◇第134回◇
小泉政治を採点すると
小泉首相は、自民党総裁任期満了により今月退陣する。(9月26日の臨時国会で後継総理 選出予定)
平成13年4月26日の総理就任から5年5ヶ月に及ぶ小泉内閣は、佐藤内閣、吉田内閣に次ぐ史上第3位の長期政権記録となった。
これは総理就任当初から、国民の高い支持率に支えられてきた結果だと言えよう。
構造改革と規制緩和を公約の柱に掲げ、思い切った政策を打出す等、取組んだ内容も多岐に亘った。例えば
行政改革、道路公団民営化、郵政民営化、財政改革(国債発行30兆円以内等)、三位一体改革、派閥の解消、靖国神社参拝、北朝鮮拉致問題…etc
目ざす政策実現のためには、前例に捉われない手法も駆使した。
改革的な政策、それをやり遂げるための強い執念が 国民の人気を博したのだろう。
国民の支持を得た政策も 抵抗勢力により阻害されたり、実効が挙がらなかった部分も多かった。
新しいものを目ざす改革には、常に抵抗がつきものだ。
小泉政治は、大部分が抵抗勢力との闘いだったと言ってもよい。
道路公団は民営化は したが、抵抗勢力により、実効面で十分所期の成果を挙げているとは言い難い。
郵政民営化も強力な抵抗勢力を排して実現したが、その成果は今後にかかっている。
行政改革、教育改革、財政再建等は、小泉さんが目ざしたものであったが、次期政権以降に持ち越された。
自民党内の改革では、派閥解消を成し遂げた功績は大きい。しかし、これは、小泉さんだから出来たのであって、今後 派閥政治が復活する恐れは多分にあるだろう。
小泉政治に対する見方は 色々あるだろうが、これまで歴代政権がタブーとしてきた問題にも手をつけ、既得権益に切り込んだことは
、今後の我国政治に大きな一石を投じたことになり、高い評価に値すると思う。
次に小泉政治のマイナス面について考えよう。
小泉さんの公約の一つ、一内閣一閣僚の公約は正しかったが、実行できなかった。
閣内に優秀な適材を配置したとは言えない部分もあった。
その最たるものが、田中真紀子氏の外相登用だ。小泉総理実現に 真紀子氏の功績があったかどうか知らないが、もしそれが論功行賞的なものであったとしたら、それは小泉さんの大汚点だ。
大臣の任命には、男女の別なく、人気に左右されず、最優秀の適材を登用べきことは言うまでもない。
小泉さんの外交については、評価できない面もある。
2002年9月17日に北朝鮮を訪問して、金正日に拉致問題を認めさせたことは評価さるべきだ。
しかし、その時の日朝平壌宣言は、お粗末としか言いようがない。金正日が拉致問題を認めて 謝罪したとは言いながら、宣言文には、拉致の「ら」の字も書かれていない。
逆に過去に対する我国の謝罪や北朝鮮に対する経済支援等は、明確に書かれている。
こんな一方的な文書は、国益に反し 調印しない方が良かった。
日朝平壌宣言の後遺症は、これからも続くだろう。参照 ⇒日朝平壌宣言(クリック)
2004年5月の2度目の小泉訪朝には 見るべき成果はなく、わざわざ総理が行くべき筋合いのものではなかったとの意見も多い。
小泉さんの北朝鮮政策の基本的な過ちは、当初から国交正常化を前提にしていたことだ。
ならず者国家 北朝鮮の推移をしばらく見守り、まともな国になってから 国交正常化は考えるべきだ。今の北朝鮮は とても国交正常化の対象になる国ではない。小泉さんは当初から北朝鮮に対する認識を見誤っていた。
2004年5月に小泉さんが、北朝鮮の出先機関とも言うべき朝鮮総連の全体会議に祝意を伝えるメッセージを送った事件には、大部分の国民が不快感を覚えた。
今夏の小泉さんの靖国神社参拝をめぐってのマスコミの騒ぎ方は 常軌を逸したもので、これには多くの国民が不快感を持ったはずだ。靖国問題を必要以上に煽り立てるマスコミの姿勢は 極めて遺憾だ。
小泉さんは、8月15日の参拝を公約していたが、中韓両国の反発に配慮して これまで毎年8月15日を避けて参拝した。
今年は、公約通り8月15に参拝した。信念に基づき、最後に公約を守ったことに対しては敬意を表したい。
しかし、過去5回 8月15日を避けて参拝した中韓両国への配慮は、逆効果だった。中韓の外交カードとしての機能を高める結果にしかならなかった。やはり公約通り、最初から 毎年 8月15日に堂々と参拝すべきであった。
また、不戦の誓い等という言い訳は 不適切だ。
戦後60年も経過しているのに、今だに先の大戦を引きずったような釈明は現実離れしている。我国の平和主義については、平和憲法を見るまでもなく、戦後一貫した我国の姿を見れば分るはずだし、今更説明するまでもない。
中韓両国の反発に対しては、もっと毅然とした積極的な説明をすべきだった。即ち
靖国神社問題は 国内問題であり、中韓両国の不当な内政干渉であることを 強く表明すべきであった。
A級戦犯問題は、我国では既に昭和28年の国会で名誉回復されており、日本の評価は中国とは違うことも明確にすべきだったと思う。
靖国参拝に関する小泉さんの説明は、あまりにも遠慮がちであったこと、毅然とした明快な説明がなかったことが、問題を複雑にしたと言えるだろう。
靖国問題以外にも、我国は、中国や韓国から 言われなき内政干渉や主権侵害を受けている。
小泉外交には、国益に基づく主張や毅然たる姿勢に欠け、相変わらず曖昧主義、事なかれ主義外交に終始した。
その結果、我国は中韓両国に足元を見られ、付け入る隙を与えてしまった。
小泉さんは、やはり外交は得意分野ではないようだ。それなら 外務大臣には優秀な人材を登用すべきだったのに、前半はそれも誤った。
外交分野の構造改革については、見るべきものはなかったと言うべきだろう。
小泉政治にも、やはり功罪はあった。見方によって 評価はさまざまだろう。
小泉さんは、或る時は抵抗勢力に囲まれ、或る時は孤独の中で良く頑張ったと思う。
郵政民営化で見せた強靭な信念には、驚嘆すべきものがある。
小泉さんは、思い切った政策を数多く掲げたため、次期政権以降に積み残した課題も多い。ある意味では、これからの政治の問題点や目標を示したとも言える。
戦後の歴代首相の平均点を50点とすると、小泉さんには 80点位はやってもいいと思う。
小泉さん、ご苦労様でした。
(2006.09.15)
次回は(第135回)
「自民党総裁選を振り返る」(2006.10.01)
【出来事】
- 9月6日 秋篠宮妃紀子さま 帝王切開で男子ご出産 12日の命名の儀でお名前は「悠仁(ひさひと)」と決まる
- 9月7日 小泉首相 第6回アジア欧州首脳会合(ASEM)等に出席のためフィンランドのヘルシンキに向けて出発(12日帰国)
- 9月8日 自民党総裁選告示 安倍晋三(51) 谷垣禎一(61) 麻生太郎(65)の3氏が出立候補届出
- 9月10日 大相撲秋場所初日(両国国技館)
- 9月11日 宇宙航空研究開発機構 情報収集衛星光学2号機を積んだH2Aロケット10号機の打上げ成功(種子島宇宙センター)
- 9月12日 民主党代表選告示 他に立候補なく小沢一郎氏の無投票再選決まる 9月25日の臨時党大会で正式承認(任期は2008年9月までの2年間)
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