| 夫婦交際について |
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夫婦交際は、先ず夫婦の信頼関係が大切だと、私は考えています。貴方は自分のお相手をどこまで信頼していますか?自分の大切なパートナーに性的接触をさせられるだけの、信頼関係をお持ちでしょうか?
先ず、自分と奥様の関係に、何があっても相手を信じられる、相手が自分に黙って裏切る事はありえないと言った、絶対的自信を持てる様になる事が始まりではないでしょうか。
スワッピング、3Pなどと言う言葉を耳にする事も少なく無くなった最近の性事情ですが、それをただ単に総評して「みだら」「変態」だと言うのはどうかと思うのです。その行動自体同じであっても、その捕らえ方によって全く異なった意味を持ちます。本来夫婦交際は性的快感の追及よりも、むしろそこにある心理的やり取りの中にこそ、その面白さ、意味がある物だと私は考えています。
不倫、浮気、隠れてやるからこそのスリルもあるのでしょうが、同時にリスクも多いものです。全てを認め合い話せる枠をもてるなら、これもひとつの性のあり方だと思うのですがいかがでしょう?
折角人生を共にする相手なのですから、2人仲良くいつもお互いのことを大切に出来る関係で居たい物です。 |
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| 何故嫉妬をするのか |
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人は何故嫉妬をするのか、それはプライドであったり、裏切られる事に対する恐怖であったり、そうしたものが絡み合うにしても、元はと言えば相手を好きだと思う気持ちから、その相手を独占したいと思う独占欲から生まれるものではないでしょうか。しかしその嫉妬が原因で、二人に別れが来るとしたら、そこに矛盾は無いのか。
愛するがゆえに、独占したいと言う気持ちが嫉妬を生むのなら、そこに愛の対象そのものを失うほどの大きな意味があるのかと思えば、それほどの意味は見つからない。なのに何故?大切だからこその嫉妬で、別れる事の意味の無さを考えるとき、お互い、認め合って出来る遊びの意味に行き当たる気がします。 |
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| 男は身勝手なもの |
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一般的に、自分にやましい気持ちのある人間ほど嫉妬深いと言います。
自分の異性に対する見方の基本が、自分の考え方、物の見方と言った自分の辞書の中にあるからで、これに当てはめて考えてしまうのです。置き換えてみれば自分にその願望があるともいえるでしょう。
健康な男性のほとんどに、"機会があれば"と言う気持ちがあるのではないでしょうか?しかし自分の妻は、とか妻には・・・と考えているのが一般的です。
私も長い間交際を続けてきて、先ず殆んどの単独既婚男性が「自分の妻は、淡白で」「余りこう言う事に興味がなくて」と言われますが、本当のところはどうでしょう?自分の妻は特別。自分の妻にはそんな変態みたいな事はして欲しくない、自分の妻にそんな事させられる訳がない・・・などと思っているのだろうと思う事は、実に少なくないわけで、募集する側としては、こうした納得の行かない部分に直面する訳です。
男と女は立場が違うとか言いながら、自分は良くても、相手にはなかなかそれを許さないと言うものでしょう。
女性にも色々な思いがあるでしょうが、そう言う、人としての煩悩をお互い認め合える関係になりたいものです。 |
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| 交際の意味 |
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夫婦交際、スワッピングと言うと、それぞれ違う方向を見て楽しんでいる様にとらえられ易いですが、それは全く逆で、自分たちが楽しむための刺激剤なのです。
見方を変えれば二人の性生活が充実していなければ、意味が無いと言う事にもなります。多様な考え方をする世界ですから色々なご意見も有るでしょうが、少なくとも私はそう考えます。お互いの快楽の追求が主たる目的ならば、むしろ自分のパートナーは邪魔な存在になるでしょうが、そこに相手が居ることが、自分たちにとって、とても大切だから、一緒に遊ぶ事の意味に触れることが出来るわけです。
お互いが認め合いながら、そうした非日常の時間を楽しみ、また元の日常に帰っていく。こうしたメリハリがお互いの関係を劣化させない良い刺激になるものです。ご夫婦カップルが求めている物はその時の快感というよりも、むしろその後にある、自分たちの時間の中に、いかにその時間を取り込んで行くかに有ると思います。全ての方がそうではないでしょうが、私を初め、こうした考えの方も多いと思います。ある意味前戯の一部でもあるでしょう。 |
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| 愛のあるSEXとそうでないSEX |
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子供じみた表現ですが、この違いの大きさを知る事も交際の大きな意味の一つでしょう。意外に心を許せる相手に対してこんなことは言えないから、外で誰か見つけて・・・というのが、最近の風潮の様な気がします。
しかし、夫婦が疑いなく人生を過ごしていこうとすれば、これは大きな誤りで刺激=快感と言う勘違いは、脳内麻薬のなせる業、本当の意味でのエクスタシーは知的な生物である人間にとって夫婦、永続的カップルなど信頼関係と言う安心感と、SEXそのものに対するお互いの価値、観見方が大きく関わって来ます。
しかしながら、前にも述べたように、大概の場合、お互い主人には、妻にはこんな事は言えないと、外にそれを求めてしまうのでしょう。がしかしどうでしょう?自分の妻は自分の夫は永い人生を共にする相手として「リセット」が効かない訳で、ついリセット可能な外部の誰かにそれを求めてしまうのでしょうが、逆に考えれば相手も同じ見方で、接していると考えられるわけですし、また既婚者である以上そうでなくては非常に具合悪い訳です。
結局最後に守るべきは、お互い家庭の筈です、ここでどちらかがはみ出したり、またこの関係に意義を唱え始めた時、これまで信用して吐き出していた、自分の言葉は全て、自分を脅かす不安となるのです。
夫婦が自分達のSEXについて、その内容をあれこれ口外する事は少ない物ですが、人の口に・・・と言うのが昔からの言い伝えですし、無責任な関係のパートナー男性という物が自分意外にどう接しているかなど計り知る事は非常に困難なのです。女性の安全の為にも是非考えておく必要が有るでしょう。
男性の心理からすれば、女性関係は意外に自慢話になりやすい事は、男性諸兄なら経験のあることではないでしょうか?そうした意味で考えた時、信頼関係の中で全てをさらけ出して・・・と言う事が本当に出来るのでしょうか?お互いに守る物が同じで、それをそれぞれが強く認識している、要は夫婦や永続的関係にこそこれが可能ではないかと思うのです。
私は、少なくとも、自分たちの閉鎖された関係の中で営まれるSEXのあり方がどうであろうが、それを自分たちが楽しめるなら、それはその2人にとってはノーマルでしょうし、変態扱いされるのはそれこそ偏見だと考えます。
逆に夫婦間でそう言う楽しみ方に対して、ちゃんとコミュニケーションが有ってたどり着いたとすれば、むしろ素晴らしい事だと。
またそうしたお互いの全てを、知り尽くした上で、それを受け入れる器を相手がきちんと持っていることを認識した上で無いと、本当の意味での快感は得られない物だと考えています。疑いを持たずに全てをさらけ出せる関係これこそが、女性の「女
」を全て出させる上で不可欠なのです。それこそが女性に本当の快感を知ってもらう鍵だと言えるでしょう、この鍵を持って女性に接してみてください、それは貴方にしか持つ事の出来ない鍵になりますし、その扉を開けられるのは貴方しか居無いのですから、その鍵を持った貴方とのSEXと、他の人とのSEX同じ筈が無いのです。体の開放は先ず本当の心の開放が有って初めて叶えられるものなのです。
そのことに、相手が気付いた時、その相手の存在は更に自分にとって不可欠になるでしょう。女性が、愛のあるSEX、そうでないSEX、この区別を出来る様になると、安心感を相手が自然に返してくれるようになります。そうした安心感こそ、交際の世界にある大きな意味かもしれません。
強い信頼関係で結ばれた同士が、それぞれを人として、認め合った上で、お互いをさらけ出し、お互いを求め合ってこそ、本当の快感は有るのです。
何よりも、事後の充実感を得られるのは、夫婦の関係である筈ですし、そうでなくてはならない、と私は思っています。それこそが夫婦が共に過ごしたいと強く望んだ頃に、描いた少しキザですが「 愛 」なのでは無いでしょうか?これを機会にお互いを見つめ直してみてはいかがでしょう。 |
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| 愛の絆 |
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夫婦交際をしいてる男性のおよそ半数は、女房、彼女自慢なのではないでしょうか?
これは子供の頃人が持っていない様なおもちゃを手に入れたときに、人に見せびらかしたくなるあの心理に良く似ています。また、自分が相手にとって一番でなくてはと言う気持ちがお互いの、男、女を意識させ新鮮な気持ちにさせるものです。
そこで気持ちのつながりの深さが、どれほど影響するものかを知る事や、気持ちの繋がったSEXとの違いを知る事で、夫婦の絆の深さを再確認するでしょう。 |
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| 夫婦の秘め事 |
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本来夫婦間で、こそこうしたい、ああしたいと言う事を気兼ねなく言うべきで、それを秘められたお互いの中でやる事は、別に恥ずかしい事ではなく、それはひとつの趣味趣向なのですから、お互いが認めれば変態などと思う事も無いのです。この秘め事を守る事のできるおたがいの中で、相手にもっと楽しんで欲しいという結びつきの中で、それを求め合える、また与え合える事は素晴らしい事だと思います。性に対する心の開放こそ、性の喜びへの一番の近道なのですから。
こう言う交際を深く知らない方は、恐らく変態だとか、おかしいとか思われるでしょうが、それを日常の中で公表することなく、夫婦という単位でそれを求め合う事に、何の制約もないものです。 |
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| 男の自信 |
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男として、自分のパートナーを誰か別の男性と交わらせる事で何が不安なのでしょう?その必要が無いと言われれば実も蓋も無い話になってしまいますが、むしろ何故交わらせる事が出来ないか?多分、このほうがわかり安いかも知れませんね、何よりも大きいのは不安だと思うのです、勿論、性的接触を前提にしてるわけですから、妊娠、病気これも大きな不安の一つですが、男性にとって最も大きいのは、自分のパートナーの行動、気持ちに対する、心理的不安なのではないでしょうか?向こうのほうが良いと言ったらとか、その後、こそこそ会うのではとか、その心理を突き詰めて行くと、一言で言えば相手を信用していない、と同時に自分と奥様や彼女との関係に自信を持てるだけの信頼関係を持っていないか、もしくは確認できてないと言う事になります。
"絶対にスタンドプレイはありえない"と思えるのならどうでしょう?少し気持ちが動くのではないでしょうか?だからこそ最初にお話した二人の信頼関係が必要になのです。
また女性にとっても、男が描くような他の男性に対する性的興味を全く持たずに、一生を過ごす事があるでしょうか?"男の浮気は甲斐性"などと嘯けた時代ではないですから、完全に隔離できない限り、後は人としての理性と、たがいの信頼関係にゆだねるしかない訳ですから。
こうして考えると、結果的に交際の是非に関わらず、信頼関係のみが関係を保つためのパイプだと言う事が見えてきます。そうした人としての煩悩を受け入れ、認め合える関係こそが、交際の本来の形であり、意図するところでも有るのです。
見方を変えれば、それを認め合い、お互いなんでも話せる関係を作れる男は、女性に交際の世界を理解させられるだけの信頼関係と力さえあればその信頼関係が大きく飛躍する事でしょう。そう言う関係を作る事のできる男性に尊敬の念を抱く女性は少なくないと思います。その信頼関係が、男の自信となるのでは無いかと思いうのです。 |
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