ぴったんこの『いい加減な毎日』 1999年7月後半
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7月16日 (金) 喧嘩にならなかったけど
7月18日 (日) 今さら東芝問題について書くのもなンだけど
7月20日 (火) 少年野球
7月21日 (水) 傘がない
7月22日 (木) 栃乃和歌・琴稲妻の引退
7月24日 (土) 夢の球宴
7月25日 (日) アポロ月着陸から30年
7月26日 (月) 高校野球の予選の話題から
7月28日 (水) 2世たちの予選
7月29日 (木) スコアも良ければゴルフも楽しなンだけど・・・
7月31日 (土) 宇徳敬子がMi−Keのメンバーだったなんて
7月16日 (金) 喧嘩にならなかったけど
VOL.669 1999.7.17 10:00 UP
何度もここで書いているように通勤には中央線を使っているのですが、東京から乗るのでいつも座って帰ってきています。日頃の睡眠不足のせいか座席にすわったらすぐにウトウトとしてしまうのですが、今日の帰りは突然の怒鳴り声で目が覚めてしまいました。何やら言い争いをしている模様。話を聞いてみると、何かの拍子に足が触れたのを蹴飛ばされたと勘違いをした模様。怒鳴っているのはロマンスグレーの老紳士風だったのですが、いい年こいてよくやるよなぁ。
怒鳴られていたのは、メガネをかけてポッチャリ体型に頭の薄い斎藤暁みたいな感じの中年男性。そう、踊る大捜査線の秋山副署長をやってた人ネ。ずーっと怒鳴られっぱなしだったでのが、突然逆ギレしてロマンスグレー氏のネクタイをつかんで、今にも殴り掛かろうというような勢い。幸い周りにいた人が中に入って止めてくれたから大事にはならなかったけど、どっちもどっち。さらに「次の駅で降りろ」だの「血を見るぞ」だの、売り言葉に買い言葉という点はあったにしろ、もちょっと分別をもって欲しいものです。ストレスが溜まっていてこんな事でしか発散させられないのかなぁ〜。
別に意図したワケじゃないんんだけども、今週は電車ネタのオンパレード。毎日のように何かあるものですな。
7月18日 (日) 今さら東芝問題について書くのもなンだけど
VOL.670 1999.7.19 6:00 UP
今一番ホットな話題といえば例の東芝サポート問題ですが、尻馬に乗って私も一言二言ほど。
新聞各紙が記事にしたのが先週の土日。東芝側がHP上で反論したのを受けて両者の言い分を平等に掲載ということのようですが、そういうことを考えると5日発売の号でAKKY氏の主張だけを基に記事にした週刊ダイヤモンドはある意味では勇気ある行動だったのでしょうか。
しかし新聞の力はやっぱ大きいものですねぇ。記事になった時点では150万だの160万アクセスだったのですが、金曜日にアクセスしたら470万、さっき確認のためにアクセスしたらもう550万にまでなっていましたから。いかに電脳野次馬が多いかという証拠ですかね。もちろん、私もその中の1人ですが・・・。映像作家さん(7/13)も書いていましたが、これだけのアクセスがあるならバナー広告をつければよかったのに。しかもランダムに出てくるヤツを。で、たまーに東芝の広告なんぞが現れたりしたら、最高なんだけど。
そうそう、他の人が書いていた事と言えば、りむるさんが「クレーマーって単語を流行らせましょう」って書いて、「目指せ! 流行語大賞!!」なんて一行コメントをつけていたけども、コレって受賞者が必要だだからいくら流行ってもダメなんじゃないかな。さすがに東芝側を受賞者にするワケにもいかないだろうし、AKKY氏も顔出しはNGだろうしね。
さて、今や日本一有名な一般人となったAKKY氏ですが、経緯を何度読んでみても、直接社長宛てにビデオを送るという必然性がどうにも理解できません。確かに「、しかるべき責任者の元に回していただけると思った」というのは頷けないこともないですが、やっぱ天下の東芝の社長宛てに直接というのは常識を外しているように思います。AKKY氏がどういう職業かわかりませんが、一応は社会人なんだし。これじゃぁ、東芝側に「クレーマー」と判断されて渉外管理室の担当とされても仕方のない面もあるでしょう。
とまぁ、東芝寄りの考えになっていますが、何せウチのカイシャは東芝様に年間ウン億円もの売上(ちなみにウンのところに入る数字は2ケタ、東芝なんちゃらというのを全部合わせると、もしかしたら3ケタになってるかも)がありますからねぇ。まぁこれは冗談にしても、東芝擁護の立場でさらに言えば、早い段階で謝っておけばという意見もあるようですが、下手に一旦謝罪してしまうとそれ以上の要求には応えられないというのもあるでしょう。いくら謝罪のみという要求にしても、渉外管理室の仕事を考えると、額面通りに受け止めていないという方が自然な流れだろうし。
でも、今肩身が狭い思いをしているのは、東芝関係者の方々でしょうね。日記猿人登録者でも東芝関係者と思われる方は私が知っているだけでも数人いますし。心中お察し申し上げます。
7月20日 (火) 少年野球
VOL.671 1999.7.20 19:30 UP
先月からウチの子供を小学校の野球チームに入れているのですが、私の頃は学校単位のチームなんて無かったハズなんだけどもなぁ。一部の上手い連中はリトルリーグに入ってたくらいで、あとは5年か6年になってクラスでチームを作った程度かな。そういえばサッカーは小学校のチームがあったように記憶してるんだけど、なぜ野球は無かったんでしょうね。よく南田中球場(という勝手にそう名前をつけたただの空地)で練習だの試合だのやったものです。格好つけの山田クンは今頃何をしてるんでしょうか?
4年生なので試合をしても半分がフォアボールという状態。だから見ても面白くはないんだけど、我が子が出ているとなれば話は別。10数人いる中で一応はレギュラーをもらったようだし、しかも内野をやらせてもらっているようだし、親の欲目という点を差し引いてもそこそこ野球センスはあるようです。そうだよなぁ、学校に入ってからの4年間ほとんど毎日ナイターを見てるんですから、自然と身についているんでしょう。
ただ、守備の方は安心して見ていられるのですが、バッティングが全然ダメ。まだ2試合しか見ていないのですが、半分がフォアボールで残りの半分が三振。しかもバットを振ってもボールに一度も当たらないんじゃなぁ。親としても応援のしがいがありません。家の前でテニスボールでやってる時はちゃんと打ってくれるのですが、本番だと緊張してしまうのでしょうかねぇ。
監督やコーチ、試合ともなれば審判にお茶をサービスしたり、冷たいおしぼりを用意していたりと、お母さんたちは大変なようです。私もグランドへの送迎に車を出すくらいなら手伝いますが、そこまではできません。子供たちも新米ならば、お母さんたちも新米。まだルールもよくわかってない状態で、「どっちが勝ったの?」と言っているくらいなのですが、そのうちにスコアブックもつけるようになって、口うるさい外野になっていくのでしょうか。
子供を少年野球チームに入れたことには問題はないのですが、ただ1つネックになる点が。この季節、天候がはっきりしなくて、練習や試合が中止がどうか連絡網が回るのですが、だいたいその時間は朝の7時から8時の間。その間、連絡網待ちでネットに繋げないのがチョット。せっかくのテレホタイムだというのにね。ISDNにすりゃぁいいんでしょが、そこまでは・・・
7/21 AM7:00 追記
そうそう、1つ忘れておりました。応援の掛け声というか歌があるのですが、うまく揃っていないせいもあるし、おまけに歌詞がヘンだということもあるし、聞いているとすんごく違和感。最初に聞いた時は思わず笑っちゃいそうなって、こらえるのに大変でしたよ。ウチのチームだけでなく、対戦相手も同じようにやっていたから、少年野球全般の流れなんでしょうか、それともこの辺りだけの事なんでしょうか。正確に覚えているワケではないのですが、ちなみにこんなヤツです。
あなたの目標は (何ですか)
●●を超えること (そうですか)
●●以上の スーパーバッティング (エイエイエイ!)
スーパーバッティング (エイエイエイ!)
スーパーバッティング (エイエイエイ!)
大きな (大きな)
ホームラン (ホームラン)
あの天国の (あの天国の)
おじいちゃん (おばあちゃん)
ビックリして (ビックリして)
腰抜かす (腰抜かす)
大きな (大きな)
ホームラン (ホームラン)
7月21日 (水) 傘がない
VOL.672 1999.7.22 6:00 UP
都会では〜 自殺をする 若者が〜
違う、違うってば、井上陽水じゃないんだってば。
今日の夕方の雷雨は凄かったみたいですねぇ。たまたま午後は外出だったのですが、早目に用事が終わって何とか降り出す前に戻って来れてラッキー。そんな天候ですので、傘を持って帰ったのですが、結局は降られなかったのだから、折り畳みにしておけばよかった。
傘の事なんかスコーンと忘れてしまって、しかも忘れた事にも全然気づかずに家に帰って来たのですが、風呂に入ってボケーッとしていた時に突然傘の事を思い出したんですワ。で、帰りの行動を確認。電車の中で座っている時に傘をカバンに引っかけてたのは確かだから、となると駅前のコンビニで忘れたのか。SPAなんて立ち読みするんじゃなかった。
気づいたのは夜中の2時過ぎ。翌朝取りに行ってもいいのですが、そうしたらその傘を持って会社へいかなきゃならないし、かといってコンビニで預かってくれるワケもなさそうだし、明日の帰りまで置きっぱなしにするのも何だし。ということで、回収するために車を繰り出すことに。傘の方は無事にコンビニの入り口の傘立てにあったのですが、店の中に入らずに傘だけ持って帰ったので、傘泥棒と間違えられないかちょっと不安でした。何も悪いことしているワケじゃないんだけどもね。特に入り口のあたりでヤンキーな兄ちゃん姐ちゃんがたむろしてたんで、ちょっと怖かったかな。
7月22日 (木) 栃乃和歌・琴稲妻の引退
VOL.673 1999.7.23 6:30 UP
どなたかが「最近相撲を見ていないので、幕内力士も半分くらいわからない」なんて書いていましたが、私も同じ。昔は大相撲ダイジェストは必ず見ていたものですが、ここ4〜5年くらいでしょうかね、見なくなってしまったのは。そんな中、栃乃和歌と琴稲妻の引退と懐かしい名前を見つけましたので、そのあたりをちょっとばかり。
栃乃和歌はその四股名からもわかるように相撲どころの和歌山県出身。本名は綛田(かせだ)清隆というのですが、何でも相撲好きのおじいちゃんが栃錦にあやかって同じ清隆という名前にしたとか。で、その栃錦の春日野部屋に入門したあたりは因縁めいたものがあります。私がよく見ていた頃は関脇をずっとつとめていて大関候補とまで言われていたのですが、大関獲り目前でケガをしたのが痛かったです。ムスッとしていることが多かったし、決して端正とは言えない顔立ちだし、女性ファンが殺到するという雰囲気には程遠いのですが、玄人好みっぽくって私の好きな力士の1人でした。
さてもう1人、琴稲妻も引退。琴稲妻といえば、床山さん泣かせの髷が結えるかどうかギリギリの薄い髪。体力の限界が先か、髪の毛の限界が先かって、何年か前の夜久やくみつるかなんかの漫画にあったけど、最近はどこまで進行していたのやら。幕下陥落が決定的になったのが引退の理由ということで、どうやら髪の毛も無事もったようです。ただ、年内か来年の年明けあたりには断髪式をやるんでしょうが、果たしてそこまでもつかなぁ〜、なーんて考えているのはこの私だけでしょうねぇ。茶化してゴメンナサイね>ファンの方。
7月24日 (土) 夢の球宴
VOL.674 1999.7.24 22:00 UP
来週にゴルフがあるので、久しぶりに練習場へ。ここんんところブッツケ本番ばっかしだったのですが、さすがに前回のようなひどいスコアだとね。周囲にも迷惑をかけるし、自分でもやっててツマンナイから、少しは練習せんといかんでしょ。まぁ、自分なりに感覚を取り戻したのですが、忘れないように明日も行っとくかな。
午後からは子供の野球の試合。当初はただの練習だったのでついて行くつもりはなかったのですが、急遽練習試合ということで車を出すことに。チームの人が少なかったので、審判までやらされるハメに。まぁ、サードの審判なんでそうそう難しい事はないのですが、そんならサンダルで出掛けるんじゃなかった。炎天下で2時間以上。暑かったので家に戻ってからはビールの旨いこと、旨いこと。
夕方からはオールスターをテレビで。ここ何年かオールスターなんて見てはいないのですが、さすがに松坂・上原のルーキー対決となると、見逃すワケにはいきません。しかし松坂は強運の持ち主だよなぁ。通常は2試合で火・水なのですが、今年は3試合で土曜日が第一試合。注目度が違います。だから私のような勤め人でもリアルタイムで見ることができるワケでして。さらに今年はフランチャイズの西武ドームでの試合。ルーキーの年にこれだけの巡り合わせになるのは、確率的にはかなり小さいハズ。やっぱもって生まれた運の強さでしょうね。ただ惜しむらくは中継がテレビ朝日だということ。どこがいいというワケじゃないけど、どうみても他より見劣りするでしょ。松岡・北別府・広瀬の解説陣じゃぁ、華がないよね。
「江夏の9連続三振に挑む」だなんて散々前評判を煽っていましたが、あの江川だって全盛期に8連続で終わったんだから、いきなりルーキーでそんなことはできないことは常識で考えればすぐにわかること。3イニング目は予定外の登板なのでそれをハズして考えると、2イニング打者6人に対して三振4つ。結果だけみたらまずまずなのでしょうが、ローズ・ペタジーニに対してスライダーで三振をとったというのが、ちょっと気に入らないなぁ。自分のチームの中嶋がキャッチャーやってるんで、いつものようなピッチングになるんだろうけど、やっぱせっかくのオールスターなんだから決め球はストレートで押さなくっちゃ。
もっとも松坂が降板したら、チャンネルは切り替えて筋肉番付に。その後はプレステで遊んだりと、オールスターといえども我が家では所詮その程度の扱いってこと。
7月25日 (日) アポロ月着陸から30年
VOL.675 1999.7.26 6:00 UP
今から30年前の7月20日は、アポロ11号の月面着陸の日。ということで、火曜日にアポロについてのNスペを放送していたのですが、録画していたのを見ましたので、ちょっとそのあたりなどから。
当時小学校4年生の10歳。その前年のメキシコオリンピックの事はかなり覚えているのですが、アポロについてはあまり覚えていません。例の月面を歩く映像にしても、リアルタイムで見たかどうかも記憶にありません。後から何度もやっているので、それを見てインプリンティングされただけなのかもしれません。「オルドリンが月にオリルドリン」だとか「コリンズはもう月にはコリンズ」だとか、おバカな駄ジャレを言っていたのは覚えているのですがねぇ。
ソ連に先を超されたアメリカの威信をかけてケネディ大統領がアポロ計画を始めたという程度は知っているのですが、アポロ計画全体にしても知らなさ過ぎ。この年になるまでに、どこかでお勉強しててもよさそうなものなのにね。11号の月着陸にしても、コンピュータのトラブルから手動操縦に切り替えただとか、残りの燃料が10秒分も残っていなかっただとか。今日初めて知ったのですが、まさか今明かされる衝撃の事実というワケでもあるまいし、これだけの事実をどうして知らなかったのかなぁ。13号の事故にしてもそう。映画になるまでは、そんな事があったなんて全然知らなかったもんねぇ。
ただ1つ覚えていることがアポロチョコだというのが、我ながら情けない。
若い方のために、アポロチョコの解説。
月着陸船を模して、明治(だったけ?)が作ったお菓子。
形は三角形で、下半分が普通のチョコで、上半分がストロベリーチョコ。
実物はこんな感じネ。
7月26日 (月) 高校野球の予選の話題から
VOL.676 1999.7.27 7:00 UP
高校野球は地方予選も宴たけなわ。そうそうKOTOさん、帯広南商業惜しかったですねぇ。私の母校は何回か勝ったようだけども、例年のごとく今年もあえなく敗退。ちなみに私が入学してからの最高成績は、ベスト4というのが2回あっただけ。一生に一度くらい甲子園で応援してみたいけども、無理かなぁ〜。去年誰かが甲子園の事を書いていたけど、自分の母校だったのか、地元なだけだったのか、どっちだったんでしょう。猿人登録者もこれだけのの人数がいるんだから、誰かの母校が出場してる(する)んだろうなぁ。
というワケで、今日は予選の中から、いくつか話題を適当に拾って。といっても、初戦の話ばっかしで、先々週とかなり前の話題になってしまうのは、毎度の事なんだけど・・・。まずは去年に0−122と記録的な大敗を喫した青森の深浦高校。今年も大敗したのですが、スコアの方は0−54。で、ちょっと可哀相だけど今年もスコアボードを再現してみましょうかね。
| 去年 |
| チーム |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
| 東奥義塾 |
39 |
10 |
11 |
17 |
16 |
12 |
17 |
|
|
1 |
2 |
2 |
| 深浦 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
|
|
|
|
0 |
| 今年 |
| チーム |
1 |
2 |
3 |
4 |
5 |
6 |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
| 深浦 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
|
|
|
|
|
|
0 |
| 青森戸山 |
27 |
10 |
3 |
14 |
X |
|
|
|
|
|
5 |
4 |
去年、「スコアボードの方も何点までは用意してあるのでしょうか?」と疑問を書いたのですが、スコアボードの点数として用意されているのは12点までで、それ以上は手書きで作成したとのこと。謎が1つ解明されました。青森県大会は去年まで7回コールドの規定しかなかったのですが、去年の試合が契機となって、今年からは5回コールドという規定にしたそうな。コールドの点差は東京だと10点差なのですが、青森では15点差とのこと。まぁ、地方大会も規則は各都道府県の高野連が決めるんだから、それぞれの事情があってもいいのでしょう。
「1点でもいいから点を取りたかった。」と記事にあったのですが、まさかこれまで1点も取ったことないなんてことはないだろうなと、気になってちょっと過去を調べてみることに。大敗は大敗なのですが、97年が0−22で96年が2−32とのこと。さすがにずっと完封負けというチームは、そうそうないでしょう。
もう1つは聖徳学園。2日続けて雨で順延となって、2年生が海外研修旅行へ出かけてしまってメンバーが足りなくなるので棄権のこと。おそらくは毎年のように初戦敗退のチームなんだろうけど、万が一にも勝ってしまったら、次をどうするつもりだったんでしょう。勝っても棄権するんなら、相手チームにも申し訳ないだろうし。たまたま初戦が13日の試合予定だからよかったようなものの、最初から15日以降だったらどうするつもりだったんでしょうかねぇ。まさか都連が細工をして気を利かせて大会初日に組んだというのでもなかろうに。
いえ別に「参加しておきながら棄権なんてケシカラン!」なんて言うつもりは毛頭ありません。野球だからこうやって目立つだけで、他の団体スポーツでも棄権なんてよくあることだろうしね。それに高校生は学業優先ですからね。<と、とってつけたような言い方。
私の頃とは隔世の感がありますが、今や高校で海外へ行くのも当たり前の時代。とはいえ、確か行き先はヨーロッパとのことですので、豪勢なもんです。武蔵境にある学校なのに実はよく知らないのですが、そんなにブルジョア学校だったけかなぁ。
まだまだ書こうと思っていることはあるんだけども、長くなってきたので、それは明日以降にでも。
7月28日 (水) 2世たちの予選
VOL.677 1999.7.28 23:00 UP
真夏モードに入ったせいなのか、今週からビルの冷房がより強くなりました。私の席は送風口のすぐ下だから、うるさくってしょうがありません。会社が入っているビルは古いビルなので、強さも調節できず、送風を止めることもできず。で、風が当たって寒いと女の子が言い出して、さぁ大変。風向きをあちこち変えてみるものの、あちら立てればこちら立たずという状態。結局、大岡越前の三方一両損じゃないけども、それぞれが少しずつ我慢することで、何とか一件落着。ったくー、オンボロビルはこれだからイヤだな。
一昨日の続きというか、高校野球の予選の話でしたね。よく囲み記事かなんかで「誰それの子供が出場」云々とありますが、今日はそのあたりの話。
最初に2世を意識したのは、やっぱ一茂ですかね。立教高校には、一茂だけでなく日本ハムへ行った矢作もいたんで、当時は蒼々たるメンバーだったのですが、残念ながら準決勝で敗退。たまたまテレビ埼玉で予選を見てたという記憶にあるのですが、夏休みに他にする事なかったんかいのぅ。ミスターもあの頃はプーやってたので、たしか、応援に来たっけかな。親バカここに極まれりという感じです。親バカといえば、ノムさんだって、カツノリの時に顔を出したんじゃなかったっけかな。
で、今年記事で見つけたのが、1974年の優勝投手の土屋正勝の子供。父親と同じく銚子商業のエースなのですが、最後の夏も甲子園に行くことができませんでした。もう1人が掛布の子供。こっちは啓悟クンが生まれた時を知っているだけに、もう高校生かと時の経つ早さにビックリ。こちらはまだ1年生ということでスタンドで応援とのこと。土屋が私より2つ上で、掛布は3つ上の世代。いよいよ同世代の子供が高校野球で目立つようになってきました。そのうち私よりも下の世代の2世が出てくるんでしょうな。こうやって、年をとっていくのを実感するんですな、私の場合には。
そうそう、同世代といえば去年仲良く甲子園出場を果たした、桜美林の松本監督、埼玉栄の片桐監督ですが、桜美林が一昨日、埼玉栄が今日と、ともに準決勝で負けてしまいました。はぁー、残念。同じく昭和51年組の監督では、去年中居クンの母校の平塚学園に決勝で負けた東海大相模の村中監督が、今年から東海大甲府の監督やっているのですが、今年も決勝で負けちゃったからねぇ。さぁて、今年はどこを応援しようかなぁ〜。
7月29日 (木) スコアも良ければゴルフも楽しなンだけど・・・
VOL.678 1999.7.30 6:30 UP
今日は5月以来のゴルフ。その時はかろうじて130台という散々な成績だったのですが、さすがにそんなスコアだと申し訳ないので、一応は練習をして今日に臨むことに。前回のリベンジとなるハズだったのですが・・・
午前中のハーフは55とまずまずのスコア。ハンデを36と目一杯もらっているので、1オーバーと優勝圏内。そのプレッシャーもあったのか、お昼にビールをガバガバ飲んだせいなのか午後はメロメロ。谷底にボールは落とすし、別のホールでは連続OBをやらかすし、散々な状態。プレーの途中ですが、このまま止めて帰りたいくらいでした。後半持ち直して何とか60にまとめて、グロス115。まぁ何とか恥ずかしくない最低限におさまったというとこかな。それに上がりの3ホールは、パー・ボギー・ボギーと気持ちよく終われたので、これでよしとしなくっちゃ。
しっかし、ちょっと中途半端だな。良いなら良いで100前後、悪いなら悪いで120オーバーならいいんだけど、いつもの105−115のレンジじゃ日記の書きようもありません。<って、しっかり書いているけど・・・
運転手なので、ビールは家に着くまで我慢。早く終わって6時頃と誰もいない時に家に戻ってきたのですが、日焼けして火照っている肌を肴に、まずは軽く2本。夕食時にまたまた2本と缶ビールをグビグビ。4時起きと朝が早かったことと、ビールの酔いもあって早々と8時にはダウン。起きてみたら朝の6時だから都合10時間もずっと眠りっぱなしだったワケですか。
7月31日 (木) 宇徳敬子がMi−Keのメンバーだったなんて
VOL.679 1999.7.31 7:30 UP
どこでに書いてあったのを読んだんだっけなぁ。宇徳敬子がBBクイーンズのバックコーラスをやっていたり、Mi−Keのリードボーカルだったなんて。BBクイーンズのバックコーラスなら何となくわかるんだけど、Mi−Keにいたとはちょっと意外。アイドルアイドルしていた時期があったとは。今の彼女とは、なかなか結びつきません。村上遥なら結構テレビへの露出度は高いので、Mi−Ke出身だということは知っていたのですが・・・
別に宇徳敬子のファンでもないし、CD持ってるワケでもないし、せいぜい伊藤園のCMのバックに流れていたというくらいの認識なのですが、そんな経歴だとはちっとも思いもよりませんでした。っつーことで、久しぶりに皆さんに聞いてみましょうかね。宇徳敬子がMi−keのメンバーだったって知っていましたか?
ご協力ありがとうございました。
結果につきましては、こちらからどうぞ。
Mi−keといえば、デビュー曲でTBS系「ナースステーション」のテーマ曲にもなっていた「思い出の九十九里浜」。「ナースステーション」が放映されていたのはかれこれ8年くらい前になりますでしょうか、なぜか毎週のように見ておりました。菊池桃子お目当てだったのかな、それとも田中律子お目当てだったのかな。
その「ナースステーション」ですが、あまりいい思い出はないな。というか番組自体は大して覚えていないのですが、ちょっとそれに付随することでね。その当時某地方都市へ出張した時のこと。夜のお誘いの2次会だったか3次会だったかで場末のスナックに連れていかれたのですが、これがお触りバーだったんですね。それもこっちが触るというのではなく、向こうが触ってくるというもの。店の女の子が若くてキレイなら文句ないのですが、これがお世辞にもそうは言えない魑魅魍魎みたいな輩ども。こんなのでもまさぐられているうちに、勃ってしまったのが我ながら情けなくって。何かの会話の中で、この「ナースステーション」を見ているということがわかって、その後しばらくは「思い出の九十九里浜」を聞くと、どうにもあの顔が浮かんできてしまって・・・
さて、今日から家族で遊びに行ってきますので、次の更新は火曜日か水曜日の朝になります。
※ご感想・ご意見をpittanco@mb.infoweb.ne.jpまでメールください。
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