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僕の通っていた中学について、ですね。
分かりました。お話しましょう。
校長先生は非常に厳しい方で、いたずらをした生徒を校長室まで連れて行き、そこで何時間もお説教をなさるということがたびたびありました。
お説教の最中は扉もカーテンも締め切られております。
部屋のなかでどんなことが行われていたのか当時の僕たちには知る由もありませんでしたが、さぞかし厳しいお説教がなされていたのでしょう。すっかり日が暮れた頃に校長室から女の子が泣きながら出てくる、といった光景をしばしば目にしたという話が友達の間で伝わっておりました。
近所に女の子が住んでおりました。
色白の、可愛い子でした。大人しく、他の女の子と一緒に遊ぶよりは教室で本などを読んでいるのが好きでした。非常に人見知りする子だったのです。しかし、僕だけは彼女と親しく接していました。幼稚園、小学校とずっと一緒だったからでもあるでしょうね。
僕は彼女に幼い恋情を抱いていました。おそらく彼女も僕に好意を持っていてくれたのではないでしょうか。
部活の帰りですっかり遅くなってしまったある日、僕は校長室から出てくる彼女と偶然鉢合わせてしまいました。何か悪戯でもして校長室に呼び出されてしまったのでしょうか。そういうようなことをする子ではないはずなのですが。
僕は何の気なしに、軽く挨拶をしました。 ところが彼女は僕に気付くと、傷ついたような表情で、足早に去ってゆくのです。不審に思った僕は彼女を追いかけ、どうしたのかと問いました。
彼女は何も答えず、ただ目を伏せるだけでした。 苛立った僕は彼女の腕をつかみました。その拍子に、剥き出しになった腕に痣のようなものが見えました。
僕は息をのみ、思わず手を離してしまいました。彼女は、その隙に脱兎のように駆けていってしまいました。
どういうわけか、彼女の通ったあと、廊下に点々と血の染みが残っておりました。
それ以来、彼女は僕と顔を合わせても親しく話してはくれなくなりました。それどころか、挨拶をするようなこともなくなってしまいました。僕には訳が分からなかった。彼女に嫌われてしまったのだろうか。だとしたら、何故?
辛くなってしまった僕は、誰もいない放課後の教室でじっと自分の嫌われた理由を考えておりました。しかし、いくら考えても分かりませんでした。僕は辛くなり、ぽろぽろと涙を流し始めました。
「あらあら、男の子がそんな風に泣くのはいけませんよ」
気付くと先生が傍に立って、心配そうに僕の顔を覗き込んでおりました。
担任の先生は、非常に優しい女の先生でした。
生徒が何か失敗をしたり悪戯したりしても決して頭ごなしにしかりつけることなく、困ったような笑顔でたしなめるばかりでした。それでもクラスの皆に先生は大変慕われており、あえて先生を困らせるような者は一人としておりませんでした。
泣かれているところを見られた僕は恥ずかしいやら情けないやらで、俯いてしまいました。そんな僕に先生は微笑むと、何があったのか話してごらんなさい、と仰いました。
僕は堰を切ったように話しました。校長先生の部屋の前で起こったこと。彼女がそれ以来急によそよそしくなってしまったこと。
先生は黙ったまま、僕の話を聞いていました。
全てを話し終えると、現金なもので、僕は急に楽になってしまいました。
見上げると、先生は黙ったまま、僕を見つめていました。先生は微笑んでおりました。 その微笑が、何を意味するのか分かりませんでした。ただ、とても怖い微笑みでした。僕は何か見てはいけないものを見てしまったような気分に襲われて、ふと目を逸らしました。
「分かりました」
「君の言うことは、分かりました。よく話してくれましたね。後は先生に任せて…」
先生は静かに仰って、僕の頭をなでてくれました。
しばらくは、何事も無く日々が過ぎてゆきました。
相変わらずあの子は僕と話してはくれませんでした。
ある日、彼女が耳にピアスをつけているのを見ました。また、怪しげな連中と一緒に煙草を吸っているのを見ました。ひょっとしたら彼女が校長室に呼ばれたのは、こういったことが原因だったのかも知れません。思春期の女の子は、急に変わります。少女から大人の女性へ。しかし、僕は彼女の変化に気付いていなかった。それだけなのかも知れません。ともあれ、それ以来僕が彼女と話すことは二度とありませんでした。
数日後。
眠い目をこすりながら登校してみると、何やら騒がしい。
生徒達が右往左往している。警察官が何人か立ち回っている。
知った顔の生徒にどうしたのかと問うと、昨晩校長室から出火し、中にいた校長と生徒一人が焼死したとか。僕は慄然たる思いに囚われました。 朝礼で教頭先生が、校長は火事で亡くなった、ということを早口に述べ、皆で黙祷を捧げました。僕はある直感に突き動かされ、担任の先生を見ました。彼女はうっすらと微笑んでいました。微笑みと知らないと気付かないほど、かすかな微笑みでした。しかし、凄惨な微笑みでした。
亡くなったのは、あの子でした。
僕はそのことを数日後、新聞で知りました。遺体は真っ黒に炭化しており、身元の確認が取るのに難航したとか。数日前から行方の分からなかった彼女がその遺体であるということを、ご両親はなかなか認めようとしませんでした。
そのまた数日後、自宅で縊死なさっている状態の担任の先生が発見されました。
遺書はありませんでした。自殺の原因は、わからないままでした。
僕は、結局、初めから蚊帳の外に置かれていたのですよ。
しかし、先生には悪いことをしてしまいました。
そう思いませんか?刑事さん。
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