北京堂式治療概論 
北京堂式治療は、トリガーポイントと治療法が正反対らしいですが、別にトリガーが嫌いだから逆にしたのではありません。トリガーポイントを批判するつもりはありませんので、トリガーを勉強している人はスルーしてください。北京堂式治療は、成立してゆく過程で、そうなってしまいました。なにしろ中国へ留学していたので、中国の鍼灸理論しか知りません。これは鍼治療を勉強したくても、中国へ留学したり、勉強会に参加できない初心者鍼灸師のために、北京堂式の治療法を公開したものです。
北京堂式治療は、木下晴都(日本人)、朱漢章、高維濱、焦順発などの理論を総合した治療法です。神経が筋肉に締め付けられて痛みが出るという、このような考え方は、日本で認められていませんが、中国では「軟部組織損傷」とか「軟組織損傷」と呼ばれ、神経痛の多くの部分を占めていると公認されており、それに対する主な治療法として鍼や小鍼刀があって、治癒させる方法として普及しています。
私が中国の「軟部組織損傷治療」をパクった経緯が以下です。
1985年頃、明治東洋医学院の鍼灸科へ入学。そこで弁当屋さんでアルバイトしていて、上司の正社員に、無理やり坐骨神経痛の治療をさせられる(もちろん無報酬)。坐骨神経痛の治療法を知らなかった私は、坐骨神経痛の治療に長年携わってきた木下晴都の「傍神経刺」をパクり、成果を上げる。
●木下晴都の理論
痛みが起きる→筋肉が防衛反応で堅くなる→神経が締めつけられる→神経が締めつけられてパルス信号を出す→その神経の行っている筋肉が、神経からの電気パルス刺激によって収縮する→筋肉によって神経が締めつけられる→神経が締めつけられて痛みが起きる→その神経の行っている筋肉が、神経からの電気パルス刺激によって収縮する→筋肉によって神経が締めつけられる→神経が締めつけられて痛みが起きる
これがグルグル繰り返して、ますます痛みが悪化する。
●これは血管についても言えることです。
痛みが起きる→筋肉が防衛反応で堅くなる→血管が筋肉に締めつけられて循環しなくなる→血液循環が悪くなって、酸素不足により疲労物質が溜る→その疲労物質が神経を刺激して、神経はパルスを出す→その神経の行っている筋肉が、神経からの電気パルス刺激によって収縮する→筋肉によって血管が締めつけられる→その部分が酸素不足になる
これは血管の悪循環理論です
木下晴都理論に基づけば、筋肉を緩めると、血流が回復し、神経も圧迫されないので、絞扼痛が起こらないのではないかと考えられます。
この頃、木下晴都は坐骨神経痛に、十番の二寸五分鍼を使って、神経根の傍らに刺鍼する治療をしていました。ところが私は、そんな太い鍼を使ったことがない。そこで三番の鍼を使って刺鍼しようと考えました。それならば一般的な鍼の太さです。
当然にして細い鍼ならば痛みが少ないだろうという思いがあったので、当時なるべく細い鍼を試しましたが、なぜか筋肉が二番以下の鍼では緩まないことを発見したからです。
そのころ翻訳された中国の書物、『鍼灸臨床24000例』という本の坐骨神経痛を読んでみると、そっちの治癒率のほうが木下晴都より良かった。
木下の治癒率が70パーセント以上なのに対し、その書物では80パーセント以上の治癒率と書かれていました。温灸やマッサージを併用したと書いてありますが、そんなものが坐骨神経痛に効果があるとは到底考えられません。
違いを調べてみると、木下治療では2.5寸の十番鍼が使われているのに対し、中国の本には3寸鍼が使われていると書かれています。太さは中国のがちょっと太い程度。
「なるほど、中国の治癒率がよいのは、鍼が2.5寸ではなく、3寸の鍼を使っているからなのではないだろうか?」と考えたのです。
木下晴都は「傍神経刺」を発明したのですが、実際には神経へ刺鍼しても効果がありません。神経へ刺鍼して効果があるのならば、傍神経刺を使って神経根を刺激しなくとも、坐骨神経の通り道、例えば大腿後面の坐骨神経へ刺鍼しても効果があるはずです。だから「傍神経刺」というのは、実際には大腰筋へ刺鍼しているわけです。つまり2.5寸で7.5p刺入すれば、女性や痩せた人なら、背骨から神経が出る神経根部を通過して、少しだけ大腰筋に刺さるのです。
中国3寸は3インチなので、実際は木下の鍼と中国の鍼は同じ長さだということを当時は知りませんでした。
そこで3寸の鍼で治療することに決めたのです。
ちなみに役人の坐骨神経痛を完治させた楊継洲は、その著者である『鍼灸大成』に「毫鍼の長さは三寸六分と書いております。
現在は三寸五分までの日本鍼なら売っています。一寸は3pなので、楊継洲が坐骨神経痛を三回で完治させたときは、10.5pの鍼を刺入しています。まず9pは刺入しているでしょう。一分の違いは3oです。
現在の3インチ半として考えても、9pの鍼を腰に刺していたということです。
大腰筋刺鍼なんて言わなくても、五百年近く前にも大腰筋刺鍼して、坐骨神経痛を治療していた鍼灸師がいたんですね。
三番の三寸鍼は、筋肉が固まった坐骨神経痛では入りません。そこで次のような刺入法を発案しました。
まず三寸三番鍼を三寸鍼管で切皮する→次に切皮した三寸鍼に、二寸半の鍼管を被せて撚鍼する→撚鍼して刺入した鍼に二寸の鍼管を被せて撚鍼する→撚鍼して刺入した鍼に一寸六分の鍼管を被せて撚鍼する→あとは普通の寸六鍼を刺入するように入れる。
以上の方法で、最初は三寸三番の鍼を入れていました。ところが途中からは三寸五番の鍼を使うようになりました。その理由は、中国で以下のような文献を目にしたからです。
長鍼は34号とかの細いサイズがない。それは万が一、鍼が切れたときに、深く刺入している長鍼では取り出すことが難しいからだ。
つまり万一、鍼が切れたとき、体内の深部に残った鍼を取り出すことが難しいので、太い鍼しかないということです。中国では三寸までが毫鍼、それ以上の長さならば芒鍼と呼んでいます。中国三寸は3インチなので、日本鍼の二寸五分に相当します。日本の三寸鍼は、中国の三寸半に相当(中国鍼に三寸半はなく四寸になる)します。つまり長鍼になるので、やはり三番より鍼が切れる可能性のない五番にすべきと思いました。
こうして鍼管を取り替えながら刺入するという「大腰筋刺鍼」を考えつきました。
1987年頃、明治東洋医学院を卒業し、大阪府で試験を受けて、島根県で鍼師と灸師の免許を受ける。そして1988年9月に中国留学。
中国では、あまり勉強した学生ではなかったのですが、毎週土日には本屋さんを訪ね、多くの鍼灸書を買い集めました。中国での収穫といえば、中国女孩児と遊ぶことに専念していたので、中国語が上手になりました。
1990年9月に帰国し、島根県で北京堂鍼灸を開業しました。しかし実態は、ギックリ腰や坐骨神経痛は大腰筋刺鍼で治せるものの、五十肩が治せないというものでした。とりあえず北京堂マニュアル書が欲しいと思った私は、標準となる治療法を定めようということで、さまざまな鍼灸書から疾患別の鍼灸治療法を抜き書きしてワープロに収めました。
そのときに『現代鍼灸臨床聚英』という本が、やはり様々な治療法を集めていたので、それを翻訳してマニュアル書にしようと思いました。それには各疾患別の鍼灸治療効果が示されていたのです。
『現代鍼灸臨床聚英』の翻訳を終えたとき、物足りなさを感じて、やはり書物を漁っていました。そして1988年に出版された『難病鍼灸』を目にすることになりました。しかし少し難しい。後輩の今村と分担で、二人のマニュアル書として共同翻訳しようとしましたが、彼は乗り気じゃない。そこで一人で翻訳しましたが、これは患者さんに、その疾患が鍼灸で何割ぐらい治癒するかを示すための目安となりました。
『難病鍼灸』を翻訳して、しばらく経ったころ、今村から電話があり「『難病鍼灸』が翻訳できたのなら、出版社に紹介しといたから出版しろ」とのこと。そこで原稿を送ったところ、「これは鍼の専門書ではないですか?
難しすぎて出版できません」とのこと。
もともと自分のマニュアル書にしたかっただけだったので、「あっ、そうですか」で終わり。
ただ著者の張仁は、すごいと思ったので、もう一冊の著書である『急症鍼灸』も日本語に翻訳することにしました。これで2冊のマニュアル書が完成。喘息や胃下垂は、これを参考に治療しています。
下半身の疾患は治せても、やはり五十肩疾患はダメ。そこで『小寛鍼療法』という本と『麻痺の鍼治療』という本を翻訳。その結果、どうも五十肩は、肩そのものに刺鍼するのではなく、頚に鍼して治療するものという認識ができました。
1992年、朱漢章の『小針刀療法』が出版されました。現在は、中国鍼灸の主流となっている小針刀理論ですが、そのときに初めて小針刀が登場しました。
小針刀理論には2つあります。
1.筋肉が、骨や他の筋肉と癒着し、その癒着部分が留められているため、筋肉が収縮したとき、筋肉に入っている神経が引っ張られて痛みが出る。
つまり鍼が刺さったまま動くと痛みが発生しますが、筋肉が癒着して鍼が刺さっている状態と同じ様になっているので、動くと痛むというのです。
2.筋肉が骨に付着している部分は、筋肉が収縮するたび、その部分に歪みが加わる。骨が歪むと電気が起きるため、カルシウムイオンが集まってきて骨棘ができる。
したがって痛みを消すには、筋肉の癒着を剥がしたり、骨棘を削ったりしなければならない。
これだけでは小針刀理論は、小針刀を使わない限り効果がないのですが、馬軍団の専属鍼灸師が『松解鍼』という本を書きました。
それによると、自分の発明した松解鍼を使えば、癒着も治るし、骨棘も消えるというものです。
その松解鍼は鬆解鍼という意味で、緩めて解す鍼ということです。その形状は、太い毫鍼と同じでした。
彼の理論によると、松解鍼で筋肉を緩めれば、血流が良くなるので、癒着も自然に消え、骨棘も消えるというのです。
なるほど、馬軍団の専属鍼灸師が、太い毫鍼のような鍼で運動選手を治しているのならば、同じことが太い毫鍼でもできるのではないだろうか?
ここで木下晴都と朱漢章が合体しました。どちらも毫鍼を使っても効果があるのではないか?
木下晴都理論を考えてみると、昔からある鍼灸理論そのものでした。経絡の中を気血が循環している。経絡とは血管です。つまり血管の中を血が流れている。血を流している動力が気です。気は、目に見えないもの全てを総称したもので、例えば車が走っているとすれば、車が血で、スピードが気です。血は体外で動きませんが、体内で循環させているのが気です。まあ心臓の動力と言ってよいでしょう。これを宗気と呼びます。
そして血管が通じれば痛まないが、通じなければ痛む。どちらも甬という文字が使われていますが、甬は管という意味です。しんにょうは進む意味。だから通は、管の中を進むこと。痛は、管が発病することです。
中国医学では、血管が通じなくなって、血が滞ったり気が停滞すると痛みが出ると考えているのです。
では血管が通じなくなると、痛みが出るほかに、何が起きるのでしょう?
「筋脈が引きつる」と言っています。
中国医学では、血管を経脈と呼んでいました。そこには気血が流れていると考えていましたが、血に対する観念が次のようなものです。
胃で消化された穀物が吸収され、濁ったものと清いものに分けられる。濁気を衛気と呼び、脈外を行く。清気は営気と呼び、貴重なので脈中を流れる。営気は心臓で赤く染まり、血となる。
営気は栄気とも呼びます。それは身体を栄養する気なので、栄気とも呼ばれ、身体が営むので営気とも呼びます。
ですから血と営は同質のものです。それで営血と呼んだりします。
栄気が筋脈を栄養しないので、筋脈が痙攣して引きつります。
これを現代では陽性反応物と呼んだりします。
筋脈は、筋肉線維と考えて良いです。筋は筋線維、脈は血管ですが、筋肉の中には細かい血管が走っています。その血管が筋肉を栄養しなければ、引きつります。
その筋肉が引きつって固まった状態を「凝り」と呼びます。だから昔の鍼は、その「凝り」を探して刺鍼したものです。鍼で筋脈という管を突き、塞いでいる血栓を掃除して通じさせると考えていました。
つまり昔の鍼法では、切按といって体表を触り、「凝り」と呼ばれる筋肉の堅い部分へ刺鍼して、その「凝り」を解すことで治療していたのです。
ところが、ここに問題があると思います。確かに表面のコリは、手で触って判るかも知れません。しかし木下晴都の坐骨神経の傍神経刺は、坐骨神経痛に対して高い治癒率を誇っています。ここで刺鍼している筋肉は大腰筋ですが、大腰筋は深部にあるので、体表を触ってもコリが判りません。
それだけではありません。腸骨筋や肩甲下筋など、インナーマッスルと呼ばれる筋肉は体表から触知できないのです。つまり体表を触ってコリを探す刺鍼法では、コリを探すのに限界があるのです。
では体表から触れない深部の筋肉は、悪くなることはないのか?
実際はインナーマッスルが悪くなることもある。だけど外部からコリに触ることはできない。
厳密に言えば、痩せた人なら腸を通して腹から触れられるので、大腰筋が痙攣すれば横腹を押さえたとき痛みが出ます。でも太った人は、触れません。
触れない筋肉を判定するには、「栄養されなければ筋脈が引きつる」という中医理論に注目します。なぜ栄養されないのか? その筋脈に血が流れていないからです。
つまり「栄養されていない筋肉は縮んでいる」と、古典は言っています。
鍼灸古典に従えば、栄養されていない筋肉は縮んでいるので、伸ばせなくなっているはずです。
大腰筋が縮んでいれば、前屈みの状態になっているはずです。逆に言えば、大腰筋が縮んでいれば、身体を反らすと痛む。
肩甲下筋が縮んでいれば、手が後ろへ回らないはずです。逆に言えば、肩甲下筋が縮んでいれば、手を後ろへ回すと痛む。
このように姿勢を見ることにより、身体の何筋が縮んでいるか判断できます。
これと体表のコリを探す方法を組み合わせれば、どこが悪いか判断できます。
実際の治療では、身体のコリを探すためという口実で、身体を触りまくることなどできません。セクハラになります。ですから身体を触らないで、どの筋肉にコリがあるか判断しなければなりません。
次に収縮した筋肉は、常に神経を圧迫しているため、その神経は常に圧迫されて重みを感じており、その筋を少し圧迫すると、非常に強く押されたと思って痛みが出るのです。神経には、元々の圧迫がある上に、手による圧力が加わるのですから痛いはずです。こうした状況はヒラメ筋などに多いのです。「正座すると膝が痛む」などと言う人は、もともとからヒラメ筋が収縮して神経を圧迫しているところへ、正座したときに自分の太腿が乗ってくるので、ダブルで圧迫されて痛むのです。
例えば鵞足のように陰陵泉や陰谷の付近、また少海のように筋肉が骨に付着する部分は痛みが出ます。そして痛みの出やすい部分は、たいてい経穴になっています。そこで痛みのある部分からモヤシ豆ぐらいのシコリを探し出して刺鍼しても、一時的に痛みが治まるものの3日もすれば再発します。これを小針刀理論に基づいて考えますと「筋肉と骨の接合部は、力が加わると骨に歪みが加わり、そこに電気が発生してカルシウムイオンが寄ってきて骨棘ができる」となります。では、そこに繋がっている筋肉を緩めれば、骨との接合部にストレッチがかからなくなり、経穴付近の痛みが消える。そうすれば根本的な解決となり、痛みがしばらくは残っていますが、3日もすれば消えます。こうした収縮した筋肉の骨と付着する部分が痛むケースでは、そこに繋がる筋肉でシコリとなって固まった筋肉を探し、それを緩めます。そして痛む部分には皮内針か円皮針を貼り着け、その筋肉を収縮させたときにストレッチがかからないよう、キネシオテープを伸ばして貼り着け、補助します。この「筋肉付着部が痛むときは、付着している筋肉を緩めろ」という原則は重要です。それは肩甲挙筋が付着する肩甲骨上角などは、結構痛みが出ることが多いのですが、「じゃあ、痛い部分の肩甲骨上角に打つか!」というわけに行きません。というのは肩甲骨上角の奥には肺があるので、そこへ刺鍼して、勘に頼って刺入深度を決めれば、肺を損傷する可能性があります。そのとき「付着部の痛みは、付着する筋肉へ刺鍼する」原則を知っていれば、肩甲挙筋のもう一つの付着部である側頚部へ刺鍼できるので、絶対に肺を損傷することはありません。
また深部の筋肉の痛みが、体表の痛みとして感じられることも多いのです。例えば足底筋や膝窩筋は、膝裏側の筋肉ですが、それが収縮したときは膝の表側の痛みとして感じられます。膝の裏が痛むと感じる人はいません。また脛骨が痛むときは、脛骨の裏側にある長指屈筋や後脛骨筋が収縮していることが多いのですが、本人は脛骨が痛むと感じます。また腸骨筋が収縮しているときは尻が痛いと感じ、大腰筋が収縮していれば腰も痛むけれど腹の奥が痛む感じがし、咳をすれば痛みが激しくなります。肩甲下筋が収縮していれば肩甲骨表面の棘下筋が痛むような気がして天宗あたりが痛みます。この原則を知らなければ「天宗が痛いときに、一生懸命に棘下筋へ刺鍼するけども一向に治らない」という状況が起きてしまいます。まあ内臓体壁反射で、内臓の痛みが背中に現れる原則を知っていれば、裏側の筋肉が表の痛みとして現れることは当然にして予測がつくことなんですけれど。
体表の筋肉より、骨と近い筋肉が収縮していることは多いです。例えば大腿四頭筋が収縮して、正座ができなかったり、膝の皿が痛むケースは多いです。ところが大腿四頭筋を表面から触ってみても、コリはないし、堅くもなってもおらず、圧痛もたいしたことはない。「どこが悪いのだろう」と頭をひねるケースが結構あります。ほかに悪い部分も見あたらないので、とりあえず大腿四頭筋へ刺入してみる。すると骨にぶつかる寸前で、すごく堅いシコリに当たることが多いのです。つまり大腿四頭筋のうち、悪かったのは大腿直筋ではなく、その下にある中間広筋だったんですねぇ。中間広筋の上に大腿直筋が乗っていますが、大腿直筋は収縮していなかったために、中間広筋を骨だと思っていたのですねぇ。中間広筋は、大腿直筋がクッションとなって、圧しても痛みを感じなかったんですねぇ。ここで何故、深部の筋肉が神経を強く圧迫するのかを考えてみると、例えば腓腹筋や大腿直筋は、表面にある筋肉なので大気にさらされており、1気圧しかかかっていません。だから圧力がかかってないので血管が圧迫されず、血流はスムーズに通るので、酸素不足となって収縮するなどということが起きにくい。それに較べてヒラメ筋や中間広筋は、外気の圧力1気圧の上に、さらに腓腹筋や大腿直筋に圧迫されるので、その筋肉に入り込んで酸素供給している血管(中医では筋脈と呼びます)も圧迫されて流れにくく、酸素不足になってコリができやすいのです。つまり表層の筋肉より深部の筋肉がコリやすいという原則が生まれます。
次に、こうしたヒラメ筋や中間広筋、腰方形筋や烏口腕筋など、上に1筋が乗っているケースでの刺鍼法ですが、上から刺入しても効果がありません。例えばヒラメ筋へ刺入しようと思って、腓腹筋を貫いてヒラメ筋へ刺入する。中間広筋へ刺すために大腿直筋を貫く。腰方形筋へ刺入するために脊柱起立筋を貫く。烏口腕筋へ刺すために上腕二頭筋を貫く。こうした方法を使っても、効果が薄いのです。
木下晴都はネズミの筋肉で実験し、「筋肉へ45度角で刺入したときに最も効果があり、直刺では効果が薄かった」と書いています。実際には筋肉へ直刺しても、それなりに効果があるのですが、一応この仮説は本当だとします。なぜ、こうしたことが起こるのか? 紡錘状の筋肉へ垂直に刺すよりも、斜めに刺したほうが鍼の表面積が多いからじゃないの?
これについて、木下晴都は何も説明しないまま、あの世へ行ってしまいました。
筋肉に接する鍼の表面積が多ければ、筋肉が緩みやすい。筋肉が緩めば、血管も圧迫されなくなり、血が通って酸素不足も解消される。こうなります。では、なぜ筋肉へ刺鍼すると、筋肉が緩むのか?
木下晴都は「筋肉が縮むと神経を圧迫し、それが刺激となって神経が痛むので、また筋肉が縮む。そして神経を圧迫し、筋肉が収縮する」と仮説を述べています。だから鍼を刺して、その循環を断ち切る。彼は、なぜ鍼をすると悪循環が断ち切れるのかを、ネズミの筋肉へ鍼を刺すことによって証明しましたが、鍼を刺すと何故に筋肉が緩むのかについて説明しないまま死にました。
彼の仮説が正しいとすれば、筋肉が収縮するから鍼をするわけで、刺鍼によって軟組織が治癒するのは、筋肉が緩むために神経を圧迫しなくなり、神経の域値というか痛みに対する耐性が高まる。つまり同じ5の力で圧迫しても、もとから筋肉で締めつけられて5の力で圧迫されている神経は、合計して10の圧力で締めつけられるので痛いが、健康な筋肉は5だけの力がかかるので「少し圧迫されているなぁ」と感じるだけで痛みにならない。また血管も圧迫しなくなるので血流が回復し、酸素も栄養も運ばれて、筋肉の不完全燃焼による老廃物も運び出される。つまり鍼を刺すから筋肉が緩み、そのために痛みが消えるということです。
そこで私の仮説。筋肉は、神経からのパルス刺激で収縮している。ならば筋肉へ導電性の鍼を入れれば、パルスが鍼を伝わって逃げ、筋肉が収縮できないのではなかろうか?
実験してみた結果、次の事柄が判りました。
A太い鍼を細い鍼と比較すれば、太い鍼が筋肉を緩める。
B昔の中国鍼と、日本の鍼では、中国鍼が筋肉を緩める。
C1本の鍼より、何本も刺入する囲刺や叢刺が筋肉を緩める。
D銀鍼は緩み、ステンが続き、金鍼は緩みにくい。刺入痛は逆順序。
*Bですが、昔の中国鍼は、ステンレスというより鉄に近く、錆やすかったのです。ところが日本の鍼はステンレスで、20年経過した現在でも錆びません。ステンは表面に被膜ができるので、鉄に較べて導電率が悪いのです。
この結論として、鍼が電気を通すから筋肉が緩むことが判りました。しかし神経幹に当たったときの触電感は、どうやら筋肉の緩みと関係ないようです。それに貫いた筋肉が緩まず、先端が刺さっている筋肉だけ緩むのは漏電説と一致しない点ですが。
一応の仮説。筋肉線維に広く分布している末梢神経へ鍼を刺入することで、その神経の電気が漏電し、筋肉へ収縮しろというパルスが届かなくなるので、筋肉が緩む。
これが北京堂仮説です。
この仮説を使えば、筋肉に対して最も鍼の表面積が多くなる刺入法が、筋肉を緩めるのに有利となる。北京堂式の刺鍼は、この法則に基づいてます。
つまりヒラメ筋を緩めようと思ったら腓腹筋を貫かず、横からヒラメ筋へ刺す。中間広筋を緩めようと思ったら大腿直筋を貫かず、横から中間広筋へ刺す。腰方形筋を緩めようと思ったら脊柱起立筋を貫かず、横から腰方形筋へ刺す。烏口腕筋を緩めようと思ったら上腕二頭筋を貫かず、内側から烏口腕筋に横刺する。
こうすれば効果的に扁平な筋肉を緩められるはずです。もちろん体幹にある僧帽筋や広背筋、後鋸筋、内外肋間筋など広がっている筋肉は、薄くて表面にあり、少し奥には肺があるので、この方法では刺鍼できません。だけど手足など危険性のない部分では、この方法で緩められます。つまり三角筋など、垂直に刺しても2pぐらいしか刺入できない筋肉は、横から骨に沿わせて横刺により固い筋肉を縦断することで、シコリとなった筋肉も簡単に緩められます。
次に坐骨神経痛とか五十肩のように、広範囲に痛みがある場合には、そうした筋肉すべてに刺鍼するのではなく、まず神経根部分の筋肉へ刺鍼して緩めます。
例えば坐骨神経痛で、足全体が痛む場合、腰から出ている足へ行く神経すべてが圧迫されていると考えられます。つまりLの何番とかでなく、すべての神経が圧迫されています。まぁヘルニアでは、全部の腰椎がヘルニアになっていることは考えられませんから、これは神経が背骨を出たあと、大腰筋の中を通るケースが多いのですが、その大腰筋が締めつけて痛みが出ている場合が多いのです。大腰筋は腰椎全体に及んでいますから。また五十肩も、やはり頚の腕神経叢で、斜角筋に圧迫されて手が痛む場合が多いのです。それに肋骨の痛みも、肋間神経が胸椎後ろで神経根を圧迫され、痛みを出していることが多いのです。これが高維濱理論です。
高維濱は、球麻痺(金玉の麻痺ではない)の頚鍼治療でデビューしましたが、それよりも自律神経失調症に対する夾脊鍼で知られていると思います。まあ背骨の脊髄分節理論を「カイロ理論」と呼んでいましたが、弟子の皆さんが「恥ずかしいので、その呼び方は止めてくれ」というので、高維濱理論に変えました。実際は木下晴都が傍神経刺を考えだしましたが、これは神経根付近へ刺鍼して、神経根に影響する筋肉を緩めると解釈でき、腰椎だけでなく、頚椎にも胸椎にも拡大解釈できるので、木下晴都拡大理論とも言えるのです。だが、それでは高維濱の出る幕がないので、ひとまず高維濱理論とします。
つまり頚椎ならば、まず頚椎の後部へ刺鍼します。背ならば胸椎の後部へ刺鍼します。腰ならば大腰筋に刺鍼します。そして腕神経叢を圧迫する斜角筋へ刺入します。背中では自律神経が背骨の前側にありますが、背骨の前側には肺しかなく、自律神経を締めつける筋肉がないので、椎弓の上に乗っている多裂筋へ刺入します。腰は後ろから大腰筋へ刺入します。
なぜ五十肩に対し、腕神経叢を締めつけている斜角筋でなく、頚後ろの筋肉を緩めるのかですけれど、斜角筋を緩めても、斜角筋を収縮させている神経の収縮パルスを断ち切らなければ、斜角筋がいったん緩んでも再び収縮してしまうからです。だから斜角筋へ行く神経を圧迫している筋肉も緩める必要があり、そのために頚の後ろから横までの筋肉を緩めなくてはなりません。これを「風が吹けば、桶屋が儲かる」法則と呼びます。まあ「将を射たければ、まず馬を射よ」、「中国姐ちゃんを狙いたければ、まず親に気に入られろ」でもいいのですが、やはり日本の諺がふさわしい。
まあ背中の肋間神経は単純ですが、五十肩や坐骨神経痛は、斜角筋や大腰筋だけではなく、もう一つ関門があります。それは肩甲下筋と梨状筋。この2つは結構大きな筋肉で力も強く、神経を激しく締めつけます。このような神経幹が通っている強い筋肉を緩めなければ、神経根部の筋肉を緩めても、痛みは完全に取れません。まぁ神経根だけが悪ければ別ですけど。
これを中国では、天地人の三部取穴と呼びます。天は、五十肩や坐骨神経痛で言えば体幹に当たる後頚部や斜角筋、あるいは大腰筋に相当します。そして人は、肩甲下筋や梨状筋に当たります。そして地は、痛みが表面に現れている烏口腕筋やヒラメ筋に相当します。こうして昔から中国では、鍼治療において天人地の刺鍼をしていました。しかし鍼は銭なので、できるだけ1本しか使わないようにするため天人地を省略し、痛みのある部分だけ刺鍼する人も多いですが、銭に糸目を付けなければ天人地を刺します。
つまり痛みの発生する部分を調べて、例えば指先だけに痺れがあれば、前腕の筋肉が指へ行く神経を圧迫している可能性が高いので、前腕部へ刺鍼する。また腋から指先まで痺れていれば、前腕部より天に近い筋肉が締めつけている可能性が高いので、肩甲下筋や烏口腕筋の人部へ刺鍼する。そして肩関節から痛ければ、天部の斜角筋や後頚部へ刺鍼する。こういう料金システムになっております、ハイ。つまり天人地と3部へ刺鍼すると鍼代がかさむ。カナケンで中国鍼を注文すると1本10円だから、20本打つとビックリラーメン1杯が食べられるので、昼食代が1食浮くのです。恐ろしいことです。
まぁ金持ちの私は、ビックリラーメンの1杯に50円の揚げニンニクを付けても、あまり動じることはありませんが。ワリと平然としています。でも普通の人には恐ろしい。
木下晴都は、坐骨神経痛に神経根傍刺を言っています。ではA→Bならば、A←Bはどうなのでしょうか? A→Bならば、A=Bなのか? A≠Bなのか?
神経根が圧迫されれば、その神経が到達している部分の痛みとして感じられるのは間違いないです。では坐骨神経にヒラメ筋を刺鍼すれば、坐骨神経がよくなるのか?
坐骨神経痛で、大腰筋を緩めて神経圧迫を解消しても、フクラハギの痛みだけが残ることがあります。長いこと坐骨神経が収縮パルスを出していたため、ヒラメ筋が収縮したまま、そこで収縮→神経圧迫→神経刺激→収縮という循環を繰り返し、大元から収縮パルス命令が来なくなっても収縮したまま戻らなくなってしまうことがあります。
神経線維は一方向へ信号を伝達するのではなく、双方向性なので、末梢の筋肉が神経を締めつけることによって、それが徐々に神経根部周囲の筋肉へも収縮パルスを送り、地から天へと収縮が逆流することもあります。もっとも収縮しすぎて、神経が信号を伝導できなくなるまで圧迫されれば、こうした逆流も起きなくなりますが。
こうした逆流が起きることを避けるため、先人は天人地という治療方法を完成したのです。では天人地は、具体的に何処へ刺したらよいか?
例えば坐骨神経痛では大腰筋・梨状筋・ヒラメ筋というポイントがあり、五十肩には後頚部や側頚部と斜角筋・肩甲下筋や烏口腕筋・前腕の筋肉群というポイントがあります。
これは何かに似てますねぇ。坐骨神経のポイントは足太陽膀胱経の経脈で、五十肩のポイントは手太陽小腸経の経脈に一致しています。
「こじつけだぁ〜」という声が聞こえそうです。「一致してないぞう」という声も。
経脈は、手××とか足××となっています。そして現代の考え方では、経絡は体幹や頭面部では交会穴が多く、わりと曖昧でハッキリしてないとされています。だから手足での経絡感伝は明確だが、体幹では個人差が大きいと。だから手とか足の経脈になって、胸とか目や口の経脈にならなかったのではないかと考えられます。また手首から先の経脈についても、わりと多様に記載されています。
つまり経絡は、神経と筋肉を総合したものと考えれば、だいたい当てはまるのです。
例えば足太陽は坐骨神経の筋肉に一致しています。それで坐骨神経は、横隔膜から下の大腰筋と梨状筋、ヒラメ筋などへ置鍼します。
足少陽は、腰方形筋から中小臀筋、外側広筋、長短腓骨筋など大腿外側皮神経の筋肉にほぼ一致しています。
足陽明は大腰筋の上部、腸骨筋、中間広筋、前脛骨筋など大腿神経の筋肉にほぼ一致しています。
足三陰経は、尻から出て、内転筋群や半膜半腱様筋など閉鎖神経と伏在神経の筋肉にほぼ一致しています。
手の経絡にも、だいたい同じことが言えます。手の神経は、首から出て、腋窩を通りますので、上腕までの通り道は、ほぼ一致しています。現在の経絡は6本あるのですが、もとは陰経が1本足りなかったので、手太陰と手厥陰だけだったのです。陽経は3本ありますが、いずれも首から出ています。手三陽経は、ほぼ腕神経叢の筋肉に一致しています。そして痛みの発生部位や治療ポイントに経穴があります。
こうした経絡は、治療ポイントの連絡を表しています。つまり「A→BならばA←B」であるという関係を経絡は示しています。
大腰筋や腰椎に問題があれば、末梢のフクラハギが痛くなるが、逆にフクラハギが痛くても、それが大腰筋など上部の筋肉を痙攣させます。大腰筋が痙攣すれば、その中を通っている神経が圧迫され、その神経が行っている筋肉も痛くなってきます。もちろん、こうした痛みの連鎖反応は、すぐに起きるものではありませんが、何年もかけて徐々に痛む部分が広がってゆくのです。手も同じです。手の筋肉が痛めば、それが上がって首へ行き、首から出ている様々な神経を圧迫します。そして、やはり圧迫された神経が行っている部分が痛みだしてくるのです。だから早期治療が必要です。広がってしまってからでは、大変です。
こうして神経と筋肉の連絡に基づいて、ほぼ経脈が想定され、それを陰陽と結び付けたために、漠然としたラインが日の当る部分、そして影の部分に分かれたのです(『鍼灸学釈難』参照)。
まあ最初は、手とか足の漠然とした神経筋肉ラインでした。しかし内臓との関係が言われるようになりました。その原則は「内腑は足の六合に出る」です。つまり横隔膜から上にある臓器は手で治し、横隔膜から下にある臓器は足で治すという原則です。
手の神経は腕神経叢なので、首から出ています。だから首の筋肉に影響を及ぼします。また足の神経は腰椎から出て、大腰筋や腰方形筋を通るので、腰の筋肉に影響を及ぼします。
上に述べた「A→BならばA←B」という関係により、「この関係は収縮する筋肉を拡大させるだけでなく、治療にも使えるのではないか?」と、昔の人は発想しました。特にお妃の病気を診るとき、昔は女医が非常に少なかったので、王様の嫉妬心により、直接身体を治療することができませんでした。お妃のヌードを見てしまえば、王様に「打ち首、獄門」にされてしまいます。
そこで「A→BならばA←B」という関係を逆手に使い、手を刺激することで、刺激を首へ持ってゆき、首の後ろから出ている大後頭神経や小後頭神経を締めつけている筋肉が緩めば、頭痛が治ることになります。また手を刺激して首筋を緩め、迷走神経を圧迫している筋肉を緩めれば、迷走神経は気管に沿って下がり、心臓の裏を通って、胃へと行っているので、気管や心臓、胃の締めつけ感が消えます。同じようにすれば、手で寝違いを治したり、三叉神経を緩めたりできるので、かなり広範囲の治療ができます。
また足を刺激すれば、大腰筋や腰方形筋を緩めることができるので、例えば腰痛を治療したり、痔を治療したり、便秘や下痢、難産などに利用できます。そうした下半身の神経は腰椎から出ていることが多いからです。
こうした原則を知っておけば、心臓の痛みなど心臓へ鍼を入れなくとも、手で治したり、首へ刺鍼することによって治療できると判ります。
今度は常識に反することですが、昔の経穴というのは灸や瀉血をする場所で、毫鍼を入れるところではなかったのです。古代の医学書である『黄帝内経』には瀉血の記載が多く登場し、また漢代の古墳から見つかった『帛書』は、経脈の本と思われていますが、実際は灸の本でした。特に昔は針石と呼ばれ、石で針を作っていたのですが、それは小型ナイフのような形をしていました。主に皮膚を切って、膿を出していたのです。
現在は石の針が使われなくなり、毫鍼治療が多くなりましたが、経穴は昔のままです。治療法が変わったのに治療ポイントが同じとなれば、いろいろと不都合が起きてきます。
例えば体幹の多くは、肺が下にあるため、毫鍼が刺入できないことがほとんどです。そうした肺の部分に刺鍼したため、気胸が起きた患者さんは結構あります。
刺鍼者は「浅く入れているから、それは自然気胸だ」と言ったりしているそうです。ところが背中の経穴の多くは、たとえ毫鍼の刺入が浅くとも打てません。肺に刺さったとき手応えもなく、痛みも感じないからです。しかし症状は、その日の夜に起きてきます。
例えば足太陽膀胱経の経穴は、体幹では、ほとんどが肺に刺さります。浅く刺していても、置鍼すれば徐々に入ってゆくことがあったり、手で当たったりして、肺に刺さることが何回かに1度は必ずあります。
足太陽2行線に刺鍼できないのは当然ですが、足太陽1行線なら背骨へ向ければ大丈夫と思う人があるかもしれません。しかし角度が深すぎれば肺を貫いて椎体に当たり、浅すぎれば反対側の肺へ刺さってしまいます。こうなると骨に当たっているから肺に刺さってないとは言えません。背筋は筋肉の厚さが人によって違い、薄い人では5o、厚い人では6pぐらいあります。
つまり「腰以外の体幹では、普通の経穴に毫鍼を入れれば、必ず危険を伴う」ということです。浅くても同じです。なぜなら5分より短い毫鍼がないからです。恐らく5oの鍼ならば問題がありません。
一つは円皮鍼を使えば、絶対に肺へ刺さりません。でも背中に広がる広背筋は、1つ2つの円皮鍼では間に合いません。そんなときには、どうするか?
北京中医の同級生で、李剛というのがいました。彼は卒業して、緑島研究所(だったと思う)へ就職しました。そこが開発したゴムの吸玉を売っていました。今でもありますが、青色した吸盤型の強力吸玉です。普通の吸玉では、洗濯板のようにデコボコした背中に吸着しませんが、この吸玉はゴムなのでくっつきます。
次は「古い血があれば、新血が生まれず」という中医理論に基づいて、毫鍼のできない場所を治療します。
広背筋は、前の理論から垂直に刺しても効果がないので、横刺することにします。しかし技術が悪いため横刺ができず、どんどん鍼尖は肺の中へ……キャアー
これを避けるために、梅花鍼で広背筋をバンバン叩きます。梅花鍼とは木槌のような形で、先は剣山のように針が付いています。べつに梅花鍼がなければ、剣山で叩いても構いませんが……。
この鍼は1oぐらいしか刺さらないので、絶対に内部の肺を損傷することはありません。最初は痛いのですが、叩いているうちに痛みが消えて、そのうち粒のように出血してきます。出血したら、そこに青いゴム吸玉を吸着させます。そして10分後に外すと、なぜか広背筋の痛みが消えています。不思議ですね、不思議ですね。
これで下に肺がある部位でも治療できます。ただ目玉には、やらないほうが良いと思います。さすがに角膜が傷付きますし、目玉を吸われたら、目が突き出してしまい、美容上非常に悪い。
なにゆえに広背筋の痛みが消えたか? それは古代の瀉血法を使ったからです。古代では、背中の経穴を石で引っ掻いて傷を付け、そこに湯を入れた牛角(牛の角は爪に似ていますが、中がスカンポです)の湯を捨て、冷える温度差で陰圧にし、血を吸い出したのです。ヒルに咬みつかせる方法もありました。
古代では、古い血が溜っているので、流れなければ痛む。つまり血が通じないので痛むのだから、滞った血を取り除けば通じるようになって痛みが消えると考えたのです。
「そんな馬鹿な。血に良い血、悪い血があるはずない。血の成分は、身体中どこも同じだ」と、明治の先生は言いました。
しかし違うのです。たしかに動脈血と静脈血は同じですが、動脈血は酸素とヘムが結合し、静脈血は二酸化炭素とヘムが結合しているのです。
血液の役割は、確かに栄養することもありますが、酸素を運ぶという大切な働きがあります。もし筋肉が収縮するなどで血管が圧迫されれば、そこで血が滞りますが、筋肉に通っている血管では、赤血球が酸素を出して二酸化炭素を受け取ります。つまり滞った血管では、酸素不足となって二酸化炭素が過剰な血液があるわけです。酸素が不足しても、新鮮な血が酸素を運んでこなければ、血液中の酸素が不足して、酸素のもらえない筋肉は硬直し、ますます血管を圧迫して血が通わなくなって、酸素不足になります。まあ血流が止まって酸素不足が起き、死後硬直を起こしている死体のような筋肉になっておりますわなぁ。
そこで血の滞った場所から、とりあえず血を抜いてやる。すると血管の中が空っぽになるだけではなく、吸玉などという真空ポンプを使って吸い込んでいるのだから、どうしても身体を循環している酸素に満ちた血液は、空っぽになった血管へドドドォ〜と怒涛の如く流れ込んできますわなぁ。すると今まで「酸素っ!酸素が欲しいっ!」と死後硬直を起こしていた筋肉(こいつらは体育会系なので、簡単には死なない)は、酸素を豊富に持って来たヘムちゃんに群がって酸素を奪いあいますわなぁ。それで身を固くしていた筋肉ちゃんは、酸素をもらってほっと安心し、リラックスして血管を圧迫しなくなるので、再び新鮮な血が「はぁ〜い!酸素ですよ」と流れ込んで、問題は解決する。チャンチャン。
まぁ、こういうシステムになっておりますわなぁウチは! まさに明瞭会計、ボッタクリなし!
当然にして、皮膚を傷付けて血を出す方法は、皮膚近くにある筋肉を緩める場合にしか使えません。深部の筋肉から血を吸い出す方法はないので、それならば長い鍼を作って、煙突掃除みたいに血管(経脈)の中を動かして詰まりを除いたらどうか?
という発想になったから、瀉血から徐々に毫鍼の治療へと移り変わっていったのです。
ただ昔の治療法も「宛陳則除之(古い血があれば、それを除く)」と、それはそれで使い道があるのです。これを使わないで、肩甲骨の内縁、あるいは肩甲骨上角へ毫鍼を刺鍼すれば、どんなに浅く刺したと思っても肺を傷付けて当然ですわなぁ。
以上が木下晴都(筋肉弛緩理論)、朱漢章(軟部組織癒着理論)、高維濱(頚部の重要性と自律神経理論)、中国の瀉血理論に基づいて、それを総合した北京堂式治療でした。焦順発は脳卒中治療なので、ここでは取り上げません。
これによって経絡とは何か、それは治療で、どのように使うのかについて、だいたい判ったと思います。以上の内容を十の法則としてまとめました。
コリのある筋肉を探し出す方法は、次のようになります。
1.まず「筋脈が栄養されないと引きつる」に基づいて、伸ばせない筋肉へ刺鍼する。
2.圧迫されると痛む筋肉へ刺鍼する。
3.筋肉が骨と接合する部分が痛むので、そこに付着している筋肉へ刺鍼する。
4.裏側の筋肉の痛みは、表側の筋肉の痛みとして認識されることが多い。だから裏側へ刺鍼する。
5.表面の筋肉より、骨と接近した筋肉が収縮していることが多い。だから骨付近を擦るように刺鍼する。
6.手足の平べったい筋肉へ刺入するときは、横刺する。
7.広範囲に痛みがあれば、神経根付近の筋肉を緩める。だから夾脊穴へ直刺する。
8.痛む部分より体幹にある、神経幹が通る筋肉を緩める。だからフクラハギが痛かったり、腕が痛ければ、梨状筋や肩甲下筋へ刺鍼する。
9.中枢→抹消は、→ではなくて⇔。だから末梢が悪ければ、そこも緩める。末梢の腕橈骨筋やヒラメ筋にも刺鍼する。
10.背中など、毫鍼ができない鋸筋や広背筋、菱形筋などは瀉血する。つまり梅花鍼で叩いた後、吸玉を吸着させる。
でも、法則には例外もありますわなぁ。例えばギックリ腰に北京堂式大腰筋刺鍼して9割り方痛みが消えたが少し痛みが残るとか、寝違いして9割方痛みが取れたが完全ではないとか。そういう時には、弟子の皆さんは忘れているかも知れませんが、北京堂式阻力鍼刺法があります。つまり残っている痛みは、痛みの出るような姿勢をとって貰い、その姿勢で痛む部分に5本ぐらいの鍼をまとめ打ちするのです。そして、そのまま10〜20分置鍼すれば、痛みが完全に消えます。ちょっと本来の阻力鍼刺法とは違いますが、この裏技を忘れてはなりましぇ〜ん! 思いだしてください。
以上が概論です。各論は、五大疾患について述べていますが、以上の発想に基づけば、痛みの治療だけでなく、内臓疾患や脳卒中、自律神経失調なども治療できます。
ここでは経絡を使った治療法の思考過程を述べただけですので、こういうように発想してゆけば、対外の症状は治療できますよということです。たぶん、みんなが同じような治療法に辿り着くと思います。
最近では「仲間にしてください」と言う人がいます。でも私は治療について、こうしたこと以上のことは教えません。鍼灸治療の勉強会は沢山あるので、それに入って勉強すればいいのです。トリガー(痛みの発生源に刺鍼)もあれば、脈診治療(左右の脈の強さで刺鍼点が決まる)もあり、弁証治療(漢方薬理論に基づいて刺鍼点を出す)もあります。
北京堂は、脈診治療→弁証治療と変遷し、結局は『内経』や『難経』の理論に戻りました。辨証治療で行痺、痛痺、着痺と分けて治療しても、鍼灸疾患で大多数を占める日本の需要は満たせないからです。つまり辨証治療は痛みや麻痺に弱い。だから経筋治療を採用しなければならないのです。
現在では前記した人々の理論に基づいて治療していますが、それは彼らの理論が「血が流れないから痛む」という古来の鍼灸理論とピッタリ一致しているからです。これは「古い血が滞っていれば、新しい血が入ってこれない」の瀉血理論を簡素化したものです。
二千年前からある治療理論だから、いまさら治療を教えても無意味です。そこで
どうしたら安全に目標筋肉へ刺入できるか?
どうやったら潰れない鍼灸院ができるのか?
この2点だけを習いに来ている人がいるだけです。
北京堂式治療の基礎参考書(これだけは読んどいて)
『刺鍼事故』三和書籍
『運動解剖学図譜』ベースボール出版社
『漢日対照・全身経穴応用解剖図譜』上海中医葯大学出版社
今回はindexのページが検索不能となりましたので、北京堂式治療のまとめに転用しました。
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