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祝!P−CLUB初の海外進出!

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2003.2.17.(月曜日) IT WAS
米国・グアムインターナショナルカントリークラブ
6358yds. PAR72 参加人数1組4名
創立6年目にして遂にP−CLUBが海外に初進出した記念すべき大会。2月16日(日)午前に大阪の関西国際空港から飛行機にて出発した選手団一行は同日夕刻、無事定刻どうりグアム国際空港の地を踏んだ。早速ツアー会社の添乗員の案内でグアム島内随一の繁華街「ホテルロード」沿いの某ホテルに到着しチェックイン。休むまもなく某ホテル内のポリネシアンダンスショウ&ディナーショウへと向かいウェルカムパーティを開催した。



会場ではポリネシアンダンサー達の伝統的なダンス(ファイアーダンスなど)を鑑賞しながらチャモロ料理に舌鼓をうち、翌日に控えた初の世界大会への英気を養うと共にお互いの健闘を誓った。
変わって翌日、午前7時に開催コースのバスにピックアップしてもらって全選手コース入り、参加選手どの顔も
国内でラウンドするときよりも神妙な顔つきでチェックインしている様子が印象的だった。

栄えある国際大会の舞台に選ばれたのはグアム中心街のタモン地区から車で北へ約10分程離れた割と近いゴルフ場、「グアムインターナショナルカントリークラブ」である。このコースはかの有名な岡本綾子プロが監修したコースで自然の地形を活かした、うねるフェアウェイとヤシの木と池を効果的に配した景観の美しいコースである。しかしその美しい景観とは裏腹にフェアウェイはクラブヘッドに絡みつくことで有名なバミューダ芝と所々(特にグリーン周り)にあるティフトン芝(ボールが沈みやすく芝の上に乗っていてもインパクトの瞬間までボールの下を潜るか芝の抵抗を受けるか判別しにくいアプローチ職人泣かせの芝)が生育されており、なおかつ芝は所々まばらでその下の土は火山土(俗に言う赤土)でヘッドが跳ね返される程の堅さで当然の如くグリーンも堅くバックスピンがほとんどかからず転がってグリーン奥まで出てしまう程のライである。また常に吹き付ける風は強く、クラブ選択をさらに困難なものにしていた。そしてフェアウェイを外すと赤土で重たいバンカーと膝の丈程あるブッシュが大きく口を開けて待ち構えており、ブッシュに打ち込むとボールを発見することは不可能なほどのジャングルぶりであった。
そんな日本のゴルフ場とは全く異なる未知なるコースコンディションの中、熱戦の火蓋は切って落とされた。一番ホールから強風が吹き荒れティショットを曲げるプレーヤーが続出、ブッシュに打ち込んだりしてロストボールが次々と重なり、いきなり大乱戦の印象を残した。

その中で今大会唯一のグアム島でのゴルフ経験者(しかも同一コース!)のはずの「京の大魔神」山内.R選手は自身のゴルフ人生の中でも経験のないほどのラウンドブランク(2ヶ月)と前月末に口腔外科手術をし体調面と練習不足を露呈し飛ばず、当たらず、寄らず、入らずの散々ゴルフで最初の3ホールをなんと9オーバーも叩き見事に大魔神撃沈され早々と戦線を離脱、以下はどんどん無くなっていくロストボールとの闘いに専念せざるを得ない程の低迷ぶりで結局最初のハーフをここ数年叩いたことのない「60」をマーク、後のハーフは持ち前のテクニックを駆使して弾道の低いティショットを打っていたが大会よりも翌日のリベンジの練習ラウンドをしているような印象を残した。

また今大会より正式に入団を果した「ジゴロ」永松.N選手は持ち前のステディなゴルフで優勝を密かに狙っていたが日本出発前から風邪気味でグアムに来てからの温度変化に順応しきれずまた、すくい打ち気味のスイングが赤土のライに跳ね返され調子を取り戻せぬままに最初のハーフを「59」とこちらも近年希に見る大叩きで優勝争いから一歩後退した印象があった。しかし後半のハーフではその温かい気候に体調も上向き、徐々に調子も取り戻しスコアも上向きになり、いつもどうりのスコアにまとめたが午前のハーフの借金を取り戻すまでには至らず優勝には一歩及ばなかった。
今回の旅行が初海外旅行となる「超新星」山田.K選手は他の選手に騙され唯一貸しクラブでプレーする事となり、また初めて体験する南国のコースコンディション、18ホール続けてラウンドするスルーラウンドスタイルなどに戸惑いは隠せずこちらも大叩きを重ね「京の大魔神」山内選手とロストボール合戦を繰り広げる始末。午後のハーフの後半にようやく気持ちが落ち着くとともに貸しクラブとの相性も良くなりつつなり快調にスコアを積み上げる「スナフキン」瀬戸.M選手を猛追した。しかし他の三選手のような自分のゴルフを確立できていないまだまだ発展途上のゴルフではラストスパートをかける事もできず戦前は優勝候補に挙げられていて本人も2度目の公式戦優勝を飾る気満々であったが惜しくも優勝に届かなかった。

他の参加者が次々とかつてないくらい自滅していく姿を尻目に世界中どんな所でもマイペースな「スナフキン」瀬戸.M選手はその自身の持ち球が「エンジェルレイパー」斉藤.K選手と一、二を争う高度たっぷりのショットで強風には不利との周りの風評にも何食わぬ顔でビッグショットを連発、ローカルルールにも助けられその持ち前の飛距離で次々とバーディを奪い、なんと1ラウンドで3つのバーディを奪う大活躍を見せた。一説によると持病の腰痛もこのオフシーズンで静養して快方へ向かっていたのと温かい気候で腰痛が爆発することなくフルスイングする事が出来た為とも言えよう。結局このコンディション下では上出来とも言える今大会唯一の二桁スコアとなるグロス「90」をマークしネット「83」で2位の「超新星」山田.K選手に2打差をつけて快勝した。
瀬戸.M選手は昨年秋の東海大会「P−CLUBゴルフ・クラシック2002」に続き公式戦通算2勝目を飾り、また文句なしの新設された新ベストグロス王座(現東海べスグロ王座)も獲得する2度目の完全優勝で前戦(昨年度最終戦)丹後大会でのべスグロ王座(現関西ベスグロ王座)と併せて前人未到の4冠王という大偉業を達成した。
プレー終了後は着替えもせずに全選手開催コースのバスでホテルに戻りしばし休憩の後、夕方にはマイクロネシアンドリーム号に場所を移しサンセットクルーズ&ディナーショーで表彰式を開催、水平線に沈む夕日に感動し、おかまのボビーちゃんのディナーショウにおなかを抱えて笑い、優雅なひとときを過ごしお互いの健闘を称え合うとともに次回世界大会の開催、参加を誓った。
余談だが翌日、気分良く「スナフキン」瀬戸.M選手と「ジゴロ」永松.N選手達はグアムのマリンアクティビティでマリンスポーツを満喫する一方で苦杯を舐めた「京の大魔神」山内.R選手と「超新星」山田.K選手は前夜にABCストアで底をついたボールを購入し同じコースにリベンジへ向かったのは言うまでもない・・・

第17代P−CUP優勝者・・・瀬戸.M選手(ネット83/グロス90)
初代ワールドカップ優勝者・・・瀬戸.M選手(ネット83/グロス90)
初代べスグロ王者・・瀬戸.M選手(グロス90)
(現東海べスグロ王座) *コースレコード
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