「 タイガー 」
東.K
AZUMA.F
東海支部メンバー
会員No.AKK001
デビュー戦・・・2008年4月(第55回大会)
テーマ曲・・・ 「 未定 」
得意なクラブ・・・ ウェッジでのアプローチ
趣味・・・ 映画鑑賞
好物・・・ 麻婆豆腐
使用ボール・・・ ONE BLACK[NIKE] 使用キャディバッグ・・・ NIKEタイガーモデル(NA)
9.5インチ[NIKE]
使用クラブ・・・(1W)SQ TOUR460[NIKE]/(3W、4W)SQ[NIKE]/(5W)T60[NIKE]/(4〜9,P)プロコンボフォージド(NIKE)/(52°、58°)SV[NIKE]/(PT)WHITE HOT XG[オデッセイ]
タイトル歴・・・P-CLUBゴルフ・クラシック2008優勝、第?回岩六会コンペ優勝、他通算2勝。第?回岩六会ベストグロス獲得通算1回獲得。第14代P−CUP東海王者
中学生時代の1981年に父親の影響で英才教育を受けるべくゴルフを始める。そのごも父親の厳しい指導の下練習に励んでいたが、まだまだ遊びたい年頃なので次第に反発するようになり一時は極度のゴルフ嫌いになる。しかし反発はしながらも自分の中に宿るゴルフ好きの血は争えず練習やラウンドはしなくてもゴルフクラブだけは欠かさず握り続けてきた。その後月日は流れ社会人になった時に仕事の付き合いで再びゴルフと向き合うようになる。そうするうちにゴルフに対する熱が沸々と再燃し2006年にP−CLUB東海支部に多数の選手を輩出している柴野門下に入り、そこで丹下東海支部長と出会う。その後断続的にP−CLUB出場を打診されるが仕事の都合や自分自身の技術に対してGOサインを出すことが出来ず参戦しない日だけが経っていった。そして2008年4月、地元の至宝「東海べスグロ王座」が他支部(関西支部)に流出したままでしかも王者の【風神】冨川.T選手に連続防衛記録「4」の大記録までたてられた東海支部の至宝奪還の為の「風神包囲網」の秘密兵器として投入された2大新兵器のひとりとして華々しくデビューを果たした。その東海支部公式戦「P−CLUBゴルフクラウン2008」大会はメジャー初出場のプレッシャーとコース戦略が重要視されるコースを初プレーというハンデを背負い、なおかつ東海支部の大きすぎる期待に押しつぶされたのか満足するプレーをすることができず不発に終わった。しかしP−CLUBの雰囲気に好印象を持ち、翌月の関西支部公式戦「P−CLUBゴルフ・レボリューション2008」大会に連続参戦、ここでの捲土重来を図ったがこちらも精神的に不利なアウェーの地、初めてプレーするコースでコース戦略が立てられない等でここでも気合が空回りしOBを連発、惨敗を喫した。しかし2戦を通じて団体のカラーを気に入り同日、P−CLUBに正式入団を果たした。3度目の正直を狙った地元東海大会、同年10月の「P−CLUBゴルフ・クラシック2008」では4月大会と同じコースでコースマネジメントはバッチリ、練習でゴルフの調子もバッチリ、気合バッチリで万全の状態で望んだ大会で周囲の期待を大きく上回る「79」のスコアを叩きだしデビュー初年で早くも東海王座を手中にした。しかし肝心の東海べスグロ王座は絶対王者【風神】冨川.T選手に一打足りず至宝奪還には至っていない。長身とバネのある身体から放たれるスイングが綺麗で無駄が無く、飛距離もP−CLUBでも指折りの飛ばし屋で一度ハマれば尊敬するタイガーウッズのように猛チャージをかけるが一度崩れだすとなかなか修正が効かないところまでタイガーウッズに似ている面白い存在である。かつては尊敬するタイガーウッズに倣って自分の体力や技術に関係なくタイガーモデル、タイガースペックのクラブを使用していてスコアがまとまらなかったが、ここ最近はタイガーウッズと同じクラブメーカであれば同じスペックにこだわらないように方向転換してからはスコアが一気に上昇した。しかしクラブのメーカー、ボール、ウェア、ヘッドカバーまでタイガーウッズにリスペクトを込めて同じメーカーを愛用するこだわりようは代表の【京の大魔神】にも通じるものがある。ちなみにゴルフのモットーは「飛ばしにこだわる」で目標はいつの日かプロになることで向上心はいくつになっても終わらない求道者である。今後は地元東海支部の至宝「東海べスグロ王座」の奪還を果たすことと地元東海支部のみならず他支部にもどんどん参戦しフェニックス王者になることだ。・・・あ、そうそうあとはP−CLUB内で様々な活躍をしてこのプロフィールページのタイトル歴やこのコメントを充実させて愛する娘達に見せて父親の威厳を見せ付けることだ!

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