#096
 狐を助けて鯉を得たこと


 大久保清左衛門という御番衆が豊島川附神谷というところの漁師を雇って川に網を打った。まったく魚が捕れず、昼過ぎまで一匹も網にかからないのでやけになって酒を呑んでいると、犬に追われた狐が舟に飛び込んできた。舟底に這いつくばってぶるぶると身を震わせる狐を見て大久保は色めき立った。

「これはいい。魚の代わりに持って帰るとしよう」

 船頭、漁師が真剣な顔でそれを押しとどめた。

「狐は稲荷の神の使いと申します。何の罪もない獣を折檻なさるのはあまりの所行。逃がしてやってくださいませ」

 それほどまでにいうのなら、と川岸に舟を寄せて離すと狐は喜んで走り去った。漁師が声を掛けた。

「もう日も暮れます。一網打ってみましょう」

 網を入れると、三年ものともいうべき大きな鯉がかかった。

「おお、狐の謝礼か? もう一回網を入れてみよう」

 漁師は首を振った。

「こういう不思議な漁を得たときは再度網を打ってはいけないといわれております。ご勘弁を」

 これを聞いて諦めたのだという。