宝石を集める男


ありふれた失恋の話。

開け放った両開きのガラス窓から、月がかがやいていた。
ソファで二人の男女がもつれ合っている。
その肌を、青白い光が浮き立たせている。

目の前の女性は僕の恋人だ。
かなり片思いではあったんだけどね。
裏切られたような気分だった。ていうか、実際裏切られたんだけど。
最近、彼女の様子がおかしかったのは知っていた。
ここに来たのも、実はそれが理由だった。
なんだか胸騒ぎのようなものを感じたから。
それでも、現場を目にするとやはりショックだった。
二人は抱き合い、唇を合わせていた。

男は見知らぬ奴だった。
僕が扉をあけ、彼女の部屋に入ってからも、驚くどころか行為を止めようとさえしなかった。
今にして思えば、僕にわざと見せ付けていたのかも知れない。

こういうとき、人によってはすぐに殴りかかったりするんだろうね。
でも、僕は自失していた。
目の前の光景を、ただただ眺めるだけ。

吐息と吐息。
ときおり、二人の合わさった唇の合間から、まくれるように舌が見えた。
今見えたのはどちらの舌なんだろう。
そんなヘンなことが気になったのを、よく覚えているよ。

でも、今言いたいのは、そんなことじゃない。
浮気の話はどうでもいいし、舌の話も、まあどうでもいい。
これから話すことこそが大事なんだ。

唇を探っていた彼の動きが、ぴたりと止まった。
そのまま、どのくらいいたのだろう。一瞬が、とても長く感じられた。
やがて、彼の舌が、何かを探り当てたかのように再び動き出した。
背中にまわされた彼女の腕が、痙攣するかのように細かく震える。

唇を離す。唾液が糸を引く。
奇妙なものが、彼の舌に乗っていた。
赤々とした輝きを湛える何か。
宝石?
そのときは、それが何なのかよく分からなかった。
ただ、彼女の存在の根源に関わる何か純粋なもの。
それだけは、感じ取れた。

勝気で激しいところがあり、でもそれがそのまま魅力にもなっている。
まるで、その輝きは彼女という人をそのまま語ってるみたいだった。
映画の一シーンみたいに、思い出せる。
硬質な宝石が、軟体動物のような舌と舌との間にあって。
なんだか・・・非常に冒涜的だった。

抜け殻のように陶然と横たわる彼女に背を向けて、彼は僕を見た。
舌の上に宝石を載せたまま、悪戯そうに微笑んだ。
そして、彼女のなかから出てきた輝きは、彼の喉の奥へと飲み込まれた。
彼女は、もう僕のもとに戻ることはないんだな、とそのとき悟った。
知らず、涙を流していた。
ぬぐった手をのけたら、もう彼はどこかへ消えていた。

あれから、もう何年が過ぎたんだろうか。
彼女は戻らなかった。
僕は多くのことを学んだ。
失恋っていうのは、いつだって色んなことを学ばせてくれるものだよね?

今日みたいな良い宝石が手に入ったときは、これまでのコレクションを抽斗から取り出し、じっくりと愛でることにしている。
一つ一つの宝石に、物語が詰まっている。

ひょっとしたら。
彼も僕と同じようなきっかけで、宝石を集めるようになったのかも知れない。
そんなことをふと思った。