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オペラ「オルフェオ Orfeo」初演:1607年
クラウディオ・ジョヴァンニ・モンテヴェルディClaudio Giovanni Monteverdiイタリア(1567-1643)
<クレモナ時代(1567-90)>
モンテヴェルディMonteverdiイタリア(1567-1643)は、音楽史の2つの時代、すなわちルネサンス(1400-1600)とバロック(1600-1750)にまたがって生き、活躍した。しかもそれぞれの時代に個性を発揮し、立派な作曲活動をした希有な音楽家である。それはそうした状況においては、いずれかの時代様式に傾くものだからである。
1567年クレモナで医師バルダッサーレの長男として生まれ、成長期を過ごした。彼のこの時期の音楽経歴はくわしく知られていない。1580-90年にインジェニェーリのもとでヴィオール(=ヴィオラ・ダ・ガンヴァ)や作曲を学んだといわれている。この間に「3声モテット集」(1584年)、「4声宗教的マドリガーレ集」(1582年)、「3声カンツォネッタ集」(1582年)、「マドリガーレ集第1巻」(1587年)と「マドリガーレ第2巻」(1590年)が出版されている。これらによって15〜23歳頃の青年モンテヴェルディの伝統的な作曲技法や書法の習熟と豊かな音楽性を伺い知ることができる。1589年頃、ミラノの貴族を頼って出かけたが、思う地位を得ることができないでクレモナに戻っている。
<マントヴァ時代(1590-1612)のオペラ「オルフェオ」>
1590-91年頃、マントヴァに移り住んだモンテヴェルディは、ヴィオール奏者1)の資格でマントヴァ公ヴィンチェンツォTに仕え始めた。約20年間続く宮廷音楽家の活動の始まりであった。やがて宮廷楽長の地位に進み、1592年にマントヴァ最初の成果として「マドリガーレ第3巻を」出版した。そして「マドリガーレ第4巻」(1603年)と「マドリガーレ第5巻」(1605年)に出版された。これらの作品に対してアルトゥージなる人物が“当世音楽の不見識について”(1600年、つまり第4,5巻が出版される前に)や1608年までの4つの論文でモンテヴェルディのマドリガーレに激しい批判を加えた。それは古典的な対位法の諸原則に反しているという論展開であった。しかし、これに対してモンテヴェルディと彼の弟ジューリオ・チェザーレ・モンテヴェルディ(1573-c.1630年)は、「マドリガーレ第5巻」(1605年)の序文や他の論文2編でこれに反論した。モンテヴェルディは、歌詞における情緒の劇的表現を重んじる<第二書法seconda pratica>を樹立したとした。
1599年に宮廷歌手クラウディアと結婚した。仕える公爵のお供でネーデルランドに旅をし、スパに滞在した。この時この地で盛んであったシャンソン(マドリガーレとともに世俗音楽に属するフランス語による多声音楽)に触れた。それ以後、「音楽の諧謔」(1607年)はじめ彼の作品にフランス風の旋律が彼の様式として加わる。
[注]
1) ヴィオールvioleフランス語は、ヴァイオリン族のヴィオラとは別物で、中世以来の16〜17世紀の擦弦楽器。裏板は平らで、指板にはフレット、弦は普通6本。斜めにもって左肩の上で演奏するものと膝の上にのせて弾くものと両足で支えて弾く3種類がある。17世紀末までにはヴァイオリン族にとって代わられる。一番大型のバス・ヴィオール(=ヴィオラ・ダ・ガンバ)だけはバロック時代にも用いられた。
<作曲の経緯>
16世紀末、北イタリアの宮廷では音楽を伴った演劇上演が盛んであった。特にインテルメッツォ(幕間劇)で、これは演劇上演の幕間に上演された。そうした中でフィレンツェではカメラータcamerataといわれるグループがいた。カメラータは同志を意味し、フィレンツェのバルディ家に集まった。このカメラータとしての集まりは1570年頃から1592年まで続いた。彼等は音楽家と文学者で、主要なメンバーは保護者としてのバルディ伯爵、音楽家としてはガリレイ(彼の長男が近代科学の父と呼ばれる数学者・天文学者として有名なガリレオ)、ペーリ、カッチーニ、ストロッツィ等の音楽家と詩人のリヌッチーニであった。1592年にバルディ伯が教皇庁の侍従としてローマに移ったので、バルディに代わってコルシがその役目を引き受けた。カメラータの最初の目的は古代ギリシャ劇の復興であった。つまり、この時、ルネサンス発祥の地フィレンツェではキリスト教文化以前の古代ギリシャ・ローマ文化を再認識する動きが盛んであった。
カメラータはギリシャ古代劇における音楽=コロスの演奏様式を復活させることを目的にしていたのに、独唱と器楽伴奏によるレチタティーヴォrecitativo(叙唱)を作り出した。カメラータは古代ギリシャ劇に範を求め、歌詞の朗唱法と情緒の表出、歌唱の一致を考えた。この考えがモノディ様式の成立と多声音楽の廃止へと導いていった。こうして天文学者ガリレオの父であるヴィンチェンツォ・ガリレイの著作「古代と現代の音楽の対話」(1581年出版)が、それまで優位にあった対位法音楽に対する挑戦状となった。またガリレイはダンテ「神曲」地獄編(第23の4-75行)(1582年上演)や、旧約聖書「エレミアの哀歌」の一部によって歌を書き、4つのヴィオールの伴奏に合わせて自分で歌った(現在散失)。以後バルディやストロッツィも作曲を手がけた。こうして登場するのが史上最初のオペラ「ダフネDafine」(1594-98年頃に初演 1597年の初めとする意見もある。散失)であった。台本がリヌッチーニRinuccini、作曲がペーリPeri(1561-1633)(コルシCorsi(1561-1604)の2曲が含まれた)であった。
もう一つの初期のモノディ様式による作品に触れておく。それはカヴァリエーリCavalieri(1550前-1602)オラトリオ「霊魂と肉の劇」(初演1600年)である。この作品は、フィレンツェのモノディの原理を教会音楽に適用した最古のものとされている。24曲の合唱曲と、なだらかな民謡風の独唱曲が用いられ、独唱より合唱を重視、早い速度の対話でなく語り手を登場させている。台本は教訓的な内容で、扮装をもって演じられたようだ。この作品は、普通最初のオラトリオoratorioといわれている。ここにバロックに生まれた音楽の2大分野、教会音楽のオラトリオと世俗音楽のオペラの両横綱が出揃うこととなった。
現存する最古のオペラはペーリ作曲「エウリディーチェ」(1600年初演)で、史上第二番目のオペラとなる。初演にはペーリの曲を主体にし、カッチーニCaccini(c.1550-1618)の曲も加え、合作として発表された。台本はリヌッチーニで、この「エウリディーチェ」は当時まだオペラとは呼ばれず、牧歌神話劇といわれていた。尚、1601年にカッチーニは独自にオペラ「エウリディーチェ」全曲を作曲出版した。
このオペラはフランス王アンリW(前妻死去につき再婚)とメディチ家のマリア(マリー・ド・メディシス)の婚礼を記念して、フィレンツェのピッティ宮殿の“ドン・アントニオ・デ・メディチの小広間”で初演された。この1600年10月6日の結婚式は妙なものであった。フランスからアンリWは来ていない。マリアの叔父に当たるフェルディナンドTが花婿の代理として花の大聖堂で結婚の誓いを立て結婚指輪をも受けている。
このオペラは音楽としてはモノディ様式の朗唱に終始する単調なものであるが、つめかけた貴族たちに大きな感銘を与えたといわれている。お祝い事の催しとして考慮されたのであろうか、ギリシャ神話のオルフェオの悲劇的結末をハピー・エンドとされた。この婚儀の催しにモンテヴェルディの主君マントヴァのゴンザーガ公爵の顔も見えた。音楽好きの公爵のお供をよくしたモンテヴェルデイが列席したかどうかは不明であるが、直接間接たいへんな刺激と知識を得たことは想像に難くない。それはゴンザーガ公爵ばかりでなく、マントヴァ出身歌手の主役を歌ったフランチェスコ・ラージ(1574-1620)を通じて情報を得たとも考えられるからである。
こうしてモンティヴェルディは彼にとっての最初のオペラ「オルフェオ」(1607年)を作曲した。歴史的には第6番目のオペラ作品となり、1607年の謝肉祭の2月24日に上演された。“音楽による物語favola in musica”と名打った「オルフェオ」はマントヴァのゴンザーガ公のドゥカーレ宮殿の広間“鏡の間”で、貴族学校の交友サークルの前でごく内輪に行われたらしい。台本は宮廷書記官ストリッジョが執筆した。このストリッジョの台本は神話に忠実な内容である。オルフェオとエウリディーチェの永遠の別れからオルフェオの死、そして父アポロに導かれ天上へ昇る場面をもって舞台を締めくくっている。この「オルフェオ」はドゥカーレ宮殿での初演後、すぐマントヴァの宮廷劇場でも公開上演され、大評判を呼んだ。「オルフェオ」のスコアが2度も(1609年と1615年)が出版されたことによっても、このオペラ作品の人気の程が分かるのである。
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「オルフェオ」1609年出版本 上記は序曲ともいうべきトッカータとリトルネッロの後、プロローグでムーサ=音楽の女神が歌い始める箇所
<音楽的特徴>
「オルフェオ」はモンテヴェルディのオペラの中でも最も多く上演されるものの一つである。しかし、モンテヴェルディが指定した楽器が現代楽器と異なり、いわば編曲された形での演奏が従来大半であった。現在、古楽器による演奏も盛んになりこの点が見直され、原典に近づいている。
このオペラは5つの幕からなる。第1幕、第2幕、第5幕の場面はトラケイアの野、第3幕、第4幕は冥界となっている。この地上と冥界という二つの明暗のような対比はバロック的と言えよう。そしてモンテヴェルディはこの二つの場面を2つの音群に振り分けて表現している。弦、リコーダー、リュート、チェンバロ、オルガンが、地上の登場人物たち(牧人)の世界を受けもっている。ツィング(現在のコルネットのような管楽器)、トロンボーン、レガール(小型オルガンの一種で金管からなる。リーガルともいう)は、冥界を表すものとしている。
トランペットが冒頭のトッカータにのみ用いられている。初演の時、このトッカータはオペラ全体の序曲としてはなく、“ゴンザーガ家のファンファーレ”で、観客が広間に集まってくる来る時に演奏されたものである。これは音による紋章というべきもので、ゴンザーガ公爵はトランペット奏者をかかえる権利をもっていたからである。続くリトルネッロはこの地上の世界を象徴する意味を表している。第1幕、第2幕、第5幕で牧人たちの情景としている。そしてこのリトルネッロは劇的展開とは関係なく出てくる。
「オルフェオ」において顕著なことは、ギリシャ古典劇のコロス(合唱)を思わせる合唱の多用である。合唱はドラマの状況と心理描写として大きな効果を発揮している。そしてギリシャ神話から抽出された教訓をも歌い上げていく。また合唱においても管弦楽と同じくこの二つの次元の世界を象徴して表れてくる。この世は牧人たちの5声部合唱(ソプラノ2、アルト、テノール、バス)、冥界での霊たちの5声部合唱(アルト2、テノール、バス2)である。後者の合唱はアルトは当時男声歌手(カストラート)が歌った。
弦のアンサンブルもこのオペラでは多彩である。ヴィオリーノ・ピッコロ(普通のヴァイオリンより小型、実音は記譜の1オクターヴ高い)、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ヴィオローネ(ガンバの1オクターヴ下が実音になる低音楽器。ほぼコントラバスと同じ。後に管絃楽においてはコントラバスが受けもつことになる)が加わっている。通奏低音basso continuoではチェンバロ、キタローネ、リュート、ハープ、オルガーノ・ディ・レーニョ(小型オルガン 木管のみ)を用いている。
またバロック初期のオペラとしてめずらしく、アリアと思えるオルフェオの歌が登場する。「オルフェオ」の中にアリアとレチタティーヴォの存在を認めることが可能である。この二つの確立が、オペラ発展への大きな飛躍をもたらすのである。特に第4幕での冥界の渡し守に妻エウリディーチェを得るために川を渡りたいと音楽をもって魅惑する場面である。ここでモンテヴェルディは音楽musica自体のパワーを象徴させようとした。またオルフェオの歌にオブリガードとしてヴァイオリン、ツィンク、ハープで楽器の典型的な3つの要素を、すなわち弾く、吹く、撥くを象徴表示している。このオペラ全体は人間的な響きで満ちていると言えよう。
このオペラがオペラの金字塔といわれる所以は、優れたモノディ様式と多声様式と和声様式による合唱(による構成の調和にあると言えよう。
[附] ギリシャ神話におけるオルフェオの相関図
| ゼウス(父なる神)−ヘラ(ゼウスの正妻) ↓ ↓ レト(ゼウスの愛人の1人)、ムネモシュネー(ゼウスの愛人の1人) ↓ ↓ アポロン ―― カリオペ(ムーサ=ミューズの1人) ↓ オルフェオ ―― エウリディーチェ |
オルフェオは音楽に関わる神々の一人。母のカリオペは、ムーサmousaギリシャ語=ミューズmuse英語の一人である。ムーサmousaが音楽を意味するつまりmousikeギリシャ語→musicaラテン語・伊語、music英語、Musik独語等の語源となった。
<物語>☆
プロローグ
導入のトッカータの後、リトルネッロが続く。音楽の女神(ムーサ=ミューズ)が登場。
この地上に現れた音楽の女神は、居並ぶ王侯に挨拶し、音楽の力を語り、そしてオルフェオの物語が語り始められる。
第1幕
オリュンポス山の北に広がるトラケイアの野。今日はオルフェオとエウリディーチェの婚礼の日であった。牧人とニンファが集まり、オルフェオからエウリディーチェとの愛のいきさつを聞き、よい結末を喜び合う。
第2幕
牧人たちの歌と踊りによる祝宴が開かれていた。その時突然に情景は変化する。ニンファのひとりシルヴィアが使者として現れる。そしてエウリディーチェの死を告げる。野で花を摘んでいる時、蛇に噛まれたというのである。悲嘆にくれたオルフェオは、黄泉の国へ行って連れ戻すことを決意するのであった。
第3幕
オルフェオは希望の女神に導かれて暗い冥界にたどり着いた。希望の女神はこの向こうは冥界の王プルトーネが支配する国、自分はこれ以上は進めない。なぜなら冥界に入るものは希望を捨てなくてはなくてはならないからである。冥界への渡し守カロンテはオルフェオの行く手を遮る。しかし、オルフェオは自分の気持ちを音楽で力の限り表した。すると渡し守カロンテが心を動かせた。そしてなんと気持ちよく居眠りを始めたのである。その隙を見てオルフェオは三途の川を渡って行った。
第4幕
一部始終を見ていた冥界の王プルトーネと王妃プロセルピナ。王妃は王にエウリディーチェをオルフェオに返すことを願うのであった。もとはといえばこの妻も地上から連れ去られて来たのであった。しかし、今ではこの妻も夫を深く愛し、むしろ感謝している。妻のいじらしい願いに心動いた王は、エウリディーチェをオルフェオに返すと宣言する。但し、地上に出るまで彼女の顔を見てはいけないと厳しく言い渡す。この条件のもとに二人は出発する。しかし、オルフェオは耐えられず妻の顔を見てしまう! その結果、エウディーチェの姿は消え去ってしまった。ああ、忍耐に欠けるオルフェオよと、合唱は嘆きの歌を歌う。
第5幕
場面はトラケイアの野。悲しみの旅からオルフェオが戻ってくる。妻を思う彼は、オルフェオに言い寄るトラケイアの女性たちに呪いのことばを放ってしまう。見向きもされないトラケイアの女たちは、怒りに狂ってオルフェオを切り刻んでトラケイアの野にばらまいてしまった。オルフェオの父アポロが天から現れ、オルフェオを天に導いて行くのであった。
参考ディスク
LD オペラ「オルフェオ」(発売:1988年)
ニコラウス・アーノンクール指揮
ジャン・ピエール・ポネル演出
チューリッヒ歌劇場合唱団/バレー団
チューリッヒ歌劇場モンテヴェルディ・アンサンブル
| オルフェオ:フィリップ・フッテンロハー(T) エウリディーチェ:ディートリンデ・トゥルバン(演技)/ラシェル・ヤカール(S) 希望/音楽の女神:トルデリーゼ・シュミット(S) シルヴィア(使者)/冥界の王妃プロセルピナ:グレニス・リノス(S) 渡し守カロンテ:ハンス・フランツェン(Bs) 冥界の王プロトーネ:ウェルナー・グレッシェル(Bs) アポロ:ローラント・ヘルマン(T) |
収録:1978年
2002-2011
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