制作者:国本静三

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2007年4月記


CD PCDGIMO041

@アッレグリ
Aパレストリーナ
Bパレストリーナ
Cアッレグリ
「ミゼレレ Miserere
「教皇マルチエロのミサ」
「あなたはペトロ
Tu es Petrus
「ミゼレレ」
=デボラ・ロバーツによる装飾版

ピーター・フィリップス指揮
タリス・スコラーズ


録音:2005年、発売:2007/2/26

★曲名や作曲者名の表記はこのCDとは異なる。筆者の考えに基づく


反宗教改革の音楽

 16世紀、ドイツにおけるルターの宗教改革(1517年)イギリスの宗教改革(1533年)、そしてローマ市民を震撼させたドイツ皇帝カール5世の軍隊によるローマの攻略(略奪)(1527年)による、ローマ市内の壊滅的な損害はカトリック教会側に大きな打撃を与えた。ローマの町とカトリック教会を不安と絶望に陥れる事件が相次いだのである。それに対してカトリック教会の反撃と反省を示す反宗教改革が起こった。それを示す一つがトリエント公会議(1545-63年)であった。この公会議で教会音楽についても改正や取り決めも多く行われた。その中にはパロディ・ミサの禁止や多声音楽の簡素化などもあった。こうした情況でヴァティカン内部のシスティーナ礼拝堂で奉職した音楽家の一人がパレストリーナである。

 
パレストリーナ(c.1525-94)は約104曲のミサ曲や他の多数の教会音楽、そして世俗音楽であるマドリガーレも多く残している。作品の多くが無伴奏で
(器楽伴奏つきの教会音楽も結構多い!)、そうした無伴奏かつ多声様式の教会音楽を指してア・カペラa cappella様式(“礼拝堂のため”の様式といわれる。話は違うが、演歌の業界で伴奏無しで歌うことをア・カペラと言っているようだけれど(笑)。話を元に戻すとア・カペラの多声音楽はローマ様式ともいわれ、ヴェネツィアに現れた華やかな管弦楽を伴う協奏曲様式と比べると、厳格で禁欲的な印象を与える。

 アッレグリ(1582-1652)は、ローマのサン・ルイージ・ディフランチェージ教会の少年聖歌隊員となり、後にテノール歌手となった。そしてマルケナ州、アドリア海に面したフェルモ大聖堂楽長に就任する
(1607年)。後に教皇礼拝堂歌手になった(1629年)。1638年に教皇礼拝堂の1つシスティーナ礼拝堂のために9声部の「ミゼレレ」を書いた。この曲は毎年聖週間の聖務日課・朝課(マトゥティヌムmatutinum 現在は読書といい、早朝から午前中に唱える)で演奏されるようになった。際だったソプラノの高音が用いられているが、当時はカストラート(去勢歌手)が歌った。この曲は厳格な雰囲気を持ち、反宗教改革に傾いた作品で、伴奏のない多声音楽(ポりフォニー)である。この「ミゼレレ」は門外不出のシスティーナ礼拝堂の門外不出の秘曲として伝えられていた。

 時は移り1770年、父とローマに来ていた14歳の少年モーツァルトは聖週間の典礼でこの「ミゼレレ」をシスティーナ礼拝堂で聴いた
(早朝か午前だったと思う)。宿に帰って記憶に基づいて譜面に書き記した。この正確性が教皇庁で認められ、モーツアルトは<黄金軍騎士勲章>を受けたといわれている。



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