埼玉県と周辺の公園ガイド−公園へ行こう! |
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| 「古代蓮の里」の古代蓮 |
水城公園・忍城址(行田市)訪問日 2001.9.22ほか 撮影日 2001.9.22
城下町行田のシンボル
城下町行田。「忍城(おしじょう)」は古く文明年間(1469〜1486)に、山内上杉氏配下の豪族成田親泰が築城したとされ、関東七名城【太田城(茨城県)、宇都宮城(栃木県)、唐沢山城(栃木県)、金山城(群馬県)、前橋城(群馬県)、忍城(埼玉県)、川越城(埼玉県)】の一つに数えられました。 1590年、豊臣秀吉と小田原北条氏の戦い(小田原の役)で、石田三成らによる水攻めを受けます。この水攻めは失敗に終わり、別の形で開城するわけですが、「浮き城の町 行田」とのキャッチフレーズとなって今に残りました。自虐的に聞こえるかもしれないけど、「浮き城」とは水攻めされた忍城に由来しているのですね。 この戦いにより、成田氏100年の支配が終焉し、徳川家康の持ち城となりました。以後、松平氏を経て阿部氏が城主となり、184年の長きに渡って忍10万石を支配しました。明治維新でも戦火を逃れ、廃藩置県により二の丸に忍県の県庁がおかれましたが、明治6年に、なんと競売されて解体されてしまったそうです。今から考えれば信じられないことですが、当時はそんな時代でしたよね。 1978年(昭和63年)、忍城の本丸跡に再建され、行田市郷土博物館と合わせて広さ2.5haの区画が整備されました。再建された天守(実際は天守ではありませんが、便宜的に)は代用である御三階櫓(ごさんかいやぐら)で、現在は資料館になっています。関宿城みたいですね。行田市郷土博物館から入り、階段で4階まで上がることができます。 行田市郷土博物館では行田の歴史を垣間見ることができます。入場料が高校生以上200円、小・中学生が50円。9:00〜16:30(16:00以降は入館不可)が開館時間。年末年始のほか、月曜日、祝日の翌日、毎月第四金曜日が休館だそうです。駐車場もありますが、ちょっとわかりにくいかな。国道125号沿いです。 水城公園は桜の名所
忍城址から歩いてすぐのところに「水城公園」があります。 忍城はとても広く大きな城でした。取り壊されたあとお堀の跡が、忍沼と呼ばれる大きな沼になったほどです。その沼が埋め立てられて現在の市役所や市立体育館が作られました。末端部分が「水城公園」として開園したのが昭和39年だそうです。広さ約10.3ha。 水城公園の広場には桜が200本植えられていて、桜の名所として知られてもいます。ほかには、太公望で賑わう「しのぶの池」、ホテイアオイが咲き乱れる「あおいの池」、コミュニティセンター「みずしろ」などがあります。「みずしろ」は集会所でしょうか。三階が児童センターになっています。ぼくが行ったときは将棋をさす地元のおじいちゃんたちで一杯でした。「みずしろ」の向かいには秩父鉄道で走っている(らしい)SLが展示してありました。 水城公園の真ん中を道路が走っています。その西側の芝生広場周辺が花見スポットで、市民広場と呼ばれています。ホテイアオイは東側。 子どもの遊び場は少ないかな
園内至るところに石碑が立っていて気になりますが、田山花袋の「田舎教師の碑」が目を惹く程度で、やれ名誉市民だ明治の偉人だとか言っても大臣程度では…。 それだけでなく、駐車場も狭いし、整備状態もあまりよろしくありません。とても古臭い印象の強い公園です。観光地としての匂いは強いようですが。 子どもの遊び場はほとんどありません。道路を挟んで東側に老朽化してすべり台やブランコがある程度。 滝があって池に流れ込む小さな流れで水遊びができそうですが、先には池がありますから、ちょっと怖くて安心して遊ばせられません。日本庭園の池に鯉がたくさん泳いでいますので、そこで喜ぶ程度でしょうか。でも、小さい子を連れての水辺は怖い。 「行田市郷土博物館」で自転車が借りられるようですので、クルマは博物館に停めて、自転車で周って見るのも良いかもしれません。集客がどうかわかりませんが、行田って埼玉でも指折りの観光地だったのですね。勉強不足でした。 |