#095
 蘇生した人のこと


 寛政六年の頃、軽い日雇いなどをして芝辺りで暮らしていた男がふと煩って頓死同様に亡くなった。念仏講仲間などが集まり寺で葬儀を上げて埋葬したが、一両日して塚の下からうめき声が聞こえる。次第に大きくなるため寺僧も驚いて施主へ連絡し掘らせると、まぎれもなく生きている。寺は寺社奉行へ届け出を出し、町方は当時の町奉行小田切土佐守に蘇生人を引き取った旨を届け出た。しばらく療養した後、本人自ら番所へ出頭したので事情を尋ねた。

「死んでしまったとはまったく気付きませんでした。京都へ上って祇園辺りをぶらつき、大阪道頓堀を歩いてから東海道を通って帰る途中、大井川で路銭がなく渡れずに困っていると、川越し人夫が哀れんで渡してくれました。それから宿へ帰ると、真っ暗で何もわからないため大声を上げたことを覚えております。まったく夢を見ていたとしか思えません」

 という話を土佐守が語った。夢の中で冥府の役人や獄卒にも逢わなかったというのは正直者というべきかどうか、と笑った。