夜空を真紅に染める炎に、赤い装甲が映える。
官軍の中でもひときわ異彩を放つ「赤の軍団」・・・

指揮官の名を「曹操」と言った。巷では二つの名前を持つ男である。
ある人は彼を、どうしようもない放蕩者だと罵り、
またある人は、天下を動かすことのできる傑物であると賛辞を贈る。

その彼が、ここ穎川で黄巾賊と交戦した ―――――


「我が君、斥候に探らせた所、敵のほうがかなり数が多いですな。」
同行している男が言った。彼の名は夏候惇、字を元譲と言う。
曹操とは同族の男で罪人だったが、曹操が見込んで自軍に編入した男である。
「いかがいたしますか?」
彼の問いに、曹操は即答した。
「聞くまでも無い、所詮は賊だ。一突きしてやれば大混乱を起こすだろう。」
自信に満ちた余裕の表情を浮かべる。
「元譲、一仕事して欲しい ……」
そして、その日のうちにわずかな兵とともに彼は姿を消した。

その後、曹操は、指揮官および各個体の隊長を召集して軍議を開いた。
「斥候によると、賊軍は約2万。我々の10倍と言ったところだ。
交戦地は左に山があり、右はなだらかな丘陵となっている所にする。
相手は今まで数度にわたり官軍を打ち破っているので、士気盛んで
あろうことは容易に想像がつく。そこで、子孝、お前に700の兵
を与える。敵の出鼻をくじいて来い。」
「しかし、殿、それでは …」
子孝と呼ばれた男、曹仁が反論した。
「敵の出鼻をくじくなどできるはずがございません。もし我が君が
私に死を命じているのならば、兵士だけでもお救いくださるように
お願いします。」
曹操はいつもに増して冷静な口調で答えた。
「失敗は良くあることだ。そのようなことに責を問うつもりはない。
しかし、やらずして逃げることを私は許さない。どうこう言わず
準備するように。明日の朝に攻撃を仕掛けるので、そのつもりで準備
を怠るな。」
曹仁は何も言わず幕舎を出た。

曹操は続けて他のものに命令した。
「全軍、機動力を優先せよ。兵は軽装にしておくように。」
そして、その日の軍議は終了した。

翌日の昼過ぎ、曹仁は不思議な気持ちで出陣した。
とにかくやってみるしかない、そう考えていた。

その日、両軍は曹操の指摘した地形とは全然違う所で交戦した。
数の上で勝っている賊軍は、勢いに乗って押して来たので、
曹仁の部隊は早くも崩れてきた。
そもそも、積極的ではなかった曹仁は、失敗の責は問われない
ことが頭に残っていたので、すぐに撤退を決めてしまった。
「全軍、退却せよ!」
その号令に、賊軍は更に勢いを増して追撃してくる。
砦を守っていた賊軍までもが追撃に出てきた。


日が傾いてきた。いくら追撃したであろうか、賊軍は見晴らしの良い丘陵の
上まで追撃してきた。その時、彼らは自分たちの本営から
炎が上がっているのを目にした。その時、初めて賊軍に動揺が走った。

その瞬間を待っていたかのように、周辺の山々からドラの音が鳴り響き、
旗指し物が山々の木々のように翻った。

―― 「所詮は賊だ。真偽を疑う余裕など無かろう。
お前は兵を二つに分けて配備しておいてくれ。」
あのとき、曹操様はそう言った。
「まず、お前は今日中に山の目立つ所に旗指し物を並べて敵を
驚かせる準備をしておいてくれ。
もし賊の旗色が良くなれば必ず砦を空けて追撃してくるだろう。
そして、敵が砦を空けたら一隊は砦に火を放って、それを合図に
もう一隊に偽兵の計を実行させる。そうすれば賊は大混乱に陥るだろう…」
「しかし、冷静を取り戻されたら我が軍は窮地に立たされますが」
曹操の言葉を遮って反論する。
「元譲、お前はお前の仕事を完璧にこなせばよい。
後はこの私を信じろ。貴君はその後は敵の後ろから突撃すればよい。
この戦、必ず勝てる。賊に頭の使い方を教えてやろう。」
「はっ、承知しました。」

―― 夏候惇は自らの仕事を完璧にこなした。
そして、賊軍を目指して一直線に突撃した。

その瞬間の賊軍の動揺は計り知れないものがあった。
その瞬間を待っていた曹操は、間髪をおかず全軍に命じて賊へと突撃した。
その機動力優先の軍隊は賊軍に立て直す暇を与えなかった。
賊軍はさらなる大混乱をおこして、もはや統率は不可能な状態となった。
そのうえ、指揮官である曹操自身が先頭に立って、数多くの賊を斬った。
曹操の強さを目の当たりにした賊は、更にひるんでしまい、
もう収拾する術はなかった。

陽が沈み、夜空に星のカーテンが引かれた頃、賊軍は完全に壊滅していた。
討ち死にしたものが多数、残る者どもは四方八方へと散った。

官軍の快勝であった。 ―――――


「全軍、隊を整えよ!」
「進め!」
曹操陣営の兵卒、指揮官共々自分達が快勝したことが信じられなかった。
曹操を除いては。
「この程度で奢ってはいけない。次もこう上手くいくとは限らぬ。」
大いなる自信と、対をなす冷静さに自らの成功の予感を感じていた ―――