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 6050系
 【200番代・会津鉄道】
保有数 2両  グリーンマックス製品
実車 会津鉄道はかつての国鉄会津線を引き継いで設立された第3セクター鉄道。
電化された野岩鉄道側、非電化のJR只見線側の双方で直通運転を行なっており、看板
列車として新型車両で運行する快速「AIZUマウントエクスプレス」は、野岩鉄道から東武
鬼怒川線の鬼怒川公園まで乗り入れて浅草からの「きぬ」、または新宿からJR宇都宮線を
経由する「日光」「きぬがわ」らの特急列車と接続し、磐越西線の会津若松や喜多方まで
到達しています。
6050系は第3セクターに転換後、会津田島−会津高原(現:会津高原尾瀬口)間を電化
した際に導入された、会津鉄道唯一の電車。内容は東武6050系新製車と同一で、導入
経緯も東武が新造のうえ、のちに譲渡する形を取っています。また、運用も東武6050系に
完全に編入され、管理や検査も委託。東武の南栗橋工場で行なわれます。
これまで、会津鉄道線内では4両編成で運用されてきましたが、ダイヤ改正で途中駅での
すれ違い運用が発生。そのため、現在は変電所容量から2両編成に変更されています。
模型 社紋をステッカーで再現する(車番はインレタに収録)以外は東武6050系と同じ。これを
あえて「会津鉄道」として項を起こしたのは、キハ8500系「AIZUマウントエクスプレス」の
今後の製品化
を期待してのものです。
会津鉄道や野岩鉄道への譲渡車や、新製グループを再現するための台車は、カタログや
広告では「東武ミンデン」、説明書やかつてのカタログでは「阪急ミンデン」となっていますが、
形態としては阪急ミンデンの方が近いと思います。
久々の再生産を知る寸前になんとか入手したこの1編成は、ペアーハンズの改造キットを
使用してベンチレーターを撤去し、パンタグラフを増設した仕様の屋根を作り、完成している
東武6050系のものと交換。合計で3編成となった6050系はFS356台車を履く更新車、
霜取りパンタグラフを装備する東武の新製車、そしてこの会津鉄道仕様というバラエティを
持たせることにしました。余剰のFS356台車は当然(?)、東武8000系に活用します。

 キハ8500系【会津鉄道】 保有数 2両  赤い電車製品「AnRail」加工
実車 JR高山本線に直通する特急「北アルプス」用に登場した、名古屋鉄道の特急用気動車。
高山本線の特急「ひだ」のキハ85系への置き換えで、サービスレベルの統一と併結運転を
図るべく、名鉄側でもこれまでのキハ8000系に代わる新型ディーゼル特急を登場させる
こととなりました。キハ8500系は高速走行をふまえて高出力のアメリカ製エンジンを搭載。
自社線の建築限界による狭い車体幅ながら、間接照明に大型リクライニングシートと大きな
側窓で眺望にまで配慮しており、間合いで自社線内の特急にも用いられました。
「北アルプス」は利用者の減少で内燃機関用の付帯設備、人員確保の面から運行を終了。
製造されてまだ10年あまりのキハ8500系は、第3セクターの会津鉄道に譲渡されました。
内外装ともに大きな変更は行なわることなく、快速「AIZUマウントエクスプレス」として東武
鬼怒川線の鬼怒川温泉から磐越西線の会津若松、さらに喜多方までの直通に運用された
ものの、短距離で繰り返す加減速はその特性に合わず、惜しくも引退を迎えました。
模型 名鉄時代は中間車も含めた3両編成で、会津鉄道仕様は2両編成での発売。セットされる
デカールの違いから2両編成を選びました。デカールには「さよなら」を含めヘッドマークまで
収録されており、ナンバーは全5両分のインレタが付属します。
製品の構成こそ”鉄コレ”準拠でいながら車体はナローボディのため、動力を仕込むのには
苦労させられます。床板の加工が簡単そうなGM動力を調達してきましたが、転がりの悪い
トレーラー台車からパワーのあるこの動力の選択は正解だったかも。ただ、床下機器も車体
同様シャープさに欠けるため、うまく出物があれば動力まで含めてKATOのキハ85を調達
できると、加工は大変でも引き締まった外観に仕上がりそうです。
厚い塗装で陶器のような仕上がりの車体、内装は省略され、台車の位置は20m級車両と
同じなど、ディスプレイモデルと割り切っても出来はかなり厳しい印象。それを承知のうえで、
キハ8500系(のような製品)をほしい方のみ買ってもいいかと。動力化は自己責任で!
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 MC2201形/MC1101形
 【えちぜん鉄道】
保有数 各1両  トミーテック製品「鉄道コレクション」(写真上:MC2201形、写真下:MC1101形)
実車 えちぜん鉄道は、運行を休止していた京福電鉄福井鉄道部の越前本線、三国芦原線を
引き継いで平成14年に設立、翌15年に開業した第3セクター鉄道。
MC2201形はもと阪神電鉄3301形。3301形は阪神の大型化の基礎を築いた形式で、
4両が製造されました。本線での増結用や武庫川線で使用されたのち、全車が京福電鉄
(当時)へと譲渡。阪神時代には機器を搭載しつつも、他車から電源の供給を受ける方式
だったために単行時は使用できなかった冷房は、転入に際して国鉄101系から発生した
走行機器に改めると同時に、床下に冷房電源用のMG(電動発電機)のスペースを捻出。
京福電鉄初の冷房車として就役しました。
MC1101形は自社発注のホデハ1101形が前身。こちらも阪神電鉄から5101形の車体
のみを譲受し、これを2扉化。走行機器は当初、旧来のものを流用していましたが、のちに
豊橋鉄道1900形の機器を譲受しての新性能化および冷房化が図られています。
模型 ”鉄コレ”第5弾では長電2000系と秩父300形がお目当てで、当初はこの車両もさほど
関心がなかった
ものの、車体の古さを感じさせない鮮やか、かつ斬新なこの塗色に惹かれ、
”Nゲージ化”を施すことにしました。個人的にはDT21を履く、というのにもくすぐられます。
クロスポイントの地方私鉄用ステッカーに使えるものがあったため、方向幕とワンマン表示、
さらにMC6001形に付属していたアテンダント乗務のサボステッカーを貼ってみました。
MC1101形は今回のシークレット。方向幕のないこちらにも、どこかから調達してきて行先
表示板をつけてあげたいと思います。
ネックは独特の車長。20m級動力を使用しますが、オーバーハングが短く、今回の動力の
ウリでもあるTNカプラー化は困難です。2連でも運用されたMC2201形も、やはり単行で
楽しめ、ということでしょうか。現在は両車ともダミーカプラーを前後に装備させています。
なお、動力の組み込みには奥まった貫通扉が干渉するため、一部を削る必要があります。

 MC6001形/MC6101形
 【えちぜん鉄道】
保有数 各1両  トミーテック製品「鉄道コレクション」(写真上:MC6001形、写真下:MC6101形)
実車 えちぜん鉄道の主力を成す、愛知環状鉄道から譲渡された3扉セミクロスシートの19m車。
万博の開催を前に、JR東海の313系をベースとする2000系への代替を計画した愛知
環状鉄道と、第3セクターへの引き継ぎに際し、車両の更新に迫られていたえちぜん鉄道
側との需給が合ったことで、この大量譲渡は実現しました。
3形式のうち、えちぜん鉄道は片運転台の100形と両運転台の300形を譲受。付随車の
200形から運転台を切り継ぎ、100形も両運転台車へと改造されています。走行機器は
国鉄101系のものを活用しながらも、台車は新たにボルスタレスタイプを新製。えちぜん
鉄道では電圧が直流600Vと低くなることから、出力不足を補うべく主電動機を、こちらも
国鉄電車の多くに使用されたMT54に換装しました。
形式の違いは出自からではなく、クーラーへの電源供給方式と形状の相違によるもので、
初期に入線したものはMC6001形を、後期の車両はMC6101形を名乗っています。
模型 銚子電鉄や長野電鉄2000系冷房仕様と同様に、オープンパッケージでの発売です。
斬新な塗装が魅力のえちぜん鉄道の車両たち。この形式も他の形式と同じく、19m車の
はずですが、微妙なディフォルメによって20m車体となっています。このアレンジによって、
車体のオーバーハングに余裕が生まれ、連結面をボディマウントTNカプラー化することが
できました。スカートは2両とも前後分が付属。これを削ってTNカプラーに装着しています。
不可解なのは、付属する動力台車枠が2両分4つのはずなのに、うち1つだけは琴電用の
ものが入っていたこと。両方とも動力化する人はそう多くないのかもしれませんが、他では
代用がきかない台車だけに、早急な対応を望みます。
2両分のダミーカプラーも付属するのはうれしい配慮。純粋にコレクションとして楽しむなら、
通常品もむしろこちらを標準装備にし、アーノルドカプラーは封入としては?と思うほどです。
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 1100形【岳南鉄道】 保有数 2両  トミーテック製品「鉄道コレクション」(写真上:モハ1103、写真下:モハ1105)
実車 岳南鉄道は戦後の製紙工業の発展に伴って開業した、富士市を走る地方私鉄。
日本製紙を荷主とする貨物輸送が収益の大半を占めており、中間の比奈駅からは、日本
製紙グループの日本大昭和板紙吉永工場への専用線があるほか、1500Vへの昇圧も、
貨物輸送の増強を主目的として行なわれています。かつての貨物輸送全盛時には、本線
よりも、引込線や専用線の総延長が上回っていたこともありました。
モハ1100形は17m級国電や他社からの譲渡車の足回りに、日本車両が地方私鉄向けに
規格を定めた新製車体を組み合わせたもので、1〜6の5両(4は欠番)が製造されました。
そのうち、1102と1105は汽車会社が同様の規格で製造しており、なかでも1105は国鉄
153系のグリーン車、サロ153と同様にセミステンレス車体を試験的に採用しています。
1100形は後継の東急5000系の導入により、3両が近江鉄道へ、ステンレスの1105は
大井川鉄道へと譲渡されました。
模型 2枚窓の新潟交通に対し、貫通顔の松本電鉄やこちらの方がオーソドックスな”日車標準
車体”という印象があります。”日車”とくくられつつも、一番有名なステンレス車体の製造は
日本車両ではない、というのも面白いところです。
赤い車体の通常品はやはりバス窓の断面が目立ってしまうため、新潟交通と同様に断面に
黒を色差し。ステンレス車体の方はグレーのHゴムでさほど目立たないため、そのままとして
います。部品調達の都合でPS13パンタグラフはGM製を装着していますが、繊細さからも
TOMIX製を用いたほうが地方私鉄の車両には似合うようです。
ステンレス車体の1105は第6弾のシークレット。シャープな造型は実車登場時の鮮烈な
印象をほうふつとさせます。…ですが、入手したものは塗装にムラがあり、側面にもキズが
ありました…せっかくのシークレットなのに。中国製品の品質管理が世間をにぎわす昨今、
安価な玩具や嗜好品といえども、品質管理はしっかりとしていただきたいものです。

 5000形【岳南鉄道】 保有数 2両  マイクロエース製品
実車 側板でも応力を担うという航空機の技術を活かしたモノコックボディに、台車に主電動機を
架装する直角カルダン制御を採用した電車史に残る名車、東急5000系を譲受した形式。
前面に当時流行の2枚窓を採用した近代的な外観と、自国開発による新技術を意欲的に
導入したこの形式の成功は、後のステンレス車体の工法確立と相まって、当時はまだ新興
メーカーに過ぎなかった東急車輌を一大メーカーへと押し上げました。また、晩年は多数が
地方私鉄へと譲渡され、各地の近代化に大きく貢献したことも功績に挙げられます。
岳南鉄道では4編成8両を導入。5000形はその軽量さから、電力会社の契約電力量を
1等級下げることができたという逸話が残っています。近代化に寄与した5000形も、老朽
化とワンマン対応を踏まえて、もと京王3000系を改造した単行用7000形の登場で引退。
1編成は予備車として在籍していましたが、続いて同じく京王3000系から改造された2両
編成の8000形が導入されるに伴い、すべてが現役から退きました。
模型 ”大人の事情”から急転直下、岳南鉄道仕様として発売されたもの。引退を前にグリーンに
戻された仕様との同時発売で、「赤ガエル」「青ガエル」の愛称やら、”懐かしの名車”という
キャッチコピーが形式名よりも大きく表記されているのはそのせいでしょうか。
製品は幅の細い専用動力を開発せずに裾絞りのある車体を再現しようとしたため、車体の
下端は切り欠かれ、前後ははみ出た床板の側面を車体色で塗装するという、かなり苦しい
構成となっています。それでも、動力のダイキャストには車端両側を短くした専用品を使用。
そのため、マイクロエース製品の密かなウリでもあるボディマウントTNカプラーへの対応も、
この製品に装着はできず、専用の台車マウント用部品が付属してきます。
1100形の共演としてほしいと思いつつも、TOMIXのハイグレード製品など塗り替える勇気
(と資金力)がないために保留にしていたところ、 ”鉄コレ”1両の動力化と同程度の価格で
入手できたもの。そんな軽い気持ちだけにデキがそれなりでも、まぁ満足。当初はイマイチ
だった走りも完全分解・整備を施して改善でき、より愛着も沸いてきました。
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 1000形【秩父鉄道】 保有数 6両  トミーテック製品「鉄道コレクション」
実車 国鉄で初めてカルダン駆動を採用した101系を譲受した形式。小田急1800形を出自と
する800形の老朽化による代替車として登場して以来、秩父鉄道の主力を担っています。
当初は全電動車編成を計画していた101系は3両編成にも2種類あり、そのうち奇数側の
制御車、クハ101に状態のよい保留車が多かったためにこちらを優先させ、パンタグラフを
搭載する制御電動車クモハ100とモハ101のユニットとの組成に統一して入線しました。
12編成36両が導入された1000形は、カーブ上にある駅に対応する両端側扉の締め切り
機能や、新聞輸送の際に客室を区切るアコーディオンカーテン、運行表示窓から種別表示
幕への変更などの改修が施されています。
当初は非冷房でしたが、後に先頭車両のみを冷房化。同時に運転台側にもパンタグラフを
増設。屋根両脇のランボードも延長されました。さらにはワンマン対応工事も施され、側扉の
半自動機能が追加されています。
模型 まずは鉄道博物館の記念品として試作車クモハ101のみ発売された101系をベースに、
編成化のうえオープンパッケージとしたもの。冷房化された新塗装と、国鉄時代の姿に近い
入線時の塗装での登場です。
これで4社競作となったうち、キットのGM製品を除き前面の印象把握などは最も101系の
特徴をつかんでいると思います。屋根は使い込まれた表現の茶色。これまで古い車種でも
GMカラーに近い色調が多い”鉄コレ”のなかにあって、1000形らしさの演出につながって
います。クーラーが曲がっている場合は手で軽く直してあげましょう。中間車のモハ101は
屋根が前後逆についているので、妻板に表現されたステップに屋根の表現を合わせるよう
向きを付け替えています。
方向幕はステッカー…と思ったら、新・旧塗装ともに「羽生」が印刷済みで、付属品は無線
アンテナのみ。やはり「三峰口」を表示させたいので、1編成はクロスポイントのステッカーで
変更しました。新旧セットの屋根を交換してリバイバル塗装編成を楽しむのもアリでしょう。

 1000形
 【秩父鉄道・リバイバル塗装】
保有数 計6両  トミーテック製品「鉄道コレクション」(写真上:入線時、写真下:秩父鉄道旧塗色)
実車 800形と同様の黄色に茶帯の姿で入線した1000形は、冷房化改造と平行して、塗色も
白基調に刷新。冷房機器の搭載は両先頭車のみで、中間車は非冷房のままの個性的な
編成となりました。
登場以来20年以上を経て、さいたま市の鉄道博物館開館を記念し、国鉄時代の塗装
再現した編成が現れました。これまで種別表示幕の上に標記していた車番は、編成番号を
模した形で前面窓の内側から掲示しています。続いて旧塗装や1000形入線以前に旧型
車で用いられていたベージュのツートンカラーも登場。リバイバル塗装のうち、スカイブルーと
ベージュの編成は最初に譲渡された編成のため、この2編成のみは棒状の無線アンテナを
装備しています。
秩父鉄道では後継車として東急から8500系や8090系を譲受。一部編成の引退もあり、
現在ではリバイバル塗装編成が半数を占めています。
模型 ベージュの塗色は好評のうちに完売した新塗装/旧塗装のバリエーション製品。
方向幕は「三峰口」が印刷済み(画像はステッカーで変更)となり、下回りもダークグレーの
成型色に改められました。デハ1000形のコンプレッサーも変更されています。
難点は塗装。車体は塗りムラやはみ出しが散見され、屋根もベンチレーターと同じ色調で、
メリハリがありません。棒型の無線アンテナもこれまで以上に破損しやすく、一部は予備から
調達。塗装で保護していますが、破損した際のために挽物パーツを確保しています。
前回の発売では冷房仕様の屋根を余分に確保できなかったため、今回発売分から屋根を
交換。前回発売された入線時の塗色をリバイバル仕様にしてみました。屋根の交換のほか、
帯の乗務員扉への延長や、靴ずりの色差しなどを実施。ダークグレーの下回りは想定外で、
これを組み合わせることができたのはラッキーでした。同時に施行した銀河モデルの乗務員
室仕切りも効果的で、これは手持ちの全編成に適用しています。

 7000形【秩父鉄道】 保有数 3両  トミーテック製品「鉄道コレクション」
実車 老朽化した1000形の代替として導入された、もと東急8500系。
地方私鉄への編成での譲渡車としては長野電鉄に続く2例目で、パンタグラフの増設、ドア
開閉スイッチや貫通扉の設置などが行なわれました。長野電鉄に導入された8500系では
回生ブレーキの失効速度を高めに設定し直しましたが、この7000形では東急時代のまま
運用されています。
室内は譲渡前に更新工事が施されていたため、座席はバケットシートでモケットも茶系統を
維持。ドアチャイムも備え、自動放送は秩父鉄道では初の英語放送併用となりました。
第2編成では中間車を先頭車改造のうえ導入しましたが、東急では東横線への5050系
投入により、短編成化した9000系を大井町線に転属。それにより軽量車体の8090系が
8500系より先に退くことになったため、7000形の導入はこの2編成のみでひとまず中断。
代わって8090系に同様の改造を施した7500形が入線しています。
模型 このところ特に充実しつつある秩父鉄道関連。”鉄コレ”からステンレス車も発売されました。
製品は側面のコルゲートが繊細で、最近のNゲージ完成品のように質感の違いこそ色調で
表現されていないものの、標記類も細かく入れられていて、床下機器も長野電鉄8500系
と別に型を起こすという力の入れよう。実車がつい最近の登場ということもあり、パッケージ
外側から見る分にはとても魅力的な製品に思えました。
開けてみて、前面を見てガッカリ…上辺の直線はヨレヨレ、前照灯周りに色が回っていない
など帯の塗装がグダグダで、せっかくの前照灯のクリアーパーツ化が活かされていないだけ
でなく、手にした個体はパンタグラフのシューが未装着でした。Nゲージ用パーツへの交換を
前提での購入とはいえ、これはいただけません…。発売ペースを落としてでも品質向上
強く望む次第です。帯は近似色を調色したうえで筆でタッチアップを、ライトリムも塗り直し、
窓周りの黒い部分も筆で修正を試みましたが、なんとも微妙な仕上がりとなりました…。

 3000形【秩父鉄道】 保有数 3両  マイクロエース製品
実車 長年にわたり急行「秩父路」で活躍した自社発注の300形の老朽化により、JR東日本から
後継として譲受したもと165系急行形電車。入線に際して前面の貫通路をふさぎ、大型の
愛称板を設置。さらに前照灯も尾灯と一体化するなど、通年運転されるイメージリーダー
ふさわしい改装が施されています。導入された3両編成3本の中にはクーラーの搭載数が
異なる冷房改造試作車も含まれており、すでにJRから165系が姿を消しゆくなかにあって
貴重な存在で、 毎年冬に行なわれる秩父夜祭りの際には、臨時列車として乗り入れてくる
JR165系との並びも見られました。
165系の特徴である勾配抑速ブレーキは撤去し、パンタグラフを増設。主電動機の出力も
落とすなど性能面での改修も行なわれた3000形は、西武101系を改造した6000形の
導入で全車が引退。急行「秩父路」は運行開始以来、一貫して熊谷−三峰口間に運転
されてきましたが、一部が羽生発となり、最晩年になって羽生駅に入線を果たしています。
模型 マイクロエースの急行形車両や近郊形車両と言えば、車体の”裾折れ”
この製品も実車同様165系のバリエーション製品のため、裾絞り車体の”折れ目”に目が
行きがちですが、この車両の場合は折れ目がちょうど青帯の下端部という絶妙な位置で、
目立たないのがトクしていると言えるでしょう。
大手2社に挑んだ165系ではベンチレーターやクーラーが塗り分けられていたのに対して、
この製品は屋根も含めて無塗装。しかも、半透明のような成型色が見かけを損ねており、
例によって目立つ成型色のライトユニットも気になるものの、全体の雰囲気としては満足の
ゆくもので、今後、山がちな情景のレイアウトでの出番が増えそう。スカートはハシゴ共々、
TOMIX製に交換を予定しています。
マイクロエースの編成ものは2両までは単品ケース、3両以上はブックケースとなりますが、
3両編成ではいかにも無駄なスペースが大きいのも気になる点と言えるかもしれません。
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 デハ300形/デハ500形
 【銚子電鉄】
保有数 各1両  トミーテック製品「鉄道コレクション」(写真上:デハ300形、写真下:デハ500形)
実車 銚子電鉄は銚子−外川間の6.4kmを結ぶミニ私鉄。規模は小さいながらもその独特の
ムードと、鉄道の収益を補う「ぬれせんべい」やたい焼き屋などの副業でも知られています。
電車は各形式で制御方式が異なるため、同形式による場合以外の2両編成は運転士が
各車両に乗務しての協調運転が行なわれていました。
【デハ300形】
 もとは鶴見臨港鉄道で10両が製造されたモハ101形。戦時買収で国鉄モハ110形と
 なり、昇圧によって銚子電鉄へと転籍。集電方式はポール集電となり、ビューゲルを経て
 登場時同様のパンタグラフ集電となりました。
【デハ500形】
 近江鉄道から上田丸子電鉄への転属に際し電装された12m車で、同路線の廃止に伴い
 銚子電鉄へと転属。銚子方は非貫通の前面で全室運転台、外川方は貫通化改造が
 施された半室運転台となっています。
模型 どちらも今や懐かしの第1弾の仕様変更品。
題材の選択とそのかわいらしさは、大手私鉄大型車にシフトしつつある最近の”鉄コレ”に
あって、シリーズの魅力の原点を思い起こさせます。また、改めて手にとってみると、さらに
発展を続けるシリーズの最初にして、すでに基本的な製品構成は確立されていることに、
今さらながら驚かされます。両側にダミーカプラーを装備しているあたり、同じ単行電車の
えちぜん鉄道新潟交通あたり(どちらも連結運転は皆無ではありませんが…)も見習って
ほしかったところ。
いまとなっては入手困難な第1弾。あちらからこの塗装にするのは大変ですが、旧塗装や
他の鉄道会社の仕様にするにも待望のオープンパッケージ。繊細な塗装と、それを引き
立たせる窓サッシの色差しなど、銚子電鉄ファンでなくても惹かれてしまう好アイテムです。
2両とも動力化してみましたが、15m、12m動力とも片台車駆動のため、勾配に弱いのは
仕方のないところか。実車と同様に平坦なところだけで走らせるべきなのでしょう。

 デハ700形/デハ800形
 【銚子電鉄】
保有数 各1両  トミーテック製品「鉄道コレクション」(写真上:デハ700形、写真下:デハ800形)
実車 【デハ700形】
 近江鉄道からモハ51形を譲受した2両。譲受にあたっては西武所沢工場で両運転台化
 改造が施され、2枚窓の当初からの運転台に対し、増設された運転台は3枚窓と異なる
 表情を見せていました。デハ701は一時期、テレビ番組とのタイアップでタレントの発案に
 よる塗装が施された時期があり、ワンマン化改造もデハ701のみに行なわれています。
【デハ800形】
 もとは伊予鉄道のクハ400形を電装したモハ100形。一時期、片運転台化改造された
 のちに両運転台に戻され、銚子電鉄へ譲渡。台車を交換のうえデハ701とともにワンマン
 化改造され、デハ1000形の導入までは最も大型なことから主力として運用されました。
この2形式3両のうち、デハ702はかつての車体色である濃淡ブルーに装いを改めたうえ、
活躍を続けてきましたが、デハ700形、デハ800形とも伊予鉄道からもと京王2010系の
800形が後継として導入されることになり、平成22年をもって全車が引退を迎えました。
模型 15〜16m級の、主に単行車両を揃えた”鉄コレ”第12弾からの2両。
出自となった近江鉄道のモハ51形や伊予鉄道のモハ100形などは人気の銚子電鉄
この2両ありきでラインアップに加わったのではと想像します。
製品はゴールドのピンストライプのない晩年のタイプ。今回はデハ701、801とも前面窓には
ワンマン表示が印刷されているのもポイントで、側面のサボやサッシの繊細な色差しも含め、
満足できる優れた仕上がりといえます。
今回のシークレットは濃淡ブルーの塗色をまとうデハ702となっており、専用金型を起用し、
デハ701との前面や側扉の窓の大きさといった違いがきちんと作り分けられています。
これで銚子電鉄の現有車両もすべて揃ったはず…でしたが、上記のとおり製品の発売とは
相前後して2両とも引退してしまったのが残念。しかもシークレットを入手損ねただけでなく、
動力まですでに品薄で、15m級こそどうにか入手できましたが、16m級は…。銚子電鉄の
車両は全車に動力を仕込まねばならないのも地味〜に財政を圧迫します(苦笑)。

 1000形【銚子電鉄】 保有数 2両  トミーテック製品「鉄道コレクション」(写真上:通常塗装、写真下:「桃太郎電鉄」塗装)
実車 もと営団銀座線・丸の内線(方南支線)で活躍していた2000形を譲受した形式。銀座線
の小さな規格に、成功を収めた丸の内線用300形に準じた仕様を盛り込んだ2000形は、
途中、開業時からの車両を置き換えた新造の中間車を編成内に組み込み、冷房を備えた
01系への全面置き換えまで主力を務めました。
両運転台で単行運転が可能なこの車両は、当初、日立電鉄が発注していたもので、所要
数に達した同社のキャンセルによって銚子電鉄が導入。こちらも日比谷線用3000系から
主電動機とパンタグラフを流用しつつも、台車も3000系から調達した日立電鉄に対して、
こちらは富士急行5700形(もと小田急2220形)で余剰になったアルストム型台車を履く
のが特徴です。
現在は1両がゲームのラッピング車両に、もう1両はコミック「鉄子の旅」の企画によって、
青とオレンジのツートンカラーが施され、他車と同じこの塗装はいったん姿を消しています。
模型 銚子電鉄の現役車両ということもあり、”鉄コレ”第8弾では一番の人気車種。製品は細い
金帯もキレイに印刷されていてなかなかの仕上がりです。続いてオープンパッケージで発売
された「桃太郎電鉄」仕様もキャラクターの精緻な印刷が楽しい製品で、通常品の番号に
「1002」を選んだのはこの展開も踏まえたうえでのものでしょうか。通常品はできれば2両
確保したかったのですが、1両しか入手できなかったのはむしろ幸運だったかもしれません。
前回の「鉄子の旅」とのタイアップ企画は長野電鉄2000系の冷房仕様で、結局、オープン
パッケージでも発売
されてしまいました。こちらも今や、代用ではなく現在の実車そのものが
再現できるようになっただけに、実はまたタイアップ企画があるのかも…!?
第8弾と同時に発売された16m動力は、15m動力が片側台車駆動だけにどうなるのかと
気をもみましたが、17m級以上と同様の両台車を駆動する仕様に。この構成を見ていると、
15m動力も両台車駆動によるリニューアルを期待したいところです。
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 8500系【長野電鉄】 保有数 6両  トミーテック製品「鉄道コレクション」
実車 自社発注の「OSカー」、0系以来となる20m級4扉車。東武伊勢崎線への乗り入れ延伸と
バリアフリー対応から登場した次世代車、5000系の導入で引退を迎えた東急8500系を
譲受
。耐雪ブレーキやドアレールヒーター、長時間停車時の3扉締め切り機能などの寒冷地
対策を施しました。制動面では列車の運転頻度をふまえ、回生ブレーキも回生失効となる
速度域を調整のうえで活かし、ブレーキシューも材質を変更。一方、勾配抑速ブレーキは
装備していないため、運用は連続した急勾配のある信州中野−湯田中間を避け、長野−
信州中野間に限られています。
8500系の登場により、ラッシュ時の3500系の4両編成は運用を終了し、普通列車にも
充当されていた2000系一部も引退。今後も引き続き3500系の置き換えとして導入が
計画されており、増備編成ではパンタグラフを増設。最新の編成の先頭車は中間車からの
改造車となっています。
模型 同じく東急8500系の譲渡車の秩父鉄道7000形との同時発売。これまでの製品に比べ、
無線アンテナも屋根板を外さなくても取り付け穴を開けることができるよう改良されていて、
内装パーツも広幅の貫通扉からよく見えることもあり、車端部までカバーする新規パーツが
採用されました。この内装パーツは先頭車では新たに運転台の表現も凝ったものとなって、
前面からの見栄えを向上させています。
ただ、前面帯の塗装は…。秩父7000形と同様にライトリムの銀色を活かすために周囲が
まったく塗れておらず、それでいて帯の上下に直線がきちんと出ていないという始末。また、
個体によって帯の濃さにバラつきも見られます。
帯をタッチアップするついでに番号を塗りつぶし、似たようなタイミングで発売されたグリーン
マックスの塗装済みキットに付属のステッカーを利用して1編成は番号を、さらに2編成とも
行き先表示を変更(須坂/信州中野)してみました。

 2000系【長野電鉄】 保有数 3両  トミーテック製品「鉄道コレクション」
実車 観光鉄道にふさわしい斬新な車両を企図し、長野電鉄が自社発注した特急用車両。
窓配置などはすでにデビューしていた名古屋鉄道の5000系を踏襲し、室内は回転クロス
シート。走行機器は富士急3100形の実績を基に、さらに大出力の主電動機を搭載した
WN平行カルダン駆動と、連続する勾配区間を考慮した抑速ブレーキを採用しています。
当初、2編成が就役した2000系は好評をもって迎えられ、予備車確保のために1編成を
増備。この増備によって特急の増発と、木島線への運転(後に終了)も開始されました。
さらに1編成が増備され、総勢4編成となったうち、最後のD編成は空気ばね台車を履き、
スカートも装備。屋根上はモニター屋根から角型ベンチレーターに変更されています。
2度の塗色変更を経て冷房化も施された2000系も、現在は後継の1000系の登場で、
A編成とD編成が往時の塗色で活躍するのみとなりました。長野電鉄ではJR東日本から
”成田エクスプレス”用253系の導入を決定。いよいよ引退も間近に迫っています。
模型 ”鉄コレ”第5弾、いわゆる”日車ロマンスカー”の一員。シリーズで初めて中間車が製品化
されました。D編成が登場し、塗色が変更されてからのA編成がモデルとなっています。
小田急2200形と同じく品番TM−06の18m級動力ユニットを使用しますが、オーバー
ハングの違いから、カプラーを詰める加工は不要。両先頭車にスペーサー(短)をかませ、
動力を入れた中間車は走行用パーツTT−04のカプラーをそのまま使うと、ちょうどいい
連結間隔に仕上がります。製品のままではさみしかった前面には、GMのステッカーから
ヘッドマークを取り付けてみました。
非常によくできた製品で、冷房化したり塗装変更したりと構想がふくらんだところ、オープン
パッケージでの冷房仕様
の発売や、さらにはマイクロエースからも復活塗装が発売されて
しまいました。これも含めてA編成ばかりだし、手持ちの余剰編成、どうしようかな…。

 2000系
 【長野電鉄・新塗装】
保有数 3両  トミーテック製品「鉄道コレクション」
実車 長野線の長野−善光寺下間の地下化に伴い、2000系は不燃化工事が施されます。
モハの偶数車には無線誘導アンテナが搭載され、さらにD編成を除く3編成には、台車の
軸箱支持方式をウイングばね式に変更する改造も行なわれました。
冷房化改造は屋上のファンデリアを撤去し、クーラーユニットは2基搭載。モニター屋根は
クーラーの搭載部以外は残され、ベンチレーターを設置しているD編成では、すべて撤去
してクーラーを搭載しています。側窓も冷房効率向上のためにユニット窓化され、併せて
前照灯のシールドビーム化、車内の内張りおよび座席の張り替え、色調の暖色系への変更
なども行なわれました。この冷房化工事の終了後、外装も長年まとった”りんごカラー”から
順次、新塗装に変更されていきました。
1000系の導入でB編成とC編成は引退。残る2編成はマルーンや”りんごカラー”に復元
された
ことで、この塗装は姿を消しています。
この編成だけ向きが逆だ… 模型 ”鉄コレ”第5弾からスピンオフしたオープンパッケージ仕様。
冷房改造後のA編成がモデルで、台車はトレーラー用のFS510が新たに起こされました。
車体も冷房化と同時にユニット窓へ改造された状態を新規に起こし、パンタグラフ脇にある
ヒューズ箱は別パーツ。D編成を再現するためのスカート(今後のバリエーション展開?)や
誘導無線アンテナもパーツが封入され、ヘッドマークや方向幕もステッカーが付属します。
A編成のみが履くFS510台車マイクロエース製品と編成がカブるので、余剰の”鉄コレ”
通常品の台車(秩父300形も同型)を履かせて、B編成(orC編成)仕様に。クーラーの
ディティールをマイクロエース製品と比較してみると、”冬姿”(こちらは表現の簡略化とは
思いますが…)ということになるようです。
もともとの素性のよさに加え別パーツ構成も効いた、とても魅力的な製品に仕上がっており、
印象把握の的確さからもコストパフォーマンスの高い、満足できる出来。ついにこの形式も
実車と同数を所有
するに至りました。

 2000系
 【長野電鉄・復活塗装】
保有数 6両  マイクロエース製品(写真上:A編成、写真下:D編成)
実車 2000系のうち、最初に登場したA編成は、平成11年に3500系同様の台車と制御機器
への交換が行なわれ、同時に全編成がワンマン対応化されました。また、A編成は車体
中央の誘導無線アンテナが撤去されています。
1000系「ゆけむり」の導入により、2000系はA特急からは引退。さらに一部に運用されて
いた普通列車も混雑の面から3500系、もしくは8500系が充当されることになり、まずは
B編成が、次いでC編成も引退を迎えます。残ったA編成とD編成は、特急運転開始50
周年を記念し、A編成は登場時のマルーンに、D編成は長年親しまれた”りんごカラー”
それぞれ復元されました。この”りんごカラー”と冷房仕様の組み合わせは、新塗装に変更
されるまでのわずかな期間にも見られたものです。
現在はB特急のみの運用に就く2000系も、1000系が運用開始早々に前面のガラスの
破損で1編成が離脱したたため、暫定的にA特急に返り咲く機会も生まれました。
模型 「試作」という言葉を今回ほど『試しに作ったもの』と信じたいと思ったことはありません(笑)。
残念ながら、店頭に並んだ製品はほぼ試作品のままでした…。
A編成は”冬姿”、D編成は”夏姿”。違いはクーラー横のルーバーですが、そんなことより
大事なのはプロポーション。全体的に面長で、屋根のRがキツいのが目立ちます。よって、
前面窓の縦横比にも違和感が。全体が似なくなるのなら、点灯する方向幕もあまり意味は
ないでしょう。A編成とD編成で動力車の床下機器の向きが逆なのも違和感がありますが、
A編成は機器の吊り換えを行なっており、これはエラーではないでしょう。
バランスを崩している一因でもある大きなダミーカプラーはTNカプラーに交換。「0372」は
使い道があるのでもったいない…。D編成のスカートは中央の折れ目もなく長めで、面長を
さらに強調しているため、”鉄コレ”冷房仕様に付属するスカートに交換してみました。自分
より安価なライバルの力を借りてしまうとは…(苦笑)。どうしてもライトの点灯にこだわりたい
方や、復活塗装がほしい方以外は、”鉄コレ”を新旧2編成仕立てる方が楽しめるかも…。

 1000系【長野電鉄】 保有数 8両  TOMIX製品
実車 長野電鉄では特急車両として自社発注の2000系を運用していましたが、老朽化に伴い
小田急からハイデッカーの特急車両10000形(HiSE)を2編成譲受。4両編成に短縮し、
速達の”A特急”に充てることになりました。
譲受にあたっては側扉の折り戸にヒーターを設置。さらに手動によるパンタグラフのカギ外し
装置を追設するなどの寒冷地対策を施したほか、湯田中付近に連続する勾配対策には、
抑速ブレーキの強化やブレーキシューの材質変更といった改修が施されています。
赤い塗装を”長電レッド”に統一された1000系は公募の結果、愛称も「ゆけむり」に決定。
習熟を充分に行ない、譲渡から1年以上のインターバルを経てデビューした「ゆけむり」は、
観光需要を喚起するイメージリーダーと位置づけられ、車内で記念グッズも販売。活躍の
場が箱根から信州に変わっても、小田急時代と同じく温泉地への観光輸送という使命を
担っています。
模型 キツめの曲線でも走る姿がサマになる連接車体は小型レイアウトにうってつけ。走りは旧態
依然ながら、かわいらしい編成は手ごろな価格も魅力で、白い車体に鮮やかな赤、そして
座席の青のコントラストも映える楽しい車両です。登場時にはグッズの車内販売だけでなく、
この製品自体も長野電鉄の長野駅で販売されていました。
一見簡単に思える製品化も、HiSEでは動力車がパンタグラフなしだったため、パンタグラフ
付きの車体が新規で起こされました。また、先頭車の乗務員室脇には屋根への手かけが
印刷され、それもあってか、”本家”HiSEよりもキレイな塗装に仕上がっています。
小田急時代ではまず座れなかった展望席に乗ることもでき、さらには先輩の2000系まで
各種発売されるなど、これからは”本家”よりも活躍の機会が増えそうな予感。友人からもう
1編成が転属してきたため、KATO製品導入で2編成になった”本家”も合わせ、HiSEは
実車と同数を保有するに至りました。
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 モハ10形【新潟交通】 保有数 4両  トミーテック製品「鉄道コレクション」
実車 新潟交通は新潟市内の白山前(旧県庁前)と燕市とを結び、”電鉄”の愛称で沿線住民に
親しまれた地方私鉄。末期は路線縮小により東関屋−月潟間を存続させ、「レール&バス
システム」として市内中央部との接続を図っていました。
主力を担う”日車標準車体”の単行電車は、出自からモハ10形、モハ18形、モハ19形、
モハ20形、モハ24形の5形式に分けられ、 外観上ではベンチレーターがガーランド型で
前照灯が小型のタイプ(モハ11、14、18、19)、前照灯が大型のタイプ(モハ21)、箱型
ベンチレーターで前照灯が大型のタイプ(モハ12、24、25)の3種に大別されます。
モハ10形は新製車体に開業時の車両の電装品との組み合わせで誕生し、後年になって
主電動機の変更やワンマン対応化、ATS機器の搭載といった改造が施されました。
日中は単行で、混雑時は小田急からの譲渡車体をもつクハ45形か、もしくはモハ同士を
連結しつつも片方は付随車扱いとする2両編成で運用されています。
模型 最後まで健在だった”日車標準車体”。現在、月潟に保存されているモハ11がモデルと
なっており、一様に見えるこの一族には台車の違いもあって、厳密に同様の形態となると、
他にはモハ14のみということになります。
今回の”鉄コレ”はこれがお目当てだったこともあり、早速細部を小加工。まずは排障器を
温存しておいた第3弾のパーツから取り付け。さらに単行のイメージが強いので両側をダミー
カプラー化。これは今回、胴受けの部分が新たに起こされており、手持ちの余剰パーツとは
違ったため、もっと数を確保したいところです。
また、窓の厚みが目立ち、さらに車体とのはめ込みの相性もイマイチで、Hゴムに色差しは
あるものの、断面の車体色が目立ってしまいます。そこで、一度分解し、車体断面に黒を
色差し。加えて前面窓の裏側からクロスポイント製の行先表示とワンマン表示ステッカーを
貼ってみました。また、一部は広告車体としています。

 2220形【新潟交通】 保有数 2両  トミーテック製品「鉄道コレクション」
実車 晩年の新潟交通に導入された唯一の2両編成。小田急で新性能車の先がけとして活躍し、
新潟交通へと譲渡された2220形は、バックミラーやルームミラー設置といったワンマン化
改造を受け、形式をデハからモハに変更したほかは、番号も塗装もそのまま入線。
パンタグラフ付きのモハ2229は、衝突事故から復旧する際に前面の貫通扉が埋められ、
行き先は中央窓の内側に表示しています。混雑時に使用された2220形は、路線廃止を
前に検査周期の関係から休車状態となり、復帰することなくそのまま廃線を迎えました。
早くから車両の大型化を進めた小田急では、2400形以降の通勤形車両に譲渡例はなく、
富士急から5700形が退いてからは、この2220形と車体を流用した混雑時の増結用クハ
45形
が唯一の存在で、長野電鉄にもとHiSE1000系「ゆけむり」がデビューするまでは、
地方における小田急車の活躍はしばらくの間、途絶えることになります。
模型 貫通扉が埋められた独特の前面を持つモハ2229は、”鉄コレ”第3弾のシークレット
こちらはマーカーランプ付きの排障器がアクセント。この部品は破損に注意が必要ですが、
小田急富士急にも付属していて予備は確保でき、さらにはモハ10形に装着も可能です。
クロスポイント製の前面手すりの取り付けには、削り取った跡とエッチングパーツとの寸法が
ほぼ同じで位置決めに助かりました。そのほか、同じくクロスポイントのステッカーを活用して
ディティールアップを図っています。
当初は新潟にいる友人の近所の某店で”ご当地デビュー”する予定でしたが、そこはすでに
レンタルレイアウトをやめてしまったとのこと。それでも、後日に別のお店で無事、”里帰り”
果たすことができました。
貫通扉を埋めながらも手すりを残す前面と、排障器との組み合わせがかもし出す雰囲気が
いかにもローカル私鉄といった風情で、今でもシリーズ中では一番のお気に入りです。

 モワ51/クハ45/キ100
 【新潟交通】
保有数 各1両  モワ51(写真上)・クハ45(写真下):トミーテック製品「鉄道コレクション」
 キ100:河合商会製品
実車 穀倉地帯を走る新潟交通では貨物輸送を行ないながらも、その輸送量は少量と見込んで
いたために機関車は導入せず、自走可能な「電動貨車」モワ51を開業時に新製。数両の
貨車の牽引も可能なモワ51は機関車の代用として、また、貨物輸送の廃止後は除雪車
キ100を稼動させる際のパートナーとして開業から終焉までを見届けました。
そのキ100は機関車による推進運転を前提とした、もと国鉄のラッセル車。新潟交通では
譲受にあたり、モワ51をキ100の側でも制御できるよう運転機器を搭載する改造を実施。
除雪作業の際にはモワ51の片側にも大型のスノープロウが装着されます。
クハ45形は増結用の制御車。自社の旧型車の下回りに、小田急から譲受した車体の組み
合わせで誕生。燕−月潟間の廃止によって同形式の多くが廃車になるなかで、クハ46の
1両のみがモワ51らとともにその任を全うしました。
現在はモワ51とキ100が、主力を務めたモハ10形とともに公園として整備された旧月潟
駅の構内に保存
されており、クハ45形も両津港に展示されています。
模型 モワ51は”鉄コレ”の第2弾。動力共用のためにやや大きめに作られています。発売時には
さほど関心がなかったものの、2220形をきっかけに新潟交通に興味が沸いて入手。
前照灯はKATOのC57のものに交換してみました。動力はいただきもので、当初は異なる
台車を履いていましたが、第6弾のモハ10形に動力用の台車枠が付いてきたため、この
余剰部品を流用して実車に近づけることができました。
キ100はもとは懐かしいTOMIXの香港製。折れやすかった前面のダミーカプラーは廃止
されました。2両セットのうちの1両は、偶然にも新潟交通に譲渡された車番となっています。
ただ、窓周りの表情が大きく異なるため、ガラスの取り付けも含めた改造を検討しています。
クハ45形は16m車によるシリーズ第8弾から。単行、2連用と用意しておいたモハ10形の
パートナーとしての導入で、まさか、新潟交通をコンプリートできるとは…。出来はシャープ
過ぎるのがゼイタクな悩みか。側窓がはめ込み式ではないので、前面ガラスは容易に外す
ことができ、他形式に比べてラクにステッカーを貼ることができます。
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 3000形【日立電鉄】 保有数 4両  トミーテック製品「鉄道コレクション」(写真上:通常塗装、写真下:復活塗装)
実車 日立電鉄は常陸太田から常磐線の大甕を経由し、鮎川までを結んでいた茨城県の地方
鉄道。日立製作所傘下の鉄道会社として、沿線の工場への通勤輸送を担っていました。
2000形はもと営団銀座線・丸の内線(方南支線)で活躍していた同名の形式を譲受した
車両。銀座線は第三軌条による集電方式のため、同時期に引退を迎えた営団3000系の
パンタグラフや台車を転用・改造して入線。同時にワンマン対応化工事も施されました。
3000形は2000形の両運転台車で、運転台は別の車体から切り継いでいます。塗色も
赤地に白と黒のストライプを用いたものに改められ、2000形・3000形の一括導入による
車両刷新によって、日立電鉄は大幅な近代化を果たしました。
3000形は当初は増結や日中の単行用として、終日2両編成化されてからは、同形車と
編成を組んで活躍。引退前には導入以前の車両がまとっていた、クリーム色とオレンジの
塗装に変更されました。そのうちの1両は現在、茨城県内の模型店に保存されています。
模型 18m動力の発売時から、どの車両で使用されるのかで憶測を呼んだFS510。シリーズで
最初に履いて登場したのはこの形式でした。オープンパッケージでは長野電鉄2000系の
冷房仕様
が、このシリーズ展開も見据えてか、A編成仕様として発売されています。
当初は方南支線仕様に戻すべく入手。パッケージを開けてみると、屋根が別パーツだった
ため、今後のシリーズ展開に期待してそのまま”Nゲージ化”を施すことにしました。他にも
ヒューズ箱が別パーツとなり、機器が何もない屋根上のアクセントになっています。実車の
末期は悲しくなるほど色のあせた赤だったので、導入当時の姿、さらには丸の内線時代をも
思わせるこの色は好感のもてるものです。
ツートンカラー車は今回のシークレット。実車は同じ塗色で編成を組んで活躍していたので、
あと1両ほしいところですが、シークレットとあってはキビシイでしょう。一応、塗り替え用として
通常品をもう1両確保しておきました。
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 1000形【富士急行】 保有数 2両  グリーンマックス製品
実車 白い車体に赤い帯をまとい、さらには関東の通勤車でいち早く冷房を装備するなど、京王
電鉄のイメージアップに貢献し、今なお名車として名高い5000系を譲受した形式。
京王本線は独特の軌間(1372mm)から、譲渡には台車の振り替えが必要になるところを、
先例の譲渡先、伊予鉄道では自社で調達した台車に換装したのに対し、富士急向けには
同時期に引退を迎えた営団3000系の台車を調達し、主電動機も3000系のものに交換。
さらに2両とも電動車とするため片側先頭車の電装化や、自然通風式の主抵抗器の新製、
寒冷地対策としては側扉の半自動スイッチやドアレールヒーターを装備し、冬季の留置時に
機器保温用のヒーターを使用するための100Vコンセントも設置されています。半自動扉は
無人駅での運賃収受のため、4両編成の中間でも操作できるよう回路が変更されました。
1000形は種車のままのロングシート車ながら2編成の少数派。主力はセミクロスシート化
された7編成の1200形が占めています。
模型 ”大人の事情”(?)から、現在はカタログ落ちしている塗装済みキット。前にもとあるお店で
見かけたことはありましたが、「珍しいなぁ」と思うのみでその時はスルー(もったいない!)。
富士急の車両が増えてきてから探し始め、やっと中古店の隅にいたのを発掘してきました。
キットはベースとなった京王5000系が初期の塗装済みキットのため、パーツの構成、特に
クリアパーツの接着しろなどに時代を感じさせます。また、同様の事情から、現在は未塗装
キットも「一畑電鉄2100系」として販売されています。
このキットが発売された頃には、まさか正規のFS510台車(製品には代用としてグレーの
DT24台車が付属)が発売されるとは想像できなかったでしょう。下回りは、そのFS510と
スムーズさが魅力の”鉄コレ”動力(この18m動力にもFS510台車枠が付属してきます)を
組み合わせた”平成18年式”になっています。余った製品付属の動力は、友人の協力を
得てパーツを集め、20m動力に改修東武850系に転用しました。

 1200形【富士急行】 保有数 4両  トミーテック製品「鉄道コレクション」
実車 京王5000系の転入により、在来の車両は自社で発注した5000形1編成を除き、すべて
置き換えを完了。更新工事と併せて、譲受車のうちの7編成には転換クロスシート化改造が
施されました。貫通路も狭幅化のうえ扉を設置。新たに設定された特急に運用すべく、特に
1編成には専用としてテレビの設置やシートカバーの整備も行なわれています。この編成は
JRから譲受したもと165系「パノラマエクスプレス・アルプス」の『フジサン特急』就役により
特急運用を終えた今でもシートカバーを残しており、『フジサン特急』が検査の際の代走に
備えています。
最後に譲渡された編成では先頭電動車が枯渇したため、中間車から電装品を移設。電装
品を譲った中間車はわたらせ渓谷鉄道向けのトロッコ車両に改造されました。京王時代に
様々な形態が見られた冷房装置は1000形、1200形とも分散式は1編成のみ。大半が
集中式を搭載しています。
模型 ”鉄コレ”第11弾のメインは京王5000系の地方譲渡車たち。確実に入手したかったので
箱買いすることにしました。当面、”Nゲージ化”はこの富士急のみの予定です。
1編成は琴電と屋根を交換して分散クーラー車に。当初はGMキットの余りのクーラーからと
思っていましたが、うまく供出できるめどがついたので、友人にならいバリエーションを増やす
ことにしました。クーラーは薄いグレーで再塗装して変化をつけています
このところオープンパッケージでは品質の低下が目立っていましたが、今回は細かい色入れ
まで大きな乱れもなく好印象。ただ、パンタグラフはTOMIXのPG16を取り付けるとクーラー
に干渉してしまうのが気になります。実車は現在シングルアームパンタグラフ化されており、
複数用意された取り付け穴を活かしてこちらを装備させるのもいいかもしれません。
シリーズにも含まれていた一畑電車は次の”鉄コレ”、さらに映画の公開などで盛り上がりを
見せており、このシリーズからもバリエーションとして急行用5000形の製品化を期待します。

 1200形
 【富士急行・リバイバル塗装】
保有数 2両  トミーテック製品「鉄道コレクション」
実車 主力車両の1200形にはスイスの登山鉄道、マッターホルン・ゴッタルド鉄道との姉妹鉄道
提携15周年を記念して、車体色を模した赤と白の専用塗装編成の「マッターホルン号」が
登場しました。続いて開業80周年を記念し、昭和30年代から1000形が登場するまでの
ブルー基調の旧塗装、さらに昭和20年代のクリームとブラウンの塗色も復刻されましたが、
この編成はリバイバル塗装編成で唯一のロングシート車です。
「マッターホルン号」はのちに観光列車として運行するため、2扉化のうえ外部デザイナーの
提案を採り入れた「富士登山電車」に再度衣替え。塗装を開業時のイメージとし、”赤富士”
”青富士”の2両による座席定員制の快速列車として運行を開始しました。
いったんは姿を消した「マッターホルン号」も、新たに別編成に赤と白の塗装を施して復活。
この編成はかつて通常塗装のまま同名の愛称を持ち、寄贈されたエンブレムを掲げていた
経緯があり、愛称としては返り咲きといえます。
模型 ”鉄コレ”が得意とする事業者限定企画。以前の5700形に続き、今度は未発売の第11弾
から先んじて選ばれました。11弾のラインアップのうち、通常品でアナウンスされているのは
集中式の冷房装置を搭載した1200形。そのリバイバル塗装が今回の事業者限定です。
プロポーションはもはやGM製品を探さなくても…と思わせる印象把握。富山ライトレールで
可動を実現したシングルアームパンタグラフは折りたたみ不可ではあるものの、形態自体は
悪くなく、折りたたみさえガマンすればそのまま使うのもアリ。付属する方向幕のステッカーは
以降のオープンパッケージすべてに採用を希望します(第11弾では印刷済みとなりました)。
色調は第3弾や第5弾とは異なり、リバイバル塗装らしさをうかがわせます。
”バスコレ”や”鉄コレ”、さらには「鉄道むすめ」と、これまでの富士急とトミーテックの連携を
思えば、1200形は今後の展開も期待できそう。「富士登山電車」の発売が実現するなら、
同じデザイナーが手がける他の地方私鉄車両の製品化にも希望が持てそうです。

 5000形【富士急行】 保有数 4両  トミーテック製品「鉄道コレクション」(写真上:通常塗装、写真下:「トーマスランド」号)
実車 1編成となった3100形を補うために自社発注した、富士急初の冷房車。
勾配区間に対応すべく抑速ブレーキを備え、寒冷地対策として扉の自動・半自動切り替え
機能やドアレールヒーターなどを装備しています。室内は3100形同様に側扉付近をロング
シートとしたセミクロスシートながら、側扉には両開きを採用。車内には後年になって飲料の
自動販売機が設置されました。
5000形には富士急ハイランドのアトラクションのラッピングが施されており、まず『ゲゲゲの
妖怪屋敷』の開館を記念して『鬼太郎』に登場するキャラクターを配した「ゲゲゲ」号として
装いを改めて以降、次いで完成にちなんだ「トーマスランド」号として『きかんしゃトーマス』の
キャラクターを描いたデザインとなりました。車体中央にかけて色調が変化するこの塗色は
「トーマスランド」号としては2代目のもので、最近では外装だけでなく室内も天井に至るまで
装飾が施されています。
模型 某メーカーからレジン製のキットが発売されるも、”大人の事情”ですぐに販売が中止され、
以降どこも手がけなかった車両。待望の製品化です。
地方私鉄の自社発注車両としては近年の登場で、しかも好ましい2扉セミクロスシートという
こともあり、ずっと楽しみにしていました。興味を持った頃にはすでに「ゲゲゲ」号だったので、
通常塗装の方がむしろ新鮮です。印象把握は”鉄コレ”らしくあっさり風味ながら的確。
「トーマスランド」号は「桃太郎電鉄」と違い、白い車体にすべて印刷で表現されているため、
一段へこんだ扉周りを中心に色が回りきっていないのが目立ちます。戸当たりゴムや、扉の
周囲にスミ入れを行なって解決を試みました。
両仕様とも屋根はヒューズボックス以外が一体成型のため、マスキングのうえクーラーのみ
再塗装
。変化をつけています。実車が1編成のみなので、動力共用に後ろめたさはないの
ですが、車体中央部のツメがきつく、組み換えるのは実は少々面倒だったりします…。

 2000形【富士急行】 保有数 6両  KATO製品
実車 165系急行形電車からの改造によるジョイフルトレイン、「パノラマエクスプレス・アルプス」を
譲受した看板車両。有料特急『フジサン特急』として運行されています。
「パノラマエクスプレス・アルプス」は乗務員室を階上に配し、曲面ガラスによる前面展望
採用。展望室の直後にはラウンジを配し、ハイデッカー構造として側面からの眺望にも配慮
するなど、団体列車だけでなく臨時列車としても運用できるよう設計されたもので、展望部の
天窓は晩年に埋められていますが、中間車の個室は現在まで残されており、夏季を除いて
指定室料金で利用できます。
譲渡後は背中合わせの6両から3両編成2本とされ、富士吉田駅のスイッチバックもあって
方向転換は行なわれず、展望車は別々の向きのまま運用されています。塗装は富士山を
モチーフとしたキャラクターが全面に描かれる斬新なもので、それぞれに名前がつけられて
おり、展望車側面の”フジサンクン”以外はすべて異なるキャラクターとなっています。
模型 発売からだいぶ経つなか手ごろな委託品を発見。これで富士急の現行車両が揃いました。
後発の製品の中には印刷や塗装の乱れが話題になったものがありましたが、この製品では
見せ場となるキャラクターの印刷は鮮明。特に前面先端の複雑な造型の部分までしっかり
表現できているのには感心させられます。目立たない点ながら靴ずりの印刷までも繊細。
前照灯が点灯するよう改修された165系本来の前面側は、ライトレンズがクリアーパーツに
なった代わりに種別表示幕が一体成型とされたものの、新規製作のライトユニットは座席の
背ずりまで再現されています。また、元の製品は実車が登場直後に発売されたため、愛称
表示が緑色っぽく光るものでしたが、最近の製品らしく前照灯ともに実感的な色調に変更を
受けました。
毎年発行のカタログではレギュラーメンバーに定着し、再生産はだいぶ先か。LEDユニットを
「パノラマエクスプレス・アルプス」に調達したい場合は床板セットも含め、確保はお早めに。

 3100形【富士急行】 保有数 2両  トミーテック製品「鉄道コレクション」
実車 創業30周年を記念して製造された自社発注車。形式は登場年から命名されています。
セミモノコック構造の軽量車体と駆動方式にWN平行カルダンを採用。それまで、WN平行
カルダン駆動は営団300形や近鉄800系での実績はあったものの、いずれも広軌(軌間:
1435mm)のため、狭軌(軌間:1067mm)での採用はこの形式が初めてとなりました。
室内は出入り口付近を除いてクロスシートを配置。片側2扉のうち、乗務員室側は車端に
寄せてデッキを設置し、貸切時などにはこちら側のみを開閉できるよう考慮されていました。
また、車内のスピーカーカバーに「富士山と松」「ぶどう」や「登山姿」をあしらうなど、観光
需要を強く意識したしつらえとなっています。
2編成4両が製造された3100形は事故で1編成を失い、残った1編成は5000形とともに
単独の運用に充当され、もと京王5000系の1000形の入線によって引退しました。
模型 他の”日車ロマンスカー”にはないデッキが特徴の3100形。実車の資料に乏しい形式も、
内装まできちんと再現するのが”鉄コレ”。デッキの仕切り表現はもちろん、デッキ付近の
ロングシートが戸袋窓部分だけではなく、次の窓まであるのを分解して初めて知りました。
秩父300形と同じく”鉄コレ”初の20m級車両で、このシリーズから床下機器は片側2つの
パーツで構成されています。20m級車両の2両編成では、片方の車両のカプラーに短い
スペーサーをかませると曲線通過性能と見栄えを両立。スペーサーなし同士では間隔は
実感的ながら、R280未満の曲線では少々狭すぎるようです。
正直、最初はさほど関心のない車両でありましたが、大きな窓とスッキリとした屋根周りが
昭和30年代のロマンスカーらしく、これも入手してから興味がわいて今ではお気に入りに。
銀河モデルの乗務員室仕切りも追加してみた(画像は未施工時代のもの)し、静態保存も
されているようで、一度実車を見てみたいものです。

 5700形【富士急行】 保有数 6両  トミーテック製品「鉄道コレクション」
実車 旧性能車の混在から分けていた運用を統合すべく小田急から導入された、もと”FM車”。
形式名は3100形と同じく導入開始時の年号にちなんでいます。
譲渡された16両には2200形や2220形だけでなく、3000形(SE)の就役までの中継ぎ
として登場した特急車の2300形や、両開き扉を装備し準特急に使用された2扉セミクロス
シートの2320形といったFM車グループの全バリエーションが含まれていました。これらは
すべて小田急時代に片開きの3扉に改造されていましたが、窓配置に面影を残しています。
導入は3次に渡り、最初に入線したもと2200形と2300形は後に台車と主電動機を交換。
駆動方式も直角カルダンからWN平行カルダンに変更され、性能面の統一が図られました。
新性能化に貢献した5700形も、老朽化と非冷房のため、もと京王5000系の1000形
導入により3100形とともに全車が引退。その際に引き取り手を公募したことから、一部が
山梨県内に保存されています。
模型 ”鉄コレ”第3弾のバリエーション。個性の強い面々に囲まれたからか、開封売りではあまり
人気がないようですが、足元を引き締める付属品の大きなスノープロウが魅力です。
前面2枚窓の編成は富士急の限定品。河口湖への交通費を勘案し、ネットオークションで
落札しました。こちらは屋根上のベンチレーターがすべて撤去された姿が再現されています。
共通の欠点は塗装。他の第3弾では目立たない、手作業によるタッチアップの跡が乗務員
扉を中心に見られ、これは富士急の限定品では特に目立ちます。
新潟交通同様に、こちらも方向幕にはクロスポイントのステッカーを、前面にもクロスポイント
製の手すりを取り付けており、友人からいただいた通常品1編成も含めて3編成が在籍して
いますが、動力化にはなかなか手が回らず。走らせるときだけ新潟交通2220形から拝借
しています…このあたりに愛着の差が(苦笑)。
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 2270系【和歌山電鐵】 保有数 4両  トミーテック製品「鉄道コレクション」(写真上:いちご電車、写真下:たま電車)
実車 和歌山電鐵は南海電鉄貴志川線を平成18年に引き継いだ地方私鉄。
廃止表明後に沿線住民が存続運動を盛り上げ、メディアの協力も得て公募の結果、経営を
引き受けた岡山電気軌道が子会社として和歌山電鐵を設立。以来、斬新な話題づくりの
かたわらで地道な需要開拓を続け、著しい収益改善を遂げるまでに至りました。
2270系は貴志川線でのワンマン運転用として22000系から乗務員室側の側扉を片開き
化のうえ移設し、南海本線でも自力走行できるよう複電圧仕様としたもので、経営移譲時に
全編成が無償譲渡されました。リニューアルにあたっては、まず1編成が外部デザイナーの
手によって沿線の特産品を大胆にあしらった「いちご電車」として就役。2編成目の「おもちゃ
電車」に続いて登場の「たま電車」では、貴志駅で駅長を務めるネコ『たま』のキャラクターを
配しており、3編成とも車内は木材を基調としながら外観とのイメージ統一を図っています。
観光アピールに大きく貢献した『たま』は執行役員に就任。貴志駅も『たま』をイメージした新
駅舎が完成しました。
模型 ついに出た「いちご電車」&「たま電車」。じっくり眺められるのを意識してか、どちらも精緻な
印刷が楽しめる
秀逸な製品で、ちりばめられたキャラクターや各部の細かいロゴだけでなく、
ドアレールや靴ずり、乗務員扉横の手すりまで色差ししてあるのには感心させられました。
つい目が行ってしまう車体に対して、床下機器はなぜか2両とも左右同じものがついており、
仕方なく第3弾の南海&一畑から調達。さらに「たま電車」はクーラーを塗り分けてみました。
パンタグラフを搭載した車両はそばにある配管でマスキングに苦労させられたため、「いちご
電車」は色選びも含めて検討中です。車体もつや消しではイマイチ冴えないので、きれいな
印刷の保護も兼ねて半ツヤクリアーで仕上げとしました。
”大人の事情”(?)を乗り越えて「おもちゃ電車」を、そして通常塗装の製品化も期待したい
ところ。どこかからデカールでも出てくれればいいのですが、その場合ベース車両の調達には
苦労しそうです。
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