制作者:国本静三

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「バロック」の概念




 バロックBaroqueはポルトガル語のbarrocoバホーコ(粘土とかぐにゃっとした意からいびつの真珠の意に転じたようである)に由来するフランス語といわれている。それはフランス古典派の人が、この時代の建築様式を奇妙、異様で悪趣味だと考え、悪口としてバロックbaroqueを用いた(フランス語baroqueを経て英語でもbaroqueと表記)。そして建築や美術様式、時代概念として浸透していった。音楽にも使われたのは20世紀の初め頃である。
 筆者の推測であるが、18世紀のフランス人がポルトガルの建築や内装美術について揶揄したのではないかと考えている。たしかにこの時代のポルトガル美術や建築に特に当てはまる特徴であると思う。たしかにポルトガルの教会の祭壇後輩部の着色された木彫り彫刻などはシンプルな造りとは言いがたいものである。ピカピカごてごてしている印象を与えるものが多いように思う。

 バロックの語源には他の説もある。そうした一つに絵画におけるバロック様式の先駆者といわれる画家バロッチBarocci
イタリア(1528-1612)の名と上記にあげたポルトガル語のbarrocoと語義が重なったという説である。確かにバロッチの画風はマニエリスムを示す一人である。マニエリスムはルネサンスからバロックの移行期に見られた誇張を示す画風である。縦に引き延ばしたようなデフォルメが見られ、宙に浮いたような無重力感が漂うのが特徴である。

左:バロッチBarocciイタリア(1528-1612)“イエスの誕生”スペイン、マドリッド、プラド美術館所蔵 1597年制作
右:グレコEl Grecoスペイン(1541-1614)“衣服を剥奪されるキリスト”スペイン、トレド・カテドラル美術館所蔵 1577-79年制作
        両作品にルネサンス後期から現れたマニエリスムがみられる



 バロックルネサンスと引き続いてイタリア、フィレンツェが発祥の地となった。そして絶対王政確立過程で、スペイン、フランドル、オランダなどでも展開されていった。王宮や貴族の館が豪壮になり、華やかな家具調度や美術品で飾られた。説教より芸術で人々の心に訴えようというカトリック教会の動きのもとに、劇的で理解しやすい作品が生まれていった。それはルネサンス末期に起こった宗教改革(1517)1527年ローマの攻略(Sacco di Roma略奪)が、大きな原因であった。後者はイタリアの覇権をめぐり、神聖ローマ皇帝カール5世とフランスのフランソワ1世が争っていた。その攻防に勝った神聖ローマ帝国は、ついに軍隊によって1527年ローマに攻め入った。10日間に及ぶ劫略事件となり、殺戮、強奪、強姦など皇帝軍の蛮行はひどいものであった。ローマ市内に壊滅的な損害をもたらし、カトリック教会側に大きな打撃を与えた。

 教会側はそうした社会的荒廃によってすさんだ人々の心を教会に戻そうとした。こうした背景の中で生まれたのがバロックである。それはまた宗教改革に巻き返しをする徹底的な
反宗教改革の文化といえるかもしれない。やや禁欲的で簡素なものをめざすプロテスタンティズムの精神に対抗するかのように華麗なバロック芸術が生み出されていった。カトリック側の動きである反宗教改革には2つの面があった。その一つはルターの宗教改革に即してカトリック側の反省面、すなわちトリエント公会議(1545-63)が示した贅を退けて福音の原点に戻り、より簡素な教会のあり方をめざそうというものであった。もう一つはそうした動きとは反対に豪華絢爛たる芸術をめざす動きであった。バロックは後者の動きを取ったものである。

 バロックは一種の爆発現象ともいえ、ある時は激しくある時は穏やかにと劇的な表現によるパトス(情念)の世界が展開された。このことはすべての分野の芸術に言えよう。バロック芸術は信仰を目に見える形で表現しょうとする美術、建築から始まった。プロテスタントはむしろ目に見える教会美術や建築芸術を軽視したというより、それらに無関心であったと言える。

 代表的なバロック建築・美術はローマにある聖ペトロ大聖堂の広場と柱廊、内部の主祭壇の天蓋とその奥上部“聖ペトロの聖座”と装飾部分、ナヴォーナ広場中央の“河の噴水”と南側の“ムーア人の噴水”、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会の“聖女テレサの法悦”、サン・フランチェスコ・ア・リパ教会の“福者アルベルトーニのルドヴィカ”
(すべてベルニーニ作)。フランスではヴェルサイユ宮殿など。

左:ベルニーニBernini(1598-1680) ローマ、聖ペトロ大聖堂「聖ペトロの聖座」1657-66年制作  
右:ベルニーニ ローマ、リパの聖フランチェスコ教会「福者アルベルトーニのルドヴィカ」1671-74年制作バロック精神の聖俗すれすれの官能的とも思える表現は驚きである


 画家としてはカラヴァッジョ、グレコ、ルーベンス、ベラスケス、レンブラントなど。そして科学者ガリレイや物理学者・天文学者・数学者ニュートン、哲学者デカルト、パスカル、スピノザが活躍する時代であった。

 この時代の文学も多彩である。筆者にはぱっと次のような作品が頭をよぎる。それはセルバンテススペイン(1547-1616)「ドン・キホーテ」
(第1部1605年完成)、デフォーイギリス「ロビンソン・クルーソー」(1719年出版)、スウィフトイギリス(1667-1745)「ガリヴァー旅行記」(1626年完成)プレヴォーフランスマノン・レスコー(1731年出版)などである。これらはやや風変わりな作品には見えるが、バロックと深く結びついた側面をもっている。それぞれは全く違った個性もつようにも見えるが、それはバロックの概念の広さと深さを示している。「マノン・レスコー」はたいへん人間的な題材を取っている。我々からみれば充分に古い時代なのに、あまりにも生命感に満ちている。そのためか19世紀にはオペラにもなった(ex.マスネ「マノン」プッチーニ「マノン・レスコー」。20世紀には3回もこの原作に基づく映画も制作されたことも頷けるのである1)

 総合的にみるとバロックはお洒落ではあるが華美でやや厚化粧な文化でもあった。宮廷では男性も白塗り、つけぼくろやカツラが流行した
。宮廷のカツラはヴェルサイユ宮殿でルイ14世(1638-1715、在位1643-1715)も大いに愛用していたが、その発端は彼の父ルイ13世(1601-43、在位1610-43)が始めたといわれている。

<注>

1)情婦マノン(1948) フランス:アンリ・ジョルジュ・クルーゾー監督
  恋のマノン(1971) フランス: ジャン・オーレル監督
  マノン・レスコー(不明)ドイツ:ビート・シャッハ/カール・グルーネ監督


1998-2007


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