イエス・キリストはADHDであったのか
(ADHDから見たキリスト教)
= 狩猟民と農耕民という考察 = |
|
今、机の上に2冊の本があります。どちらも発達障害の研究と治療で有名な先生たちの著作と訳本です。
発達障害とは、脳の機能障害により比較的低年齢から起こる障害で、小中学校の通常学級に6.3パーセントのいると言われています。人との関わりが苦手な広汎性発達障害(自閉性)と、知能は遅れていないのに学習が苦手な学習障害と、注意が散漫で集中することが苦手なADHDと呼ばれるものなどがあります。(私は、DSM-4の診断基準で自己採点するとこのADHDに該当します。)
「子ども虐待という第4の発達障害」杉山登志郎著(学研)
発達障害の臨床に取り組んでおられる杉山先生は、脳の健全な成長には完全な愛の実現が必要で、虐待を受けて育った子どもは、発達障害によく似た症状を示すだけでなく、気質的な変化(脳の体積や重さの減少)もきたし、生まれながらの発達障害よりも深刻であると言われています。
一方、トム・ハートマン著「なぜADHDのある人が成功するのか」田中康雄監修(明石書店)では、生まれながらのADHDを障害ととらえるよりも、文化的な遺産ととらえています。
トム・ハートマンは、人類を太古からの狩猟民と、その後台頭してきた農耕民に分類し、それぞれの特性を述べています。田中先生によれば、別の視点から精神科医の中井久夫先生も巨視的な観点から狩猟民と農耕民についての論文を書かれているそうです。
狩猟民にとっては、遠くのかすかな変化も見逃さない鋭い感覚が必要です。また、狩りの途中で最初に狙っていた獲物よりも良い獲物を見つけると、新しい獲物にすばやく切り変える自由さを持ち、逆に言えば熱しやすくさめやすいというADHDの特性を示します。
一方で中井先生は、その後台頭してきた農耕民は、全員が同じ作業をする方が都合良いので、社会が脅迫的な構造を作り始め、秩序と順列を重んじます。狩猟民は、狩猟で得た獲物をみんなで分け、その日のうちに食べ尽くすのに対し、農耕民には、貯蔵という概念が生まれ、そこに貧富の差が登場します。
まちがいなく、現代は農耕民の社会であり、遺伝的に2%は存在するといわれる狩猟民にとっては実に生きにくい世の中であります。中井先生は、田んぼが何故四角いかを考えると、1つは管理しやすいためであり、もう1つはそのために野山を切り開いた結果だと言われています。狩猟民が自然との共存を目指すのに対し、農耕民は自然への対決姿勢をあらわにしたと言えます。
考えてみれば、クリスマスに幼きイエスを最初に認めたのは羊飼いたちでした。また、イエスの弟子の多くは漁師たちでした。聖書に登場するペテロもパウロもADHD的な行動をしています。
(裸が恥ずかしいと服を着て水の中に飛び込んだり、イエスと同じように水の上を歩こうとしたりします。変容の時は嬉し過ぎて、「幕屋を3つ建てます」と宣言したりします。)
なによりもイエス自身がADHD的であります。旧友有末氏は、十字架上のイエスを目も見えない、耳も聞こえない、身体の自由も利かない障害者と位置づけ、また境界線を越えた最初のバリアフリーの人であると「障害者の神学」をうち立てました。私も、これに「発達障害の神学」を加えたいと思います。
先日カウンセラーで文化庁長官であった河合隼夫さんがなくなられました。河合さんは、生前日本の個人主義にふれ、欧米の個人主義は神との契約の上になりたっている。その基盤のない日本に表面上の個人主義が入ってきたら利己主義となってしまうと警鐘をならされていました。
旧約聖書を読みますと、キリスト教の母胎であるユダヤ教は狩猟民の信仰であることが本当によく分かります。
旅する教会とは、福音宣教とは、まさに狩猟を意味していると考えられます。
トム・ハートマンさんは、ADHDの人が成功するために2つの条件を挙げています。1つは、小さい時に心傷つけられず暖かく見まもってくれる良き理解者(大人)がいることです。もう1つは、仕事の時に協力してくれる農耕民のパートナーの存在です。条件の2つともが人であることは、大いに納得のいくものです。
神が私たちを愛してくれたように、私たちも互いに愛し合いたいものです。 |
|
|
|
|
|
この論説は、「心の残った本」に入れるか迷ったのですが、敢えて「私の聖書」で発表したいと思います。
「自閉症」について調べているうちに、魔女と黒猫に行き着きました。犬のようにしっぽを振らず、気位が高く、知らぬ間に消えたかと思うと知らぬ間に帰ってくる、特定の人にしか接触を好まず、まさに自閉症です。今ひっそりと暮らしている自閉症の人々に、現代の魔女狩りが始まっています。同じような研究をする人がいるもので、イギリスの学者で「天の邪鬼」伝説に自閉症を見る人がいます。わざと人の嫌がることをする天の邪鬼、特別な能力があり、人まねを得意とするまさに自閉症です。アメリカの学者で、自閉症を異邦人と呼ぶ人がいます。私が密かに尊敬し目標としている学者です。理解し得ない文化と言葉・しぐさを持ち差別と偏見の対象は、まさに自閉症です。
カナーが「自閉症」について発表したのが1943年です。翌1944年にアスペルガーも、同じ「自閉症」ということばで発表しました。カミュがその前年の1942年に小説「異邦人」を発表します。さらにその4年前にサルトルは「嘔吐」を発表しています。一見自己否定に見える実存主義ですが、二人はそれぞれフランスのレジスタンス運動に参加し、ともに戦後1945年にカミュは「ペスト」を、サルトルは「自由への道」で内的世界の変化を自己開示しています。
私は訳の分からぬまま中学時代に「実存主義」にはまり、カミュとサルトルに傾倒していたのです。中3の時に洗礼を受けましたが、そのときの霊名パウロは、ジャン・ポール・サルトルのポールから取りました。ホーム・ページ「吉川康夫の勝手口」のアドレスがpaulである理由です。
さて、使徒行録を読みますとパウロはサウロの時は、「嘔吐」・「異邦人」を発表した当時のサルトルとカミュと同じ種類の人間であったのではと考えています。そして、サウロがパウロに替わったように、第2次世界戦を通してサルトルとカミュは回心したのでないかと推理しています。2人には、一体何が起きたのか。学者ではないので敢えて、暴論を展開します。
人は人のために生きること。そして成り行きに身を任せることこそ意味がある。これは、精神分析のフランクルも実存主義の「自己疎外からの自由への解放」と通じるのではないのでしょうか。
追)4冊の本のあらすじは、人生を変えた本の中の「心に残った本」をご覧下さい。 |
|
|
|
|
|
聖書には様々なハンディキャップを持つ人々が登場します。マルコ2章2節には、中期寝たきりの人が登場します。ヨハネ5章2節には歩けない人が、マルコ5章1節には精神疾患の人たちです。ルカ17章12節にはハンセン氏病患者が、ヨハネ9章1節には生まれつき目の見えない人が登場します。
その生まれつき目の見えない人に対して人々はイエスに質問します、「この人が目が見えないのは、この人の罪ですか。それとも両親の罪ですか。」と。これに対してイエスは、「この人の罪でも両親の罪でもなく神の栄光を表すためである。」と、言われました。この栄光について様々な考えが、あります。多くの考えは、後のイエスの奇跡物語(その人が見えるようにすること)です。しかし、私はそうは思えないのです。何故なら直ることが栄光ならば、直らない人たちは栄光を表さないことになります。これは、有末さんの考えと一緒です。イエスの栄光は、十字架にかかることと考えています。映画「パッション」を見て再確認しました。私は今、さまざまなハンディキャップを持つ友がいます。ハンディキャップを持つが故に、敏感になり何が真実なものかを見極めている人たちです。 |
|
|
|
|
|
野のはなの皆さん、ずいぶんとお久しぶりです。あれから3年。ようやくシナピス障害者デスク「フレンドリー」も立ち上がりました。前回の「野のはな」に、池田さんがナチスの収容所を訪問したことが載っていました。ナチスのことに触れて、最近心が動かされたことを少し書きたいと思います。
11月2日学校の先生に、3年ぶりに妻と会いました。私の人生を決定した先生です。その前は、25年ぶりのことでした。指定された伊勢佐木町のホテルに現れた先生は、杖をついて歩きにくそうでした。いつものように、まず私の仕事の話、次に2人の子どものことを聞いて下さいました。そして、話は最近出された本「人間形成の臨床教育心理学研究」(正・続)になりました。話の中で、3つの町が話題に上りました。
1つ目は、ベルギーのゲールです。たくさんの精神的ハンディキャップを持つ人たちがホーム・ステイして暮らしている町です。2つ目は、ドイツのベテルです。ベテルには、知的ハンディキャップを持つ人たちが暮らしています。3つ目は、アメリカのペンシルヴァニア・トレーニング・スクールです。パールバックが娘さんを託すと決めた場所です。今回は、2つ目のベテルを紹介します。と、言っても私はまだ行ったことがありません。ゲールの行き方を教わっている時に薦められた町です。
ドイツ北部にあるベテルは、フリードリヒ・ウオン・ボーデルシュヴィンク牧師によって創設され、今では約5,000人の人たちが暮らしている施設です。(最も多い時は、20,000人を越えたこともあったという)。この町は、あのナチスを追い返した町として有名です。ナチスは、多くのユダヤ人を殺したことは、知られています。しかし、同時に1939年9月1日から1945年5月7日までの5年8ヶ月の間に「安楽死」させられた「知的ハンディキャップ」の人は、約25万人と言われています。ナチスの「安楽死作戦」に対して抵抗した人がいなかったわけではありません。しかし当時のヒットラーの権力とナチスの蛮行の激しさに抵抗することは、自分の死を覚悟するものでした。そうした中で、奇跡的に「成功」したのがベテルです。「まず私たちを処罰してくれ」という激しい抵抗に、ナチスは撤退したと言われています。しかしナチスは何度も押し掛けて、残念なことに「犠牲者なし」は間違いで、80数名の知的ハンディキャップの人がナチスの手に渡され、1,000名以上の人たちが「断種」の手術を強制されたことが分かっています。
ナチスの考えは、生きるに価値のないものは安楽死させるのが良いというものです。いろんな理由で働けないもの、ただ生きているだけに見える人は、生きる価値がないというものです。限られた食料しか残っていない時、どうやって人は分けていくのでしょうか? 働いて鉄砲の弾を造れる人から食料を渡していくのでしょうか。それとも、反対に弱い人、高齢者、病者、子どもから食べてもらうようにするのでしょうか。ユダヤ人を殺していったナチスの蛮行を聞くと、平和を願う私たちは、戦争に反対します。しかし同時に「安楽死作戦」の話を聞くと、人の価値は何なのかと自問してしまいます。先生からいただいた本の中にヒントがありました。ご自身が、アウシュヴィッツで死を覚悟しなければならなかった体験をもつビクトール・フランクルに触れ、「生きること」より「生かされること」の価値を大切にしたいと望みます。
面談が終わって、「伊勢佐木町を見て帰りなさい。上品な町だから。」と言われました。先生は、杖をついて伊勢佐木町を案内して下さいました。教えてもらって良かったです。そうでなかったら、青江ミナの歌しか知らない私は伊勢佐木町を新宿の歌舞伎町に似た町と勘違いをしていたでしょう。「上品に生きなさい。」という言葉を思い出しながら、妻と歩きました。きっとゲールもベテルもペンシルヴァニアも上品な町なのだろうと思います。また、妻と歩きたいと思いました。夢が3つ増えました。
(参考文献:伊藤隆二退官記念号「人間の価値と教育についての覚え書き」) |
|
|
|
| A障害を持つ子どもの母「なお旅を続けられるイエスに従った」 |
|
神戸地区住吉教会の吉川と言います。目に見えない障害者を代表して、お話をさせて頂きたいと思います。私の診断名は、ADHD(注意欠陥多動障害)です。別名に片付けられない女達・のび太ジャイアン症候群・学習障害・エジソン症候群等々いろんな名前がついています。
私は、小さい時から落ち着きがなく、算数以外の勉強は出来ませんでした。吃音(どもり)を心配した学校長の勧めで神戸聾学校へ通った経験があります。そんな私の夢は、言葉の先生になることでした。
夢はかない、言葉にハンディキャップある子ども達、身体にハンディキャップある子ども達、知的な発達にハンディキャップある子ども達、最近は虐待を受けてしまった子ども達や援護の必要な高齢者と関わる仕事をしています。そんな、私がとても気になる事件が起きました。
長崎の幼児殺害事件です。加害者の12才の少年に広汎性発達障害・アスペルガーという診断がおりました。専門家たちは、被害者になることはあっても、加害者になることはないと言います。事件の要因は別にあると言います。しかし、残念なことに差別と偏見がいっぱい起きました。
今日は偏見や差別の話ではなく、それを乗り越えた一人のお母さんの話をしたいと思います。お母さんの名前は、パールバックです。「大地」や「母よ嘆くなかれ」を書いた小説家です。パールバックには、知的な発達に重いハンディキャップある娘さんがいました。パールバックは小説の中で、診断を受けた時の衝撃を詳しく書いています。なぜ、娘にだけ障害があるのか? 私が悪かったのだろうか? 自分を責めます。
まずパールバックは娘さんを直そうと努力します。しかし、リハビリだけでは解決しないことに気づきます。次にパールバックがしたことは、全米中の旅でした。自分が死んだ後のことが心配で、娘さんの後見人探しの旅に出るのです。たくさんの専門家に会い、また施設を見てまわりました。そして、パールバックは良い施設とそうでない施設の簡単な見分け方を発見するのです。皆さんは、なんだと思われますか? 良い施設とそうでない施設の見分け方。施設で暮らす利用者さんの笑顔でしょうか? パールバックが発見したのは、施設の善し悪しは施設の長、園長先生が人間的にすばらしいかどうかで決まるというものです。それからパールバックは、英語で「スピリッチュアリティー」日本語で人間性・精神性・霊性とでも言うのでしょうか、心を大切にした生き方をするのです。パールバックはノーベル文学賞を得るのですが、それはパールバックの才能、努力もあるのでしょうが、娘さんが果たされた役割が大きいと思います。その後、パールバックはアメリカ兵とアジアの女性の間に出来た子ども3人を引き取り暮らします。パールバック自身がスピリッチュアリティーな生き方をしたのです。
聖書の世界にも多くの障害や病を持った人たちが登場します。イエスに出会い、癒されますが、その後必ず「なお旅を続けられるイエスに従った」とあります。
フランシスコの祈りのように、 慰められるよりも、慰め合うことを
理解されるよりも、理解し合うことを
愛されるよりも、愛し合うことを願って
今日私たち障害者は、「シナピス平和人権ネット障害者デスク『フレンドリー』」を立ち上げたいと考えます。 |
|
|
|
| @2001年WHOの改訂版に寄せて「10人の重い皮膚病」 |
|
絶望的な世の中を見ながら、今私はとんでもない大きな変革と同時代に生きていることを感謝しています。時代は、イエスの時代とよく似ていると思います。イエスは神の国の実現のためにたくさんのハンディキャップを持つ人と交わり一緒に食事をしました。たくさんの奇跡物語がありますが、イエスはいつも「立って自分で歩け」と、命令されます。ペタニアの池で水が氾濫した時にその水に一番早く掛かると癒されるという奇跡を信じて池のほとりに横たわる人が文句を言います。「誰も私を運んでくれない。」と。イエスはその人に「立って自分で歩け」と言われます。このもの語りの「立って歩く」とは、自立のことではないかと考えています。とらわれ身からの解放です。自分で歩かない人は、ハンディキャップのない人の方が多いかも知れません。
もう一つ聖書の話をしたいと思います。10人の重い皮膚病の人を癒す話です。イエスは、10人に祭司に身体を見せるように言います。10人は道の途中で清くなります。癒されたと気づいてイエスの元にもどって来たのは1人だけでした。その一人にだけイエスは「おまえは救われた」と言います。この物語には、「清くされた」「癒された」「救われた」という3つの言葉が明確に区別されて書かれています。「清くされた」とは、直ったという意味だと思います。直ることが癒されることだと多くの人は思います。直って癒されることもあるし、癒されないこともあります。反対に直らなくっても癒されることもあります。リハビリだけで解決することではないのです。更に「癒される」のと「救われる」のは、違います。聖書では、「救われる」とは、イエスについて行くと書いてあります。2001年の改訂版は身体の@特徴A活動B参加となっています。重い皮膚病もそれが清くなるのも身体の特徴です。ぞろぞろと祭司に身体を見せに歩く(活動ですね)、その結果癒されるのですが、最終的に救われるとは、イエスと共に旅する事、イエスの仲間に参加することになります。人類がようやく掴んだ心理をイエスはなんと2000年前に言っているのですね。 |
|
|