技術士だより 冬季号<第59号>
(平成16年3月15日発行)

 

●巻頭言

 

  故田中支部長に捧ぐ

)日本技術士会 理事 小出 剛(農業、福岡) 
 

 新橋駅には、このままで行けますか?」あー、それでは品川で山手線に乗換えて下さい・・」「あ、いやいやこれは新橋に行くよ!ここから25分で品川、品川からは都営地下鉄に繋がっていますから、それから四つ目が新橋駅です。ですからこのまま乗っていて結構ですよ・・」最初の質問者は英国からの初老紳士、訊ねられて応答したのが私、3番目のフレーズが田中支部長(当時)で太字が英語でのトーク。平成13年8月、二人して上京し、羽田からの京急線車内での事。久しぶりの京急線の為、うっかりミステルした私の拙い英語を耳にされ、即座にその間違いに気付かれて、流暢な英語で正されたのですが、この時の「さすが!」のおもいは今でも脳裏に焼き付いています。

 ハワイ沖、米国潜水艦による宇和島水産高校練習船沈没事故の後、時を移さず本機関誌で、衝突までの軌跡を平易に解説された事は皆さんの記憶に新しいところです。

 第30回日韓技術士会・福岡大会では山口実行委員長と共に、そのお見事なリードが大成功を導かれましたね。

 環境会計に関する勉強会でも、松浦、野見山、向江、松尾の各先生方らと共に田中先生はいつも真摯に討議され、隅に出席した私にも穏和な眼差しでご指導頂いた事も忘れません。

 75才から自習され、自ら作成のソフトを用い、パワーポイントによる会議、講演での発表は、会員の励みと強い刺激にもなりました。 その一方で先生は南京玉簾を始め、各種の大道芸でもセミプロ級のご活躍で、懇親会でもまた常にヒーローでしたね。

 経営工学の技術士として工場経営診断・改善指導はもとより、環境カウンセラー、労働安全コンサルタントとしても活躍される傍ら、技術士会では支部長として、会員の為に尽くされ、特に支部から全国への発信にも強い意欲を燃やしておられましたね。 先生と私が支部長と理事の正に車の両輪として、支え合い、むしろお導き頂き、目標に向けて進行中でしたね。

 そうした矢先、7月のご入院。検査、治療、療養期間の延長と、関係者のおもいは気がかりから次第に心配へと推移しました。ご療養中の8月27日誕生日は病院から喜寿の祝福を受けられたお返しにと、丁度火星接近の日でもあり、スタッフの皆さんに、窓を通して科学者らしく平易に天体解説をされた事を、お見舞いの折に楽しく拝聴しました。秀逸の誉れ高い修猷館中学から、海軍兵学校、九大と進まれ、バイオを始めオールラウンドの技術者としての先生に崇敬の念を一層強く持った次第です。

 昨年12月30日、御奥様からのお電話で病室に駆けつけましたが、そのわずか1時間後にご逝去の報に接し、ただ呆然の体でありました。

 まだまだ遣り残された事や心残りは諸々のこと、特にご家庭にあっては御母上の介護の事など、察するに余りあります。ただ、先生のお人柄の良さ、中学や海兵での鍛練を経られた凛とした生活習慣はご長男とご長女のご家系にも受け継がれている事は違いありません。技術士会では1,400名の九州会員が今後一層結束して先生の偉業を引き継ぎ、更に発展させなければならないと痛感しています。

 田中先生!  誠に無念この上なく痛恨の極みではありますが、心からご冥福をお祈り致します。そして私共を末永く見守って頂きますよう切にお願い申し上げます。   合 掌

 

 

●特集・故田中支部長追悼

 

◇弔 

                (社)日本技術士会  会長  清野 茂次

 田中穣治先生!

 (社)日本技術士会を代表してあなたへの送別の言葉を申し上げねばならなくなったことを誠に残念に思います。

 去る七月二十三日に、全国支部長会議で御一緒し、その後の懇親会でも出席者全員で楽しくお話できた事が最期になろうとは誰が想像できたでしょうか!

 技術屋として、技術士としてのお仕事を全国視野で展開され、この十年余りは(社)日本技術士会の為にご尽力され、この間技術士全国大会、日韓技術士会議等でも数多くのお世話をなされ、平成十三年からは九州支部長として多大なご功績を残されました。

 私が今年度から会長に就任しましてからは非常に短い期間ではありましたが、田中先生が支部長として、ご意見・ご趣旨を説明なさる時に、自ら作成されたソフトを使ってパワーポイントにより懇切丁寧に解説される等、先生のご識見と情熱をひしひしと感じ取った事でした。

 先生が会議等で強調しておられた三点「支部の活動状況をもっと広く会員に広報すべきだ・・・」「CPDを地方でもやり易くする方法の提案」及び「ITをもっと駆使した会員との双方向連絡や勉強会」につきましては、私も痛く共鳴し早速具体的実施行動に移しつつあります。

 また、私が特に提唱した“新時代に向けた「技術士及び日本技術士会のあり方」をビジョンとしてまとめるとともに、対外的な広報活動を活発化し、技術士の社会的役割と地位の向上に向けた活動を実施したい”との件につきましては、先生からも暖かくご同意を頂き、堅い握手をした事が忘れられません。 やがて十六年中にビジョンをまとめる折に先生が居られない事が、返す返すも残念でなりません。

 昨年八月当初には検査入院と伺い、その後治療に専念されて早い快復のご予定と承り、安堵しておりましただけに、突然の訃報に接し、非常に驚愕しています。御遺族はじめ関係の皆様のご心中は如何ばかりかと、哀悼の念に耐えない心境で言葉もありませんでした。

 仏教の経典にあっては「生・老・病・死」とは云うものの私共の心根にてらしては、無常のおもい一方ならぬものをおぼえます。

 先生にお世話になったご恩返しをするいとまも無く、誠に痛恨の極みではありますが、これまでの先生の技術士と技術士会への多大の御功績を称え又これを謝しながら、安らかなお眠りをなされますよう、心からお祈り申し上げます。

 田中穣治先生! さようなら!

                          平成十六年一月三日  

 

◇弔 辞

                 九州支部 副支部長 泉舘 昭雄 

 

(社)日本技術士会九州支部長故田中穣治先生に、(社)日本技術士会九州支部並びに九州技術士センター会員千四百余名を代表いたし、謹んでお別れの挨拶をいたします。

 我が艦戦闘続行可能――我が艦は、損傷したが戦闘続行は可能である――との言葉を電話で話され入院されたのは、旧年八月一日でした。先生の輝かしい青春時代に形成されたその海軍魂を感動しながらお聞きし、ご回復の早い事を確信した次第です。

 しかし医師の治療、奥様の手厚い看護、会員全員の願むなしく、在任中のまま五ヶ月の療養生活を終えられました。

平成五年福岡に帰ってこられ、以来(社)日本技術士会九州支部・同センターの活動に注力され、総務委員、総務委員長、副支部長、そして平成十三年五月からは、支部会員全員の推挙により(社)日本技術士会九州支部長に就任され、昨年五月からその第二期を続投中でした。支部長就任後は、本部事業委員他も委嘱され活躍されております。

わが国のエンジニアの今日と明日のありようをにらみつつ、九州支部・同センターの更なる充実と発展に多大の尽力をされました。私どもを取り巻く環境は日々変化しておりこれに適切に対応すべく、例えばIT化の立上げ、CPD立上げと定着化、若手層との対話等に、全力を注がれました。その成果は全国各支部の先がけ、モデルとなっております。技術士のグローバル化であるAPECエンジニア制度も具体化し始めましたこの折でもあります。

故田中支部長のお疲れを察し、七月の支部幹部会で、支部長の一部業務振替を一同提案しましたところ、現状貫徹のご意志でありました。七月下旬暑いさなか東京神谷町駅付近でパソコンを抱えておられる田中先生にお会いし、思わず走りよりお持ちしたこともありました。温和な容貌のもとに、支部業務に全力投球されておりました。

他方多種多芸の先達でもあり、南京玉すだれは、イベントのごとに私どもの大いなる楽しみでした。日韓技術士会、中国三峡ダム研修会での船中、他での拍手喝采は、再現できぬ想いでとなりました。お酒がすき、談笑がすきでしたが、さすが入院前にはかなりセーブされていたことも痛々しい思い出です。

 在任中のご逝去であり、志半ばとの思いもあるかもしれませんが、他方「我が艦戦闘続行可能」を最後まで堅持され完全燃焼されたこと、男子の本懐とも思う次第です。

 故田中先生に続く私どもは、この想いを大事に致し、先生の志を継ぎ、九州支部・同センターをとうして今日と明日の九州のそしてわが国のエンジニアーのために、更なる努力をいたすことを誓います。

 最後に故田中穣治先生の青春のシンボルである、同期の桜を心の中でうたいつつお別れといたします。

 御冥福をお祈りいたします。

                        平成十六年一月三日

 

 

◇故田中穣治支部長を偲ぶ

 

九州技術士センター会長水上信照

 

去る1月24日の故田中支部長を偲ぶ会では、本部の安藤副会長を始め、多数の支部会員の出席を得て、偲ぶ言葉、エピソードの紹介、「同期の桜」の合唱等厳かななかにも、楽しい夕ベでした。

田中さんが、九州支部にかかわられる様になられたのは、「技術士だより」に寄稿された、「品質管理と艦砲射撃」「日米企業のはざまで」という二つのエッセイにより、私が総務委員長に推薦させて頂いた事が、思い出されます。

田中さんは、十年前御母堂の介護のため、郷里のこの福岡に戻られ、奥様と共に並み並みならぬ孝養を盡くされていたと、聞いています。その御苦労に対し、深く敬意を表します。

在任中は、第32回日韓技術士会議、支部業務の改革として、「ITを駆使した会員との双方向連絡や勉強会」「CPDの強化」「支部活動の広報強化等」、大変な御母堂の介護の中、御自分のライフワークとして、多大なご功績を残されました。

田中さんは、強固な意志の人でした。

総合技術監理部門の試験では、三年がかりで挑戦し、一昨年は一次試験を、昨年八月の二次筆記試験では、病院を抜け出して受験され、経営工学部門では全国で唯一人合格されました。病気のため、口頭試験を棄権されたことは、さぞかし残念であったと思います。まさに旧日本海軍の海兵魂の方だったと、深い感銘を受けたものです。

また田中さんは、心の豊かな人でした。

大道芸「南京玉すだれ」の妙技を、日韓技術士会議で披露され、萬雷の拍手を得られた事は、今も目に浮かんで参ります。

佛教に「倶会一処」と云う教えがあります。田中さんは、今はなつかしい御先祖様や、親しかった方々と、楽しい語らいの旅を続けておられる事でしょう。安らかにお眠り下さい。合掌。

 

 

 

              九州支部副支部長  清水博和  

 

 私が、田中穣治先生と始めてお会いしたのは、技術士試験に合格した平成9年、九州であった技術士全国大会の準備会議の時で、7年前になります。以来、総務委員長、副支部長、支部長におなりの先生から、絶えずご指導を頂きました。その間、海軍兵学校75期生の先生は、広島陸軍幼年学校48期生の私を、恰も海軍幼年校の後輩のように可愛がって下さいました。

 5年前の1999年9月に第二部会長だった私が企画した【中国三峡ダム現地見学研修会】には積極的に参加されました。三峡登りの船中での、三峡に関する漢詩の講義、特に南京タマスダレの妙技は、印象深く忘れることができません。

 平成12年の支部長選挙には、押されて支部長に立候補され、対抗馬の故久保田信一君を退りぞけられて、九州支部の禍根を断つことができました。顧みますと、このときの気苦労が、今回の病魔に取付かれた最大の原因ではないかと想像致しております。

 支部長職2年有余の間に、支部組織の拡充、本部への支部の立場の認識改革、IT委員会の設立、等の従来からの懸案事項の解決に向けて大変な情熱を傾注されました。特にIT化に注ぐ情熱は、自ら、夜も眠らずに、パワーポイントを作成されて、役員会や、総会で説明されました。パワーポイントに入力する前の調査資料の整理と合わせると大変な体力、気力のご負担であったと偲ばれます。

 このような激務のために、あれほどお好きな先生十八番の南京タマスダレを楽しむ機会が殆どなくなって終いました。周りの皆さんを喜ばせる第一の楽しみを披露できない事が先生の心の中に、ストレスが堆積したのではないか!! 周囲の私どもが、マジックを何故お願いしなかったかと、今悔やまれてなりません。

 また、いろいろな緊張の連続が、支部長のみならず支部役員の中にも伝わり、先生のストレス解消まで気配りできなかったといえば言訳になりますが、どうかお許し下さい。心からお詫び申し上げます。

 私は、パソコン操作歴は10年くらいですが、支部のパソコンに頼っていました。しかし、先生のIT化への情熱に感化され、パソコンを購入して、インターネットやパワーポイントの手習いに取りかかりました。73才の年寄りですが、若い者には負けないと頑張っています。私の技術士第二次試験受験は帆足建八前副支部長の挑発に乗ったものですが、ITへの取り組みは、先生の挑発に踊らされたものです。深く感謝いたします。

 また、総合技術監理部門への挑戦に際しては、私の提案により、青本の手引きとして副読本(黄本)の編集にお誘いし、先生と松尾先生、向江先生、清水と4名で苦労をともにして仕上げました。私共のような建設部門の技術者にとっては、工場内の技術については不可解なことが多く、そのために自分の勉強もあってお誘いしたものです。今でも黄本はないかと言って来ます。これも一重に先生のご指導のお陰と感謝しています。

 一年次には松尾先生、2年次には向江先生、昨年は田中先生と続けて合格されました。先生が病のために口頭試験を棄権されるに至った事は痛恨の極みであったと思います。私は平成14年度の試験で、5肢択一に10問正解の快挙でしたが、大濠公園池水浄化の論文の自信作が不合格となり、自信喪失してしまいました。しかし昨年挑戦した第一次試験がもしも合格でしたら、再度挑戦して先生の墓前に報告できたら幸せと思います。試験挑戦の緊張感で寿命をすり減らすかもしれませんが…。

 今の私の楽しみは、先生から薦められた、環境カウンセラーの資格で《NPO法人環境カウンセラー九州実践家ネットワーク …  略称 Q―net》の登録を1月9日法務局に提出し、14日に登録を完了した事です。自然環境保全のためのボランティア活動の代表理事を務めています。環境問題は男のロマンです。先生もお誘いする計画でしたが、病気ご全快の暁にと遠慮していました。

思い出は尽きませんが、有益なご指導を賜りましたことを深く感謝申し上げますとともに、日本技術士会九州支部として、一番大切なお方を失ったと心から悲しんでいます。今後は、若い技術士の方々も大勢いますので、田中支部長の遺志を引き継いでやっていく事と信じています。どうぞ、靖らかにお眠り下さい。(04/01/11)

 

 

 

          九州支部 副支部長/佐賀地区代表幹事 藤永正弘

 

 今、技術士だよりの投稿文を田中先生のお姿を思い浮かべながら書いております。田中先生との出会いはある意味で私の今後の生き方を大きく変革するものでした。

 それは、先生の企画されたIT講習会がスタ−トでした。当時、私もパソコン難民の一人であったろうと今更ながら感じております。その講習会を契機としてパソコンを購入し、メ−ルを始めましたが、一度に広がった情報に戸惑いつつも、視野の広がり、知識の拡大、それにつれて思考や行動が多様化するようになり、今、広い社会貢献をめざす強い意志が持てるようになっております。

 平成13年、当支部が種々の問題を抱えていた時期に、救世主として、多くの会員に推挙され、支部長として、自らの理念と正義感と行動力で次々に難問を解決されるとともに、今後の支部活動の方向性を明確に示されてきました。また、九州支部のみならず日本技術士会全体の活性に寄与するという強い信念を持って、日本技術士会の改革に多くの提言をなされ、尽力され、今や、田中先生の提案が日本技術士会活動活性化の原点となっていると感じております。

 私にとっては、この3年間、先生の近くで、燃えたぎる情熱と内に秘められた強い意志を受けながら、副支部長として同じ目標の中にいたことは大変な誇りであり、私の大きな財産となりました。

 終わりに佐賀地区代表の立場として、NPO法人技術交流フォ−ラムの設立、あるいは佐賀地区CPD研修会等で多くのご支援、ご鞭撻を頂いたことも合わせて厚く御礼申し上げます。

 

 

                 九州支部 総務委員長 池田 義實

 

 IT化を推進しよう、このIT推進委員会はインターネットによるテレビ会議にしようと、熱心に主張されていたのが、故田中支部長でした。技術屋らしく新しい技術に対してその活用に積極果敢、10歳ほど若い私達の方が、それはちょっと時期尚早ではないかと躊躇するようなことを、ごく当たり前のように提案されていました。

 言うだけではなく、ご本人自ら身をもって実行されました。NTTでのパソコン通信の学習、またパワーポイントの習得など、本会の執行部の間では一番早かったのではないしょうか、ほんとに後輩の我々は頭が下がるばかりでした。

そして何より驚いたのは、「技術士便り」に寄稿なさっていた大砲の弾道計算

を微分方程式を駆使して算出されていたことです。

 私とて技術屋の端くれですが、学校卒業以来微分方程式など使用したことはなく、一目見ただけでギブアップという数式を、田中先生はごく自然に展開されていました。ほんとに柔軟で若々しい頭脳の持ち主でした。

 かと思うと一方では、三峡ダム視察の時に船上の宴で披露された「南京玉すだれ」は絶品でした。文句なしに日中双方から大喝采を博しました。こういう芸能面でも一流でした。

 今となっては遅いですが、九州支部に「南京玉すだれ」の後継者を育てて戴いていたらよかったですね。そういうと先生に言われそうです、“何処の部会、委員会にも属さない件を担当するのは総務委員会だよ、君やりなさい”と。しかしこの芸は真似できません。

田中先生が総務委員長のときに、私は総務副委員長を仰せつかったのですが、

先生は支部の行事の計画準備から連絡など何から何までお世話していらっしゃる、これは大変な職だと改めて驚きました。

 そしてまもなく支部長に就任され、そのあとを引き継いで、私が総務委員長になりましたが、田中先生は九州支部代表となって、また一段と多忙の傍ら、未熟の私に総務はこういうことをするのだ、合同役員会、定時総会のシナリオはこうだと、率先指導いただきました。

 まだまだ教えて戴くことは多かったのですが、本会の業務を離れてもう一度先生の多才な芸を拝見したかった、と思うのは私だけではないでしょう。

 

 

九州支部 第六部会長 松浦茂雄

 

私と田中穣治先生との最初の出会いは、平成6年度に第19番目の技術士部門として環境部門が設置され、平成7年3月、日本技術士会九州支部の末席を占めて活動をはじめた時期に符合する。私事ながら義兄(妻の姉婿)が田中先生と九州大学農学部の同期で、鹿児島大学に在籍していた関係もあって、初対面から話が弾んで昔の思い出話などを伺った。その義兄も11月23日に他界し、この度の田中先生の訃報(12月30日)に殊更の感慨を覚えた次第である。

田中先生は平成10年度環境省・環境カウンセラー(事業者部門)に登録され、早速私どもの九州環境カウンセラー協会にご入会頂いた。当時先生は第六部会長として経営工学部門、情報工学部門そして環境部門を主査しておられたが、あるとき第六部会で講義をしてくれと依頼されたのが、現在脚光を浴びている中小企業向けの「環境活動評価プログラム」であった。このときから第六部会に参加させていただいたが、十分な経験・面識もないままで、田中先生が支部長に選出された後を受け、部会長を拝命する巡り合わせになってしまった。

協会活動として「環境活動評価プログラム(EA21)」のプロジェクトを立ち上げ、田中先生も率先してプロジェクトに参画され、PRTR法に関する卓越したテキストを編集されて、協会の定期総会の席上で熱弁を奮われたのが強く印象に残っている。今後大手企業のサプライチェーンのグリーン化に絡んで、PRTR法は中小企業の化学物質管理に重要な位置を占めることは必然であり、協会としてPRTR法の管理指針を纏める段取りを田中先生を

煩わして進めようと計画していただけに、今回の訃報に接して返す返すも残念でならない。

故田中穣治支部長のご逝去を悼み、心から哀悼の意を表します。

 

 

故田中穣治先生を偲ぶ会

 

九州支部長故田中穣治先生の偲ぶ会が、奥様はじめご家族同席のもと平成16124() 1640分から福岡商工会議所でしめやかに行われました。

会に先立ち、出席者全員の献花が行われました。本部からは安藤副会長が出席され、生前の田中支部長の功績と熱心に訴えて折られた技術士会の活性化、IT推進、若手育成等の積極的な活動に対して感謝の弔辞が捧げられました。続いて、支部から小出理事、泉舘副支部長、水上センター会長、松浦第六部会長、西井福岡青年技術士ネットワーク運営委員長の弔辞が捧げられた。故田中支部長の柔和な遺影の前で、生前のさまざまな思い出が語られた偲ぶ会となりました。(広報委)

 

寄稿に蘇る田中支部長−「技術士だより」から−

 

故田中支部長は、「技術士だより」を通じてさまざまな情報発信をされております。主なものを振り返りますと、「日米企業のはざまで」(第31号)、「品質管理と艦砲射撃」(第36号)、技術士と国家資格(1)(4)」(第4144号)、「名人芸と褒章」(第45号)、「愛媛丸と潜水艦」(第48号)、「倫理と論理」(第49号)があげられます。ここに、その中から数編を抜粋でご紹介いたします。

 

◆日米企業のはざまで(第31号 H9.3.15)

学校を出てから廿年余り勤めていた会社が、業界の永年の構造不況で第一次石油ショックの頃にはどうにも立ち行かなくなり、縁あって米国に本社のある多国籍企業の日本法人に職を得ました。入社して驚いたことには技術・製造系の上司は全て外国人、日本の企業社会しか知らぬ私にとってはカルチャーショックの洗礼に戸惑うことばかりでした。

米国の企業では、地位に従って仕事量が著しく増えますが、勿論それに見合った給与は支払われます。日本の外資系企業も原則的には親会社と同じ風土を持っているので、仕事量は地位か給与のどちらかに比例するはずですが、どうも仕事量が給与の2乗か3乗に比例しているような気がしてなりません。145年も外資系企業で製造責任者をしていると、体力に自信があったはずの私も60才近くなると心身共にガタついて来ました。たまたま、親会社直轄の在日の別企業で責任者を探している話を耳にしたので、仕事の内容を聞くと、米国始め世界各地にある同じ系統の多国籍企業から依頼を受けて、日本国内でこれ等の企業が必要とする部品や原料の調達先やOEM生産先の開発と、調達品の品質管理です。それなら、今まで製造部門で行っていた仕事の一部ではないとか思い自ら出向を買ってでました。もっとも、これ等の仕事は工場では部下にまかせて自分はサインだけしかしていませんでしたが、クライアントに代り仕事をするのとでは大違いであることに気付いた時はもう手遅れでした。

 

◆品質管埋と艦砲射撃(第36号 H.10.6.15)

ご存知のように産業界では製品のバラツキσを小さくことに日夜苦心していますが、帝国海軍では砲の命中率を上げるため−つまり弾着のバラツキrを小さくするのに、月々火水木金々で努力を積重ねました。両者の対象は全く違いますが、同じ正規分布曲線(=公算カーブ〕を使って、バラツキを小さくすると言う点では同じことをしていたわけです。戦後、米国から品質管理の手法が導入されて、3σの概念が金科玉条のように持て嚥されました。これで日本の工業製品の品質が著しく向上したのも事実です。しかし、海軍では戦前−少なくとも教官の生徒時代(第二次大戦の1O年位前)−からこの考えはあった筈なのに、なぜ海軍部内にだけ留り産業界にまで波及しなかったのでしょう。若し、当時から生産現場でバラツキ減少の論理的努力が行われておれば、戦前の日本製品の「安かろう悪かろう」の汚名も無いし、戦時中の航空機や兵器の生産も品質的に順調だったはずなのに。なぜ、日本人は米国人に教えてもらわねば工業製品の品質管理一つ出来なかったのか、産業人として何とも残念です。

 

◆名人芸と褒章(第45号 H12.9.15)

名人芸を国が認めて表彰する褒章や人間国宝の制度があります。文化の日が近くなると,いろんな人達の名前が新聞に出ますが,同じ職人衆でも高級焼物,友禅の絵付など芸術的,非日常的な業務に携わる人達が多いようです。いくら名人芸といっても上記の清掃の小父さんや,リベット打ちの仲間が受賞することは絶対にありませんし,恐らく彼等も褒章等は夢にも考えたことはないでしょう。しかし,実際に世の中の役にたっているのは街の大工や左官,機械工や溶接工であり,その中の焼物や染物で表彰されるような名人も沢山いるはずです。

政府は勲章さえ与えれば人々のモチベーションになり,文化や技術の進歩・発展に寄与できるとでも思っているのでしょうか。本当の進歩・発展は,仕事を天職と思っている名も知れない多くの技術者や名人芸の職人達によって支えられ,その精神は現在も受け継がれていると思います。

 

◆論.理と倫理(第49号 H13.6.15)

「倫理」とは、辞書では「道徳の規範原理」とありますが、世間ではその反対語の「不倫」の方がTVや小説で一人歩きをしています。それでは、近頃問われている技術の「倫理」をどう考えたら良いものでしょう。「技術の常識でやってはいけないことを、知りつつ行う」が「技術の不倫」ではないでしょうか。一般に倫理は、組織、国家、民族、主義等の論理(都合)の前には弱い物です。しかし、組織や企業或いは技術と非技術を問わず、次の3つは国や社会或いは時代が変わっても普遍的な倫理ではないかと思います。従来からの、@個人の生命や財産に対する責任、A社会や公衆に対する責任、のような属人的なものの他に、近頃では地球規模のワイドな見地から、B自然環境に対する責任、も意識せねばならない世の中です。

私ごとで恐縮ですが、第二次石油危機の際、東北地方の工場の責任者をしていました。毎日上昇を続ける石油価格と、製品不足を見越した顧客の注文に第一次石油危機に懲りた本社は、新たに造った500k1貯槽の満タンを命じてきました。満タンすれば工場所在の町の石油消費量の数日分に相当し、価格の高騰は必須です。社会的影響を考慮した私は社長に相談にゆきました。重役会議で孤立無援の私を支持してくれたのは社長一人です。結果として私の意見が通りました。自分の行為を信じながらも、石油不足が続き数千万の設備投資を無駄にして操業停止に追い込まれた場合、私を信じてくれた社長のことを考え、辞表提出の覚悟をしました。会社を辞めることによる家族への責任も頭の隅にありましたが、それより社会と会社に対する責任の相剋に押潰される思いでした。幸い、数日後に政府の備蓄放出で第二次石油危機は収束しましたが、今でも自分の行為の正当性を信じています。

●私の提言

◇これからの青年技術士の活動のあり方

 

福岡青年技術士ネットワーク運営委員長 西井康浩(建設・北九州)

 

福岡青年技術士ネットワークは、若手技術士が業種の壁を超え、貴重な時間を有効に使って集い、自己研鑽と自己実現を図る(社)日本技術士会九州支部の活動とは異なる任意の集団である。活動歴は長く、その前身であるYCE福岡が平成4年1月に福岡地区で活動をはじめてから約12年の歴史を持つ。専用のメーリングリストに登録された約100名の会員は、福岡県に住まうか通勤する50歳までの技術士である。業種も一般企業、行政、学究と多岐にわたり、いずれも組織の中枢にあって働き盛りのポストに就いている。会員は、一技術士として人間交流や仲間同士の励ましあいを体験すべく、さらには高度な人脈や情報を求めて、二ヶ月に一度、福岡天神に集う。ここは、自分達が企画したテーマに沿って相互学習すると同時に、熱き議論を交わす場でもあり、また技術者としてのアイデンティティを再確認する場でもある。

われわれの活動は任意団体として自主運営されているが、九州支部との関係も深い。例えば、技術士会活動への関わりとして、九州支部や九州技術士センターの委員や幹事の兼務、技術士試験での試験監督員、受験講座の講師協力などがある。反対に、われわれの活動への支援として、定例会での技術講演に対するCPDの認証、外部講師を招聘して行う公開講演会への協力などがある。このように、福岡地区では若手技術士の活動に対して九州支部からは有形無形の支援を賜ると共に、組織としての自主性・独立性の認知を受けている。

信頼関係に基づく協調の姿勢は長い年月の中で相互に培われたものであるが、特に田中前支部長在任中には、若手技術士との連携が九州支部の主要施策の一つとして掲げられた。ここには、田中前支部長の若手技術士へ対する期待の大きさが感じられる。

ところで、最近、九州支部を介して本部・青年技術士懇談会および北海道技術士センター・青年技術士協議会より、全国の青年技術士組織のネットワーク化を図る協力依頼があった。その一つの試みとして、今年度の全国大会から青年技術士の分科会と合同研修会を立ち上げようという打診を受けている。

時代は時として大きな偶然を生み出す。田中前支部長からの連携強化の依頼と全国の青年技術士組織のネットワーク化は、今まで九州支部と距離を置きながら自己完結型の自助学習活動を実践して来たわれわれにとって、その方針を根底から見直す大きな課題となった。

その一つ目に、九州支部との連携を深めて行った場合、われわれの自主性と独立性をどこまで尊重していただけるかの問題がある。関与する会員みんなが知恵を出し合い、プラスの成果が得られる運営を伝統としてきた福岡青年技術士ネットワークのシステムを如何に継続させるか、大いなる議論を必要とする。

二つ目に、福岡地区以外の九州各地域の若手技術士とのネットワーク化がある。まずは、各地域の活動状況を調査する必要があろう。ここでは、われわれが置かれている立場と同様に、各地域の活動を尊重し、相互理解の上で九州全域の青年技術士ネットワークを構築することが重要になる。

三つ目に、組織形態の明確化がある。今のような任意の学習組織では会員相互の研修には最適であるが、会員が技術士として業務以外で地域社会に貢献するには機能的でない。今後は、事業化などで実績を持つ九州支部にノウハウを見習う必要を感じる。

“そっ啄同時”という禅の言葉がある。親鳥と雛鳥がタイミングを違わずに内外同時に殻を割るという意味である。福岡青年技術士ネットワークが時代の要請に応え、九州支部と共に真のパートナーシップを築く時期は近い。その誕生の瞬間まで、課題解決の努力を続けることが、田中前支部長からいただいた宿題に応えることに他ならないと考える。

 

●中央・本部情勢

平成15年度第5回理事会  概要報告

(社)日本技術士会理事小出剛(農業・福岡)

 

5回理事会1月21日 13時〜16時)

 会議の冒頭に、会長指示の下、全員起立、故田中穣治九州支部長の霊に対し黙祷を捧げた。続いて私から、ご逝去に至るまでの経過と通夜、葬儀の報告、会長はじめ関係者からの御配慮に対し謝辞を述べ、1月24日の支部としての「故人を偲ぶ会」開催予定を告げた。

 

審議事項

T.平成16年度事業計画・収支予算(案)

 3月臨時総会への提出議題であるが、従来と比較して、事業計画では「一般事業」と「指定事業」の2区分から新たに「受託事業」を切り離し独立させ、3区分にした事、これに従い収支予算でも「一般会計」「CPD会計」「特別会計」の3区分に、新たに「受託会計」を設け、4会計の構成とした。

(1) 事業計画(案)

 科学技術創造立国として各種の取り組みがなされているなか、技術士会はその設立目的の原点に立ち、来し方・行く末を総合的に検討し、新たに21世紀型の技術士及び日本技術士会のビジョン策定を本年度の重要施策としている。

@一般事業:技術士処遇向上、CPDの更なる推進、JABEE修了者を含む修習技術者への研鑽支援、国の行政施策への協力、海外との情報交換、技術士制度に関する調査研究等。

A受託事業:会の目的にかなう範囲で、従来からの国・地方自治体・関係機関等からの各種調査、審査を積極的に行う。

B指定事業:技術部門見直し等改正された省令及び告示に的確に従った試験・登録を行い、改正内容に関する普及・啓発を行う。さらに出題の正確性を期すための審査体制改善や択一式の正答公表実施のほか、試験のあり方を引き続き検討する。

(2) 収支予算(案)(総括表から)(千円)

@合計:収入1,500,982、 支出1,421,1441

A一般会計:収入 363,872、支出319,615

BCPD会計:収入 20,600、支出 20,600

C受託会計:収入  51,340、支出 51,340

D特別会計:収入1,065,170、支出1,029,589

U.臨時総会の日時・議題について

先日到着の会員宛案内状の通り。3月10日(水)15時〜、虎ノ門パストラルで開催。

 

報告事項

T.科学技術・学術審議会技術士分科会報告

  15年度試験実施結果と16年度実施大綱が決定の由。特に日本技術士会特別委員会での検討結果報告がなされ、会長から「一次試験問題が学卒直後に有利に働いており、意欲と経験のある社会人に門戸を広げるような改善を」と。また出題の評価は複数の専門家にさせる等、理事会意見も踏まえた活発な議論がなされた由。なお、2次試験についても今後更に検討して欲しいとの強い要望で閉会の由。

U.平成16年度技術士試験日程等の報告

@  一次試験 10月11日(月)

A  二次試験 8月7日(土)総合・・筆記

B  二次試験 8月8日(日)総合以外・・筆記

C  出題の正確性、妥当性チェックの為の審査委員を技術士会専務理事が推薦する。

D  一次、二次共全受験者に対し合格発表後に成績を通知する。また、全ての択一問題の正答を公表する。

V.名誉会員推薦制度及び会長表彰制度改正

@  名誉会員推薦制度改正案について

 名誉会員数の会員に占める割合が他組織に比較して非常に大となる事から、昨年度理事会で改正の検討を承認していたが、今回の提出案は理事会討議と基本事項で異なる部分がある事から、倫理委員会での再検討となった。

A  会長表彰制度改正案について

 名実共に更に格調高い表彰制度にする為、功労賞、技術賞、奨励賞等を検討している。

@A共に、中間報告の段階で審議ではない。

その他省略

 

 第4回全国支部長会議報告

          九州支部支部長 泉舘 昭雄(電気・電子、北九州)

日時;平成16年2月6日。13時30分〜17時。

 於いて;東京,葺手第2ビル5−A、

出席者;清野会長、安藤・小針・鎌田各副会長、竹下専務理事、畠山常務理事、大谷試験センター長、大島(北海道)、中山(北陸)、辻(中部)、加藤(近畿)、牧山(中四国)、吉川(東北)各支部長、泉舘(九州)副支部長(当時)、他関係者。

はじめに清野会長より、以下の挨拶があった。

「技術士会の最重要テーマは、ビジョンつくりであり急いでいる。あわせて支部もそのあり方を検討していただきたい。それと各理事の立候補宣言にもある会員増強である。支部長会議もアクションにつなげる場としたい」

中山北陸支部長(幹事支部)司会で議事に入った。

本部・支部活動報告;本部からは、「技術士及び日本技術士会のビジョン」策定に注力していること、平成16年度事業計画・収支予算で受託業務を独立事業としたこと。名誉会員制度及び会長表彰制度中間報告。九州支部は、故田中支部長逝去に伴う諸事の状況とお礼。1月24日支部CPD、全国大会準備委員会立上げを報告。他各支部報告。中四国支部は、「第9回西日本技術士研究・業績発表年次大会講演集」作成配布。

今後の行事予定;平成16年度地域産学官合同セミナー開催支部は、九州支部、北陸支部、中四国支部に決定(順送り)。各支部より、一次、二次合格者の歓迎会、研修会日程報告。本部、各支部とも一次合格者研修、歓迎会に重点をシフトしている。日韓技術士会議日程報告―10月26日、米子市。平成17年全国大会(九州)予定期日10月19日、場所 福岡,百道浜 シーホーク。

業務開拓;東北支部は,県から業務受託、契約者は(社)日本技術士会会長。本部から中国に於ける技術士業務促進に関する基本方針説明。九州支部K-RIP報告。

継続教育;宮城県では、県公共事業指名基準厳密運用方向で技術士不足となる。北海道支部は、e―ラーニング準備に着手。

技術士試験;九州支部は、一次受験者の地域分布を考慮し九州南部地域に会場新設私案説明――会長より早急に詰めたいとの意見あり。本部から、平成16年度技術士試験日程、合格者データの取り扱いについて設明(本部も知恵をだしている)。

役員選挙制度;各支部意見交換。九州支部案も説明。支部によりばらついている。政策委員会で、取りまとめ中。

支部運営について;九州支部運営体制報告。各支部により、組織は異なる模様。中四国支部からの問題提起は、支部会員増加率より、県技術士会増加率が大幅に大きい。NPOを含め、日本技術士会とこれらの関係とのありようの検討が必要。複数支部より支部活動費支援要請要求があり、事業委員会のCPD・部会支援制度との整合性を確認することとした。

会員増強;本部から意識的増加の必要性の説明あり。組織率50%を目指す案もある。技術士を活用している団体での、技術士の入会説得の示唆があった。

〔纏め〕全体として前向きの雰囲気が濃く、内容がますます濃くなっている事を実感した。前回提案したCPD実績の活用法も検討されている。支部会員の意見・提案は支部として纏めこの会議を活用して、理事会等常設機関につなぎ具現する方法も考えられる。技術士会、支部活性化にむけての会員諸氏の提案・意見を切望する次第である。

会議のはじめに、全員で故田中支部長の御冥福を祈り黙祷を捧げたことを申し添える。

 

後継支部長決定のお知らせ

 故田中穣治支部長ご逝去に伴い、1月24日に開催の九州支部常任幹事会で、支部会則に則り、後任支部長選出のため、2月10日締切りで立候補者を募り、2月21日に臨時総会を開催する。ただし立候補者が一人の場合は、無投票当選とし、臨時総会は取りやめると決定しましたが、2月10日に締切りの結果、立候補者は泉舘昭雄先生お一人でした。

 それで、臨時総会開催は取りやめとなり、泉舘昭雄先生(電気・電子、北九州)が後継支部長に選出されました。

 なお、任期は前任者の残任期間で、平成17年定時総会までです。     〔広報委〕

 

講演要旨

今後技術士の進むべき方向に関する考え方

       

      (社)日本技術士会 会長 清野茂次〔講述〕     

 

 平成15年11月15日 10時から、松山市総合コミュニティーセンターで、第9回西日本技術士研究・業績発表年次大会が開催された。これは、その開会行事で清野会長が行われた開会ご挨拶の講演要旨である。

 

1)「これから我々技術士はどういう方向に歩んでいくか」 私の考えを述べさせていただくと共に、皆さんの意見を伺って、社会に貢献できる技術士会を目指して、会の運営・社会への貢献・社会へ情報発信をする日本技術士会にしたい。

2)日本が置かれている社会環境は順風ではない。

IMDの調査によると我国の世界競争力は1991〜1993の間は1位であったが、その後次第に下落して行き、2002年は先進国47ヶ国中30位になった。様々な項目について分析した結果の総合評価である。

2003年は人口2000万人以上の先進国で集計した結果で、30ヶ国中11位であり、前年と同じ位置にある。日本の上に、シンガポールや韓国などアジアの国が入っている。

しかしまだ日本は様々な意味で高い競争力を持っている。特に科学技術競争力は米国に次いで2位であるが総合的なシステムとして十分機能していないことが、全体としての競争力を低下させている。特にグロバリゼーションの中での改革が遅れている。

科学技術創造立国として技術士が世界に貢献できる国になる必要がある。

3)技術士が誕生して、50年近い歴史をもつが、社会の中で十分認知されているとは言えない。医師・弁護士・公認会計士等と比較してはなはだ寂しい状況にある。

しかし我々が役割を果たした結果、我国の20世紀後半の隆盛があり、それを誇りに思う。しかし技術者はそれに対して十分な評価がなされなくても自己満足の感がする。社会と技術士の連携がより必要である。

4)技術士法が2000年に改正された。それまではコンサルタント業を行なう職種の資格という考え方の強い技術士であったが、新しい技術士法での技術士はもっと広い職域での活動を目指している。

日本の技術者は240万人いるが、技術士は僅か5万余人である。外国の例を見ると、米国40万人、カナダ16万人、英国20万人、オーストラリア7万人であり、人口比から言うと日本は非常に少ない、少数価値としての職業的特権を持っているかというと実態はそうでもない。

もっと広い意味をもった技術士にするのが新しい法律の目的であり、技術士の数がもっと増えねばならない。これは技術士のレベルを下げることではない。

官公庁でも大学でも、また企業でも、そしてコンサルタントでも専門の仕事をする人で、リーダー的な役割を果たす者は、みんな技術士という形にしたい。これが新しい技術士法の基本的な考えである。

5)今年から一次試験、二次試験を受けないと技術士の資格を得られなくなった。

しかしその運営には大きな問題がある。その第一は技術士への入り口である一次試験の門を狭くしすぎていることである。

昨年度の合格率は適正・専門・基礎の受験者で8%台、受験者数の最も多い建設部門では5%弱である。一次試験で合格者が一桁というのは出題に問題がある。受験した人が悪いのではない。このような試験運営をしていたら技術士法改正の本質を間違えるおそれがあるので、早急に改革するように会として特別委員会で検討している。

6)日本の技術士は国際的な役割から見ても、技術者240万人の一割が技術士であってよい。少なくとも20万人が技術士になって、例えば県でも技術系課長以上はみんな技術士、技術士でないと課長になれないという形になって欲しい。民間でも技術系リーダーは技術士ということに、コンサルタント職の人はその立場上、特に所定のCPDで研鑚して質の高い技術士となる責任をもつ。日本技術士会はその方向に向け行動したいと考えている。

7)今週水曜日の理事会で「技術士及び日本技術士会」のビジョン作成を決めた。

ビジョン作りを理事会で決議して策定する意味は、全理事が一丸となって進む事が大切だと考えている為である。

中身に関しては先ほど話した事の他、仲間内だけの仲良しクラブになるのではなく、情報を社会に発信し社会からの批判と支持を得る事、外に向けて技術士活動をより積極的に進める考えである。

皆さんのご理解と支援をお願いする。

8)大学の教育国際競争力は低い状況だ。研究成果が悪いという意味ではなく、学生を教育して新しい姿に仕上げる意味では低く、東大でも101番目である。

JABEE「日本技術者教育認定機構」が出来て、大学へ認定プログラムを出している。今年度末には学科単位で100学科くらいが認定を受ける見込みである。

JABEE認定プログラムを卒業すると技術士補の試験免除をされる事が年末までに決定される。(文科省は現在パブリックコメント作成中)

JABEE認定の動きは技術士一次試験受験免除との関連で技術士への認識も変わってくる。

9)現在日本技術士会正会員は10553名(9月末現在)で登録者約5万4千人に対して組織率は20%しかない。

これは大きな問題であり、会員になっても何のメリットもないとの見方をしている技術士も多い。

しかし日本技術士会は活発な活動をしており、それぞれの技術士にもメリットがあり社会貢献もしている。これらの動きを理解してもらい、組織率を50%まで持っていきたい、そうなれば活動形態も大幅に変わる。

10)中四国支部も、四国の技術士が増加して「四国支部」に発展させて欲しい。地域活動をより活発化されることを願っている。

  以上様々な問題解決に向け誠心誠意努力しますので、よろしくご支援をお願いします。

〔文責 是永北九州代表幹事〕



●行事・会合報告

平成15年度 第44期 九州支部CPD研修会


九州支部CPD副委員
 松原 好直 (水道・北九州

 

1月24日(土)福岡商工会議所で、九州支部主催によるCPD研修会が実施されました。九州支部CPD研修は、A部門、土曜集中(6時間)、4回/年という、参加しやすさと効率性を考慮した方法により実施中で、今回は、次の4題で行いました。

 

@有明海の再生を目指して(有明海研究センターとNPO法人の設立に向けて)荒牧軍治氏(佐賀大学・理工学部教授:前副学長) 【A−5        

A地域起こし・エコ および今後の展望(市長からプロ技術者へ、 大いなるメッセージ)江口隆一氏(水俣市長)〔アシスタント:石丸晃氏(水俣市商工観光課長)〕【A−6】

B業務の改善活性化のヒント) 笠木直行氏(日本技術士会・会員、労働安全コンサルタント)【A−8】

C技術士とわたくし 古川博氏(日本技術士会・会員、古川建築研究所・所長)【A−11】

今回の支部主催CPD研修会も盛況で、出席者数も約150名と多数の参加となりました。

 

〔議題@〕 有明海は「宝の海」で、その宝とは、豊かで多様な海産物(貝類、シバエビ、クツゾコ等)と、貴重性がある生物(ムツゴロウ、カニ等)で、いずれも豊富であった。その有明海が病気にかかっている。例えば、海産物の漁獲高がノリ単作になっている半面、アサリは1/10、アゲマキも激減。その要因として、捕りすぎも一因、水温と水位が上昇、潮位差が減少、流速の変化、底質の細粒化 透明度が上昇(有明海は元々泥の海)等を、具体的事例を挙げてのお話でした。

 また、プランクトン発生のメカニズムや、ノリに影響する環境要素“生長=流速×栄養塩濃度、アカグサレ病、リゾソニア、海水の比重、水温” さらに、諫早湾の開門調査についても持論を述べられました。

 最後に、NPO「有明海ぐるりんネット」活動、有明海の豊かさ、歴史〜文化をアピールされ、沿岸域のネットワーク化、有明海研究所の設立を提案、持論の科学、生物、物理にさらに社会経済まで含めた複雑系を解く微分方程式をつくりたい旨を述べられました。

〔議題A〕 水俣市はチッソのため急速に発展したが、水俣病により多大な損害をこうむり差別やイジメも受けた。しかし、それを教訓に環境や健康の大切さを重視するようになり、住民の意識が高揚、ゴミの23分別収集(現在は21分別)等に結びつき、それらは新しい観光資源となった。

 これらを背景に、水俣市エコタウン事業を立ち上げた。この事業は、家電リサイクル、びんリユース・リサイクル、使用済みオイルリサイクル、し尿を原料とした肥料製造、タイヤリサイクル等で、その事業が環境保全に繋がり、経済的にもプラスに転換された。また、鰍ンなまた環境テクノスセンターを設立し、産学連携の拠点となったことなどを具体的に話されました。

一方、自立環境型地域経済システムという新しい概念を打ち出され、平成14年2月に市長(37歳)に就任されたときの苦労話。昨年7月の水俣大水害。これらを経営者として自覚すべきことを例えに、方向性を示すこと、責任をとることで、意思決定が速くなり、職員全員の頑張りで乗り切れたことをのべられた。最後に、これからの行政はアイデアが大事であることで結ばれました。

〔議題B〕 ご自身の豊富なご経験をベースに、仕事の進め方や会議のやり方におけるポイントを32画面(パワーポイント)により、わかり易くご説明されました。その中で、「0070」=遅れ0が大事で、評価点は高いのに越したことはないが、最低キープラインは、70点の出来でよいのでは!の持論を述べられました。

〔議題C〕 ご自身が58歳で独立、個人事務所を設立してから今日までの5年間の活動を、CM、ISOコンサル、工学鑑定、工事監査等についてお話され、また、韓国との交流を深めていきたい旨のご講演をされました。

 

 また、当日は特別に、日本技術士会副会長・安藤正博氏の『技術士の知名度を向上する一助としての広報活動』についてのご講演がありました。

内容は、最近の技術士会の情勢および取組み、今後の方向性、さらに発展させるために日本技術士会への参加の呼びかけについて私見を含めてのお話でした。

 

【お知らせ】 九州支部主催CPD研修会のH16年度の開催予定日は、議題A部門を中心に、4月24日(土)、7月24日(土)、10月23日(土)、平成17年1月29日(土)です。(CPD開催日は原則として、4半期毎、第1月の第4土曜日)

 講師のご推薦を募集していますので、支部までご連絡ください。

 

 

●部会報告
◇第三部会技術講演会

科学・技術と社会とのかかわり

第三部会長 和田 洋二(金属・北九州)

 

 科学・技術の進歩と発展は私たちの生活に大きな影響を与えてきた。このことは,おそらく共通の理解としてあると思います。ただ,私たちに普遍的に幸福をもたらしたのか?ということについては,見解が分かれるところでしょう。

私は機会があって,生命体工学系大学院の学生を対象とした「社会技術論」の講座を受け持っています。講座は,今年で三回目を数え,夏休み直前の大学院生約60名を相手に,年に二日間終日の集中講義という形態で行い,講座の中で,科学・技術の成り立ちと変質,科学・技術と安全性などの観点から標題のテーマへアプローチするとともに,企業運営の仕組みについてもお話しています。30歳も年かさの違う若い学生との講座は,私の脳にとって刺激的で,日常の仕事を忘れて没頭できる快感があり,また,学生のレポートを読み,彼らの考え方を知ることが出来るのも楽しみの一つです。

会員の皆様も科学・技術の成り立ち,コペルニクスやガリレオ,あるいは,ニュートンなどの時代に想いをはせてみてはいかがでしょうか?

さて,第三部会では,去る10月4日(土),定例技術講演会を開催し,二つのご講演をお聴きしました。演題に関心の深い会員からは,「当日都合が悪いが,レジメをいただきたい」との要望があり,後日お送りした。

(1)題目「色素増感太陽電池の最新動向」:小柳嗣雄 氏(総合技術監理・化学部門)

 講演者の勤務する会社は,微粒子製造の専門メーカで,この微粒子製造技術を太陽電池に応用する技術開発に取り組んでおられる。つまり結晶性酸化チタン微粒子等を用いた色素増感技術を,太陽電池分野に実用化しようとするもので,実現すれば,理論エネルギー変換効率19%という画期的なものとなる可能性があり,発電コストの点で,結晶シリコン応用太陽電池に比べて実用化メリットが大きい技術分野とのことだった。なお,現在の太陽電池は,90%が結晶シリコンを用いたもので,シャープが世界シェアの25%を占める。

 化石エネルギーに替わる新エネルギー分野の発電については,「政府見通しのとおりに実現するとは考えられない」との,同じく新エネルギー分野に取り組んでいる出席者の意見も出され,活発な議論がなされた。

(2)題目「電子ビーム加工の基礎とその応用」:皆良田征夫 氏(金属部門)

 講演者の勤める会社の社名の由来が南海の小島(沖縄県北大東村)にあり,会社はかつてわが国唯一のリン鉱石産出地で採掘事業にあたっていたと紹介があり,出席者全員「そういうことだったのか」と納得。

 講演は,“機械事業”の一つとして取り組んでおられる“電子ビーム受託精密加工”に関するもので,半導体製造装置分野を始め多岐にわたる事業を営んでいるとのこと。ただ,受託加工という事業の性格上,お客様の秘密保持の関係から紹介できる事例が限られ,PRがやりづらいことなど話された。

“深溶け込み溶接”,熱影響部が狭いことなどを特徴とする技術だが,開先精度管理などの点で注意すべき点もあり,当然ながら使いこなすにはそれなりのノウハウが必要とのこと。

さらに,競合する「レーザ」あるいは「FSW(摩擦攪拌接合)」技術を見据えて,技術展開を図っていることなどの紹介があった。

 

 

◇第四部会技術講演会

人間を取り巻く水環境と安全な水道水の確保

第四部会 藤野恭裕(総合技術監理,水道・福岡)

 

平成15年11月13日(木)福岡市博多区の福岡商工会議所ビルの会議室で、本年度の技術講演会を実施しました。

 従来この研修会は、技術士だけを対象に実施していましたが、小宮第4部会長以下、会員の目標として「地域における産官学との連携の強化」「地域に根ざした技術士」をめざそうと今回は、日本水道協会九州支部の後援のもと、一般の方にも広く参加を募りました。

その結果、77名(民間33名、官公庁28名、技術士16名)の参加を得て盛会となりました。

研修内容は、水の世紀とも呼ばれる21世紀、世界的に水源開発や管理、そして節水など多くの課題を克服していく必要性が叫ばれておりますので、講師に水の専門家である藤井利治福岡市水道事業管理者(工学博士)をおむかえし「人間を取り巻く水環境と、安全な水道水の確保」と題して約2時間講演していただきました。

ここで講演内容の一部をご紹介します。

第1章 地球に水と人が誕生するまで

 地球が、46億年前に誕生し30億年前から、太陽光と水と炭酸ガスによる光合成を行うようになり、20億年前に酸素を含む大気ができた。4億年前に、オゾン層が太陽からの強い紫外線を十分に吸収するようになったことで、陸上は生物にとって安全な場所となり、最初は植物が、その後は動物が陸上に上がった。 

第2章 水は生命の源 羊水は海水から生まれた 

 ほ乳類は、別名「海をはらむ族」といわれ、羊水の塩素イオン濃度は約3,400ppmと海水の5分の1程度の濃度で、胎児の小腸には「瀬

(せき)の帽子」という器官があって、汚れた羊水を浄化している。

第3章  気侯がつくった歴史

 縄文時代は、現在と比較して、平均気温が2度高く、九州は亜熱帯の気侯で、暑すぎて生活には適さなかった。その後、寒冷化となり紀元前3世紀頃から、北部九州地方を中心にして弥生時代が始まった。12世紀の末になると、降水量が減り旱害が発生し各地で飢饉となり平家は衰亡した。17世紀から寒冷期に入り、19世紀までは小氷河気候となった。特に北に厳しく南に緩やかであったため、関東以北では飢饉や災害が多く発生したが、南日本では温和な気候に恵まれ、薩摩の島津、長州の毛利、土佐の山内などが勢力を伸し、その後の明治維新へとつながった。

第4章 異常気象 エルニーニョ現象

第5章  地球温暖化はなにをもたらす

 二酸化炭素が変える気侯、天候デリバディブ 

第6章 水環境の破壊 

 今後のエネルギー対策、日本のヴアーチャルウオーター(仮想水)輸入量は、国内の総水使用量の86パーセントとなり、農畜産物を輸入しないとすると、日本の農業用水は2.3倍の水が必要。

第7章 安全な水道水の確保 

 塩素処理の問題点、オゾン処理の導入、膜ろ過技術開発 

第8章 水道事業の民営化 

 日本での水道民営化の動きは、米国の地方公共団体とほぼ同じ動きである。

このように話題は「」をキーワードとして多方面にわたり、予定された時間内では博学の藤井講師のほんの一部をでしたので、その後講師を囲んでの小宴でも、幅広い話題に花が咲き、予定時間をオバーする盛況でした。

最後に、藤井講師は現在、「水と人類」を題材とした本を執筆中でその出版が待たれるところです。

 

 

第一部会技術研修会(平成15年度)

講演2題

第一部会 長野見山益生(機械・福岡)

平成15年11月22日 参加18名(博多第一ホテル)

○電気エネルギーの現況と展望

技術士(電気・電子 総合技術監理・鹿児島)宮脇優先生

世界のエネルギー消費状況として2000年度の実績より日本は5.8%で米国、中国に次いで第3位にあり、国内の一次エネルギーの供給内訳、消費内訳及び電源種別内訳の説明を受けた。

エネルギー界の最大の課題はCO2出量の削減で、地球温暖化の抑制、目標数値として2010年に6%減を掲げている。地球温暖化のメカニズムの中で近年の産業活動・森林の減少等で温室効果ガスの濃度が増加し温暖化が進行している。この地球温暖化が与える影響として水資源の変動、自然生態系、海面上昇、異常気象等が挙げられ、CO2削減の方策として省エネルギー、新エネルギー、電力等の燃料転換がある。

電気事業のCO2削減対策は、火カ発電所の熱効率の上昇コンバインド発電、液化天然ガスの採用及び新エネルギーへの転換等である。コンバインド発電はガスタービンと蒸気タービンの組み合わせで、効率は従来30〜40%が50%迄上昇する。新エネルギーの種類としては、太陽光発電、風力発電、太陽熱利用、温度差エネルギー、廃棄物発電廃棄物熱利用、廃棄物燃料製造、バイオマス発電、燃料電池等があり各々について解説された。

次に新エネルギーのコスト比較であるが、いずれも既存の電気料金より若干高めである。新しい未利用資源として、メタンハイドレートに関する説明がなされた。メタンハイドレートは水とメタンガスから成る個体物質で、海底堆積物の中や、永久凍土の地下に広く分布し、15〜20年を目標に開発が進められている。

最後にまとめとして・電気エネルギー界の主要課題としてエネルギーセキュリティの確保、地球環境問題への対応、電力自由化への対応等詳しい報告があった。

 

○熊本県における工業技術センターの役割と支援の状況について

技術士(機械 総合技術監理・熊本)高橋孝誠先生

当工業技術センターは、地域企業の技術支援機関として年間5千件に及ぶ技術相談、設備利用、技術者養成等多くの県内企業に利用され、県の工業振興に大きな役割を果たしている。特に製造業は厳しい経営環境にあり、技術課題の把握と研究成果の普及実用化に積極的に取り組んでおられ、より一層の成果を挙げるべく・組織一丸で日夜努力されている。

工業振興の課題としては、産業集積と高度化の促進、新事業の創出、地域企業の技術力・経営力及び研究機関力の向上・地域資源を活かした産業の振興、人材の確保・育成、ITへの対応等をテーマとされて、県工業の将来像としては、基本姿勢、目標値(平224兆円)重点5分野(新製造技術、情報通信、環境関連、バイオテクノロジー、医療福祉関連)を

掲げ、将来像に向けた基本戦略と具体的施策が確立されている。

九州各県の工業技術センターの比較の中で、