![]()
| 「 京の大魔神 」 | ![]() |
| 山内.R R.YAMAUCHI エグゼクティブ・プロデューサー (チーム・エピキュール) |
|
| 会員No.YRR001 | |
| デビュー戦・・・1997年5月(第1回大会) | |
| テーマ曲・・・「GLASS SHATTERS」 | |
| 得意なクラブ・・・アプローチ(ピッチショット) | |
| 趣味・・・プロレス観戦、食べ歩き、飲酒(バカ飲み) | |
| 好きな食べ物・・・鶏料理全般、東京【デリー】のカシミールカレー、東京【パク森】のパク森カレー、京都【老安記】の水餃子、江ノ島【しらすや】の生しらす丼、東京【みそ膳】のみそこってりらーめん、京都【エル・ラティーノ】のエンチラーダス、京都【くるみ】のおろしハンバーグ、博多【だるま】のとんこつラーメン、横浜【均昌閣】の棒々鶏、広島【ナチポック】のナチポック鍋、京都【いな福】の湯葉カレー、京都【龍門】の麻婆丼、京都【so−b】のso−bバーガー、ミナミ【彩宴】のサイコロカルビ、京橋【まつい亭】のイカスミもつ鍋、京都【アジェ】のホソ塩、京都【韓国さくら亭】のハネシタ、広島【元祖へんくつ屋】のスペシャル、宗右衛門町【一宙】のわら焼鰹たたき | |
| 使用ボール・・・ツアーステージ UX−ARROW (ブリヂストン) |
使用キャディバッグ・・・エピキュール(WB)8.5インチ |
| 使用クラブ・・・(1W)ツアーステージV700/(3W)ツアーステージC500/(5W)ツアーステージF−ST/(3I〜PW)ツアーステージV3000/(P/S,SW)J’sクラシカルエディション カッパーフェース/(PT)オリジナルパター[オリジナル] | |
| タイトル歴・・・P-CLUBゴルフ・ボヤージ2008優勝、P-CLUBゴルフ・パラダイス2006&2009優勝、P-CLUBゴルフ・スピリット2006優勝、P-CLUBゴルフ・レジェンド2005優勝、P-CLUBゴルフ・タイフーン2009優勝、P-CLUBツアー6th.,9th.優勝、’94&’96雄遊会マスターズ優勝、’94&’98雄遊会クラシック優勝、第21,23回走らなあかん会優勝、48、54回京都川梅水曜会優勝、第8回涼遊会優勝、第3,4,5回さざんか杯優勝、ゴルフサミット1st団体優勝、他通算24勝。第4,9,10,11,22,26,38,41,44,45,49,57,58,63,64回P−CUPベストグロス、P−CLUBツアー16th.ベストグロス、第2,4代雄遊会年間MVP獲得。第4,7,9,10,17回雄遊会ベストグロス、第6回エル・ラティーノ会ベストグロス、第13,14,20,23,24回走らなあかん会ベストグロス、第4回&第17回&第19回さざんか杯ベストグロス、第54回京都川梅水曜会ベストグロス、第3,4,7回福引会ベストグロス、第13回雄駿倶楽部ベストグロス獲得、通算35回獲得。第2代&第5代P−CUP沖縄王者、第7代&第11代P−CUP山陽王者、第2代P-CUP丹後王者、第2代P-CUP四国王者、第3&7&14&18代P-CUP関西ベストグロス王者(総防衛回数2回)、第5代P-CUP東海ベストグロス王者、第4代山陽べスグロ王者、第3代&第5代ベストグロス王者(総防衛回数5回)。第36代&38代&41代&第59代&第63代&第64代P-CUP王者、2001タマノイ酢よみうりオープンプロアマ大会8位、初代&2代&3代&5代&6代&7代P−CLUBフェニックス王者 | |
| 言わずと知れたP−CLUBの首領。雄遊会在籍当時の1997年同会の人材不足の解消のためと所属会員の奥様、彼女達も楽しめる場の提供をと思い、新団体「P−CLUB」を設立。以後「初心者がマナー、技術共に腕を磨くことができる場及びカップル、夫婦共で参加できるアットホームな活動場所の提供」をモットーに会発展の為、日夜アイデアと人脈をフルに活用している。氏自身としては年齢の割には交遊関係が広く様々なゴルフコンペに参戦し、数多くの勲章を手に入れ一時はタイトル泥棒の異名を獲る。しかし2000年7月にそれまで所属していた雄遊会の運営姿勢を巡り他の幹部と対立、退団してからは理想の団体像を確立すべくP−CLUBと氏が2000年1月に設立した上部統括組織「京都ゴルフサークル統一連盟」加盟の団体が主催するコンペに限定して参戦し組織の充実に力を注いでいる。自身の団体の大会ではもっぱら下位に甘んじているが他団体への参戦ではかつての爆発力で大暴れ、毎回異なるカラフルでド派手なウェアでフェアウェイを闊歩し、一旦戦闘モードに入れば誰もが近寄りがたく、話し掛けられない程の形相で大暴れするまさに彼のニックネームが示すとおり「大魔神」に変身する。彼の普段のおちゃらけたキャラクターと大魔神変身後の豹変振りは有名でいつしかそう呼ばれる様になった。そんなキャラクターや容姿とは裏腹に正確なドライバーと多彩なアプローチ、柔らかいパッティングでスコアを拾い捲る姿は意外と技巧派の印象を与える。最近はコンペよりも競技会に多く参戦し自身が所属するゴルフ場の月例競技会にも時々参戦し一度は97人中4位の好成績を収める。現在のJGAオフィシャルハンデは14(2004.1現在)。また1999年より2001年までは毎年春に開催されるよみうりオープンプロアマ大会地区予選には毎年参加、2001年大会は参戦3年目にして初めて地区予選を通過、決勝大会も135人中18位の好成績で通過し念願の「2001タマノイ酢よみうりオープンプロアマ大会」に出場、トッププロの藤田寛之プロとラウンドを経験した。2002年8月には団体登録している「Gサークル」の関西在住有力4団体が集まっての「関西ネットサークル懇親コンペ」にもメンバーを引き連れて殴りこみを果たし、ショートホール4ホール中2ホールでチップインバーディを飾るという華麗なアプローチで存在感をアピールした。また同大会ではその特出したキャラクターを大いに発揮し他団体から注目を浴びる。また彼のここ一番での勝負強さは有名でP−CUP関西ベストグロス王座の連続防衛記録を「2」とし、最多連続防衛回数レコードを樹立する。その後も関西べスグロ王座に史上最多の3度の帰り咲きや東海べスグロ王座の獲得など様々な記録を打ち立てている。さらに精力的に外へ打って出る姿勢が実を結び2002年度から制定されたP−CLUB年間最優秀選手「初代フェニックス王者」にも3年連続で王座に君臨する。2004年6月には生涯累計ラウンド数400ラウンドを記録、さらにP−CUP公式戦連続出場記録も「38」を記録し現在も更新中!2005年11月には丹後支部公式戦で悲願のP-CLUB初優勝を飾り、初参戦から優勝までの未勝利記録「35」の記録も残した。2006年6月には沖縄支部公式戦「P-CLUBゴルフ・パラダイス2006」大会で優勝&べスグロを獲得し「沖縄王座」「ベストグロス王座」に保持している「山陽王座」「丹後王座」「山陽べスグロ王座」と併せて前人未到の5冠同時制覇の偉業を達成した。現在ではP−CLUB内でも「山陽王座」「丹後王座」「沖縄王座」「四国王座」「関西べスグロ王座」「東海べスグロ王座」「山陽べスグロ王座」「ベストグロス王座」と8つの王座の獲得経験があり、その豊富な経験が物語っている&鉄人ぶりが結果として残っている。彼の夢は憧れるトッププロの金子柱憲プロとラウンドすることとP−CLUBメンバーの100人化、そして大会開催回数を他のどの団体よりも数多く開催することだ!その為今日も街の何処かで人材&スポンサー発掘の旅に飛び回る! | |

