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平和の文化をきずく会・広報誌 「平 和 の 文 化 を き ず く」 No.7 2000年6月30日(金) |
◆「平和の文化国際年を考えるつどい」報告!
前号で案内させていただきました「平和の文化国際年を考えるつどい−21世紀への国連・ユネスコ提言」ですが、6月18日に120名の参加を得て無事終了しました。衆議院選挙投票の1週間前ということで、宣伝その他が十分に広がらない中で、何とか形をつくることができました。準備に関係された方々のご協力に心から感謝申し上げます。講演などの内容については、2頁以降を読んでいただきたいと思います。
なお今回の講演会が、最終的には日本ユネスコ協会連盟(以下「日ユ協連」)と外務省の後援をいただき、「平和の文化をきずく会」が公的に認知されたという点で、非常に意味のある「つどい」になったのではないかと思います。今後も必要に応じてこのような取り組みをすすめたいと思います。
◆いよいよ期限が迫りました−大至急署名の集約をお願いします!
昨年から取り組みはじめた「わたしの平和宣言」署名ですが、日ユ協連への提出が9月8日までということで、「きずく会」の集約を8月いっぱいにしました。毎回ニュ−スと一緒に署名用紙を送っていますが、事務局に署名を記入して戻ってくるのはわずかです。もし手元に集めてありましたら1枚でも結構ですから送って下さい。会員の皆さん一人一人が回りで集めていただくだけでも1万や2万の署名が集まるはずです。残念ながらまだ事務局に届いたのは2000筆程度です。既に一人で600筆以上集めた方もいますので、声をかければ100筆くらいは集まると思います。
もう一回り二回り広げていただくと同時に、特にそれぞれの家族や知り合いに声をかけていただき、会員の皆さん自身の署名を送っていただきたいと思います。
◆署名のユネスコへの提出は9月21日です!
世界で取り組んでいる「わたしの平和宣言」署名ですが、日本からパリのユネスコ本部に提出するのは9月21日と決まりました。日ユ協連では大学生男女1名ずつを選んでパリに派遣するそうです。もし回りで行ってみたいという学生がいましたら日ユ協連に問い合わせて下さい。
事務局ではこれから相談しますが、瀧口が学生の引率で9月16日頃までイギリスにいますので、日本への帰りに代表団と合流して一緒にセレモニ−に参加できそうです。詳しくは次号でお知らせしますが、もし一緒に参加したいという方がいらっしゃいましたら事務局まで連絡して下さい。
問合せ:平和の文化をきずく会(瀧口:
TEL&FAX:048-254-5074JCF02570@nifty.ne.jp)
〒332-0015川口市川口2-15-1-1004 瀧口方
◆平和の文化国際年講演の概要です!
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平和の文化国際年を考えるつどい −21世紀への国連・ユネスコ提言にこたえて!− 2000年6月18日 立正大学石橋湛山記念講堂 |
1.主催者あいさつ(藤田秀雄氏:平和の文化をきずく会代表:立正大学)
石橋湛山がこの大学で15年間学長、それを記念してたてられたのがこの講堂であり、湛山もこのような平和の文化のために使われるのは喜んでいるのではないか。今回のテ−マ「平和の文化」は幅が広いもので、貧困や人権、環境などまでも含んでいる。日本における最近の若者の暴力の問題を含め、武力紛争をどうやって平和的な手段によって解決していくのかを考えなければならない。文化は考え方や行動様式を含むものであり、学習も大切であるが行動が伴わなければならない。まさに生き方に関わるもの。平和の文化についての理解が広まっているがまだまだであり、これを機会に広まっていただければと思う。
2.講演「平和の文化国際年と私たち」(鈴木佑司氏:法政大学)
平和の文化という考えはどこから出てきたのか。世界にはさまざまな紛争があり、これを小さな戦争というのか大きな紛争というのかは議論のあるところである。90年代の幕開けは50年の冷戦を終えての紛争拡大となって表出した。それを何とかしようとしたのが前の国連事務総長の提起したガリ提案であり、アメリカをはじめとした大国の反対の中、提案が持っている矛盾もあって失敗した。それを何とかしようとする動きが平和の文化の考え方である。日本政府ははじめこの考え方に積極的な賛成を示していたが、先進諸国の反対を受けて後退した。こうした苦しい経緯をへて何とか「平和の文化」が生き残ったのは国際的な環境である。
20世紀は戦争の世紀と言われ、1945年以後でも150以上の紛争がある。しかし多くが国内における紛争である。例えばソビエトでは設立から崩壊まで8000万人が死んでいるが5000万以上は内紛でなくなっている。つまり戦争の根っこには誰にも手を着けられなかった内部紛争があった。
1945年以降1000人以上死んだ紛争は39ある。残した傷跡はアジアで135万人、中近東で198万人、アフリカで360万人、中南米で14万人、そしてヨ−ロッパでも33万人死んだ。もっとも大きいのはルワンダでは80万人。しかも48%は1989年以降冷戦の終結後におこっている。紛争がうみだすのは難民で、最も多いのはアフリカで670万人、世界で1700万人もいる。緒方貞子さんがやっている国連高等弁務官としてもっともやっかいな問題がこの難民問題である。この解決を抜きにして平和は語れない。
内紛は内政干渉できないので、統計に現れない数字となる。それに手を着けようとしたのがガリ・イニシアティブ。しかし国連が力で介入しようとして失敗した。明石さん、ユ−ゴでは戦うだけ戦って疲れるまで戦うしかないと敗北宣言。アメリカ、ソ連だけでなく国連も力の政策の失敗である。それに対してどういう手があるか。力でなく話し合いで解決する姿勢が求められる。その理論的構築が必要となった。
いくつかの手がある。その一つが国連がすすめている「平和の文化」である。国や超大国いや神様がもたらしてくれる平和ではなく自分たちが作っていくもの。その可能性が出てきている。
なぜ内紛に関わるようになってきたか。地球はせまいということを思い知らされる。フィリッピンにNGO活動にでかけて結核患者になって、帰国後日本でまき散らす。病気に国境はないというのはエイズで学んだはずであるが同じ様なことがおこってきている。国際的に解消しない限りすすまない。環境問題も地球的な解決が必要。大気の汚染については日本では乗り越えてきたのに、中国の工業化の汚染が日本の酸性雨に影響を与えている。ますますグロ−バル化している。北朝鮮が20世紀最後の年に相互依存の方向を決意したことは象徴的な出来事である。国際社会の一員になること以外に生き残れないということを認めたわけである。
日本では同じ事になることが紛争を解決する道であるという考え、それが間違っていたということを示している。日本では1%が外国籍。一世代たてばもっと大きく変化する。イギリスほど純粋を求めてきた国はないが、今や有数の多民族国家。違ったものが共存するということはますます現実のものとなってくる。
したがって平和の文化の第一の課題は「違ったものと共存」することをどうやって学ぶかということである。日本が中国に出かけていって良い文化を与えて解放して上げるというのはまちがいであった。相手の文化を尊重することが大切である。
もう一つの変化として国に何でも預けておくというのは効率的でないという考え方が出てきている。権限の分散が必要。分権化ともいう。権限が我々に戻ってきている。日本の老人福祉がその一つで、国ができないから地方自治体へ、自治体ができないので個人へという流れがつくられている。かつて世界連邦という考えがあったが、現在はできるだけ小さい政府が必要となっているのではないか。紛争を社会自身が解決していく必要がある。1000人以上の死者が出た世界の39の紛争のうち37が宗教や人種の対立が原因となっている。つまり社会の問題である。どうやって解いたらいいのか。どんな宗教も平和を大事にと言いながら隣の宗教と血を流す争いをしている。
我々の中に大きな紛争や戦争を阻止するシステムがつくられている。国連の集団安全保障という考え方が定着しつつあると同時に、平和についての考え方も大きく変わった。1945年の平和は戦争の反対語であった。戦後20年たってヨ−ロッパでパルメ委員会がつくられた。戦っている同士の共通点をさがし、それを強めることか
ら紛争の解決をすすめる。ヘルシンキは、軍縮、経済協力、人権擁護で合意する。 一つの言葉が生まれるとはじめはバカにしてもその言葉が定着していく。「自由」もそうであるように「平和の文化」も同じようになっていく。パルメ委員会では問題をつくるのは格差、だから格差をなくしていけば対立はなくなっていくと考えた。この努力は蓄積ができる。平和はやさしい問題ということがわかってきた。環境、文字が読めない...それらの格差をなくしていけば戦争はおこらないということである。一人一人が自分の回りの問題を解けばいいということ。フィリッピンで「平和の
文化」の会合で、フィリッピンにおける宗教的対立の平和的な解決のプロセスである。
課題と展望としてまず第一に地球的に考えること、第二にわかったら地域で行動する、第三として家庭と個人から出発する。いま学生たちが紛争の解決の仕方がわからない。カナヅチで人の頭をたたいて死ぬということが初めてわかる。教室に平和がないからおこっていること、これは家庭に平和がないから。心の中に平和の砦を築かなければならない。普通の人間としてやれることをやることが遠回りのようで重要な解決方法である。
3.「日本ユネスコ協会連盟と平和の文化」(岡田 茂氏:日本ユネスコ協会連盟)
具体的に日本で行われている「わたしの平和宣言」100万署名について報告させていただきたい。日本ユネスコ協会(以下「日ユ協連」)はNGOの一つとして政府とは別に50年以上の歴史がある。「戦争は人の心の中にはじまるものだから人の心の中に平和の砦を築かなければならない...」という精神に賛同してスタ−トしている。政府と協力しながらすすめているが世界の総元締めがユネスコ世界連盟である。「わたしの平和宣言」はユネスコの提案を受けて世界連盟としても取り組むことになった。世界で1億の署名を集めようという運動である。1週間前に世界で370万以上が集まっているという報告があった。国内では昨年秋から取り組みを開始している。国内では私たち日ユ協連がセンタ−になっている。ささやかであるが日本では100万を目標にした。5月末で30万あまり。国内では色々な団体が署名に取り組んでいる。例えばボ−スカウト連盟−大分のキャンプでは共同行動で平和宣言を出す予定、あるいはピ−スボ−トなども踊りを交えて取り組んでいる。今日の主催である平和の文化をきずく会も積極的に取り組んでいる。
今後2つの山があって、一つは8月15日に「平和の鐘を鳴らそう」という取り組み。教会やお寺の鐘だけでなく太鼓なども含めて音を出す取り組みをする。二つ目は9月21日には署名を持ってパリにピ−スメッセンジャ−を送る(全国から二人:男子と女子の学生)。
署名は一人一人が自分の気持ちを確認することが大切で、署名したから平和がくるというものではないが、一人一人の自覚が集まって実現していくものである。この署名はすべての始まりである。各団体はNGOとして取り組んでいる。日本は戦後大企業や政府が動かしてきたが、これからは一人一人の声が集まる方向ですすめたい。この運動は1年で終わるのではなく10年間つづくもの。是非多くの皆さんの積極的な参加をお願いしたい。
4.「Global Campaign for Peace Education」(ベティ・リアドン氏:コロンビア大学)
この場に招待していただいたことを感謝。平和の文化をきずくという目的を分かちあうことをうれしく思う。また次の時代を担う若者の姿を多数拝見できてうれしい。9月21日にパリへ行かれる方に是非あいたい。
鈴木先生は戦争のない社会をどう形成していくかを、岡田先生からは個人としてどのように取り組んでいくかが話された。私は教室の中でどのように平和教育が行われるべきかについて話をさせていただきたい。まずはじめに「平和教育のGlobalCampaign」がどのようにしてはじまったのかについて話をしたい。
鈴木先生は、問題は社会やコミュニテイにあるということを紹介してくれた。このグロ−バルなシステムはみんなが関わっている。したがってみんなに教育が必要であり、理解できるコンテキストと内容が必要である。グロ−バルキャンペ−ンは一つの目的−戦争をなくすという−がある。このキャンペ−ンは1945年に宣言されてい
るフレイムワ−クからはじまっている。その時に多くの政府が約束をしている、それを実際に行動に起こしてもらうことが必要。
1999年5月にオランダのハ−グで開かれた平和市民会議において,地球市民として自分たちが政府にどのように呼びかけていくかを論議した。児童兵士や地雷をなくしていくなどがテ−マとなった。このキャンペ−ンには実際に50のステップがあり、世界から1万人が集まって21世紀への提言を行い、署名した。そこではアウトラインとして「戦争をなくす」ということを目的に議題がつくられた。この1万の人たちが総合的な平和教育をすすめる約束をし、お互いの努力を分かちあった。それぞれの国のレベルで委員会をつくり、活動を集めてグロ−バルキャンペ−ンをおこなう予定である。皆さんが「平和の文化」の署名運動なども持ち寄ることも大切なことである。
今やっていることはカリキュラムの調査で、平和教育者がどのようなことをやっているかをインタ−ネットなどで調べている。どんなによいカリキュラムであってもそれが教室の中で実践されなければ意味がない。みんなが同じ目的を持って支え合い団結して平和教育をやっていく必要がある。仲間たちは実際に集まって考えを分かちあう必要。IIPE(国際平和教育学会)今年はインドで7月22日から29日に開かれる予定である。皆さんの参加を要請したい。
皆さんの協力的な参加をお願いしたい。この運動に賛同して連携を取って下さい。これからも皆さんがやっていることを教えていただきたい。今日のグル−プはその中心になっていただけたらありがたい。
5.「子どもの平和像と平和の文化」(有原 誠治氏:アニメ監督)
2つのことで話をさせていただきたい。一つは「子どもの平和像」、そしてもう一つはメデイアの問題。アニメとは本来いのちを持っていないものに命を吹き込むこと。平和や命の大切さを子どもに伝えていく必要からアニメに取り組んでいる。
1989年に子どもに平和のアニメを伝える運動がフランスと日本ではじまる。93年に「鶴にのって」が完成し、今では英語版、フランス語版もできている。主人公は佐々木貞子さん。この作成運動に参加しておどろいたのは、日本よりも世界の方がよく知られていた。ソ連では子ども達の教科書に、アメリカでは副読本、モンゴルで
は唱歌として歌われている。昨年はNHKのドキュメントでも紹介され、スペインでは学校の名前にも使われている。オ−ストリアでは難民たちの心のいやしとして使われている。どうして日本では伝わっていないのか、それが残念である。
アメリカのロスアラモスの子ども達が「Sadako Story」に感動して、自分たちも子どもの像をつくろうという動きができた。1995年の夏に完成するが、核兵器が世界の平和をもたらしていると考える大人たちの方がとまどっている。この運動に参加した子どもの一人が日本の核兵器廃絶の運動に参加して日本の子ども達をはげます。2001年に完成させようという目標をもって取り組みはじめた。日本で話題になっている17才の子ども達が中心になっているところが象徴的である。皆さんも是非この運動を支えていただきたい。
最近の事件は大人社会に原因がある。子どもたちが育ちにくい状況があり、子ども期の喪失という病理現象がある。アニメ−ションはそのやり玉にあがっている。30年前の興味深い調査があるが、1969年に経済企画庁が中心になって日本の大企業のエリ−トたちが当時はじまったコンピュ−タ−をどのように取り入れるかという点で検討したもの。、その中で現在日本で問題になっている点を指摘している。つまりコンピュ−タ−が人間関係の崩壊やふるさとの消滅をもたらし、ひいては子どもの情操に影響を与えるということである。交通通信では情報洪水の中で人間疎外を生みだす可能性がある、と指摘している。そう分析しながらも学校がどうあるべきかでは情報化社会に対応する技術者をどのようにつくるのかということに終始しているが。薬害エイズと同じように人間軽視の思想である。これは比喩的に言えばモモの「時間泥棒」が提起している問題である。灰色の帽子をかぶった時間泥棒が人間を追いかけている。
テレビやパソコンの前にいったん座ると、途中でやめることができない。こどもたちは自覚することなく時間を奪われていく。子ども達の時間を奪うことで、子ども達はおかしくなっていく。ところが放送局は視聴率競争で子どもの時間を奪っていくことになる。家庭教育研究所の調査で、三歳児の平均視聴率が62%である。特に幼児期に一日5時間以上テレビを見ている子ども達の調査をおこなうとさまざまな傷害が生まれてきているという。「表情が乏しい」「突然癇癪をおこす」「友達が持てない」「視線が合わない」「自分から話さない」「オ−ム返しで言う」など。テレビの
光に対する条件反射的な行動で、親とのコミュニケ−ションの能力を奪っているのではないか。
もう一つの問題は日本のコマ−シャリズム。子ども達に消費を強制し、子ども達から収奪し搾取していく。アニメの主人公がコマ−シャルを通して消費をあおっていく。外国のテレビへの対応と比べて著しく遅れている日本の問題である。ギリシャでは子どものおもちゃのコマ−シャルそのものが禁止されている。アメリカでさえマンガの主人公がその番組に登場するのを禁止している。
「ある人が実際に何かを成し遂げたときそれがその人の能力を下回ったとき、そこには暴力が存在する。もしもその暴力が個人的なものではなく社会あり方に根ざしたものであれば、それは構造的な暴力である。」これは平和学の創設者ヨハン・ガルトゥング博士の言葉であるが、日本のメディアは文化というよりも構造的な暴力そのものである。平和の文化をきずく会の大きなテ−マとして、日本のメディアを子どもの利益を最優先したものに変えていく必要があるのではないか。
6.「Can We Live Peacefully Without Violence?」(沖浜 真治氏:東大付属中高)
高校2年の英語の授業での取り組み。校内で生徒間の暴力事件が起こり、一件落着したが一般生徒への意見アンケ−ト等をよむとそう簡単に言えない状況があった。英語Uの教科書で日本国憲法の戦争放棄についての課を読み始めていたので、少しでも暴力についての見方を変えられるような授業はつくれないかとと思って取り組んだ。
授業の目標として、非暴力の意味と可能性を学ぶ。その際、仲間の意見から学ばせる機会を取り入れる、という構想をたてた。
最初に憲法クイズ、そして通販生活の特集で改憲賛成、反対論を読む。紛争は力でしか解決できないという論を読んで、人間は人間を信頼できるかというところから出発した。信頼できれば暴力は必要ないということになる。
クラス内で暴力についての意見をペアで聞きあうアクティビティを取り入れ、そこに自分の意見も書くようにした。
YES
NO
1)私たちはできるだけ暴力をさけるべきだ
91 2
2)人間は暴力無く平和に生きることができる
48 48
3)非暴力の自衛は武力の自衛よりも望ましい
78 9
4)非暴力的な自衛の方法があるので日本は自
44 48
衛隊を持つべきでない
5)どんな国も自衛権を持っているから自衛隊
68 28
を持ってもよい
生徒の中に非暴力は無抵抗という誤解があるので、「知ってるつもり」の「ガンジ−」を一部見せたり、ユネスコの「平和の文化」運動の紹介や署名を呼びかけた。さらに学年末考査にプリントの中の意見5編をのせ、さらに自分の意見を書く問題を出題した。
生徒たちはまだまだ非暴力についての確信を持つところまではいかなかったが、非暴力の重要性については認識されたのではないか。
7.「平和の文化をきずく会」からのお願い(瀧口 優:平和の文化をきずく会事務局)
とにかく署名を集めることが最大の課題である。8月末までに目標の100万を何としても達成したい。一人一人が集めることが大切。ぜひ手元の署名を大きく広げ、必ず事務局まで送っていただきたい。
21世紀を暴力のない平和の文化に満ちた時代にするために、ここに集まられた皆さんと一緒に努力したい。ぜひ多くの声を寄せていただきたい。
8.「閉会のことば」(伊藤 武彦:平和の文化をきずく会幹事:和光大学)
これからいっしょに平和の文化を考えるために「平和の文化をきずく会」に入会してほしい。また平和の文化国際年にあたって「きずく会」が制作したブックレット「暴力の文化から平和の文化へ」や人間の本質的な非暴力性について世界の科学者たちが明らかにした「セビリア声明」、平和学者ガルトゥング氏の紛争解決法をまとめた「超越法」なども読んでいただきたい。
司会:浅川和也(平和の文化をきずく会幹事:東海学園大学)
◆「世界の子どもたちのための平和と非暴力の文化国際10年」へのアイディア募集!
2001年から2010年は「世界の子どもたちのための平和と非暴力の文化国際10年」です。文部省及びユネスコ国内委員会や外務省は、具体的な計画を立てずに今日に至っています。そこで私たちがNGOの立場から何をすべきかという提案を示して、政府や自治体を動かしていくということも必要になってきています。
「わたしの平和宣言」署名はこの12月で一区切りになり、ユネスコとして2001年以降も取り組むかどうかについて明らかになっていません。私たちとしては2010年まで取り組んで、世界中の人々が署名するという大きな運動になって欲しいと願っていますし、日ユ協連にも働きかけて、日本では来年度以降も取り組めるようにしたいと考えています。
予定では10月と12月に10年の計画を論議する場を準備し、21世紀のスタ−トとなる1月の「きずく会」の総会において10年の計画について何らかの提起を行いたいと考えています。
もちろん日ユ協連やさまざまな団体が一緒になって取り組める機会ができるようでしたら、大きな枠組みでの計画を考えたいと思います。
◆ブックレット「暴力の文化から平和の文化へ」を広げてください!
−できれば署名用紙をはさんで下さい−
5月に完成したブックレットですが、集会や研究会などを通じて結構知られるようになっています。これから夏の研究会や学会があちこちで開かれますが、ぜひそうした場を活用して広げて下さい。10冊以上まとまれば、こちらから直接送りますので事務局まで連絡して下さい。
◆幹事会を開きます!!
6月18日の講演会を終えていよいよ最後の追い込みにかかるわけですが、今までの取り組みをふまえて、今後どのようにすすめていくのかをみんなで論議したいと思います。下連れ二に月例になっていますが、幹事会を下記の通り開催しますので積極的にご参加下さい。なお幹事会は会員を含めてどなたでも参加できますので関心のあ
る方は出かけて下さい。
日 時:7月17日(月)18時30分〜
会 場:日本ユネスコ協会連盟会議室(JR恵比寿駅下車3分朝日生命ビル12F)
内 容:講演会のまとめ、署名の最終集約について、10年間の計画について