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東日本大震災
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全壊全焼した実家

 1995年1月17日、神戸では大きな地震がありました。幸いに私の家は六甲山の北側で被害も少なく無事で
した。当日妻の母は長田の病院に入院しており、病院は火事になりました。妻の姉と妹の夫が救出に行ってく
れました。

 私の両親は東灘に住み、築後50年の家は全壊全焼です。その日たまたま来ていた東京の叔母は柱の下敷
きで被災しました。火の手が出る前に父や近所の方々が助け出してくれていました。私の家に3人を連れて帰
り、叔母は近くの妻が当時アルバイトをしていた病院に入院しました。歩けるようになり退院するまでに2ヶ月が
かかりました。母は、その間白内障の手術で2回入院し。妻の姉も大きな手術で大阪の病院に入院しました。
 妻もその間小さな交通事故を起こしたりしました。当時神戸の人は、多かれ少なかれみんな同じような物語が
あったのではと思います。

 両親と1年間一緒に暮らせて良かったと思います。その間、妻と子どもたちが本当に良くしてくれました。感謝
です。

 多くの人が避難所での生活、そして仮設住宅に住み、その後復興住宅へと向かいました。その間の気づきと
して「野宿者支援」が始まりました。「神戸の冬を支える会」は、その年生まれた市民グループです。いろんな曜
日に夜回り(主に安否確認)したり、現在は火曜・木曜・土曜日に炊き出し、木曜日は加えてお風呂・散髪・物資
の配給・生活相談・医療相談をしています。

交流部屋でのチラシから

 夜回りは、6つのグループ(三宮・元町・湊川・生田川・大倉山・メリケン)に分かれて行きます。

 メンバーの思いはそれぞれ、様々異なっています。健康を気遣う人、高齢者に生活保護を勧める人、私は「友
に会いに行く」と、言った感じです。背伸びせず自分の背丈にあったやり方で続けていければうれしいです。

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友から友へ