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| 「 サルーキ犬 」 | ![]() |
| 奥田.H H.OKUDA 関西支部メンバー |
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| 会員No.OTH001 | |
| デビュー戦・・・1997年11月(第2回大会) | |
| テーマ曲・・・「 ビューティフル・フライト 」 | |
| 得意なクラブ・・・ ミドルアイアン | |
| 趣味・・・スキー、ゴルフウェア購入 | |
| 好きな食べ物・・・ そば | |
| 使用ボール・・・ ビーム (ブリヂストン) | 使用キャディバッグ・・・アダバット(NA) |
| 使用クラブ・・・(1W)グレート・ビッグバーサ・ホークアイ[キャロウェイ]/(4W)ビッグバーサ・ウォーバード[キャロウェイ]/(3I〜PW、SW、AW)MAXFLIツアーキャビティ[ダンロップ]/(AW)コンダクターYG[マルマン]/(PT)STR[ピン] | |
| タイトル歴・・・P-CLUBゴルフ・クラウン2006優勝、P-CLUBゴルフ・レジェンド2002優勝、第8、17回雄遊会優勝、他通算5勝。ベストグロス獲得不明通算?回獲得、第3代雄遊会年間MVP獲得。第9代P-CUP東海王者、初代P−CUP丹後王者 | |
| バブル経済真っ只中の1990年頃仕事上の付き合いと当時通っていた美容室「べるまいん」のスタッフ達に誘われてゴルフを始める。真面目な性格でゴルフを上達させるにはスクールに通うのが一番という理由で醍醐ゴルフセンターの教室に通いメキメキ上達し僅か1年ほどで100を切り、3年目には80台をも狙える位置まで急成長する。1993年11月、前記の「べるまいん」のゴルフコンペ「涼遊会」の番頭的存在として活動していた時期に当時ゴルフ歴半年の新人選手として同店の顧客であった山内代表と知り合う。同氏とは美容室でや山内代表が当時アルバイトしていた練習場が奥田選手のホームグラウンドの醍醐ゴルフセンターで同練習場で顔を会わせるうちに親しくなる。1994年には当時「べるまいん」の若手顧客たちが立ち上げた団体「雄遊会」コンペ大会への参戦に関して「涼遊会」とトラブりそれを期に雄遊会への移籍を果す。同会では失踪した初代会長に代わって2代目会長の職につき同会を引っ張っていたがその時に数々のアイデアを持ち合わせていた山内代表を登用、奥田会長の右腕として重宝した。1997年雄遊会の慢性的人材不足解消のため山内代表がP−CLUBを設立すると同時にバックアップを宣言、理解を示すとともに自身も大会に参戦していた。2000年6月、雄遊会内で勃発した分裂騒動で山内代表とともに当年度末をもっての雄遊会脱退を決心、表明し任期期間終了翌日に開催された「P−CLUBゴルフ・ウォーズ2000」大会をもってP−CLUBに円満移籍を果した。その落ち着いた佇まいと毎回上から下までトータル・コーディネイトされた「アダバット」のお洒落なウェアでナイスミドルの評判を得ている。ちなみにニックネームの「サルーキ犬」は同ブランドのブランドキャラクターであり、彼の着用するウェアにはどこかにその犬が存在している。彼のゴルフは切れのあるアイアンショットと確実性のあるドライバーショットでスコアをまとめていたがもともとよりアプローチとパッティングに悩んでいたが山内代表と練習に励み苦手意識も克服されてきた。しかし年齢とともに持病の腰痛と老眼に悩まされ現在はスコアにまとまりが無く伸び悩んでいる。山内代表の提唱する理念に共感し良き相談役として活躍するがまだまだ老け込む年ではないだけにタイトル戦線への返り咲きを密かに狙っている。2002年11月にはP-CLUB丹後支部旗揚げ戦にてP−CUP初優勝を飾る。また2006年4月にはこれまた大雨の東海大会でも優勝を飾り自身の勝利は全て雨天の大会という「レインマスター」振りを大いに発揮している。当面の目標は継続参戦している連盟加盟団体の主催する大会(P−CLUB、エル・ラティーノ会、走らなあかん会)での優勝を飾り完全復活への足がかりとすることだ! | |