ぴったんこの『いい加減な毎日』 1998年1月後半
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1月16日 (金) 雪が止んで、ウダウダと
1月17日 (土) ストーカー?
1月18日 (日) あれから3年
1月19日 (月) 「ボヤキ」《自分で断りや!》
1月20日 (火) 徹夜で禁断の&ノーパン・・・
1月21日 (水) 4月1日生まれ
1月22日 (木) 帝京&日体
1月23日 (金) キティちゃん
1月24日 (土) 親父の洗礼に思う
1月25日 (日) 大阪国際女子マラソン&漢字の表記
1月26日 (月) 定期
1月27日 (火) 「ボヤキ」《消して帰ろうよ》
1月28日 (水) きらきらひかる
1月29日 (木) 専用線のなぜ
1月30日 (金) 冠婚葬祭部長
1月31日 (土) 子供が泣いて帰って来た
1月16日 (金) 雪が止んで、ウダウダと
VOL.274 1998.1.17 7:00 UP
一夜明けて雪も止んだのですが、朝の通勤は大混雑。いつもよりも1時間早く家を出たのですが、改札規制なんかしていたもんで、結局会社に着いたのは9時になってしまいました。先日のように西武線を使えばよかったのですが、家を出る時にお隣さんとバッタリ会って、そのまま一緒にバス停まで行ったのが失敗でした。カイシャに着いて、ホッと一息。<と、ここまではカイシャで一服をしながら・・・<油を売っていないで、仕事をしろって!
私はニュースを見ていませんので妻から聞いただけなのですが、テレビでは降雪量が増えるにしたがって5年振り・10年振り・30年振りの大雪とどんどんさかのぼっていったらしいです(でも新聞にはそんなことはどこにも書いていなかったなぁ〜)。30年振りだすると、私が小学校の時ですな。学校が休みになって、雪だるまを作って遊んだ記憶があります。家の向かいにあった育英高専のグランドの入り込んで、雪合戦もやったよな〜(でも、さすがに洋七さんのような、こんな凄いことにはなりませんでしたワ。何といってもまだ小学生でしたから・・・)。でも、あの時の方がもっと積もったような気がするなぁ。それに学校だって(夜久さんのところは休校になったらしいけど)2時間遅れでやっていたらしいしね。ここのところ雪の話題ばかりだけど、実際にこれだけ降ったんだからしょうがないでしょう。
そうそう、新聞で確認したのですが、あの雪の中ほとんどの所で成人式をやったようですね。一生に一度のこと、特に振り袖の女性は大変な思いをしたようですので、いい思い出とまでは行かないでしょうが、まあ忘れられない日になるんでしょうね。朝日も日経も振り袖姿の写真は渋谷のもの。そういえばテレビのニュースでもよく渋谷公会堂が映っていましたっけ。こういう時だけは「渋谷区民であればよかったなぁ」なんて思うのでしょうか?<でも男なんてどのみち取材の対象外だからなぁ〜
先日のGOLが繋がらなかった件ですが、「本日1月13日の午前2:30から午前9:30までの間、東京アクセスポイント内の経路情報に問題が発生し、東京アクセスポイントの全回線が影響を受けました。」とのメールが届いておりました。このアドレスは(誰にも公開していないので)サポートからのメールしか来ないので、月に1回か2回程度しかメールの確認をしないので全然気づきませんでした(だって毎回設定を変えるのは面倒なんだもん!そっか、メールを転送すればよかったんだ。)。宛名が「all@gol.com」となっていましたので、会員全員にメールを送ったのでしょうが、トラフィックの支障にならないほど会員数って少ないのかなぁ?
ダイエー陸上部が休部とのこと。中山竹通もそうでしたし山本佳子も陸連とやりあっていたもんなぁ。ダイエー本社とも確執があったし、本来の陸上以外の話題で結構賑わっていましたね。今の監督の白水さんは確か同じように廃部になった日産の監督だった人。普通のサラリーマンでもリストラになるこのご時勢ですので、こういった一種の専門職の人は仕方ないのですかねぇ。ダイエーは女子バレーも縮小の方針とのことですが、まさか大阪女子マラソンのスポンサーまでは降りることはないでしょうねぇ。そうそう陸上といえば、有森裕子さんが結婚とのこと。ずっとコロラド州のボルダーに住んでいただけに、お相手の方はさすがに向こうの方だったようですね。できれば子供を産んで一回り強い体になっていただいて(陸上選手だけでなく一般的に出産を経験した女性はいろんな意味で体が強くなるようです。)、シドニーを目指して貰いたいのですが、そこまではちょっと時間が、どうでしょうか?
たまにはこうやってウダウダと書き連ねていくのもいいでしょう。ここまで書いて結局タイトルは決まらなかったもんな。
1月17日 (土) ストーカー?
VOL.275 1998.1.18 8:30 UP
雨のため休日出勤からの帰り道はバスにて。バス停からの道すがら何を書こうか考えていたのですが、同じようにバスで帰った今週の月曜日の事をちょっと思い出しましたので、その事を。
バス停で降りたら、ルーズソックスを履いた1人の女子高生も同じバスから降りたらしく、私の30mほど前を歩いていました。私の家はバス停からも10分近くかかる場所にあって、途中「┌→┘」といった具合にカギ形に曲がる個所がいくつかありますが、その女子高生は私が曲がろうとする角を、ことどとく同じように曲がっていくんですよね。夕方まで降っていた雪がまだ溶けきっていないので、サクサクという音が静かな夜に響きます。彼女は後ろから私が歩いていることに薄々気づいたようですが、へんに誤解を与えてもいけないので、彼女より速かった歩くスピードも同じくらいに落としました。よく女性が「暗い夜道で後ろからつけられて怖かった」なんて言っていますが、彼女がそんな風に感じていなければいいのですが・・・
こうして擬似ストーカーを体験していくうちに、「彼女の家はどこなんだろう?」なんて一瞬思ってしまいました。一般的に、行動は人間の心理に影響を及ぼすなんて言われていますが、これもその一種なのでしょうかねぇ。そういえば昔に見たテレビか何かの実験で、ジェットコースターの恐怖のドキドキを恋愛感情のドキドキと勘違いしてしまう、というのがありましたが、「私が帰る方向に曲がらないでくれ!」→「姿が見えなくなる」→「やっぱり前を歩いていてガックリ」を繰り返すていくうちに、ドキドキとしていたもんなぁ。
1月18日 (日) あれから3年
VOL.276 1998.1.19 6:30 UP
関西の方々がご自身の体験に基づく阪神大震災についての様々な思いを書いていらっしゃいますので、関東者の私がどーのこーの言える立場にはないのですが、3年前の1月17日についてちょっと書いてみたいと思います。まぁ、ヨソモノはこんな風に感じたんだということで・・・
今でもそうですが朝のニュースなどは見ないので、最初に地震のことを聞いたのが、大阪にある得意先に出向しているトラちゃんからの電話。実際にはガラスは割れるだの、机が大移動するだのしていたにもかかわらず(大阪といっても豊中でしたので、ちょうど断層のあたりで被害も大きかったようです。)、安心させるせいか「地震があったけれども、大したことはないから、心配しないで大丈夫。」という内容でした。これが8時半くらいだったかなぁ。で、9時をしばらく過ぎてから念のためという程度で大阪営業所に連絡をとったら、歩いて来れる輝クンしか出社していなくって、電車が止まる程の大きさだということに気がついた次第です。慌てて会議室にあったテレビをつけて、皆さんご存知の阪神高速が落ちた映像を見て、こりゃとんでもないことだと実感しました。輝クンには連絡要員になってもらったのですが、その日のうちには全員の確認はとれなかったもんなぁ。それでも専用線が繋がっていましたので何とか途中の状況は把握できたからいいようなものの、そうでなかったらヤキモキするだけだったろうなぁ。
時間が経つにつれて最初は神戸からだけだった被害の報告も、西宮・芦屋と続々と入ってくるようになりました。実は当時私の両親は芦屋に住んでいたのですが、比較的古そうな家でしたのでつぶれたりしていないかと、気が気じゃありませんでした。当然のごとくお昼以降になると電話は全然繋がらない状態でしたしね。夕方になって仕事にもケリがつきましたので、それ以降はテレビの前に釘付け。亡くなられた方々の関係者には申し訳ないのですが、死亡者の一覧に名前がなかったときは正直いって安堵いたしました。2人ともダメならば仕方ないのでしょうが、1人だけダメなら必ず連絡できる状態にあるから、名前がないのは大丈夫な証拠だと自分に言い聞かせていました。それでも万一ということが頭から離れず、ずーっとNHKを見続けていました。その間に連絡をとろうとしても依然として繋がらない状態のまま。次の速報を見たら帰ろうということを何度も繰り返して、ようやく重い腰をあげて家に帰りついたのは11時くらいだったでしょうか。
家に帰っても、ニュースを見続けているうちに目が冴えてしまって、眠ろうという気にはなかなかなれません。3時くらいまで見ていたのかなぁ、結局。99%大丈夫だろうとは思いつつもやっぱ気になるもんで、こうなったら直接行って確かめるしかないと思い立って、出掛ける準備を整えて少しだけ仮眠。実際にいざ出掛けようとした5時過ぎくらいだったかなぁ、ようやく連絡がとれて無事だということがわかったのは。それまで散々親のことをバカにし続けて来たりもしましたが、何だかんだいっても人の子ですね、「大丈夫だから、来なくてもいいよ。」との言葉に、1日分の緊張から解き放されたのか思わず涙でした。東京に戻ってきてから、その時の話を聞くようにはしているのですが、言葉だけではなかなか伝えきれないものがあるようです。というよりも、こちら側が理解することができないといったほうがいいのかもしれません。あの時そのまま向こうに行っていれば、多少でも違っていたのかもしれませんが・・・
この程度のことで申し訳ないのですが、日記を書き始めてからこの日を迎えるのは初めてということですので・・・
1月19日 (月) 「ボヤキ」《自分で断りや!》
VOL.277 1998.1.20 6:30 UP
照井のりえママの「奥さんのボヤキ」やtkaoriさんの「ぼやき」に対抗しようってことではありませんが、カイシャイン生活を送っているといろいろボヤきたくなることがあります。自分の事を棚に上げてですが、ちょっとウチのカイシャの困ったちゃんの話をしてみましょう。って、要は早い話が、1日分の日記ネタにならなかったものをここで成仏させてあげようというところです。重箱のスミを突くような話題ですが、わざわざ本人に注意するのもイヤラシイですので、この場でマナイタに乗ってもらいましょう。
なお、最後に日記作者の名前が出てくることがありますが、ご本人には申し訳ないのですが、全く関係ありません。たまたまお名前がよく似ていたりしているもんで、ちょっと使わせていただくまでです。それでは、始まり、始まり。
中学生や高校生ならともかく、電話での勧誘を受けたことのない人なんていないと思いますが、カイシャにもいろいろとかかってきます。キッパリと断れば向こうも(一応は商売なので)あきらめるのでしょうが、断り方が中途半端だったり、のらりくらりしていると何度もかかってくることがあるようです。その都度自分で電話に出るのならまだわかるんだけど、「○○という人から電話がかかってきたら、1日中外出ということにしておいて」と女の子に頼んで居留守を使うのはそろそろ止めにしないかい。そりゃ〜、アンタは電話に出なくて済んで楽じゃろうけど、自分で断らない限りずーっと電話がかかってくるし、その間電話に出る身のことも考えてあげなよ。
「リストから外せと言っておいたのに何でまた電話してくるんや。◆◆◆! 2度と電話するなよ」<(C)はせぴぃ>くらい言ったらんかい!
おーい、「こいちゅう」さんよ、オマエの事だぞーい!
久しぶりに徹夜&始発で朝帰りだったのですが、下り中央線高尾行きが40歳台とおぼしきオバチャン連中でかなりの混雑。こんなことはこれまで無かったので、私立の願書受付かなんかでもあったのでしょうか?
1月20日 (火) 徹夜で禁断の&ノーパン・・・
VOL.278 1998.1.21 7:30 UP
昨日に続いて今日もカイシャで徹夜。昨日と同様に始発で家に帰るつもりでいたのですが、起きてみたらもう6時過ぎ。今から戻ってもトンボ返りで日記を読む時間も書く時間もないということで、このままカイシャに居ることにしました。まぁ、こんなこともあろうかとお泊まりセットを持って来ていましたがね。つーことで、カイシャからFTPです。何もここまでして毎日(しかも内容の乏しい事を)書くことはないんでしょうがね。ついに禁断の地に足を踏み入れてしまいました。いろんな方がやっているハズなのでそんなに大げさな事ではないのでしょうが、いろいろと監視されている(?)身としては、第一歩を踏み出すのにちょっとした勇気です。
朝までにやっておかなきゃいけない仕事もとりあえず最低限のカタがついたので、夜中にビールを飲みながら先週放送のNHK土曜ドラマ「流通戦争」のビデオを見ていたのですが、吉田栄作扮するスーパーの新米開発部員が田山涼成に連れられて大店審の座長を接待した店が、なんと「ノーパンしゃぶしゃぶ」でした。先週だかその前だかの週刊誌の見出しに「NHKでノーパンしゃぶしゃぶ」って出ていたけれども、これの事だったのでしょうか。でもセットのせいなのか、女の子のせいなのか、中居クンで話題になった「高級・・・」には程遠かったよなぁ。「高級」は別にしてそうでないところなら、話のタネに一度くらいは行っておきたいものですねぇ。
1月21日 (水) 4月1日生まれ
VOL.279 1998.1.22 7:30 UP
よろずや談義さんの日記に「しかし,何故に学年の区切りで4/1生まれは前年度に含まれるのだろうか?」とありましたので、その事に関してちょっとばかり。いやぁ〜、別に正確な知識があるワケではなく、入学の条件に関しては例えば小学校なら「【4月1日現在満6歳の者】となっているからじゃない?」という程度ですがね。4月1日生まれから新学年とした方がわかりやすいのですが、お国の決まりでしょうから仕方がないのでしょう。学校関係の方ならご存知かなぁ〜。でも先生よりは教育委員会っか。
今でもあるのでしょうかね。早生まれは発育上いろんな面で不利になるので(生まれてから数年のところで1年の差は大きいですからね)、私が子供の頃には、4月1日生まれでも4月2日生まれで出生届を提出したヤツがいたもんなぁ。まぁそんなこと言ったって、4月生まれでもバカな奴はバカだし、3月生まれでも頭いい奴は頭いいから関係ないんだけどもね。あと全然関係ないのですが、昔見た珍名さん紹介の番組で「四月一日」と書いて「わたぬき」って読む人がいましたっけ。
そうそうお誕生日会かなんかも4月1日生まれの人は他の4月生まれと一緒にするんでしょうね。とすると自分だけ1つ年下となるワケですが、ちょっと複雑な心境でしょうか?
さて4月1日生まれの有名人というとジャイアンツの桑田真澄投手がパッと思い浮かびますが、カレンダーに合わせて学年を区切ったらPL時代からの「K−K」コンビというものは存在しなかったとういことになりますな。それに清原だってPLに入って桑田の凄さにビックリしてピッチャーから野手に転向したワケですから、野球界の様相がガラッと違っていたかもしれません。
1月22日 (木) 帝京&日体
VOL.280 1998.1.23 7:00 UP
この話題について触れている日記も多いですが、私なりに少しばかり。大学の体質や体育会の体質だいうことを言う人もいますが、基本的には個人の問題。どこの世界にもとんでもないヤツはいるワケでして、そのうちたまたま今回発覚したのが帝京であり日体であったという程度のものでしょう。それにいくら体育会だといっても、レギュラーを張るような人間はマトモだとは思うのですが・・・
さて帝京大学といえば、その昔は帝京高校附属大学なんて言われ方をしていました。高校サッカー・高校野球の活躍の割には大学の知名度は低かったでしたからね。それがヤワラちゃんこと田村亮子の入学によって知名度はアップしたものの、卒業後の対応で若干のトラブル。せっかくともさかりえちゃんが入学するというのに、今回の事件。歯車がうまく回らない時というのはこういうものなのでしょうかね。そういえば今日から入試だったハズですが、当日になって受験をパスする人はどれくらいいたのでしょうか。なんせ入学したらしばらくは、「あの帝京大学の・・・」と呼ばれることに違いはありませんから・・・
さて一方の日体大ですが、公式見解を見てビックリ。なんとラグビー部の監督(部長?)だった綿井永寿さんが学長になっていたんですね。ここのところラグビーもマトモに見ていないものですから、全然気づきませんでした。さすがは日体大というところでしょうか。こちらも今回の対応は大変でしょうね。とてもじゃないけどこんなところで挨拶なんかやってる場合じゃないっか。
今日もカイシャで徹夜。一度カイシャからFTPをしていますので、遠慮することもなく今日もカイシャから。それはそうと、夜中に仮眠していたら、「○○さん、お先に失礼します。」との声が。その声で目が覚めたのですが、その時間は午前2時。夢だったのでしょうか、ホントに人がいたのでしょうか、それとも・・・
1月23日 (金) キティちゃん
VOL.281 1998.1.24 9:00 UP
昨日の帝京の件ですが、せっかくともさかりえちゃんの名前を出したのに、「彼女が今回の一番の被害者かもしれない」と書くのを忘れてしまいました。あべそうやさんに先に書かれてしまいましたが、ちょっと追記。そういえば、薬害エイズの安部英も帝京大でしたっけ。
40近いオヤヂが何を今さらキティちゃんと思うかもしれません。私が言うまでもなく、下は小学生・幼稚園から上は妙齢の女性にまでキティちゃんの人気は世代を超越しています。そうそう去年のヒット商品番付では復活賞でしたっけね。外を歩いていれば、キティちゃんのピンクの携帯ケースを見ない日はないというくらいですしね。そういえば本体でもキティちゃんのが売っていたなぁ。別に私がキティちゃんが好きだという事ではなく、最近関連する話題が多いので、ちょっととりあげてみました。帰りの電車で見たけど、JRの「ちばフリーパス」のキャンペーンにも出ていましたね。
去年の年末から第一勧業銀行のポスターにキティちゃんが登場しています。思えば第一勧業銀行も不祥事だったのですが、株主総会から半年以上経過し世間は金融不安で精一杯と、すっかり忘れられたような感じです。ほとぼりが冷めたということで、サンリオ側としても版権使用にOKをしたのでしょう。とりあえずはポスターだけで、通帳にお目見えするのは2月になってからとのこと。三菱銀行がアラジンやなんかのディズニーの通帳やカードを作った時に銀行の人から聞いた話だけど、近くの女子校に行ってかなりの口座を作ったとのことですから、今回はそれ以上に女子高生かがなんか殺到するのでしょうかねぇ。でもキティちゃんの通帳って私からみれば、あさひ銀行のミッフィーちゃんとイメージがかぶってしまうんだけれどもなぁ。
1月6日からは、ダイハツがキティちゃんミラを発売とのこと。そういえばダイハツって阪神タイガース優勝の時も「ミラ・タイガースバージョン」なんて発売してたっけなぁ。でもこの写真じゃキティちゃんがよく見えないので、誰か見かけた人は詳しい写真をアップしてくれないかなぁ。<私がダイハツの店に行けばいいんでしょうが、それは言わないお約束。
1月24日 (土) 親父の洗礼に思う
VOL.282 1998.1.25 8:30 UP
前に私がクリスチャンだということを書いたのですが(といっても籍だけが残っている状態で、結婚式以来ほとんど教会に足を運んでいないダメ信者ですが・・・)、昨年の暮れに私の親父が洗礼を受けましたので、そのあたりの話などから。
バリバリの(って言い方は変かな?)熱心な信者の母に半分騙されたような形で私は入信したのですが、親父は仕事で忙しいこともあってか全く興味はなかった様子でした。教会のお隣に住んでいたその時期は、年に1〜2回母の義理でパーティーのようなもの参加していた程度で、日頃から「俺は死ぬ直前に洗礼を受けて天国に行くから、今は何もしなくてもいいんだ。」というのが口癖でした。
仕事人間だった親父も2年前に完全に仕事を離れて今や悠々自適の生活。老後の生活の基本は「夫婦そろって」ということですから、そのあたりからキリスト教に興味を持つようになったようです。仕事を引退してから、夫婦で旅行に行く回数も増えたりしていましたが、そういえば去年には聖地エルサレム巡礼の旅にも出かけていってたもんなぁ。そのツアーで信者でないのは親父だけだったそうですが(そりゃそうでしょう、普通の人がいくツアーじゃないですからね)、後から聞けばその頃に決意したようです。
それからいろいろと勉強して洗礼となったのですが、その日は70歳の誕生日の直後の日曜日。普通12月に洗礼を受ける人はクリスマスにすることが多いのですが、親父なりに70歳という人生の節目のこだわりがあったようです。たった1人だけの洗礼式でした。ええ、親族ということで私も立ち会わされましたです、ハイッ。今では嬉々として教会の役員活動をしているようで、不肖の息子としては、老後の生活のハリが出来てよかったなぁと思っております。今から30年後、同じようになれるでしょうかねぇ。<そんな先のことはわからんってば
1月25日 (日) 大阪国際女子マラソン&漢字の表記
VOL.283 1998.1.26 7:00 UP
96・97年大阪連覇のドーレ(独)と97年ロッテルダム優勝で昨年世界最高タイムのロルーペ(ケニア)との一騎打ちかという下馬評でしたが、終わってみれば世界選手権3位のシモン(ルーマニア)の優勝。でも、ドーレも僅差の2位でしたので、まぁ順当な結果というところでしょう。レース自体は単調なものであまり見所もありませんでしたので、これくらいで簡単に。さて、大阪国際女子マラソンといえば、アルフィーが毎回テーマ曲を作っています。それはそれでいいのですが、大阪城公園内を走っている時にこの曲だけ流して実況をしないのはそろそろ止めてくれないですかねぇ。今年は何もないのでよかったのですが、レースの流れに異変が起きても曲が終わるまでそのまま放送を続けていますからね。そりゃ音楽だけ流して選手のアップをしていれば、画面的にはよくなるのはわかるんだけれども。何とかならないですかね、関西テレビさんよ。インターネットで中継するのもいいのですが、その前にもっと考えることがあるでしょ。
さて、昨日のしんつま日記でめぐみさんが国学院大学の出身であることが書いてありました。卒業生らしく「国学院大学」ではなくちゃんと「國學院大學」と表記しているところがいいですね。旧字体をこだわって使っているところは結構あって、学校で言えば他には「慶應義塾大学」がそうですし、会社でも4大証券の證券や新日本製鐵(ちなみにこの字は「金の王なる哉」って言い方をします。)なんかがそうです。仕事柄履歴書を見る機会は多いのですが、自分の属していた学校や会社名を正確に書かないのは、原則としてその時点でパスですね。それだけで「愛着がない」という風に判断してしまいます。
個人の名前でも、「沢・澤」「島・嶋」「浜・濱」など旧字体の人はかなりいると思いますが、わかる限りはできるだけ旧字体を使うようにしています。すごくこだわる人もいますしね。ただ、人によっては全然無頓着な人もいるようでして、長島茂雄さんの名字は「長嶋」と書くのが正式らしいのですが、「皆さんが間違えやすいので、「長島」でいいいです。」となったようです。おおらかというか、らしいというか・・・
1月26日 (月) 定期
VOL.284 1998.1.27 7:00 UP
朝いつものように改札を通ろうとしたら、ピンポンピンポンと音が。ははははh、定期が昨日で切れていることに気がつきませんでした。今日からの新しい定期は先週に貰ったのですが、カイシャの机の引き出しに入れたまんま。仕方がないので切符を買うことになったのですが、オレンジカードを入れたら「このカードは使えません」とのこと。そういえば、「21日から高額のオレンジカードは使用できません。」なんてポスターが貼ってあったもんなぁ。残額が3000円以下なので、元が10000円のカードでもまだ使えると思っていたのですが、そうもいかなかったようです。
通常、個人が定期を継続して購入すれば、それまでの定期と引き換えにその日から有効の継続定期が渡されるのですが、カイシャで一括購入していますので、先日付の新しい定期が事前に渡されるだけです。2〜3年ほど前までは古い定期を後から回収するという建前でJRとしても継続定期を発行してくれたのですが、ダブった期間については新旧両方の定期が使えることになりますので、最近ではしっかり管理するようになったようです。事実、新しい定期を貰ったら、古い定期をあちこちにばらまいて使い回していたもんなぁ。<これも一種のキセルだなぁ。
新旧両方の定期を持っていればこんなことにはならなかったのですが、私の定期は2枚ありますので、1時期とはいえ4枚になるのはややこしくなるので、定期入れには入れないで引き出しに眠らせたままにしてしまいました。定期の区間はJRだけなのですが、運賃体系の隙間と突く形で、分割すれば安くなるので2枚に分けています(今は「駅すぱあと」で簡単に調べられますし、これって結構常識ですよね。)。使う側としてはちょっと面倒なのですが、自分で提案して導入させた経緯もあって、こればっかりは文句は言えないよなぁ。そういえば半年前も同じ事をやってしまいましたので、学習しないというか、進歩がないというか・・・
1月27日 (火) 「ボヤキ」《消して帰ろうよ》
VOL.285 1998.1.28 7:00 UP
照井のりえママの「奥さんのボヤキ」やtkaoriさんの「ぼやき」に対抗しようってことではありませんが、カイシャイン生活を送っているといろいろボヤきたくなることがあります。自分の事を棚に上げてですが、ちょっとウチのカイシャの困ったちゃんの話をしてみましょう。って、要は早い話が、1日分の日記ネタにならなかったものをここで成仏させてあげようというところです。重箱のスミを突くような話題ですが、わざわざ本人に注意するのもイヤラシイですので、この場でマナイタに乗ってもらいましょう。
なお、最後に日記作者の名前が出てくることがありますが、ご本人には申し訳ないのですが、全く関係ありません。たまたまお名前がよく似ていたりしているもんで、ちょっと使わせていただくまでです。それでは、始まり、始まり。
ここに何度も書いていますので仕事で忙しいのはご存知かと思いますが、そんな状態ですので会社から帰るのは私が最後になるケースがかなりあります。カギを確認して戸締まりをするのですが、コピー・プリンタ・シュレッダなどの電源も一緒に落としていきます。中にはパソコンの電源が入れっぱなしの時があって(共用のものではなく個人専用のものでも)、まあそれくらいなら普通に電源を落とすだけなので何てことはないのですが、たまにファイルが開きっぱなしの状態の時があります。最初のうちはわざわざ別のファイル名をつけて保存してあげていたんですが、そんなことも何度か続くと面倒になってきて、「保存しますか?」に対して即座に「いいえ(N)」としてしまいます。自分でセーブしないのがいけないんだから、後で文句を言っても「知〜らない」っと。
おーい、狂四郎クンよ、アンタの事だぞーい!
1月28日 (水) きらきらひかる
VOL.286 1998.1.29 8:00 UP
医学生さん(1/20)やラジオ屋さん(1/25)(他にも誰か書いていましたっけ)で評判の「きらきらひかる」について私も少しばかり。
元々恋愛ネタの連続モノはほとんど見ませんので、いきおい私が見るドラマというとこうした1話完結のものになりがちです。そういえば前のクールでも「診療内科医・涼子」をやっていましたね。このところ医者系のドラマが多いようですが、ふた昔も前のように単純な刑事モノで視聴者が納得するご時勢ではなくなったということでしょうか。
鈴木京香や松雪泰子は好きではないのですが、小林聡美は好きな女優さんですし(「やっぱり猫が好き」の時からですので、もう10年にもなりますか・・・)、深津恵理・柳葉敏郎といった「踊る大捜査線」の2人も出演していて、配役でも目を離せません。そうそう、石丸謙二郎さんもいましたっけ。この人、いい味出しているんですよね、たまりません。
何で急にこんなことを書いたかといいますと、実はウチのカイシャがちょっとだけドラマの制作に協力しているからです。といってもシリーズを通して制作協力しているワケではなく、単発での協力なんですけれどもね。一応、クレジットにもカイシャの名前が出できましたので、こんなところでチト報告をば。あっ、ビデオをもう一度見て、私のカイシャ名を確認しないように。<そこまでする人なんて誰もいないって<それにヴァレヴァレになるのが嫌だったらこんなところで書くなって
1月29日 (木) 専用線のなぜ
VOL.287 1998.1.30 7:00 UP
今日もカイシャで徹夜というかお泊まり。ここのところ1日置きだもんな。家には風呂に入りに帰っているだけのようなもんです。こうしてカイシャからFTPするようになったし、いっそのこと近所に銭湯でも見つけて、ずっと泊まり込みでもしましょうかねぇ〜。
最近というか今週になって、カイシャからのアクセスの状態が思わしくありません。スタートページはサラリーマンらしく日経にしているのですが、これがなかなか繋がりません。日に何度となく繰り返していくうちに経験則として、重い画像やカウンタなどがあるページにアクセスしようとすると止まってしまうみたいだということがわかりましたが、何故なのか全然わかりません。専用線なんだけど接続を切るのってどうやるのかなぁ。一旦電源をオフにして再度立ち上げということで対応しているのですが、何か方法でもあるのでしょうか。「誰かわかりますか?」なんて書いてみても、今時「Windows 3.1」で「Netscape Navigator 2.01I」を使っている人なんてほとんどいないだろうしねぇ。今日も夜中にカイシャから日記巡りをしていたのですが、あまりにも何度となく止まってしまうので、他の人のパソコン(「Windows 95」で「Internet Explorer」)をずっと使っていました。これが終わったら履歴を消しておこうっと。それから、プロクシを設定した状態では繋がらなかったり、逆に設定なしの状態では繋がらなかったりして、何が何だかよくわかりません。
ウチのグループのネットワーク担当者に確認すれば一発で済むことなんでしょうが、面識もないし仕事で使っているワケでもないので、チョット聞きにくいなぁ。どのページにアクセスした時に繋がらない状況になるか説明するワケにもいかないしね。といってこのままの状態が続くと、カイシャからバリバリアクセスといかなくなるし・・・
1月30日 (金) 冠婚葬祭部長
VOL.288 1998.1.31 8:00 UP
朝一番に大阪営業所の堀田さんからの電話。前々からお父様の具合が悪かったのですが、どうもいよいよということらしい。たまたま今日は部長が外出のために私が代行。まずは社長にだけは伝えなければならないのですが、札幌日帰り出張のため連絡がとれないので、向こうに着くころを見計らって電話をすることにして、朝の段階ではとりあえず何もすることはなし。昼前に「お亡くなりになった」との連絡が入ったので、各営業所に電話で第一報。葬儀の日程が決まるまではしばしの休息なのですが、ちょうど昼休みと重なってラッキーだったかな。
葬儀の日程が決まったとの連絡が入ったのは2時くらいだったかなぁ。さぁて、それからが臨戦態勢。取引先をはじめとして親会社の人事・組合といった外部への通知の作成でしょ。弔電や花輪の手配に、会社としての香典の準備。「ただでさえ月末で忙しいところに・・・」なんてグチが出そうになるのをグッとこらえる。そんな中、個人が出す香典のために両替にやってくるわ、「香典袋をちょうだい」(ちなみに個人的に使う時には、50円ですがちゃんとお金はとっています。)って言ってくるわ、まぁ毎度の事なんですがね。それに実際には女の子がやってくれるので、私がただ見ているだけ。違う、違う、今日は一仕事あったんだった。本社から誰が行くかを決めなきゃいけなかったんでした。営業所長に代表させてもいいのですが、まぁそこは気持ちということで。
ウチのカイシャは携帯の導入が遅くて、上の連中全員に持たせたのはつい最近のことなのですが、それまでは連絡がとるのが大変だったよなぁ。後は上の連中同士で決めてもらえればOK、のほほんとしていられるハズだったのですが、何だかんだ言って携帯が繋がらないということで、結局は中継地点になってしまいました。それでも全部が全部こちらでやらなくて済むんで、前よりはかなり楽になっています。お通夜が明日の土曜、告別式は明後日の日曜なのですが、最終的には月曜日に名古屋に出張予定の京都に実家がある樺島部長が行ってくれることになり一件落着。帰ってくるのを待って、個人分・会社分などあわせて20万以上の香典を渡して、これでホントにおしまい。だけどこれだけの大金、明日の新幹線の中、大丈夫かなぁ。ちょっとだけ心配・・・
2年ほど前にショーケンが主演の「冠婚葬祭部長」って日曜東芝劇場があったけれども、さすがに社員の葬式まではカイシャで仕切ることはないよなぁ。ここのところ従業員が何人も死んだことは何回か書いているのですが、葬儀屋さん(←意味無しのリンク、最近更新がないなぁ)とは直接やってもらうもんね。会社でそこまでお金は出せませんからねぇ。アッ、ドラマではゼネコンでしたっけ。あーいう下請けを多く使っているところは、それなりに対応しなきゃマズイのかなぁ〜。当然カイシャとしてもそれなりに手伝いはします。で、私の役目は当然のごとく香典担当。サツ勘できるほどではないのですが、一応それなりのプロということで。みんながお清めをしている時に最後まで金勘定をしているワケですが、まぁこれも因果な商売ですので、仕方のないところでしょう。
昔読んだ源氏鶏太の本で、重役の名刺を持たされて代理で葬儀に出席する「ナントカ重役」って話があったけれども、今でもそんなことをしているのかなぁ。そこまではしないにしても、外注・下請けなどが多いメーカーやゼネコンの総務部なんかでは、1ランクも2ランクもアップさせた名刺を葬儀用に作っているようです。ウチの親父は某メーカーに勤めていたのですが、母親(私から見れば祖母)の葬儀に(田舎での葬儀でしたが一応役員なるものをしていたもんで)会社から1人だけですが参列していただきました。で、その人の名刺(印刷も薄い色でしたので葬儀用)には課長代理って書いてあったけれど、結構若かったから下駄履かせの上げ底だったのは間違いなかったね。
1月31日 (土) 子供が泣いて帰って来た
VOL.289 1998.2.1 8:30 UP
今日は妻が午後から外出のため、私が1日中家にいて子守りなぞを。といっても、例のごとくお昼までは寝ていたんですがね。
長男が学校から帰ってきたら、「友達と遊ぶ約束をした」と言って出かけて行きました。ずっとたまっていた今週の新聞なぞをウダウダ読んでいたら、泣きながら戻ってきました。聞いてみると、「遊びに行く友達の家がわからないので学校の前で待ち合わせをしていたのですが、みんなは自転車で集合のためサッサと行ってしまい、自転車で行かなかった長男は走って追いかけたものの見失って、結局帰って来てしまった。」とのこと。
子供の言うことですのでどこまでホントかわかりませんが、もうちょっと友達とうまくつきあえないかなぁ。「待ってくれ〜」って追いかけたらしいのですが、誰も気づくことなく待ってくれなかったと言うし。さすがに向こうの家に着いた時には、来ていないことに気づいたでしょうが、家に電話をかけてくることもなし。泣き止んだ時点で「こっちから電話してみる?」と声をかけたものの、「もう遊ばない」と言ってスネてしまいました。
表に出てキャッチボールをしたり、ゲームをしたりしているウチにようやく気持ちが落ち着いていつも通りに戻ったのですが、これくらいの年の子供ってこんなにしょっちゅう泣くもんでしょうか。共働きで親がかまってやる時間が少ないので、その分ストレスがたまっているのかもしれませんが、子供の頃「泣き虫」だった私の血を引いているせいでしょうか。しかし、久しぶりに子供と将棋を指したのですが、向こうはちゃんと勉強していることもありますが、飛車角落ちでも負けるかねぇ〜。
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