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あなたの健康のために 日記の読み過ぎに注意しましょう! |
照井のりえ姐さんの「奥さんのボヤキ」やtkaoriさんの「ぼやき」に対抗しようってことではありませんが、カイシャイン生活を送っているといろいろボヤきたくなることがあります。自分の事を棚に上げてですが、ちょっとウチのカイシャの困ったちゃんの話をしてみましょう。って、要は早い話が、1日分の日記ネタにならなかったものをここで成仏させてあげようというところです。重箱のスミを突くような話題ですが、わざわざ本人に注意するのもイヤラシイですので、この場でマナイタに乗ってもらいましょう。
なお、最後に日記作者の名前が出てくることがありますが、ご本人には申し訳ないのですが、全く関係ありません。たまたまお名前がよく似ていたりしているもんで、ちょっと使わせていただくまでです。それでは、始まり、始まり。
私のように仕事で(という名目で)カイシャに泊まる分にはOKなのですが、飲み歩いて家に帰れなくなったからってカイシャに泊まり込むというのは、社員に対しては(一応、建前の上では)禁止としています。それでもたまにはそれを破る人がいて、それはそれで仕方ないことだとは思っています。普通におとなしくしている分にはそんなに問題にはならないのですが、彼の場合はちょっと・・・
ビルにカードキーを持っていないので、職場に電話して同僚に通用口を中から開けてもらって、カイシャに戻ってきたのはいいのですが、戻ってきて荷物を置くといきなりトイレに入って、どうやら個室の中で眠り込んでしまった模様。そうです、いわゆる「トイレ寝」ってヤツです。たいていは最後まで残っていますので私が戸締まりをして帰るのですが、そんなことなんて知らないので彼をトイレに置き去りにして帰ってしまいました。明け方の4時頃に目が覚めて締め出しを食らったことがわかった彼がビルの警備会社に電話して何とかカイシャの中に入れてもらおうとしたものの、どうもまだまだ酔っぱの状態だったらしく、受け答えもしどろもどろ。警備会社のガードマンも扱いあぐねてというか、トイレの中に潜んでいる泥棒は結構いるもんで、念のため警察に連絡。おかげでウチまで確認の電話が入ってきてしまいましたよ、朝の5時という熟睡中の時間に。カイシャの人間だということを私が説明したので、晴れて無罪放免となったのですが、昔酔っぱらって警察のお世話になったことが何度もあるそうなので、いいクスリになったでしょう。
おーい、新聞次郎チャンよ、アンタの事だぞーい!
昨日から今朝にかけても、またまたカイシャにお泊まりです。先月の今頃は1日おきに始発で家に戻って風呂に入っていたのですが、さすがに夏本番近くなってくると風呂に入らないワケにもいかないので(最近は涼しいのでそれほどでもないのですが)、カイシャの近くにある銭湯に行くようにしています。交番で近くの銭湯の場所を確認したら「この近辺にはないよ。」とのこと。仕方ないので電話帳の住所と地図で調べて、1駅先の春日にあってチャリンコでも10分くらいとちょっと離れてる初音湯と菊水湯という風呂屋を捜して、そこに通っています。しかし、この年になって銭湯通いをするようになるとは思いませんでしたよ。一人暮らしをしていた頃以来ですので、実に20年振りの銭湯体験です。
スーパー銭湯ではないので、番台におばぁちゃんが座っているなど中の様子は昔のまま。お約束のケロリンの桶もしっかり置いてありましたよ。で、風呂上がりにはこれまたお約束のコーヒー牛乳、はたまたパンピーオレンジ。もちろん「左手は腰に」の基本姿勢です。カイシャへの帰り道はやや下り坂なのですが、夜風に当たりながらチャリンコで飛ばすというのも案外気持ちのいいものです。しかもパンツを履かずに直接短パンという格好ですので、マタのところから微妙に横風が入ってきて、う〜ん、クセになりそう。
ケロリンの写真を捜そうとGOOで検索していたら、斉藤さんのこんなページ(8/19)をヒット。さすがにこの時期は斉藤さんのは読んでいなかったなぁ。そうそう、ケロリンといえば市ヶ谷にある内外薬品本社ビルに「ケロリン」という看板が掲げられているのですが、久しぶりに見に行こうっと。ケロリンという名前は有名ですが、実際に現物の薬を見たことのある人って、どれくらいいるのでしょうかねぇ。私ですか、もちろん見たこともありませんよ。
今週は月曜日の朝早くにカイシャに出かけて、途中家に戻ってきたのは火曜日の深夜から水曜日の朝にかけてだけで、あとはずっとカイシャでの生活。家に戻っていた時にたまたまInfowebがメールサーバのメンテナンスをしていたので、メールの受信ができず。で、今朝になって1週間分をまとめて受信したら、その数120と結構たまっていました。ほとんどが「読んだよ」の空メールなのですが、先日のように途中でフリーズしなくてよかったよかった。
で、その空メール。Infowebのサーバが使えないので、送信サーバをセカンドプロバイダのGOLの設定し直すことまでして、水曜日の朝に押していたいたのですが、途中で急に効かなくなってしまいました。いや急にではないですね、前から兆候はあったんですワ。「堀内さんが前にそんなこと書いてあったなぁ〜」と思いつつも時間がないので、その日はそのままカイシャへ。
今朝堀内さんの過去日記(6/2)で確認したら、ナニナニ、TEMPフォルダを空にすればいいとのこと。このパソコンを買って早1年半。TEMPフォルダの削除なんて1回もやっていませんので、あらあらファイル数が何と1000以上。よくぞたまりにたまったものです。TEMPフォルダを空にしたら、順調、順調。堀内さんは異常終了してしまったらしいのですが、私の場合は「nullなんちゃらかんちゃら」というメッセージで出てくるというもの。同じ状況かどうかわからないけど(<未だに初心者だもんなぁ〜)、まぁ直ったようだからいいや。
ということで、「堀内さんありがとう!」。前に「ぴったんこさんありがとう」と言われたので、これでお返しができたというものです。そうそう、堀内さんはりえさんから教えてもらったそうですな。ではも1つ。「りえさんありがとう!」。
そういえばパソコンを買ったばかりの時にMS−IMEの日本語変換が効かなくなったことがあったのですが、その時も女子高生の日記だけどトラブル対処が書いてあって助かったことがあったなぁ〜。持つべきものは、トラブル体験者の日記者、そしてそれを覚えている記憶力でしょうか。
堀内さんには、私の体まで心配していただいて、ありがたいことです。確かに一度カイシャに泊まり出すと、混雑した通勤電車には乗らなくて済むし、往復の通勤時間分(日記読みと日記書きにかける1日平均の夜久約2時間と大体同じ)だけ時間が稼げるし、といい事ずくめだとばかり思っていたのですが、傍目から見たらやっぱ異常な事ですよね。でもまだまだ余裕があります。ホントの意味で厳しくなってきたら、日記を休止しますので、この日記が続いている限りは大丈夫だと思っていてください。
昨日の高校野球青森県予選の東奥義塾対深浦の試合は何と122対0というスコア。もちろん、これまでの最多得点記録を書き替え。スポーツ新聞では取り上げているところもありましたが、一般紙は主催者の朝日以外では大きく取り上げられていない模様。ということで、まずはスコアボードを再現してみましょうか。
しかし毎回2ケタの得点とはねぇ。スコアボードの方も何点までは用意してあるのでしょうか。少なくとも39点なんてボードは用意してないでしょうから、その場で得点が入る度に書いていったんでしょうねぇ〜。さすがに合計のところは横着してというか、できる範囲でというか、1ケタずつの表示にしたみたいですが・・・
チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 東奥義塾 39 10 11 17 16 12 17 1 2 2 深浦 0 0 0 0 0 0 0 0
片や甲子園の常連校の東奥義塾に対して、深浦は創部から10年という新進の学校。実力差はあまりにも大きかったようです。コールドゲームの規定は各地方大会ごとに決められていて、5回で10点差・7回で7点差というところが多いのですが、青森大会では7回で7点差という規定だけとのこと。だけども5回コールドになったにしても93対0で、どのみち新記録であることには違いないんですがね。
1回表の攻撃だけで57分、終わってみれば3時間47分という熱戦でしたが、東奥義塾はよく最後まで手を抜かなかったものです。普通に考えれば、「適当に切り上げて早く試合を終わろうよ」という発想にもなりがちですが、最後まで全力を尽くす事がこうなった場合の相手校への礼儀ですからね。
さて午後からは新宿の高島屋へ行って、高校野球80回記念展「ドラマチック甲子園」を見てきました。記念のバット・ボール・ユニホームといったものや写真の展示なのですが、大会ごとにいろんな思い入れがありますので、じっくり立ち止まってその頃を回想したりしていました。名場面回顧のビデオには、昭和54年(第61回大会)箕島−星稜戦の嶋田宗彦と森川の奇跡の同点ホームラン、一昨年の平成8年(第78回大会)決勝での松山商矢野の奇跡のバックホームの場面など、お馴染みの名場面が2〜3分程度のダイジェストとなっていて、これまた立ち止まって見ておりました。
去年に私と同じ世代の昭和51年のことを書いたのですが、その前後10年くらいはいくらでも思い出が書けそうな気がします。ということで、その中から1つ昭和55年(第62回大会)のことなどを。決勝戦は荒木大輔の早実と愛甲の横浜との対決。両エースの投げ合いかと思われたのですが、荒木は3回で5点・愛甲は5回で4点を取られてそれぞれ2番手投手の芳賀と川戸に交代。で、この2人が後をピシャっと抑えて、結局6−4で横浜が優勝したのですが、何といっても印象的だったのは優勝が決まった瞬間のシーン。川戸クンが両手を上に突き上げて喜びを体全体で表現していたのですが、私にしてみれば、これまで高校野球で一番感動したシーンです。なんといってもワタシャ〜、控え選手の下積みの努力が報われるということには滅法弱っちぃですからねぇ。その優勝シーンのパネルも展示されていましたのですが、さすがにスター選手ではないので、川戸という名前は説明の文章には入っていませんでした。でも、そのシーンをもう1度見ただけで私は満足、満足。はぁ〜、今日はいい1日でしたワイ。
昨日の夜、日記を書き終えたのが10時半。今更ながらですがビデオに録画したままだった「北の国から」をやっとこさ見ることに。何せ、前編後編を合わせると6時間。3連休のうちに見ておかないをまたまた翌週となってしまいますから・・
前編はまるで正吉クンのためのドラマみたいなものでしたね。一本気というか男らしいし、ヒネた性格の純クンなんかよりもはるかに格好いいや。軽く日記読みなどでインターバルをはさんで、後編を見だしたのが2時過ぎなのですが、見終わったのが何故か9時ちょっと前。最初はちょっと寝ては巻き戻し程度だったのですが、そのうちに30分・1時間と眠りだして、結局7時くらいからかな、ずっと起きて見るようになったのは。
レギュラーの放送はちょうど私がカイシャに入った年。同期3人で飲んでいて、千代田区に住んでいるヤツがいるのでソイツの家に泊まった時に、絶対に面白いからといって見たのが最初。だけど、その同期の2人とも揃って未だに独身だもんなぁ。アックンにモックン(←って、もうそんな年じゃないけどもね)、早いとこ結婚しーや。
最後のところでお約束の回想シーンがあるのですが、わかっているんだけども毎回ウルウルしてしまいます。特に純クンや蛍チャンが小さい頃の画像を見せられるとね。あとどなたかの日記にも書いてありましたが、草太兄ちゃん(岩城滉一)が死んだ直後のCMが、本人の出ているヤツ。タイミングが悪いというか、せっかくの場面なのに台無し。予約の時間を間違えて終わりの5分ほど見れなかったけども、まぁいいや。
ビデオを見終わったら毎度のごとくカイシャへ。休日の朝は道が空いているので、いつもは青梅街道が3車線になるところで一番左の車線に入って、100キロ以上で80キロくらいでバンバン飛ばすのですが、今日はたまたま左折する車が邪魔でスピードを落とさざるとえなくなり、一瞬「チェッ!」と思ったものの、ネズミをやっていて逆にラッキー。そういえば東伏見の交差点からの上り坂のところでは何度も取り締まりをしていて、私も1度捕まった事があったんでしたワ。<相変わらず学習効果のないヤツ。今日は荻窪警察のところでも市ヶ谷の自衛隊のところでも取り締まりをやっていましたが、別に交通安全週間でもないだろうに、何かあったのでしょうか?
カイシャに行ったのはもちろん仕事をするためなのですが、他にもう1つ目的が。愛しのななゑ様が先日取材を受けた記事が昨日の産経新聞に掲載されているから。産経なんてマイナーな新聞(←瀧本さん、スミマセン!)はとっていないし、わざわざ図書館みまで読みに行くズクなんてないし、かといってこのためだけに買うにもバカらしいし。ということで、ビルに入っている別のカイシャが産経をとっているので(ウチくらいの規模であれば、一般紙なんてカイシャでとるものじゃないでしょう。)、そりを盗み読みです。っつーか、今、横に持ってきているんですがね。
まずはななゑ様のご尊顔を拝見しながら、記事の方に目を向ける、「「ななゑ」という28歳の女性」とのくだりが。プロフィールに何も書いていないので、私の中では氏名不詳・性別不詳・年齢不詳で通っていたのに・・・。まぁ、先日お会いしましたので、大体25〜28歳くらいだとは思っていましたが。ずーっと読んでいくと、アレレレ、斉藤さんのコメントが。取材を受けたって日記に書いてありましたっけ。
んー、ったくーもう、去年もやったというのに。今回もまた支払遅延で、住宅金融公庫というか東京三菱銀行から督促状が来てしまいました。そういえば、先月にボーナスを貰ったんで今月の初めが引落日でしたワ。現金を手にしないので、すっかり忘れてしまっておりましたワイ。今年の初めはちゃんと覚えていたのに、どうもこうも進歩がない人間のようです。カイシャではちゃんと資金繰りをして、残高不足にならないように注意しているというのに、何やってんでしょうねぇ。まぁ経理屋さんといっても、個人ともなると実にええ加減なものです。<ってなことは私だけで、堀内さんやほうほうさんは違うよね。
去年日記に書いたからではないでしょうが、今年は督促のタッチが少しやわらかく。まず、「このまま延滞が続きますと、せっかく手に入れられた融資住宅にお住まい頂くことができなくなりますので、ご留意願います。」という文書が入っていませんでしたし、東京三菱銀行も「夏期整理運動実施中」なんておバカなゴム印を押して来なかったですし。<未だに根に持っている。<しつこいゾ
昼間外出のついでに銀行へ寄って、お金の付け替えをしてきたのですが、これで前科2犯っか。これくらいでブラックリストには載らないでしょうが、グレーリストってヤツには載ってしまうのかな。
昨日は土砂降りの雷雨の中やっとこさの思いで家に帰ってきていつも通りに日記を読んでいたら、突然「アプリケーションが強制」というメッセージが出てタスクバーが使えない状態に。しばらくは「Alt」+「Tab」でブラウザの切替(いくつも開いているからね)をしていたのですが、だんだん面倒になってレベル1の日記を読み終えた段階で、「Ctrl」+「Alt」+「Delete」で強制終了&再起動。待っている間にちょっと横になったら、案の定そのまま朝に。
起きてみると、赤い「FUJITSU ****」というWIN95が立ち上がる前に一瞬現れるメッセージがモニタに表示されたまま。なぜか強制終了が効かないので、仕方なく一旦電源を切ってうえで再度電源をオンにして、スキャンディスクから走らせていたら、今度はいつもは見ないクラスタのチェックの画面が。このチェックにえらく時間がかかるので、途中であきらめてカイシャへ出勤です。だけど、よーく見たら不良クラスタという赤い表示のところがあったのですが、壊れているってことはないですよね。<と、ここまで書いていますが、実際には何のことだかさっぱりわかっていません。<何たって、未だにパソ初心者だもんねぇ〜。つーこともあるし、このままカイシャに泊まるかもしんないし、今日もカイシャからの日記アップです。
さて、明日はいよいよ自民党の総裁選挙。小渕恵三・梶山静六・小泉純一郎と3人立候補していますが、結局は最大派閥の小渕恵三@冷めたピザが総裁そして首相になっちまうんでしょうねぇ。やたらに目立つ小泉純一郎、戦争関連で問題発言が多い梶山静六と比べると、小渕恵三って目立っていないよなぁ〜。覚えているのは、「新しい元号は平成です。」の印象だけ。この10年、何をしてきたんでしょうか。まぁ、そうした無色透明さが調整役としての持ち味なんでしょうがね。
ところで今から9年半前にもなる昭和天皇のご崩御ですが、私が知ったのはお昼もかなり過ぎてから。朝はいつも通りだったし、午前中はイトーヨーカドーで買い物、午後は警察へ行って妻の免許の住所変更(ちょうど結婚したばかりだったからね)。家に戻ってきて、明治−大東大のラグビー決勝を見ようとしておもむろにテレビをつけて、初めて知ったという次第。で、すぐに「平成おぢさん」が画面に登場でしたので、私にしてみれば未だに思い浮かぶもんなぁ〜。
ところで、この昭和64年1月7日の未明って、まさに絶好のタイミングですよね。土曜日の朝と元号変更のプログラムの入替には十分に時間の余裕があったし、年の始めで学校や企業も本格的に稼働していない時期だし、かといってお正月のおめでたい真っ盛りでもないし。実は年内に死んでいたのをひた隠しに隠していて、ここでというところで発表したのだったりして。ということは、さすがにないでしょうね。でも、現代医学の力で何とか持ちこたえさせたというのが、実態だったりして。<もしかして、こりは言ってはいけないコト?
今日の日記ですが、本来は明日小渕恵三が総裁選に勝った時に書くべき内容なのでしょうが、もしかして小泉純一郎が勝つかな?と一縷の期待をしていますので、1日繰り上げです。
よろずやさんが組合費を払わなくなったというのは、管理職になったからなのでしょうか。ウチの会社でも、昇進を決めるのは7月。で、給料日の今日に公表されるのですが、その名簿をみて愕然。もともと昇進は遅い方で、同期入社組で課長職になっていないのは私の他に数人しかいないのですが(ちなみに私の肩書は課長補佐)、それはそれとして、これまであまり気にしていませんでした。ただ今日名簿を見たら、4年後に入社してきた後輩が(しかも新入社員の時に私が教えてる)、課長職へ昇進していました。てことは、5年差がついたということです。確かに彼は出来るというか切れる人間であることには違いないのですが、さすがにこれだけ下に追い抜かれるとショックだなぁ〜。「出世しなくたって、全然かまわない」などと思っていたのですが、いざこういう立場にさせられると、それもある意味では嘘というか強がりというか負け犬のなんとやらということのようです。
HELP ME!
先日のトラブル対処をしたのですが、もしかしたら、パソコンが壊れてしまったのかも。
昨日は朝帰りでなので、おもむろに昼に起き出してから復旧作業。クラスタスキャンで不良クラスタの修復ということを4時間ほどかけて行って、いざ立ち上げようとしたら、Cドライブを認識しないとのこと。その後立ち上げようとして適当にキーを打っていたら、今度は立ち上げたら内容は前と同じようなのですが、文字化けして何がなんだかわからない状態に。ちゃんとメモしておけばよかったなぁ〜<といっても後の祭り
これって、ハードをフォーマッティングし直さないといけないのでしょうか。としたら、これまでのファイルが全部消えてしまうし。パソコンに詳しい知り合いはいないし、明日カイシャで詳しそうな人にでも聞いてみるかなぁ〜。その前に、私を助けてやろうなんてご奇特な方がいらっしゃいましたら、メールでもおくんなまし。カイシャのアドレスへ転送するように設定をしましたので、読むことはできますので・・・
今日カイシャに来てパソコンに詳しいシステム屋さんに先日のトラブルの事を確認しようとしたのですが、2人とも外出。そこそこ詳しい人に確認したら、「セーフティモードで起動できたら、何とかなるんじゃない。」とのこと。だけど、「Starting Windows 95 …」の時に[F8]キーを押すなんて、どこでそんな事を覚えりゃいいの、私みたいな初心者が。とりあえず、今日はもカイシャに泊まりですので、明日にでもそこだけでもチェックしてみようっと。まぁ、いざとなれば、ハードディスクをえっちらこっちら、カイシャまで持ってくればなんとかなるでしょう。
今日はこいちゅうさんが上京されるというので(はて、何の用事でしたっけ?←日記を読んでいるっても、10秒で斜め読みしてるのがヴァレヴァレ)、ミニオフです。参加者は、風来坊さん・だいすけさん・sayokoさん・ゆきさん・きょうこさんに私と全部で7人。ゆきさんは何回か、きょうこさんはぷろくらオフの時に一度お会いしているのですが、後の方は初めて。というか、こうちゅうさん以外の3人の方は、これまで掲示板でお名前をお見かけした程度で全然つながりがなし。ここのところ猿人どっぷり系のオフでしたので、たまには軽いのもいいでしょう。
こいちゅうさんを読み出したのは、いつくらいからかなぁ〜。こうやって名前を出しているので、その前から読んでいることは確かなんですがね。今回を期にちょっとおさらいというか過去日記を読んでみましたが、それでもどこから読んだことがあるか思いだせません。同年代(もしかしたら年齢的にはちょっとくらい上かな?)の日記書きの方って、なかなか少ないですからねぇ。あと、こいちゅうさんの実家がウチのすぐ近くだったり、ここでは書けませんが他にも共通事項があったりして、話の糸口はいくつもありそうです。
風来坊さんは掲示板ではよくお見かけしていたのですが、日記猿人に登録しているとは知りませんでした。一行コメントが毎回同じなので、なかなかそこまでは読みに行くことはできません。お会いしたら、コメントを付けるように言ってみようかなぁ。で、登録番号は1073番とのこと。となると、一度は私が見たということですね。新着さん、いらっしゃ〜い!には、
1073 きまぐれ日記 ぼっちゃんさん
ホームページが全焼してしまって大変だったようですね。以前のページがどんな雰囲気かわかりませんが、初めて10日あまりで、話題も競馬・サッカー・ネット関連・身の回りのことと、年齢に応じた(それなりの方だと思っております)味が出ていますなぁ。
と書いてありました。そういえば、そんな事件があったことは記憶に残っています。今年1月にまたまたリニューアルされたようで、予習がてらに読んでいくと、4月にはアラアララ、例のIE拒否のページ(←自分へのリンクにしていますが、皆さん覚えていますよね。)の記載が。ということは、私の日記を読んでいただいたことがあるのでしょうか。あと、タイガースの記録もつけられているようで、13年前だったら私も同じ事をやっていたかもね。
平日のオフだし、そんなに遅くまでということもないでしょうから、ゆっくりと楽しんできましょう。
と、ここまで7/28 18:30記入
ここから7/29 7:30記入
簡単に報告です。当初は予定になかったちえこさんも急遽参加ということで都合8人。数えてみたらオフミも10回目だし、ちえこさんを除けばといつのまにか私が一番ネット歴が古い人間。不安げに初めてオフミに参加した時の事を思うと、嘘みたいな感覚になります。
お会いした印象は、こいちゅうさんは日記通りに穏やかな方という印象です。ある程度の年齢というところのなせるワザでしょうか。あと風来坊さんは、関西人らしく(←って、ひとくくりにしちゃぁイケナイのかな?)面白いキャラクターの方でした。生まれも育ちも向こうの方は、体にボケとツッコミが染みついているというか、自然とそうなっちゃうようですね。2次会の白木屋では、隣の席のにいちゃんと仲良く話し始めるし。
ちえこさんがわざわざ名古屋へ櫃まぶしを食べに行ったとのことで、しばらくは櫃まぶし談義などを。当然、いしかわ<よびすても登場。是非とも、櫃まぶし(いしかわクンの奢り)ツアーを企画のほどを。1次会・2次会あわせて約4時間もお話したのですが、何を話したかは例によって一夜明けるとすっかり忘れてしまっています。ただ、手羽先の唐揚げの食感だけが、未だに残っています。<おいしかった。
今日は休みをとって、家族でアスレチックをしてきました。妻も勤めていますので、2人揃って有休をとるのは急には決められないので、もう今日遊びに行くことだけは随分前に決定済み。天候によって、何をするかを決めるという感じです。ちなみにピーカンだったらプール、雨だったらポケモンの映画+ボウリングという予定でした。
さて、出掛けた先は野田市にある清水公園。なぜわあざわざ東京を横切ってまでここなのかといえば、子供連れで遊べる施設のランク付けをした本があって(当然のごとく我が家では愛用です)、その千葉編でポイントが高かったからです。外環を使えばウチから約1時間半ですので、そんなに遠いということもないでしょう。
アスレチックはファミリーコース40ポイント・冒険コース40ポイント・水上コース20ポイントの3コース。まずはファミリーコースからスタート。ファミリーとはいうものの、運動不足の体には結構こたえます。1時間ほど回っていると、突然の土砂降りの雨。雨宿りがてらちょっと早めのお昼です。汗をかきまくりという状態でしたので、麦茶やアクエリアスがなくなるのが早いこと早いこと。全部で4リットルほど持っていったのですが、アッという間に終わってしまいました。雨があがって、午後からはファミリーコースの続きと水上コース。まぁただ単に水の上でアスレチックをするだけといえばそれだけなのですが、水上コースがここの特徴。ターザンよろしくロープにつかまって対岸へ渡るなど、ちょっと間違えば水の中にドボンといったコースで、子供たちは全身ということはないにしても、そこそこ濡れたていたようです。
時間がないので冒険コースは次回のお楽しみということで、今度は迷路へ。普通に回っていればいいものを、2組に分かれて競争なんぞ始めてしまったので、20分ほどの間ほとんど走りっぱなし。オマケに立体迷路と称して階段状になっているので、余計にヘトヘトとなってしまいました。もう1つ噴水の迷路というのがあったのですが、そこは子供の水浴び場と化していました。ウチの子供たちもビショビショになってました。
運動不足は仕方ないのですが、普段余り使わない筋肉を使ったので、腕や肩が上がらない状態になって、帰りの運転にも一苦労する有り様でした。まぁ、どこのお父さんもそうなのでしょうが、子供につきあって一緒に遊ぶというのは、クタクタに疲れるものです。まぁ、一緒に遊んでくれるのも今のうちだけでしょうから、せいぜい老骨にむち打つことにしましょう。
堀内さんが、懐かしのオリンピックということでメキシコオリンピックの事とチラった書いておられたので、スポーツオタクの私としても何か書かずにはいられません。世代的には私の代では東京オリンピックから覚えているという人が多いのですが、当時東京にいなかったためリアルタイムでの記憶はなし。よくよく考えると、水泳のショランダーも、女子バレーの東洋の魔女も、マラソンのアベベそして円谷も後から何回も見直して記憶に残っているという感じです。で、私もリアルタイムで覚えているのは、メキシコ大会から。しかし、今が98年ですからもう30年も前のことになりますか。まぁ、私も正真正銘のおやぢだという何よりの証拠ですな。
さて、マラソンは堀内さんが書いている通りにエチオピアのマモ・ウォルデが優勝で君原が銀メダル。とここまではいいのですが、2つほど訂正しなければなりません。
まずはサッカーですが、銀メダルではなくて銅メダルです。3位決定戦は地元メキシコとの対戦だったのですが、もちろん最初のうちは「メヒコ!メヒコ!」の大応援。ところが地元のあまりのふがいなさに終了間際には、それが「ハポン!ハポン!」となってしまっていました。地元から見放されるというのは、最後の方はよっぽど無気力というかそんな感じになっていたのでしょう。そうそう、「メヒコ!メヒコ!」の大声援といえば、100か200の平泳ぎで地元のムノスが優勝して、誰かに肩車かなんかされて、場内というかプールサイドを一周したなんてこともありましたなぁ。
100Mの優勝はハインズで9秒9の世界新記録なのですが、表彰式で拳を突き上げたのは同じく世界新記録の19秒8で200Mで優勝したスミス。決勝の時間は日本時間では午前中だったのですが、なぜだかこのレースだけは授業中にみんなで見ていたという記憶があります。ちなみにこの時の世界記録はピエトロ・メンネアが19秒78を出すまで約10年間破られることのなかった、実はとてつもない記録です。とてつもないといえば、走り幅跳びのビーモンの8M90というのも凄かったなぁ。いくら高地とはいえ、91年の東京陸上でパウエルが8M95を出すまで23年間破られなかったのですから・・・
ちなみにメキシコの次はミュンヘンですよ。水泳で田口・青木の金メダル、男子バレーの準決勝ブルガリア戦奇跡の大逆転からの優勝で松平監督がニンマリ、あとはアラブゲリラのテロなんかもありましたなぁ。これで思い出しましたか?>堀内さん