水晶のような典礼音楽
パレストリーナ(c.1525-94)は
ルネサンス音楽の
黄金時代の頂点を築いた作曲家で、教皇庁システィーナ礼拝堂音楽家として奉職した。丁度この時期は
ルターの宗教改革の影響を受け、カトリック教会においても簡素にして清楚な典礼音楽が推進された。そのためかやや禁欲的な要素も感じられるが、この時代の音組織である
教会旋法による水晶のように澄んだ純正な響きは、人間世界を越えた天上の音楽を思わせる。パレストリーナはア・カペラ様式を確立したといわれる。礼拝堂のための音楽、
教会音楽を意味する
ア・カペラa cappellaという語は、ジャンルを区別することなく無伴奏の合唱や重唱、独唱さえ指して使われることもある。
アッレグリ(1583-1652)はごく初期の
バロックに属し、やはり教皇庁で奉職した音楽家。9声部の複合唱の様式で作られた「
ミゼレレ」は、際だったソプラノの高音が用いられているが、当時はカストラート
(去勢歌手)が歌った。バロック特有の華やかな協奏曲の開幕を告げる作品でもあった。「ミゼレレ」は門外不出のシスティーナ礼拝堂の秘曲として伝えられていた。さて、1770年父とローマに来ていた
14歳の少年ーツァルトはこれをシスティーナ礼拝堂で聴き、宿に帰って譜面に書き表した。この正確性が教皇庁で認められ、モーツアルトは騎士の位に就く
黄金拍車勲章を受けた。