【報 告】
公開授業
アレン・ネルソン講演会
ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」
〜沖縄、イラク、憲法問題を考える〜


日時:2月2日(月)15:00−17:30
場所:大東文化大学板橋校舎3号館1階011教室


 杉田ゼミでは、沖縄ピース・ツアー(研修旅行)の事前学習の一環として、ベトナム帰還兵で平和活動家アレン・ネルソン氏の講演会を企画した。イラク問題・憲法問題に直面する中、多くの人々ともにネルソン氏の話を共有したいと考え、公開授業とした。
 当日はあいにく冷たい風雨に見舞われたが、ゼミ員以外に、他学科の学生、学外の一般の方、東京新聞の記者などいろいろな方の参加が得られた。合わせて40人ほどが参加し、90分ほどの話に熱心に耳を傾けた。

 講演者のアレン・ネルソン氏はニューヨーク・ブルックリンに生まれ、1965年18歳で海兵隊に入隊し、地獄のベトナム戦場を体験した。帰還後はPTSDに苦しみ、治療に18年を要したという。23歳の時、小学生たちに戦場体験を話したことを契機に、日米両国で精力的に講演活動を続け、戦争の実相と無意味さを訴えている。とりわけ、1995年の沖縄の米海兵隊員による少女暴行事件に衝撃を受け、以来毎年のように沖縄を訪れ、沖縄からの米軍基地撤去を呼びかけてきた。
 以下は、ネルソン氏の話の大要である。
「私たちは、ベトナム入りの前に金武町のキャンプハンセンで訓練を受けた。沖縄での訓練では実弾に変わり、村人に知らせずに村を包囲する演習もやった。
(ここでネルソン氏はボードに人型の的の絵を描く)銃撃訓練の標的は本国では丸型だったが、沖縄ではそれが人型に変わった。訓練で人体のどこを狙えと教えられるか?(ここでクイズになる。「頭を狙えと教わると思う人は?」と問い、手を上げてもらう。以下、腕、足、心臓と訊いていく)答えは、頭でも腕でも足でも心臓でもなく、下腹部だ。最もはずしにくく、かつ、敵を長く苦しめる部位だからである。
 訓練が終わると、町へ行き、酒を飲み、ケンカをし、女性と遊んだ。タクシーは料金を踏み倒し、要求されるとドライバーを殴り倒した。女性に対しても同様。軍人は暴力的になる訓練を受けており、暴力性を基地の中に置いてはこない。事件が起きると、司令官は謝罪はするが、暴力的行為が訓練の成果として喜んでいる。

 私は、ワクワクしてベトナム入りした。戦争映画ではハンサムなヒーローが登場し、BGMが流れる中、女性と子供を救うから。そんなイメージを持っていたが、13カ月のベトナム体験は全く違っていた。戦場では、自分しか救うことしかできない。敵が寝ていても、食事中でも、トイレをしていても、待つことなく殺すのみである。
 戦争で苦しむのは女性と子どもと年寄り。男を殺したあと、女・子どもを探すのは簡単。おなかを空かせた子ども泣き声で居場所がわかる。年寄りはついて行けず、ジャングルの中で孤独に死んでいる。 村を襲撃したあとは、死体を男・女・子どもの3つの山にまとめる。そこにいない人間は死んだ人か、死にかけている人だが、探さなければならない。それには、2種類の発見法がある。一つは死体にたかるハエの音を聞きわけることで、もう一つは死臭をかぎ分けることである。本当の戦争には臭いがある。死体が腐る臭い、肉が焼ける臭い。血と火薬の臭い。

 私を変えた一つの体験がある。防空壕で15、6歳のベトナム女性に遭遇した。荒い息づかいをして逃げ出さずにいた。足の間から何かが見えた。赤ん坊であった。軍隊ではどうやって新しい命を生み出すのを手伝うかなど教わらなかった。赤ん坊が手の上に押し出された。母親はそれは手から奪い取って逃げていった。
 そこから私は全く違う人間になっていた。ベトナム人が人間であることに気づいたのである。それまで彼らは人間ではなく、「グックス」であり、共産主義者でしかなかった。国家は交戦相手の人間性を否定するのが常。例えば「ジャップ」は「ラット」と音が似ており、ネズミのように思っている。日本軍にとっても米英は「鬼畜」であった。今も米兵はイラク人をサンド・モンキーと蔑称している。同様のことは、パレスチナでも、アフガニスタンでも各地で起こってきた。
 沖縄戦でも20万人の沖縄人が犠牲となり、女性は道端で出産することもあっただろう。1995年に12歳少女を海兵隊員がレイブ事件を起こしたが、戦後占領下で何百人もの沖縄女性がレイプされた。いまも子ども達は基地に囲まれ、戦闘機や戦車の姿が日常化している。米兵の交通事故で何千人もが死傷している。

 私は、95年の事件をきかっけに米軍・米兵が沖縄・日本から撤退するように多くの人と団結して運動してきた。1996年年に来日した時、日本の憲法9条を紹介された。それを呼んだ時、ガンジーかキングが書いたかと思った。日本は9条のお陰で戦争を知らずに済んでいる。親たちは息子が戦場で命を落とすことを心配せずに済んできた。アメリカ・イギリス・中国・オーストラリア等、主要な国々の子ども達はみな戦争を知っているが、日本の子ども達は知らずにすんでいる。今の首相はその子たちに戦争を知りなさいと言っているかのようである。
 9条のおかげて救われてきた日本の学生は、今度は9条を救う番である。それは、自分たちのためだけでなく、世界の人々にとっても重要なことである。世界平和は、アメリカではなく、日本から、この場から始まる。」

 ネルソン氏は、最後に、学生たちに対して、インターネットを通じて世界の同世代の若者と交流して、もっと世界に目を向けてほしいという期待を述べた。
 全体を通じてとりわけ印象的だったのは、アメリカ人であるネルソン氏が日本の憲法9条の価値を繰り返し強調していたことである。いわく「憲法9条は核兵器より強い−憲法は戦争を止め、あなた達を救うが、核兵器は人を殺すのみだから」この情勢の下、日本人として、深く考えさせられるメッセージであった。


◆前日まで参加された沖縄平和大会の疲れも見せず、ご自身の重い体験と平和への熱い思いを語って下さったネルソンさんと、明快・即妙な通訳をしていただいた中村さん、さらに日程調整等のコーディネートをして下さった写真家の嬉野京子さんにこの場を借りて厚く御礼申し上げます。
◆なお、ネルソン氏の体験は、近著『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』(講談社, 2003年刊)に詳しく書かれています。
                               (文責 杉田)