#011
 万年石のこと


 品川東海寺を修理する公の工事のため、小普請奉行、御目付などとともに赴いたことがあった。この禅刹は沢庵和尚により草創され、大猷院様が深く帰依されておられたため万年石、千歳杉等の御旧跡がある。あるとき、この万年石の由来を尋ねたところ、僧が沢庵の記録を取り出して見せてくれた。ここに写して後の慰めとするものである。

 

東海寺万年石の記

 今年寛永癸未(※1634年)三月十四日、左相府(※左大臣)が台座をこの池沼の上に移さるるを見るに、島あり。島に幽石あり。これをつらつら見るに、奇形怪状に無く、端険梃立せず。もし酔に由りて号せば栗里翁(※陶淵明。唐の詩人)の石か。あるいは醒に由りて号せば李徳裕(※唐の人)の石か。皆然らず。あるいは防風(※夏王朝の伝説の聖王、禹が諸侯を集めた際遅れて殺された人)の朽骨か。あるいは虎の白額か。共に然らず。ただ、突兀として草裡に在り。痴兀として徳容を含む。これ、世の奇を求むる者、未だこの石の貴なるところを知らず、偏に恬淡虚無の趣を得て、谷神不死の体に有り。虚の極に至る如く、静を篤に守るに似たり。

 相君、侍臣に命じて曰く、「この石は名無かるべからず。各々の思うところを聞く」

 ここにおいて諸子思うところ有るといえども、懼るるところ無きに非ず。斟酌相半ばなり。このとき、小堀戸遠江守政一、茶炉の下に座す。君旨有り、政一即ち起ちて石に向かい、三度万年石と呼び、石は三度頷く。

 君佳言を下して曰く、「疑わず、これ万年石なり。大度の一言以て天下を定む。いわんや石においておや」

 ああ、石なるか。石なるか。台覧に入りて、いったん光を発して、陟りてその観を変改す。けだし万の言を為すや。いまだ必ずしも十千を以て限るべからず、凡そ数は一に始まりて十に窮まり、十に始まりて百に窮まり、百に始まりて千に窮まり、千に始まりて万に窮まり、万を以て数えれば即ち幾十百千万億兆年を知らず。この無窮を以て、石の寿量と為す。

 石の寿量を以て君の寿山に比すれば、即ち華頂(※中国天台山の最高峰)万八千丈を累ねるとも、なお麓に在る者か。世を以て計るに、即ちまたその幾万々世なるを知らず。村語を以て銘す。曰く、「九鼎(※禹のときに鋳て伝えられた天子の宝)より重き万年石、貴命に驚く。あに軽かるべけんや。和気一団無尽蔵。以て秋を送り、また春を以て迎う」

現住沢庵宗彭これを記す