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暴力についてのセビリア声明 (1986年) 中川作一訳 平易版 |
前 文
この「声明」は希望のメッセ−ジです。それは、平和は実現可能である、戦争は終わらせることができる、と言っています。それは、戦争の苦しみ、傷つき倒れる人々の苦しみ、家を失い家族を失って取り残される子どもたちの苦しみは終わらせることができる、と言います。それは、戦争の準備をするかわりに、先生、本、学校のような人やもののために、医師、医薬品そして病院のためにわれわれはお金を使うことができる、と言います。
この「声明」を書いた私たちは、北から南から、東から西から、多くの国々からきた科学者です。この「声明」は世界中のたくさんの科学者の組織によって承認され、公刊されました。その科学者は、人類学者、動物行動学者、生理学者、政治学者、精神医学者、心理学者および社会学者を含んでいます。
私たちは戦争と暴力の問題を今日の科学の方法で研究しました。もちろん知識には終わりはありません。いつか人々は、今日私たちが知っているより以上のことを知るでしょう。しかし、私たちはもっとも新しい情報に基づいて率直にお話しする責任を持っています。
暴力と戦争はわれわれの自然な生物学の一部であるから、終わらせることができない、という人たちがいます。私たちはそれは真実ではない、と言います。奴隷制および人種と性による支配はわれわれの生物学の一部であると主張する人がいました。現在の私たちは、彼らが誤りであったことを知っています。奴隷制は現に終わりました。そして今や世界は人種と性による支配を終わらせる仕事に取り組んでいます。
五つの命題
1.動物は戦争をするし、人間も同じ動物だから、戦争は終わらせることができない、という意見は科学的に正しくありません。第一に、動物は戦争をしません。したがってそれは真実ではありません。第二に、われわれは動物とまったく同じではありません。ですから、それは真実ではありません。動物たちと違って、われわれは自ら変えることのできる人間の文化を持っています。ある世紀には戦争をしていた文化が終わり、つぎの世紀には隣国と平和に暮らすこともあるのです。
2.戦争は人間性の一部だから終わらせることができない、という意見は正しくありません。人間の性質について論議しても何かを立証することはできません。その理由は、われわれ人間の文化が、われわれに、われわれの性質をかたちづくり、世代ごとにそれを変える力を与えるからです。卵細胞と精子のなかで親から子へ伝えられる遺伝子が、われわれの行動する仕方に影響を及ぼすことは真実です。しかし、われわれが、そのなかで成長する文化に影響されること、そしてわれわれが自分自身の行動に責任をとることができるということもまた真実です。
3.人間も動物も暴力的なものがよりよく生きることができ、子どもを他のものより多く持つことができるのだから、暴力は終わらせることができない、という意見は科学的に正しくありません。実際には証拠が示すように、人間も動物もお互いが上手な力の合わせ方を習得しているときこそ、もっともよく生きているのです。
4.われわれの脳のためにわれわれは暴力的でなければならないのだ、という意見は科学的に正しくありません。脳はわれわれの足や手と同じように体の一部です。それらはみな、暴力のために使うのができるのとまったく同じように、協力のために使うことができます。脳はわれわれの知能の生理的基礎ですから、われわれに自分が何をしたいのか、何をなすべきかについて考える能力を与えています。また脳は、大きな学習の可能性を持っていますから、われわれはものごとを処理する新しい方法を発明
することができます。
5.戦争は「本能」によって引き起こされる、という意見は科学的に正しくありません。たいていの科学者はもはや“本能”という術語を用いません。それは、われわれの行動のなかには、学習によって変えることのできないほど決定的なものが一つもないからです。もちろん、われわれは恐れ、怒り、性そして飢えのような情動や動機をもっています。しかし、われわれは一人ひとりそれらを表現する仕方に責任を負っています。現代戦では、将兵の決意と行動はふつう情動的ではありません。それどころか彼らは自分たちが訓練されたとおりに各自の任務を遂行するのです。兵隊たちが戦争のために訓練される時、国民が戦争を支持するように訓練されるとき、彼らは敵を嫌い、恐れるように教育されます。もっtも重要な問題は、彼らが、まず第一に政治指導者とマスメディアによって、そのように訓練され覚悟させられるのはなぜかということです。
結 論
われわれは、われわれの生物組織を理由にして戦争と暴力を宣告されてはいない、と結論します。そうではなく戦争と、戦争が引き起こす苦しみを終わらせることは、われわれにとって可能なことです。われわれはそれを一人ひとりでやることはできません。それはみんながいっしょに活動することによってはじめてできることです。けれども、われわれにそれができる、ということをわれわれ一人ひとりが信じるか信じないかは大きな違いをつくります。信じなければ、やってみる気さえおきないでしょう。戦争は古代に発明されました。それと同じようにわれわれは、われわれの時代に平和を発明することができます。われわれの役割をはたすことは、われわれ一人ひとりの責任です。
* 「暴力についてのセビリア声明」は、国際平和年(1986年)を記念して、世界の心理学者・生物学者らが、若い世代のために起草した科学メッセージです。ここに再録したのは、若者向けに書かれた「平易版」です。
** この「声明」は、戦争や暴力が人間の本性に内在するものではないことを、生物学・心理学・人類学・大脳生理学・遺伝学等の研究成果に基づいて示した文書であり、「平和の文化」の理論的基盤のひとつです。1986年にこの「声明」のとりまとめ役を務めたのが、現在ユネスコの「平和の文化」担当部長であるアメリカの心理学者David Adams氏でした。「声明」は、ユネスコホームページ上でも、関連基本文献として、Declarations Relative to the Culture of Peace のリストに入れられています。
*** 上記訳文は、『暴力についてのセビリア声明』(デービッド・アダムズ著/中川作一訳/伊藤武彦・杉田明宏編/平和文化・1996年刊行)から転載したものです。