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| 「 雷 神 」 | ![]() |
| 瀬戸.M SETO.M 関西支部メンバー |
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| 会員No.STM001 | |
| デビュー戦・・・2000年11月(第8回大会) | |
| テーマ曲・・・「COMPRENDES MENDES?」 | |
| 得意なクラブ・・・ パターのアプローチ | |
| 趣味・・・ 競馬、競艇、ギャンブル全般 | |
| 使用ボール・・・ XXIO (ダンロップ) | 使用キャディバッグ・・・リバーコース(BK) |
| 使用クラブ・・・(1W)XXIO AXソール[ダンロップ]/(1W)T−ZOID[ミズノ]/(4W)HSWU[メーカー不明]/(3I〜P、A)ビッグバーサX−12アイアン[キャロウェイ]/(S)ツアーステージHM−55[ブリヂストン]/(PT)マリード・メタル[コブラ] | |
| タイトル歴・・・P-CLUBゴルフ・ボヤージ2006&2009 |
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| 19歳頃に当時の仕事仲間(夜の商売)達の間でゴルフを始めようと話題になり始める。その後付き合いでゴルフをする程度であったが持ち前の明晰な頭脳で科学的にゴルフを分析しみるみる上達する。1998年10月に当時勤務していた職場の同僚の主人に連れられ雄遊会の第15回記念1泊コンペに参戦、山内代表と知り合う。その後1999年3月雄遊会に入団、会員達と交流を深めるが特に山内代表と意気投合、同氏と共にプライベートラウンドを精力的にこなす。2000年夏、突如勃発した雄遊会内部分裂騒動では立場的には山内代表と敵対するようになるが心情的には山内氏に同意し、ますます友好を深める。同年11月に山内氏が雄遊会を退団後は雄遊会の副会長に就任、新しいリーダーとして手腕を振るう一方同じ連盟に加盟しているよしみで山内氏の主宰するP−CLUBに雄遊会代表として初参戦を果す。その後も山内代表と一蓮托生で連盟加盟団体の「エル・ラティーノ杯」や「走らなあかん会」にも次々と参戦を果し、行く先々で驚異的な飛距離で話題を集める。2001年11月には活動が縮小している雄遊会に所属する一方自らの活動の場を求めP−CLUBに正式入団を果す。誰もが驚く驚異的な飛距離を生み出すドライバーショットと80ヤード以内は別人かと思わせる拙いアプローチで人気を集める。しかし一度アプローチでパターを持つとどんなに困難なライであろうともピタリとワンピン以内に寄せるアプローチパターのテクニシャンぶりを発揮しそのチグハグな姿がトレードマークになっている。腕前の割には優勝経験が少なく、2000年の雄遊会チャンピオンシップに優勝するまでは「無冠の帝王」の異名をとっていた。またラウンド中に話すしゃべりは話題豊富かつマシンガンのようにまくし立て、同伴競技者の集中力を乱すのに一役買っている。しかしその呪術ぶりはいやみが無く陽気で「陽の瀬戸、陰の小倉」と評される事もしばしばである。2002年9月に開催された「P-CLUBゴルフ・クラシック2002」にてP−CUP初優勝を果たし東海王座を獲得したのを機に同年11月の丹後大会にてべスグロ王座(現在は関西ベスグロ王座に名称変更)獲得、さらには翌2003年2月に開催された初の海外大会「P-CLUBワールド・カップ2003」グアム大会にて初代世界大会王座と従来のべスグロ王座がその規模の大きさから関西支部専属なった為新設された初代べスグロ王座を生涯2度目の同時獲得(完全優勝)し、今まで保持していた2冠と合わせて前人未到の4冠王の快挙を達成した。2006年7月には滋賀県で開催された対外競技「α-STATIONゴルフミーティング2006」では並み居る強豪を退け優勝の快挙を成し遂げ、我が団体から初の勝利者となった。2009年8月には山陽支部公式戦「P-CLUBゴルフ・ボヤージ2006」大会で優勝を飾り、4度目の公式戦優勝を果たした。現在の目標はいまだ手にしていない他支部王座(関西、丹後、沖縄、四国)の奪取と昨年惜しくも僅差で2位になったフェニックスランキングで王座を獲得することだ!ただいま一緒に海外ツアーを組んでゴルフしてくれる人募集中! | |