| 音楽サロン表紙 | 総目次 | ロマン派目次 | 作曲家別作品表 | 時代別作品表 |
第一夜 「ヴァルキューレ Die Walküre WWV86B」
| 制作経過 |
| 台本 |
「ニーベルングの指輪」への第1歩の草案は、当初は北欧神話の英雄であるシグルズの物語をモチーフとした「若きジークフリート」の韻文草稿を1851年6月に書き上げた。この着想は次第に構想がふくらみ、1851年10月に友人につまり「ジークフリート」の前後に3幕の序と3編のドラマ、つまり4部作構想にふくらませる計画を告げている。3幕の序は後の「ラインの黄金」のことで、実際には4幕=4場とした。
1851年11月に「ヴァルキューレ」の散文草案を始めた。初めは「ジークムントとジークリンデの処罰」としていたが、11月20日のリストへの手紙で「ヴァルキューレ」に決めていることが分かる。「ニーベルングの指輪」4部作の中で最も早く題名が決まったものである。
1852年5月17-26日に散文草稿を書き、6月1日-7月1日に「ラインの黄金」より先に韻文草稿がチューリッヒにおいて書き上げた。
| 作曲 |
作曲は1854年6月28日-12月27日に全体草稿を書いた。6月28日〜9月1日第1幕全体草稿を完了。9月4日〜11月18日第2幕全体草稿を完了。11月20日〜12月27日にかけて第3幕全体草稿を完了。これは声楽のパートと管弦楽パートに当たるところは、ピアノ楽譜のような楽譜を書く作業である。1855年1月-1856年3月20日にかけて総譜草稿を仕上げた。ここで管弦楽各パートが揃ったスコアを作る作業、管弦楽化されたのである。1855年7月14日-1856年3月23日にかけて総譜の清書をチューリッヒで完成した。
| 登場人物 |
| <人間>=地上界 |
| ヴェルズング族兄妹 | ジークムント、ジークリンデ=双子兄妹 →兄妹の近親相姦=ヴォルフェ=ヴェルゼ=ヴォータン+人間女性の間に生まれた2人 |
| フンディング族 | フンディング=ジークリンデの夫 |
|
<神々>ヴァルハラWalhall、Walhalla=天上界 |
| ヴォータン フリッカ ローゲ |
神々の長=ヴォルフェ=ヴェルゼ 結婚の神 火の神 |
| ヴァルキューレ | ブリュンヒルデ=ヴォータンとエルダの間に生まれた娘→父娘の近親相姦的愛 ゲルヒルデ、オルトリンデ、ヴァルトラウテ、シュヴェルトライテ ヘルムヴィーゲ、ジークルーネ、グリムゲルデ、ロスヴァイゼ =ヴォータンと某女神の間に生まれた8人の女神 |
| 「ラインの黄金」から「ヴァルキューレ」までの物語=オペラにはない |
「ラインの黄金」では、ヴォータンは一旦得た黄金の指輪を女神エルダに忠告され、巨人族の兄ファーゾルトと弟ファーファーにやむなく与える。だが、指輪を得たこの兄弟は宝物と指輪の獲得で争い合い、弟は兄を殺してしまう。これを見たヴォータンは驚き、エルダの言葉を噛みしめる。ヴォータンと神々は、完成なったヴァルハラ城に入っていく。
----------------------------------------------------------------------------------------
さて、その時より時は流れて何年経ったのかわからない。ヴォータンはヴェルゼという名で人間として世に下る。それは指輪の行く末を案じてのことであった。でも神ヴォータンとしては手を出すことはできない。神として契約を巨人ファーファーと交わしたからである。神でない誰かに指輪を確保させるという遠大な構想を考えた。人間の姿になったヴェルゼ=ヴォータンと人間の女性との間に双子、つまり息子ジークムントと娘ジークリンデが生まれた。ヴェルゼは戦いに明け暮れていた。ある日息子と家に帰ってみると妻は殺され、娘ジークリンデは行方不明になっていた。ヴェルゼは息子ジークムントに狼の毛皮を残して、天上に去っていく。ジークムントは世に不幸をまき散らすように、争いに明け暮れて生きていた。
その時、ジークムントはフンディングとジークリンデ夫婦が住む家にたどり着く。無理矢理に結婚させられたジークリンデは不幸な妻であった! この妻とジークムントは双子の兄妹であることが後に明らかになる。ヴォータンと人間女性との間に生まれたヴェルズング族の兄妹であった。またこの夫フンディングとジークムントは宿命的な敵対関係にあることが明かされていく。
また、ヴォータンは指輪を棄てる忠告の奥義を知るために、エルダに近づいた。またこの女神エルダとの間にヴァルキューレの一人ブリュンヒルデが生まれた。目的のためには手段選ばないヴォータンであった! 他の女神の間にも他に8人のヴァルキューレが生まれたいた。そしてこの9人のヴァルキューレも成人してヴァルキューレとしての役目を果たしていた。それは戦死した英雄を神殿ヴァルハラに運ぶことであった。
関連事項:
★ヴァルキューレは、死んだ勇者を天上のヴァルハラ城に運ぶ任務があった。
★ヴァルハラWalhalla独語もしくはヴァルホルValholl古ノルド語 という。Valは<戦場に倒れた者>のholl<館>の意。北欧神話では神々が壮麗な神殿に住み、栄光に満ちた生活をしている。中でも最も豪壮な館がヴァルハラで、そこには主神であり戦いの神オーディン=ヴォータンが、死んだ数多くの戦士たちをもてなしている。狼の像が西の扉前に下がり、その上には舞い降りる鷹の姿がある。これらは戦闘と殺戮を表す象徴である。この城には540の扉があり、戦いに出る時1つの扉から800人(960人とも)の戦士が同時に出て行く。
★現実にヴァルハラ城が存在する!:バイエルン2代国王ルートヴィヒT(1786-1868、在位1825-48)が建てた。ヴァルハラ城といわれる。ルートヴィヒUの祖父に当たるルートヴィヒTが19世紀の後半にドイツの偉人を祀るために建てた神殿である。レーゲンスブルクからドナウ川を10kmほど下った小高い丘の上にある。アテネのパルテノン神殿に似せて造られたといわれている。
| 「ヴァルキューレ」の物語と構成 |
| 序奏 |
嵐を思わせる音楽。<ジークムントの逃走>が込められている。低弦でジークムントの駆け足が表現される。こうした描写的な音楽が頻繁に出てくるのは「ニーベルングの指輪」の特徴かも知れない。標題音楽の道を歩むヴァーグナーの描写的な表現が見られる序奏である。彼の描写は、示導動機を使っても、立体的な構築や<記号的><象徴的>要素がない。絵画でいえば、ごく写実的な平板な絵のように思われる。
| 冒頭部=ジークムントの逃走動作表現 |
| 第1幕 |
| 第1場:森の中にあるフンディングの家 |
物語:
![]() |
トネリコの木が立っている。 ジークリンデはジークムントに水を飲ませる。 制作:Arthur Rackham (1867-1939) |
地上界。中央に大きなトネリコの木が立っている。疲れ切った地上の人間であるジークムント(ヴェルズング族)が扉を開けて入って来る。家の中に誰もいないのを確かめ、炉の側に倒れる。その家はフンディングとジークリンデ夫婦の家であった。フンディングの妻ジークリンデが奥から出て来て彼を見つける。求めに応じて水を与える。ジークムントは彼女の顔を見て何か惹きつけられていく。彼は自分が傷つき、追われる身であることを打ち明ける。ジークリンデは密の酒を疲れ切ったジークムントに勧める。敵に追われているジークムントは、この家に災いが訪れてはと恐れ、立ち去ろうとする。
彼女はすでに不幸が住んでいる家に、これ以上不幸をもたらすことはできないといって彼を引き留める。ジークムントは名前を彼女に問われて、ヴェーヴァルト(悲しみの者)と偽りの名をいう。彼女の夫フンディングの帰宅を待って、ジークムントを泊めるかどうかを決めることになる。2人はフンディングの帰りを待っている。
示導動機:
2人が次第に魅せられて行く様が、独奏のチェロで<ジークムントの動機>の下向から上向の跳躍に替わって行く。コントラバスによって<愛の逃亡の動機>と< <ヴェルズングの愛の動機>を紡ぎ出される。クラリネットとチェロが絡み合っていく。
| ジークムントの動機 愛の逃亡の動機 ヴェルズングの愛の動機 |
| 第2場 :森の中にあるフンディングの家 |
物語:
![]() |
妻に食事の用意をいいつけ、この男が妻に似ているのに驚く。 Arthur Rackham(1867-1939)制作 |
夫フンディングが帰宅する。見知らぬ男にいぶかるが、妻ジークリンデは事情を説明する。妻に食事の用意をいいつけ、この男が妻に似ているのに驚く。ジークムントはフリートムント(平和)あるいはフローヴァルト(喜び)でありたいが、ヴェーヴァルト(悲しみ)と名乗らざるを得ないと語る。悲運に満ちた身の上を語り始める。ヴォルフェ(狼の意、実はヴォータン)という名の勇猛な父に連れられ戦いに出た間に、敵によって家は焼かれ、母は惨殺され、双子の妹は行方不明になったことを話した。
その父と森に逃げたが、はぐれてしまった。自分と出会う人々は自分を忌み嫌う。自分の行く先々では争いが起こり、今日も愛のない結婚を迫られた娘をかばったばかりにその娘の兄を殺す羽目になり、娘も死なせてしまった。そしてやっとここへ辿り着いたと述べるのであった。
なんということだろう! その娘の一族とフンディングは親族であった。フンディングは呼び出されたが、間に合わずこうしてすごすごと帰ってきたのだった。フンディングは敵であると判明したジークムントに一夜の宿を貸すが、明朝は果たし合いだと宣言する。フンディングは妻に寝酒を用意させるが、ジークリンデはその酒に眠り薬草を混ぜている。その時ジークリンデはジークムントになぜか外のトネリコの木の幹の一点を目で指し示している。ジークムントには意味が分からない。フンディングと妻は彼をそのまま残して寝室へ行く。
示導動機:
<フンディングの動機>がホルンで始まり、チューバ群で補給されてフンディングの性格を示して行く。低弦で<ヴェルズングの苦悩の動機>がハ長調で出てくる。だがその後半音階的転調で変ニ長調の<ヴェルズングの悲哀の動機>が、ジークムントが何があっても気高い心を失わないことを示してている。さらに管楽器で<ヴェルズングの英雄の動機>が呈示される。この箇所の音楽は「神々の黄昏」において「ジークフリート葬送行進曲」で再現される。ヴァーグナーもこの第2場の<ヴェルズングの英雄の動機>を重要視している。この後の台本のト書きと音楽が密接になる。<ジークリンデの動機>が彼女を動きを示している。
| フンディングの動機 ヴェルズングの苦悩の動機 ヴェルズングの悲哀の動機 ヴェルズングの英雄の動機 ジークリンデの動機 |
| 第3場:森の中にあるフンディングの家 |
物語:
ジークムントは炉の側に一人身を横たえている。父がいっていた言葉を思いだしていた。窮すれば必ず一本の剣が授かるというものである。その時、炉の火がトネリコの幹に剣が刺さっているのを照らす。しかし、彼は気づかない。炉の火が燃え尽き、暗闇なった時、夫を薬入りの酒で眠らせたジークリンデがジークムントの元へやって来る。
彼女は自分の身の上を語り始める。自分はさらわれた身で、自分は無理矢理フンディングの妻にされた。その婚礼の宴に見知らぬ一つ目の老人ヴェルゼ=ヴォータンが現れ、剣をトネリコの幹に突き刺し、これを引き抜ける者こそ、この剣にかなう者といった。自分にはその老人が父だと分かったと話すのであった。今まで誰もその剣を引き抜けることができなかったと告げる。
ジークムントは今武器と妻を得たといい、ジークリンデを抱きしめると突然に扉が開き、春の夜の月の光が刺し込む。2人は愛の陶酔に浸る。ジークリンデはジークムントが自分に似ていることに気づき始める。父の本当の名をたずねるとヴェルゼとジークムントは答える。ジークリンデは高らかにあなたの名はジークムントと宣言する。ジークムントは剣をノートゥング(危機の剣)と名づけ、幹から剣を力いっぱい引き抜く。ジークリンデと共にここを出て、新天地を目指すことを決心する。ジークリンデは自分こそ彼の双子の妹であることを告げる。ヴェルゼ、つまり神々の長ヴォータンと人間の女との生まれた兄妹であった。“ウェルゼの血よ、栄えあれ”と叫んで、愛に結ばれた兄妹は夫と妻として2人は固く抱き合う。
![]() |
ジークムントは剣と妻ジークリンデを得る! Arthur Rackham(1867-1939) 制作 |
示導動機:
<剣の動機>がここで初めて正式に登場する。トランペットからフルート、オーボエと移って行く。<愛の陶酔の動機>のジークリンデの歌は<ヴァルハラの動機>に変わって行く。ジークムントとジークリンデの2人の歓喜を表す音楽は最高潮に達したと思うと、最後でト長調の主音上に「減7の和音」が入り込む。この2人の行く末の不安を暗示するのである。
| 剣の動機 愛の陶酔の動機 ヴァルハラの動機 |
関連事項:
★減7の和音:短3度を3つ重ねて形成され、根音から数えて最上音と減7度の音程をなす和音。オクターヴ中に作られる12の減7の和音は、3つの種類しかない。他の9つはその3つの展開形であるに過ぎないからである。12の音に減7の和音を置いてみると下記の通り。
@

以上の楽譜@の12の和音は以下の3つに還元され、下部に示した数字は上記の楽譜@の和音番号である。それぞれの3つの和音は楽譜Aの3つと同じ和音である。つまり同じ構成音をもっている展開形なのである。
A

さて、減7の和音はおもしろい性格をもっている。すべてのこの和音はすべての調の何らかの和音と読みかえ・見なすことが理論的に可能である。どんなに遠い調へも行くことができる! しかも、明確な調の性格をもたないので、ヴァーグナーは特に興味をもち、多用している。無調的な世界への曙を示したともいえる。これは平均律での鍵盤楽器で考えれば簡単に理解することができる。思い直し、見直しがどんどん広がっていく和音なのである。上記の12.の和音を使って読みかえをしてみる。ハ長調上であればこの和音は、根音省略の属和音Xの9度和音で、最高音が変化音となっている。下記の楽譜Bの4つの和音はピアノで弾くと全く同じ音の和音となる。その意味は、理論上それぞれの和音からそれぞれの他の遠い調に転調が可能になるという利点である。しかもくっきりはっきりした機能的和声感ではなく、ファジーな転調感を得ることが可能ある。
B
12

ヴァーグナーはさらに<トリスタン和声>を用いる。上記の楽譜Aのように3つの減7の和音からそれぞれ3つの和音を作り出せる。これが<トリスタン和声>で、半音階的読みかえを行うのである。楽譜C
C

楽譜Cを基本形和音に置きかえると楽譜Dのようになる。
D

| 第2幕 |
| 序奏 |
ここでの序奏は、複雑な内容の暗示である。その意味で「ヴァルキューレ」第1幕や第3幕と性格を異にしている。
| 愛の逃亡の動機 剣の動機 |
| 第1場:荒々しい岩山 |
物語:
地上界。神々の長ヴォータンが槍をって立っている。そこへヴォータンと知の女神エルダとの間に生まれた娘ブリュンヒルデが武具を整えた姿で現れる。彼女はヴァルキューレ、すなわち戦死した英雄を天上のヴァルハラ城に運ぶ役目をもっていた。ヴォータンはブリュンヒルデに、決闘でジークムントがフンディング倒すよう命じる。彼女が高い岩の頂きに上がるとヴォータンの妻フリッカ=結婚の女神が怒りに燃えて牡羊の車に乗ってやってくるのを見てヴォータンに知らせて、去って行く。
フンディングから訴えを聞いたフリッカは、夫を裏切って駆け落ちし、近親相姦の罪を犯したジークリンデとジークムントに厳罰を科すようヴォータンに要求する。彼女をなだめても納まらず、おまけに夫ヴォータンがエルダや人間女性に手を出し子供を生ませたことを非難し始める。そもそもこの双子兄妹は、ヴォータンがヴェルゼと名を変え人間になって人間の女に生ませた2人であった。それをなじり、そしてジークムントに加担しないよう迫る。ヴォータンは彼の<遠大な構想>のために神々の掟に縛られない自由な英雄の創造が不可欠だと説くが、フリッカはその主張の矛盾をつき、女神たる自分の名誉を守るためにジークムントへの助太刀をやめ、フンディングを勝たせるよう、約束させてしまう。
示導動機:
対話場面の間に多くの示導動機が現れ、立体的な音の構成で立体的な組み立てをしている。
| 剣の動機 契約の動機 指輪の動機 契約尊守の動機 |
| 第2場:荒々しい岩山 |
物語:
ヴォータンは再び現れたブリュンヒルデに、自分の企ての挫折を嘆き、語るのであった。それは、ヴォータンはかって権力の虜となり、人をあだむき、裏切りを重ねてきたこと。ニーベルング族のアルベリヒがラインの黄金で作り上げた指輪を自分が奪い取ったこと。その指輪を巨人兄弟にヴァルハラ築城の報酬として与え、その城から世界を支配し始めたこと。それは大地母神エルダが神々の終末の到来を予言し、指輪を手放すよう警告したからであると。また、その終末について知りたい一念でエルダと交わり、娘ブリュンヒルデが生まれたこと。他から生まれた8人の姉妹と共にヴァルキューレとして育て上げ、アルベリヒの軍勢の襲来に備えて勇者たちを集めさせたことを語るのであった。
もし、アルベリヒが巨人族から指輪を取り戻せば、その魔力でヴァルハラも万事休すとなる。ヴォータンは先手を打って巨人族から指輪を奪い返したいが、自分が契約の神である以上、契約を交わした相手を裏切ることはできない。そこでヴォータンは、自分と全く関わりなく行動する英雄による指輪奪回に望みを置くだけである。だが、神々に逆らう者を神である自分が育て、神々の制裁から身を守れる剣をも授けたいと思っている。ブリュンヒルデはその彼はすでのその剣ノートゥングを得ている告げる。その英雄こそジークムント、その彼をヴォータンは育て戦い抜いてきたと語った。
しかし、この時ヴォータンは自己矛盾に陥り、悩む。ヴォータンは、解決は<終末>しかないと絶望的で破壊的な願望に取り憑かれてしまう。ヴォータンとブリュンヒルデのこの特別な対話は、父娘の愛の陶酔−近親相姦的愛−となって燃え上がっていた。しかし、ヴォータンはこれを打ち消すように突然にことばを覆した。ブリュンヒルデにフンディングを助け、ジークムントを殺すよう厳しく命じるのであった。そして姿を消してしまう。ブリュンヒルデは今まで見たことのない父の姿に驚きを隠せないのであった。
![]() |
ヴォータンとブリュンヒルデは対話を重ねる。 Arthur Rackham(1867-1939)制作 |
示導動機:
ヴォータンの語りはますます叙事的になる。音符は記譜されているが、シュプレッヒゲザングに近いものである。
「ブリュンヒルデ」
![]() |
ルドンRedonフランス(1840-1916)「ブリュンヒルデ」1894年制作
| 第3場:荒々しい岩山 |
物語:
逃亡する双子兄妹のジークムントとジークリンデ。ジークリンデは愛の充足を得た今、過去の記憶に苦しむ。夫フンディングとの虐げられた夫婦生活やヴェルズング族滅亡の体験の記憶が襲いかかり、異常な精神状態に傾いていく。幻覚に取り憑かれた彼女は興奮の極に達する。汚れた自分から速く逃げるようにとジークムントに告げる。ジークムントは逃亡をやめて、ここでフンディングを待ち受け、迎え撃ちにして復讐することを決意する。ジークリンデはフンディングの角笛の幻聴に襲われ、怯え切っている。気を失ってジークムントの腕の中に倒れるのであった。
示導動機:
ジークリンデは幻覚を見る。フンディング一味の角笛が現れる。そして兄と父が留守の間に母を殺され、一族の滅びの体験を幻視する。
| 第4場:荒々しい岩山 |
物語:
そこにブリュンヒルデが現れ、ジークムントに告げた。ジークムントは死ななければならない運命を負っている。ヴァルハラの城のヴォータンのもとにジークリンデと離れて連れて行かれると。トネリコの幹から引き抜いたヴォータンから授かった剣をもっている限り、ジークムントは勝利を確信していたのに、ヴォータンが自分を死に定め、剣の力を奪おうとしていることを知り、怒りを爆発する。そして妹ジークリンデを離すものかとかき抱き、死んでもヴァルハラには行かないと叫ぶ。ブリュンヒルデはジークムントが神々に勇者として迎えられるより妹ジークリンデを選んだことに衝撃を受ける。そしてすでに実の兄の子を宿しているジークリンデの身は自分が引き受けると告げても、ジークムントが妹を道連れに自刀しようとする。彼の愛の強さを見たブリュンヒルデは自分のヴァルキューレとしての身分を忘れ、逆に彼に勝利を授けると約束して去って行く。
示導動機:
ブリュンヒルデはジークリンデの死をジークムンドに予告する。拒むジークムント!
| ヴァルハラの動機 フライアの動機 |
| 第5場:荒々しい岩山 |
物語:
その時、フンディングが来る。フンディングとジークムントの決闘となる。ジークリンデは「止めて!」と叫ぶ。そこへブリュンヒルデが現れ、盾でジークムントを守り、フンディングに剣を当てるよう命じる。ジークムントが最後の一撃をフンディングに加えようとした時、ヴォータンが現れ、槍でジークムントの剣を打ち砕く。武器を失った彼の胸をフンディングが槍で突き刺して殺す。ブリュンヒルデは気を失っているジークリンデを馬に乗せ、逃げ去る。フンディングはヴォータンの「行け、 失せろ!」の言葉とともに倒れ息絶えてしまう。ジークムントも父ヴォータンに抱かれて絶命する。ヴォータンはジークムントを助けようとして自分の命令に背いたブリュンヒルデのあとを激怒して追いかける。
示導動機:
ジークムントとフンディングが争う様子は下記の動機を背景に描かれる。
| 槍の動機 フンディングの動機 苦痛の動機 ヴェルズングの英雄の動機 |
| 第3幕 |
| 序奏 |
「ヴァルキューレの騎行」で知られている最も単独でも演奏される部分である。第1幕と同じくヴァルキューレたちが天を駆ける様が表現される。動機の反復と明解な表現ながら、半音階的な和声の動きや極端で大胆な転調が目立つ。不安定な状況を示そうというのか。
示導動機:
| ヴァルキューレの動機 |
| 第1場:天上の岩山 |
![]() |
ブリュンヒルデはジークリンデを連れて8人のヴァルキューレの前に現れる。 Arthur Rackham(1867-1939)制作 |
物語:
天上界。死んだ勇者を天上のヴァルハラに運ぶ任務である8人のヴァルキューレたち=ロスヴァイゼ、グリムゲルデ、ジークルーネ、ヘルムヴィーゲ、シュヴェルトライテ、オルトリンデ、ゲルヒルデが、勇者の亡骸を運んで集結して来た。最後にブリュンヒルデがジークリンデを馬に乗せて登場。その切迫した様子と男性ではなく女性を連れているのに驚くヴァルキューレたちに、ブリュンヒルデは事の次第を話す。そして怒り狂って追ってくるヴォータンから守ってくれるよう願う。だが、ヴォータンの恐ろしさを知るヴァルキューレたちも混乱する。連れてこられたジークリンデはジークムントの死を嘆き、自分も死を望む。しかし、彼女の胎内にジークムントの子が宿っていることをブリュンヒルデから聞かされ、生きる決心をする。ブリュンヒルデは岩山にとどまってヴォータンの怒りを一人で引き受けることを決意する。ブリュンヒルデは、ジークリンデの胎内の子にジークフリート(ジークSieg=勝利、フリートFried=平和)という名を授け、ジークムントの剣の破片を渡す。これから生まれて来るジークフリートがこれ使うと告げる。そして東の森へジークリンデを逃がす。
示導動機:
ブリュンヒルデが現れる直前に第2幕で用いられた「神々の動機」が「ヴァルキューレの動機」に組み合わされる。ブリュンヒルデがジークリンデの胎内の子をジークフリートと呼ぶところで初めて「ジークフリートの動機」が出てくる。これが「剣の動機」から派生した動機か。
| 神々の動機 ヴァルキューレの動機 ジークフリートの動機 |
| 第2場:天上の岩山 |
物語:
激昂したヴォータンがやって来る。8人のヴァルキューレたちはブリュンヒルデを取り囲んで見つからないようにする。だが彼にはお見通しで、返って怒りを買う。最も自分の心の内に通じているはずのブリュンヒルデの裏切りを激しく非難する。罰として天上界の神々の世界からの追放を宣告した。さらに彼女を岩山で眠らせ、通りかかって彼女見つけた通りすがりの男に与えると、宣告する。ヴァルキューレたちはブリュンヒルデを許すように願うが、ヴォータンは聞き入れず、彼女たちを追い払ってしまう。
示導動機:
ヴァルキューレたちはギリシャ古典劇のようなコロスのような役割が与えられている。怒るヴォータンとブリュンヒルデの間に立ち、ヴォータンをなだめたり、観客の思いを代弁したりする。
| 第3場:天上の岩山 |
![]() |
ヴォータンはブリュンヒルデの神性を奪い、岩の上に横たえて全身をヴァルキューレの鋼の楯で覆おう。 Arthur Rackham(1867-1939)制作 |
第3場こそ最もオペラ「ニーベルングの指輪」全体で突出した箇所だと考えられる。音楽表現も劇的展開もたいへんな盛り上がりを見せる。「ラインの黄金」そして「ヴァルキューレ」全体の総論となっているからである。ドラマとしては神話とはいえ実の父娘の異常な愛=抱擁・愛の歓喜・接吻は何を表すのか。これは近親相姦的愛と考えた方が謎解きは容易にみえる。神話は一つの隠れ頭巾と思われる。この執拗とも見える自己分裂したヴォータンの愛こそヴァーグナーそのものであろう。ヴァーグナー自身を最もよく表しているのではないだろうか。
参考ディスク
DVD USBG9015-16 「ヴァルキューレ」(発売2007/11/21)
ジェームズ・レヴァイン指揮、オットー・シェンク演出
メトロポリタン歌劇場管弦楽団・合唱団
ジークムント:ゲイリー・レイクス(T)
フンディング:クルト・モル(Bs)
ヴォータン:ジェイムズ・モリス(Bs・Br)
ジークリンデ:ジェシー・ノーマン(S)
ブリュンヒルデ:ヒルデガルト・ベーレンス(S)
フリッカ:クリスタ・ルートヴィヒ(Ms)
8人のヴァルキューレたち:
ゲルヒルデ:ピラミッド・セラーズ(S)、オルトリンデ:マーサ・シグペン(S)
ヴァルトラウテ:ジョイス・キャッスル(A)、シュヴェルトライデ:ソンドラ・ケリー(A)
ヘルムヴィーゲ:カタリーナ・イコノム(S)、ジークルーネ:ダイアン・ケスリング(S)
グリムゲルデ:ウェンディ・ヒルハウス(Ms)、ロスヴァイセ:ジャカリン・バウアー(A)
収録:1989年4月 メトロポリタン歌劇場ライヴ
主要参考文献
リヒャルト・ヴァーグナー(山田ゆり)/ヴァーグナー わが生涯/勁草書房 Mein Leben1870,1991刊による
リヒャルト・コジマ(三光長治・池上純一・池上弘子)/コジマの日記1/東海大学出版会2007刊
監修:三光長治 高辻知義 三宅幸夫/ワーグナー事典/東京書籍
三光長治/ワーグナー/新潮文庫
Das Braune Buch 1865 bis 1882/Richard Wagner/Serie Piper Band 876
2007
| 音楽サロン表紙 | 総目次 | ロマン派目次 | 作曲家別作品表 | 時代別作品表 |