の中には 当然 集団的自衛権も含まれるはずであり、そう解釈すれば 日米安保条約は対等な条約(双務条約)になり、我国の平和と安全に確実に貢献できることになる。

 また国連が、紛争防止や平和維持に十分機能しているとは とても言えない。国連と言っても、所詮 国家エゴの集団であり、更に拒否権を持つ一握りの常任理事国の存在が致命的な欠陥だ。
 それを如実に見せつけたのが先日(2006.07.05)の北朝鮮のミサイル発射事件に関する安保理決議論争だ。
我国は国連憲章第7章に基づく制裁決議の採択を求めたが、中国やロシアが拒否権行使の意向を示したため、我国が希望した国連憲章第7章に基づく制裁決議の採択は実現できなかった。北朝鮮は、国連安保理のミサイル発射の非難決議も拒否している。
 また、最近のイスラエルとレバノンのヒズボラ(イスラム教シーア派組織)との戦闘では、婦女子を含む多数の民間人が犠牲になる等 悲惨な状態が続いたのに、国連はこれを防止することができなかった。1ヶ月を経過した8月11日になって ようやく国連安保理がレバノン停戦決議を採択したが、今後については予断を許さない状況にある。
 国連の実態とはこんなものだ。こんな国連に、我国の平和と安全保障を委ねることはできない。
民主党が主張する国連至上主義で、我国の安全が保障されないことは明白だ。

 平和の有難みを よく噛締めるとともに、平和について もっと突っ込んで考えるべきだ。
 平和国家の代表格のように言われる永世中立国スイスについて考えてみたい。
スイスが国連に加盟したのは、ごく最近の2002年9月であり、当時最後の190ヶ国目の加盟国になった。(現在では、その後独立した東ティモールが191番目の加盟国になっている)
小国スイスは、フランス、ドイツ、イタリヤ等列強大国に囲まれ、近隣諸国からの介入や紛争、侵略を受けやすい地理的条件にあったため、自国の安全保障には、万全の備えをしてきた。例えば
スイスの人口は約740万人だが、約40万人の兵力動員が可能だと言う。
国民皆兵の国だとよく言われるが、ライフル銃等軍事備品は各自 家庭に保管しているため、非常時には48時間以内に臨戦態勢が整うと言われている。
敵の侵入を阻むため、主要な橋には爆薬が仕掛けられ、高速道路は 戦時には軍用滑走路に転用できる設計になっている等、非常時の備えには万全を期しているそうだ。
政府は、3年分の食料を備蓄しているとも言われている。
 このように、スイスは、普段からの努力と万全の備えによって 自らの平和を手にしているのである。

 最近、中韓両国による内政干渉 (歴史認識や教科書問題、靖国参拝問題…etc) や主権侵害行為 (中国の東シナ海での一方的な資源採掘、尖閣諸島の領有権問題、原潜による領海侵犯、韓国による日本固有の領土竹島の不法占拠、北朝鮮による拉致事件、ミサイル発射…etc) が多発し、平和が脅かされつつあると不安を感じている国民も多い。
これは、我国に蔓延する観念的平和論が外交面にも影響を与え、国益に基づく毅然たる外交姿勢の欠如がもたらしたものと言うべきだ。
即ち、極力 相手国を刺激することを避け、事なかれ主義や曖昧主義外交を続けてきた結果、近隣諸国から軽く見られ、付け入る隙を与えてしまった。

 我国の平和は、いずれの国も攻撃しない、いずれの国からも攻撃を受けない態勢が確立されてこそ達成される。
そのためには、国の安全保障には万全を期し、周辺国から 畏怖、畏敬の念をもって見られる国になるのが理想だろう。
 先の北朝鮮ミサイル発射を契機に、敵ミサイル基地への先制攻撃が話題になった。
敵ミサイル基地への一方的な先制攻撃は許されないが、我国へのミサイル攻撃が明確に確認された場合は、そのミサイル基地への攻撃は、自衛権の行使として許されるのは当然だ(正当防衛論からも認められる)。そのためには、平素から それに備えておく必要がある。
東京が、核兵器を積んだミサイル攻撃を受けて 火の海になってからでは遅い。原発が狙われたら…?。
この場合、貴方の国ならどうする?と聞いてみたらよい。何人も反論できないはずだ。 (2006.08.15)

 次回は(第133回)「中国と北朝鮮の関係」(2005.09.01)
  【出来事】
  • 8月2日 東北地方(南部 北部)が梅雨明け
  • 8月6日 第88回全国高校野球選手権大会 (夏の甲子園大会) 開幕
  • 8月10日 ロンドン警視庁 英国から米国への複数の航空機に対する爆破テロ計画を摘発 24人を逮捕
  • 8月10日 小泉首相 モンゴル訪問へ向け出発 エンフボルド首相と首脳会談 於ウランバートル(11日帰国)
  • 8月11日 国連安全保障理事会 レバノン停戦決議を採択(イスラエルとレバノンのイスラム教シーア組織ヒズボラの停戦)
  • 8月14日 朝 首都圏(東京 神奈川 千葉)で大規模停電 交通機関や139万世帯に影響