| 四国巡礼 | by pipopa (m.takahashi) |
■ 土佐(高知)[修行の土佐道場]その一/24〜31番札所 |
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高知は東から西まで直線でも150Km以上もある広ーい土地です。南は太平洋に面し、広々とした空間を味わうことができます。
札所と札所の間が100Kmにもなるような場所もあり、ドライブのし甲斐があります。 ☆各お寺の詳細を知りたい方は、お寺の名称をクリックして下さい。愛媛県新居浜市の表装工房「泰峰堂」さんのホームページにリンクしています。 |
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□第二十四番札所「最御崎寺」(ほつみさき) 四国最初の札所であり、私が最初に巡礼を始めた場所でもあります。うっそうとした森林と、目の前に広がる海が何故か奇妙に感じます。 室戸岬のすぐそばなので、観光客も多くきています。 また、最御先寺の近くに「御蔵洞(みくらどう)」という洞窟があり、ここで大師が修行をしたそうで、中は真っ暗で、外を見ると空と海が眩しいくらいです。 □第二十五番札所「津照寺」(しんしょうじ) 海岸線に向いている長い階段を登り、途中、龍宮城のような門をくぐり抜けると海の見える境内があります。山もいいけど、海の見えるお寺も好きです。 |
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□第二十六番札所「金剛頂寺」(こんごうちょうじ) 広々としたお寺です。二十四番の最御崎寺が「東寺」と呼ばれているのに対し、ここは「西寺」と呼ばれています。 ここには「一粒万倍(いちりゅうまんばい)の釜」があり、大師が三合三勺の米を入れて炊いたところ、万倍に増えたといいます。 □第二十七番札所「神峯寺」(こうのみねじ) 桜の季節に行ったので、駐車場付近は見事に桜が咲いていました。境内の中も見事な庭園が広がっています。その庭園を見て落ち着くのも束の間、長い階段を登るので、ご用心。 また、ここは四国八十八カ所の2番目の関所で、心がけの悪い人は山門から先に進めない」と言われています。 |
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□第二十八番札所「大日寺」(だいにちじ) 粗削りな石段と砂利が続いています。このお寺の本尊(薬師如来)は目、耳、口、鼻など、首から上の病に霊験があると言われているそうです。 □第二十九番札所「国分寺」(こくぶんじ) 田んぼの中にポツンとあるような、そんな土佐の国分寺です。 |
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□第三十番札所「善楽寺」(ぜんらくじ) かつて三十番札所は、ここ「善楽寺」と「安楽寺」があり、どちらにお参りすればいいのか迷った遍路がいたそうです。 私たちが参考にした本にも両寺が三十番札所と記載されていましたが、平成5年に「善楽寺」が三十番札所、「安楽寺」は善楽寺の奥の院と決まったそうです。 □第三十一番札所「竹林寺」(ちくりんじ) いよいよ高知市に入りました。ここ「竹林寺」は「よさこい節」の中に出てくるお坊さんがいた寺として有名です。 また、五台山という観光地の中にあるため、アベックやら観光客でごった返しています。 |
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「よさこい節」の坊さんのお話 安政元(1854)年の昔、イカケ屋の娘「お馬」は、母親の「くま」と一緒に竹林寺へ来た時に、脇坊・南の坊の僧「純信」に一目惚れした。 くまは10日に一度は竹林寺を訪ね、洗濯物や買い物を引き受けて重宝がられていたのだが、やがてお馬の宝が熱心に山通いを始めるようになり、独身僧の世話をするようになった。 そのお礼として純信が、はりまや橋のたもとの小間物屋でかんざしを買い、お馬にプレゼントした。 それが噂になってしまい、二人は手と手をとって駆け落ちをする。そのとき、純信が寺の預かり金を持っていたことから、二人は追ってに追われる身となった。 香川の琴平の旅館まで来ると手持ちの金も尽き、純信は寺子に習字を教え、お馬は女中として働いた。 しかし結局捕らえられ、公金持ち逃げと笹口関所破りで国元へ送り返されてしまう。 二人は城下の3カ所でさらし者にされ、純信は国外追放、お馬は仁淀川以西に追放となったという。 (旺文社「旅の森 四国八十八カ所巡り」より抜粋) |
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[寄り道] 室戸岬は大小様々な岩石があり、その合間を縫って波が砕け散っています。初めてここの波を見た時は、昔の東映の映画に出てくるあの波飛沫を思い出しました。(古いねー) そう、ここは台風の上陸地として有名な所です。 |
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