| 音楽サロン表紙 | 総目次 | ロマン派目次 | 作曲家別作品表 | 時代別作品表 |
| 標題音楽と絶対音楽の混在 |
| 標題音楽program music…他の芸術との依存性を肯定する立場。 →主題動機で限定した解釈を規定・・感情、事物、意味などを規定する。 ex.ベルリオーズ=固定楽想、ヴァーグナー=示導動機 絶対音楽absolute music…音楽の自立性→音楽の絶対性を主張。 ex.ブラームス |
| 聖と俗の混在 |
| 宗教性…キリスト教、とりわけカトリシズムが大きな源泉となっている。 ex.教会音楽=大ミサ曲、大オラトリオ、キリスト教を題材にした作品=ピアノ曲、歌曲etc. リスト=聖職者になり還俗、教会音楽、宗教的ピアノ曲を作曲 世俗性…反キリスト教的立場というより、非キリスト教的な側面を有している立場。 ex.恋愛・悲劇等を題材とした作品=オペラ、交響曲、器楽曲、歌曲 |
| 拡大性と縮小性の混在 |
| 大編成な大曲…ex.大オペラ、大管弦楽、長時間の作品 ヴァーグナー オペラ「ニーベルングの指輪」=4晩かかる上演、マーラー「千人の交響曲」 小編成な小曲…ex.歌曲、独奏曲、室内楽、名人芸virtuoso、短時間の作品 シューベルトの歌曲、ショパンのピアノ小曲 |
| 社会階級の混在 |
| ex.王制と民主制、王侯貴族と中産階級、資本家階級と労働者階級、中産階級による公開コンサートも開かれ、貴族でない人々も音楽を享受が可能になった。一方では王侯貴族、資本家を否定しつつパトロンにして活動する音楽家も多かった。こうした矛盾点がおもしろい。 |
| 国際化 |
| この時代、西洋音楽は世界に広がって行く。西ヨーロッパで培われた音楽芸術は、東ヨーロッパ、北ヨーロッパ、ロシアと広がりをみせ、国際化が進む。とはそれぞれの地域には西洋音楽とは別の伝統音楽や民族音楽が存在していた。そうしたものとの混血がそれぞれの個性となって新しい特性も生まれて行くことになる。特に下記で述べる民族派は顕著な例であろう。北中南米大陸ではルネサンスやバロック時代にイギリス、西ヨーロッパなどから移住した人々によって種が蒔かれ、今や芽が出ようとしていた時代であった。大輪の花は20世紀を待たなくてはならない。 またアジアでも同様に西洋文明と共に広がりをみせ始めていた。日本へは厳密にいえば1549年のザビエルスペイン(1506-52)によってキリスト教が伝えられた。それと共に教会音楽中心にが多少伝わった。当時は西洋ではルネサンス(1400-1600)に当たる時期で、1551年9月、ザビエルが大分(当時は府内といった)の大友宗麟(1530-87)(後にキリシタン大名となる)を訪れた時、トランペットとフルートなどによる楽曲演奏を伴って進んだと記録されている(「イエズス会宗教史」Bibl.Nacional de Lisboa,cod.B-17-34.)。このことは日本における西洋音楽の事始めであるといえるだろう。しかし、遺憾なことにすぐキリスト教禁令と鎖国政策と共に閉ざされ、本格的な西洋音楽の伝播は明治(1867年)に入ってからということになる。 |
| <初期ロマン派> ロマン派(1820-1900)を簡明に語るのはむつかしい。それは常に起こることであるが、その時代が始まる前後に生きた人々がいた。また彼らの意識も過渡期として甘んじていたようにも見えるし、そうともいえない。中心的なロマン派として配置されない3人の作曲家を初期ロマン派としてあげてみる。限りなく重要で特別な役目を果たした作曲家たちである。年代的な意味で初期といっているのではない。殆どロマン派の他の作曲家たちとも年代も変わらない。ここで敢えてあげるヴェーバー、パガニーニ、ロッシーニは目の前に迫ってきた時代の扉を開け、ロマン派の道を指し示し、三者三様であるが興味深い足跡を残した考えるものである。 まず最初にドイツ・オペラにおけるオペラ作曲家の先駆者となるヴェーバーWeberドイツ(1786-1826)は、ピアノ協奏曲、交響曲、室内楽曲、器楽曲、歌曲集、舞台音楽など、広い分野の作品を残した。特に有名なオペラ「魔弾の射手」は後輩のドイツ作曲家たちに大きな刺激を与えた。ヴェーバーはモーツァルトの妻コンスタンツェの従弟に当たる。 またヴァイオリン音楽を作曲し、自ら演奏したカリスマ的なヴァイオリニストでもあるパガニーニPaganiniイタリア(1791-1840)は、シューマンやリストなどに大きな影響を与えた。また彼らに作曲家となるモチヴェーションをもたらしもした。パガニーニの作品はヴァイオリン奏法の発展やヴァイオリンの表現の可能性ばかりでなく内省的な表現の可能性をも深めた。 19世紀前半、つまりロマン派初期のオペラ界を制覇したロッシーニRossiniイタリア(1792-1868)が生まれたのはモーツァルトの死の翌年で、意外や意外ロマン派初期といってもシューベルト、マイヤベーア、ベルリオーズ、グリンカなどと同時代でもある。リスト、ヴァーグナー、ショパン、ヴェルディとも知己であった。しかし、彼は我々の思惑とは違って、生まれつつあったロマン主義に対しては否定的であった。むしろ19世紀に18世紀の精神と思想を導入し、延長させようと考えていた人であった。ロマン派の人達が好む極端な題材(ex.過剰な感傷、殺傷、墓場や怨霊、死etc.)といったものに興味を示さず、批判的であった。彼にはロマン派の音楽家が扱う題材やその理念は、高い芸術の世界のものとは思えず、特に当時のオペラに現れる題材は、あまりにも形而下的で刹那的な低いものと彼の目には映ったようである。来たりつつある新時代、つまりロマン派に抵抗を示していた。だが、現在の視座から見るとロッシーニは立派にロマン派音楽の世界に位置していたといえるだろう。 ロッシーニのオペラにおける管弦楽書法と和声の巧みさは、周知の「セビリアの理髪師」や「ウィリアム・テル」の序曲などから明白である。それらは今もコンサートのプログラムとして新鮮な魅力を放っている。また管弦楽が声楽の伴奏となっている時も歌に深く関わっている。管弦楽は歌の伴奏や補佐するという役目を越え、歌に対して豊かな音楽的生命を与えている。このことは後のヴェルディなどに大きな影響を与えた。 |
| @ドイツ・ロマン派 | |
| ドイツ・ロマン派文学の世界に即応している。本来的にロマン主義(=ロマン派)はドイツ文学から始まった。ドイツ・ロマン派は純粋に観念的な立場から生まれ、非現実的で精神的な世界を表現した。いわば天国を思わせる世界を展開したのである。 | |
| *ヴェーバー シューベルトSchubertオーストリア(1797-1828)ドイツ歌曲の確立 メンデルスゾーンMendelssohnドイツ(1809-47) シューマンSchumannドイツ(1810-56) ブラームスBrahmsドイツ(1833-97)絶対音楽 |
| A新ロマン派 |
| 標題音楽の立場をとる。多様な理念の混在が見られ、宗教性と世俗性が作品にも音楽家の生き方にもそれは現れる。好んで地獄的世界を表現した。観念的世界に酔うことなく、人間そのものの世界を前面的に表現する。 |
| ベルリオーズBerliozフランス(1803-69)標題音楽の創始者 リストLisztハンガリー(1811-86) ヴァーグナーWagnerドイツ(1813-83)オペラを総合芸術 |
| B西欧派 |
| Cにあげる“民族ロマン派”と対立的に考えてとらえた分類。本来の西ヨーロッパの音楽スタイルをとる人々。 |
| *パガニーニ、 ロッシーニ ショパンChopinポーランド(1810-49) フランクFranckベルギー(1822-90)近代音楽の祖 ヴェルディVerdiイタリア(1813-1901)イタリア・オペラの大成者 ビゼーBizetフランス(1838-75)フランス・オペラ チャイコフスキーTchaikovskyロシア(1840-93)ロシア的な要素と西欧的な要素の折衷が見られる |
| C民族派 |
| “西欧ロマン派”と対立的に考えてとらえた分類。東欧、ロシア、北欧に起こった音楽、あるいは民族主義を重んじたやり方で、民族音楽を素材にしたり、民話や民族の歴史を題材にした作品を作る人々。 |
| グリンカGlinkaロシア(1804-57)ロシア民族派の祖 ボロディンBorodinロシア(1833-87) ムソルグスキーMussorgskyロシア(1839-81) リムスキ=コルサコフRimsky-Korsakovロシア(1844-1908) スメタナSmetanaチェコ(1824-84)民族派オペラ ドヴォルジャークDvora'kチエコ(1841-1904) |
| D後期ロマン派 |
| ヴァーグナーを引き継ぐヴァーグネリアン。標題音楽と作品の拡大性が見られる。 |
| ブルックナーBrucknerオーストリア(1824-96) マーラーMahlerオーストリア(1860-1911) リヒャルト・シュトラウスRichard Strausドイツ(1864-1949)ヴァーグナーの示導動機Leitmotivを継承 |
2007
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