7月29日(水)

2週間ほど前にロングアイランドに住む友人にSAL便で送った本が届いたというメール。SAL便は船便より速く、航空便より安い。10年ほど前に福間健二さんに教えてもらってから、海外へ冊子を送るときはいつもSAL便にしている。メールの終わりに「Best regards」とあって、これが結語であることを知った。


7月27日(月)

『ためらいの倫理学』で内田樹はティム・オブライエンの『本当の戦争の話をしよう』(村上春樹訳・文藝春秋社)を紹介している。ベトナム戦争での兵士の死を淡々とリアルに描いたことを「鎮魂の儀礼」と評価する。戦争や死者を美化するのではなく、ただ語ること。それが「真の鎮魂」であり「謝罪」「告発」であると書いている。このひとはオブライエンまで読んでいるのか。

わたしたちの世代は戦争について語るべきことばを持たないけれど、知らないとか関係ないとは言いたくないと思っている。わたしの父は吉本隆明と同じ年であるけれど戦争について話すのを聞いたことがないし(おそらく何も考えていないのだろう)、母は防空壕や食べ物の話しかしなかった。一般庶民にとって戦争とは非常事態というだけだったのだろうか。当時すでに成人していたはずの叔父たちも戦争には行っていない。義父のほか誰も戦争の経験がないのは不思議なことのように思われる。


7月25日(土)

埼玉県立近代美術館で「長澤英俊ーオーロラの向かう所」を観た。長澤は1940年生まれのイタリアで活躍する彫刻家。何も知らずに出かけたのだけれど、とてもよかった。こじんまりとした空間に15のオブジェがしっくりおさまって、カジュアルな展覧会という雰囲気。

石や木材、鉄などを使ったダイナミックなもの、シルクの垂れ下がる繊細なもの。「詩人の家」「バグダッドの葡萄の木」「空の井戸」など魅力的なタイトルを持つ作品には美とぬくもりがある。「彫刻とはもうひとつの自然をつくること」ということばが作品のすべてを語っていると思った。


7月21日(火)

内田樹の『ためらいの倫理学』(角川文庫)を読んでいる。最近は内田さんがブログに書いたものを編集者がピックアップしてまとめるという本の作り方をしていて、語り口は柔らかだけれど、これはそうではない。2001年のデビュー作。文章がまだ硬く、「なぜ私は戦争について語らないか」「なぜ私は性について語らないか」という重いテーマを扱っている。「アメリカという病」ではスーザン・ソンタグを批判していて、興味深い。


7月17日(金)

この4月から英語で日記を書いている。といっても中学生レベルの英文で、和英辞書を引いている時間のほうが長いのだけれど、毎日つけるようにはなった。ためると後が大変だから。少しは英語的な思考ができるようになるのではないかと期待していたけれど、それはまったくなし。ただ食材は何度も引くので、いくつは覚えることができた。「eel」とか「Chinese yam」「leek」等々。記憶で書いた単語はスペルミスが多く、つい塗りつぶしてしまうため紙面が汚い。来年読み返すことはないんじゃないかと思う。


7月14日(火)

篠原憲二さんの『沖の音』(水仁舎)を読む。21年ぶりの詩集とのこと。暮らしのなかのふとした瞬間にあらわれる喪失感や悲しみ、希望の光などをやさしいことばと上質の抒情で描いた36編。久しぶりに余白を味わう詩集を読んだ気がする。同時代の感性を感じます。お元気そうでよかった。

最近、古い友人から次々と本やメールがとどく。何だか不思議です。


7月11日(土)

東京ドームのサイモン&ガーファンクルのコンサートへ。外野席でほとんど見えず、音響がかなり悪い。それぞれのソロ曲や十代のときに作った曲など、初めて聴くものもあった。今年68歳のサイモンはずんぐりしてしまったけれど、声質はあまり変わらない。ガーファンクルはあのときのまま、サイモンはずっとギターを弾きながら、骨太の音楽を聴かせてくれた。「アメリカ」「アイ・アム・ア・ロック」「スカボローフェア」、ラストは「セシリア」。中高年の観客はおとなしく聴いていたけれど、最後でやっと総立ちになり盛り上がる。アンコールもたっぷり。帰宅してCDを聴く。彼らの音楽はわたしの青春です。


7月8日(水)

先日ジャクリーヌ・デュプレのCDを購入したが、音が飛ぶので店に持っていった。店頭のプレーヤーに入れると何ともない。相性が悪いのでしょうと言われる。新しいものに換えてもらったけれど、やはり途中で音が切れた。うちのステレオコンポは2か月前に買ったものだから、それが壊れるまでは聴くことができないことになる。それまではフルニエとカザルスを聴きます。

鹿島 茂『吉本隆明1968』(平凡社新書)を読んでいる。おもしろい。


7月4日(土)

アメリカに移住した友人からメールがとどく。独立記念日で休みなのでネットサーフィンをして、このHPを見つけたのだそう。続けていてよかった。18年も会っていないので話したいことがたくさんあり、何度もメールのやりとりをする。彼女のご主人はイランのひと。団地の同じ棟に住んでいて知り合った。イラン料理をごちそうになったり猫を預かってもらったり子どもを見ていてくれたり、ずいぶんお世話になった。日本に来たお姑さんのことを詩に書いたこともある。彼女も健在とのこと。二人のお嬢さんの写真も添えられていた。もうすっかり大人の女性だけれど、子どものころの面影があって懐かしかった。みんな元気でよかった。


7月2日(木)

『1Q84』読了。登場人物のすべてが重い役割が振り分けられている。彼らは深く思考し選択をし、行動する。悪人は出てこない。ドン・デリーロやポール・オースターの小説世界に共通するもの、世界の優れた文学作品(例えばドストエフスキー)に見られる成熟を感じた。オウム真理教がモデルと思われる新興宗教のリーダーに自らの特殊な能力と苦悩を語らせ、新興宗教は狂信的な人間の集まりではないとする村上春樹の解釈に半ば驚きながら、宗教の持つちからを考え直したほうがいいのかもしれないと思った。まだうまく全貌をつかむことができていないのだが、不幸な境遇にあった10歳の少年と少女の間に起こったことが、その後の彼らを支え続けたという設定は納得できるものだった。


6月30日(火)

『1Q84』上巻。農業を中心にしたコンミューンやカルト集団、その闇に分け入ろうとするところで上巻は終わる。愚かな親に奴隷のように振り回され身体を損傷し、表情をなくした子どもが幾人も登場する。主人公の二人もそうした過去を持ち、消したいと思いつつ、ものを考えるときも選択を迫られているときも、心はそこに戻ってしまう。謎が多すぎるという批評も多く、半分を読んだ時点ではまだ何ともいえないけれど、現代日本の暗部と純愛を絡ませて進んでゆく物語に圧倒されるばかりです。


6月27日(土)

ほぼ半年ぶりの外出。神楽坂のセッションハウスで小沢恵美子さんのソロ・パフォーマンスを観る。小沢さんはフィリア・プロジェクトのメンバー。ショスターコヴィッチの交響曲15番を身体で表現する試みで、設計は二瓶龍彦さん。コンクリート打ちっ放しの空間に、重力を感じさせないような歩き方で登場した小沢さんは80分間、静かに踊り続けた。15番は初めて聴いた。美しい旋律はすぐに不吉な音楽に掻き消され、死の気配がしのびよる。当時のロシアの街とショスターコヴィッチのことばがスクリーンに映し出され、全体主義のなかで新しい音楽を生み出す音楽家の苦悩が浮き彫りになってゆく。

白いシャツにゆったりした黒いパンツ姿。震えて小刻みに歩く、腕や足に付着したらしいものを神経質に払い落とすなどの動きで、人間が壊れていくプロセスを表現していた。「わたしの交響曲のほとんどは墓碑銘である」というラストのことば。ショスターコヴィッチの音楽は個人の死を表すとともに、ロシアという国に対する命を賭けた抗議であったかもしれないと思った。


6月26日(金)

村上春樹『1Q84』(新潮社)読み始める。おもしろい。冒頭の青豆のシーンはアメリカ映画を観ているようだし、天吾が出てくるシーンは邦画風。最初から謎だらけ。新聞で特集が組まれたのを読んでしまったけれど、それらを気にせずに集中して読もうと思う。


6月23日(火)

以前、連句でご一緒させてもらった中西誠さんより句集『わが浄土』(文學の森)をいただく。「花を恋う花の憂いは持ち込まず」、こういう句にわたしは弱い。いいですね。付箋を用意して読んでいる。

『墜ちてゆく男』を再読。やはりとても魅力的な小説だと思う。デリーロのクールな文体は好みです。前作『ボディ・アーティスト』の世界と通じるものがあるような気がするので、そちらも近々読み返そうと思う。


6月21日(日)

O市にて義母の納骨。早朝にはどしゃ降りだった雨が小止みになってよかった。車中で木田元の『なにもかも小林秀雄に教わった』(文春新書)。タイトルに惹かれて読んでみたけれど、内容は著者の読書遍歴。何だか騙されような気がしてならない。こういうタイトルは付けないでくださいと言いたい。

『墜ちてゆく男』を再読。主人公の妻リアンと一時的に恋愛関係に陥るフローレンスがはっきり書き分けられていないように思える箇所がある。わたしの読み方が悪いのだろうか。


6月17日(水)

途中になっていた水村美苗『日本語が亡びるとき』(筑摩書房)を読んでいる。わたしたちが何気なく使っている「国語」ということばについて、「〈国語〉とは、もとは〈現地語〉でしかなかった言葉が、翻訳という行為を通じ、〈普遍語〉と同じレベルで機能するようになったものである」とある。たとえばヨーロッパではギリシャ語やラテン語が普遍語であり、学者は普遍語で本を書いた。それを現地語に翻訳したものを一般の人々は読んでいたのだが、次第に現地語のレベルが上がって普遍語と同等になり、ことばは〈国民国家〉の誕生という歴史に絡んで、〈国民国家〉の国民のことばになった。それが〈国語〉だというのである。なるほど。日本では漢文が普遍語で、それを読む下すためにカタカナやひらがなが生み出されて、日本語ができあがっていったということ。

その流れのなかで本居宣長は重要な位置を占めている。小林秀雄と水村美苗の著作が自分のなかでつながった。普遍語から国語へ至ることばの歴史を思う。

水村さんは「くり返すが」と述べて、重要な部分を何度も書いてくれている。ヤマはここですと教えてくれる。それにしても粘着気質のひとだと思う。粘着気質でなければ小説家になれないのでしょうね。


6月14日(日)

先日の補足。芸術家は不幸なのではなく、幸福になれない。なぜなら創作する「私」は前日の「私」でも翌日の「私」でもないから。内田樹によるレヴィナスの説を借りれば、「私」とは「他者」である。芸術家の仕事は、彼らにとって永遠に「他者」の作品なのではないだろうか。だから完成したものに満足することなくさらに新しい作品を生み出すために苦悶する。おそらくストイックな生活のなかで、他人にも厳しく、人間関係はうまくいかず、世間的な評価はさほど高くない。ラフマニノフに限っていえば、そのようである。


6月13日(土)

先日の文章はちょっと雑だったので書き直し。レヴィナスのことばには、悲惨な境遇にあるひとの苦悩を軽減するちからがあるような気がする。

『ラフマニノフ ある愛の調べ』というDVDを観る。2008年ロシア映画。ロシア革命を機にアメリカに亡命したピアニストで作曲家のラフマニノフ。チャイコフスキー、マーラー、モーツァルトなど音楽家を描いた映画はほとんど、芸術家は不幸であるという結末になっている。ラフマニノフも両親の不仲、作曲などやめろ恩師、初めて書いた協奏曲の演奏会が大失敗に終わったこと、亡命生活を支えるための、いつ終わるともしれない演奏旅行、望郷の念と疲労が重なって作曲ができない焦りなど、才能ゆえに苦しむ音楽家の姿が描かれる。

彼を愛する3人の女性。時間が前後するので話の流れがよくつかめなかったのだが、ロシア生まれの妻が1920年代に流行った服を着ているのに興味を持った。フィッツジェラルドの妻ゼルダのようなボブヘア、ローウェストのワンピース。そのままチャールストンを踊りそうなファッション。窮地を何度も救うことになる教え子は筋金入りのマルキスト。時代を感じます。

主人公を演じる俳優はラフマニノフに似ていたけれど、やや小柄。実際は2メートル近い長身で、手も並はずれて大きかったらしいです。


6月12日(金)

内田樹の『こんな日本でよかったね-構造主義的日本論』を読む。「制度の起源に向かって」、「ニッポン精神分析」、「生き延びる力」、「日本辺境論」から成る。内田樹がほぼ毎日書いているブログを編集者が切り貼りして作った本。文章がわかりやすく柔らかい。

このひとはレヴィナスの研究家なので、引用が多いのもうれしい。たとえば「未来とは、捉えられないもの、われわれに不意に襲いかかり、われわれを捉えるものなのである。未来とは、他者なのだ」(『時間と他者』)などという文章を読むと、よくわからないながらも、なるほどと思ってしまう。レヴィナスは難解であるけれど、そのことばにはこの世界の悲惨を救うちからがある、ということはわかるような気がする。


6月9日(火)

ギャラガーにはかなりがっかり。ストーリーも訳も雑で、ささくれたように感じられる。で、カズオ・イシグロの『充たされざる者』(古賀駿幸訳・早川書房)を読み始める。ヨーロッパの古いホテルにピアニストのライダーがやってきたところから始まる。クラシックなホテルの内部、生真面目なポーター、重要な催しであるらしい「木曜の夕べ」。ライダーはそこで演奏をすることになっているのだが、詳細は何も知らされていない。ていねいでゆったりした訳文が心地よい。期待できそう。


6月8日(月)

テス・ギャラガーの短篇集『ふくろう女の美容室』(橋本博美訳・新潮クレストブックス)。著者は故レイモンド・カーヴァー夫人で詩人。そのなかの「キャンプファイヤーに降る雨」がカーヴァーの「大聖堂」と対をなすというので読んでみた。お客の盲人と一夜を過ごす夫婦の話。先に発表したカーヴァーに挑戦するような「本当に起きたことはこうだ」という文章を見て、書かないほうがよかったのではないかと思う。ギャラガー作は、庭で夜空を見上げる盲人の傍らに妻が裸で立つというラスト。ちょっとどうかな?

表題作や「祈る女」にはアメリカの田舎町の雰囲気はよく出ていると思う。でも訳にも好感を持つことができなくて、久々の外れかも。この後はカズオ・イシグロの『充たされざる者』を読む予定です。


6月1日(月)

『墜ちてゆく男』読了。ラストはワールド・トレード・センターが倒れるシーン。タワー内にいて階段を下りて脱出する人々。その一人が主人公のキースで、親友を見かけ助けようとするが、既に死んでいる。そこから最初のシーンにつながる。顔に硝子の破片が刺さり灰まみれになってタワーを出るキース。

救いはない。キースは立ち直ることができず、家庭は崩壊する。このようなかたちでしか9・11を描くことはできないのだろうと納得した。タワーに突っ込む航空機を操縦した男ハマドを主人公にした短い章もいくつかある。攻撃を阻止するためにイラク軍に向かって走っていく自殺部隊がイランにあるという。少年たちが勝利の声をあげながら、倒れた仲間を飛び越えて走る。そういう国で育ち、テロリストになっていったハマド。

デリーロは『リブラ 時の秤』のなかでも、ケネディ暗殺犯のオズワルドだけでなく、登場するすべての人物を暮らしの細部までていねいに描いていた。それらは冗長なものではなく、洗練された描写で、この作家の知性を感じさせるものだった。知性とセンスと誠実さ。ドン・デリーロはすばらしい作家です。


5月30日(土)

O市へ。車中で井上荒野の『ヌルイコイ』(光文社)読了。テレビドラマのような恋愛小説。最初から最後までありえないと思いながら読んだ。主人公なつ恵はほとんど流されるままに生きているのだが、突然それを壊すような行動をする。『墜ちてゆく男』に出てくる妻リアンは不倫をしているし、その発言には不安定なところがある。最近読む小説に登場するのは怖い女性ばかりだ。

窓の外には水田。苔色の関東平野はなかなか美しい。


5月26日(火)

『墜ちてゆく男』を読む。9・11以後、人々はどのようにして事態を受け止め、回復していったのかということが描かれている。ニュースで見た、介護犬や消防士の話もある。また、地域でひらかれる事件を語り合う会、逆さの宙吊りパフォーマンスをする男、壊れた家族の再会など、ニューヨークで起こったさまざまなことを知ることができる。同じ体験をした者同士が恋に落ち、心の離れた夫婦が支え合う。苦しみと悲しみのなかで求め合う愛のかたち。

数行読む毎に悲痛な気持ちになる。あのときニューヨークに住んでいたすべての人々が何らかのショックを受け、今も抱えているのだということを思う。


5月24日(日)

ドン・デリーロ『墜ちてゆく男』(上岡伸雄訳・新潮社)を読み始める。9・11とその後を描いたと大きな話題を呼んだ長篇小説。2001年9月11日、妻が灰にまみれた夫の帰宅に驚くシーンからはじまる。別居中の夫はなぜ戻って来たのか。断片的な会話、現在と過去を交錯させながら、少しずつ明かされていく二人の関係。数ページ読んだだけで、すごい作品だとわかります。


5月22日(金)

ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』(御輿哲也訳・岩波文庫)読了。三部から成る長篇小説。読み終わってみると三幕の芝居を観ていたような気がする。哲学者ラムジー氏の屋敷が第一幕の舞台、二幕めは誰もいなくなった屋敷、最後は船の上。ヒロインともいえるラムジー夫人の死の詳細は隠され、二幕では無人の屋敷をまもる二人の老女が狂言回しのような役を担い、三幕めは生き残った者たちが灯台へ向かう。登場人物それぞれの意識の流れを書きこんでいくウルフは、きっと小説家特有の粘着気質が強いひとだったのだと思う。

三部ではウルフの母がモデルと思われる自我を持った美貌の夫人の思い出を、ウルフの分身と思われる想像力ゆたかな画家志望の女性が語る。他の人物は脇役といってもいいと思う。短い二部に不思議な味わいがあります。


5月17日(日)

週末に義母の通夜と告別式があった。一族が近くに住んでいるので、一連のことが速やかに進んだ。納棺の儀式というのを初めて見た。そのセレモニーホールでは5年前からやっているということだけれど、儀式というよりパフォーマンス。納棺師の演技を客席で見ている感じ。所作も声もきれいな、女優さんのように美しい納棺師さんである。化粧をほどこされた母は生前よりもずっと若く見えた。大変な技である。

家族のためにひたすら尽くしたひとだった。ほんとうの娘のようによくしてもらった。ひっそりと生きた母なので特別な思い出はないけれど、一緒にいた時間はいつも、受け入れられていることを感じることのできる穏やかなものだった。お母さんお疲れさまでした。


5月14日(木)

古内美也子さんに電話。『現代詩手帖』に渡辺玄英さんの評が載っていることを伝える。

身内に不幸がありましたので、しばらく留守にします。見てくださっている方、申し訳ありません。


5月10日(日)

暇があると歩くようにしているのだけれど、日々の生活のなかでは買い物のために隣の駅まで往復する程度で、1時間歩いても7000歩くらい。それも寂れたアーケードの商店街を抜けるだけなので、あまり楽しみはない。きょうは阿佐ヶ谷の住宅街を歩いて馬橋公園へ。小さな公園ながら、子どもたちが水遊びができる場所や野球場があり、リトルリーグを見物する。家々の玄関も庭も、通り過ぎるひとの目を楽しまるように手入れされていて、いいなあと思う。

昔入ったことのあるお蕎麦屋で昼食。お年寄りの一人客が多く、狭い店なのに店員さんを呼ぶのに手をたたく老人がいたのには驚いた。偉いひとなのだろうか。

車内でヴァージニア・ウルフの『灯台へ』を読む。古風なところや大げさな比喩にも慣れて、おもしろく思えるようになってきた。8人の子を持つ美貌のラムジー夫人。学者の夫と暮らす彼女と、滞在する客たちの日々の意識が細かく描かれる。ラムジー夫人は自我をもった、女性として知的な人間として書かれている。二つの大戦の間に執筆されたことを考れば、新しい文学の可能性を探りつつ執筆された優れた作品だということがよくわかる。


5月8日(金)

『死の海を泳いで』読了。二度の癌から生還し、さらに白血病を患ったソンタグは生き延びるために、どんなに低い確率の治療であっても受けることを選ぶが、確率に打ち勝てると信じた骨髄移植が失敗に終わり死を迎えることになる。そうした日々を、息子であるディヴィッド・リーフは感傷を一切排して回想する。病を宣告され2004年から9か月後の死に至るまで。ジャーナリストであったからこそ一冊の本にまとめることができた奇跡のような本。

ソンタグは死が近くなっても諦らめず生きるために闘ったのだが、生きることに対する愛と執着はもちろん、無神論者であったことも、死から生還できると信じる力につながっていたと思う。乳癌の化学療法を受けているときの日記には「明るく振る舞おう、ストイックになろう、冷静になろう」と書かれ、さらに「悲しみの谷では、翼を広げよう」と付け加えられていたという。最期まで知的好奇心を失うことなく、全身で癌に立ち向かったソンタグ。ひとは生きてきたように死ぬ。スーザン・ソンタグもまた。


5月6日(水)

GWは家の修理と掃除で終わる。毎年この時期に大掃除をすることにしようと思う。気候もいいし、年末は大掃除の後にゴミが出ても収集が終わってしまっているので。収納家具を購入し、早めの衣更えをする。雑用の合間にディヴィッド・リーフの『死の海を泳いで』と湯浅誠の『反貧困』を読む。


5月1日(金)

錦糸町のすみだトリフォニーホールでピリス&新日本フィルの演奏を聴く。ベートーヴェンの協奏曲2番と4番。ピリスは草色のブラウスに薄墨色のスカート。音楽に詳しくないわたしにも、ふつうのピアニストではないことがわかる。抑制された、みずみずしいピアノ。ストイックでありながら喜びにあふれた演奏。独奏がオーケストラと一体になるとき、ていねいに渡される和音。ピアノの蓋に映る手首が見えるだけの席だったけれど、上を向くピリスの顔を何度か見ることができた。アンコールはなし。それも潔くていいと思った。

間にゴムツィアコフがシューマンのチェロ協奏曲を演奏した。少し不吉な物語を思わせるが、シューマン自身は「朗らかな曲」と説明していたとプログラムにある。何度も繰り返されるフレーズが記憶に刷り込まれていくような気がした。


4月30日(木)

O市へ。車中で『いま哲学とは何か』(岩田靖夫・岩波新書)の続きを読む。ホロコーストを体験したユダヤ人の作家エリ・ヴィーゼルの『夜』のなかに、こんな話があるという。倉庫に瀕死者と一緒に積み重ねられたヴィーゼルの耳に、突然ベートーヴェンの協奏曲の一節が鳴り響く。闇のなかでどこの狂人がヴァイオリンを弾いているのか、幻聴か。あれほど美しい響きは生涯聴いたことがない、と作家は書く。翌朝、息絶えた死者と押しつぶされたヴァイオリンの破片が床に散乱していたという。

すぐに聴きたいと思い、池袋でCD(演奏はヘンリク・シェリング)を購入。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は1つしかないのだそう。聴いたことがある曲だった。若いときに聴いたものはしっかり記憶しているが、年とってからはかすかに覚えているという程度になってしまった。ヴィーゼルの聴いたヴァイオリンのようではなくても、いつか身体が動かなくなったとき、記憶の音が耳に響いてくればいいなあと思う。


4月28日(火)

1週間前に歯茎を切開する手術を受けた。といっても少し切って縫うだけのもの。30分ほどで終わる。「少し腫れますよ」と言われた通り、次の日には片方の頬が2倍に腫れ、おさまると殴られたような青あざに。今は黄色い絵の具を塗ったみたいになっている。顔が変形して変色した7日間。そろそろ元通りになるだろう。

ピアニストのマリア・ジョアン・ピリスが来日している。ぜひ生で聴きたくて、インターネットで購入し、コンビニでチケットを受け取る。昔は新宿のプレイガイドまで買いに行ったのに、便利になったものです。


4月27日(月)

『びーぐる』編集部にお礼状を書いて投函する。『死の海を泳いで』を読む。想像していたものとずいぶん違う。ソンタグの生い立ちなどを知ることができるのはうれしいことだが、母親の偉大さに敬意を表し過ぎているように思える。意志の強さや医学の知識、癌に立ち向かう姿勢についてなど。もっと距離をもって淡々と書いてくれたら、と思ってもしかたないのだけれど。


4月24日(金)

『びーぐる 詩の海へ』3号が届いた。表紙の写真は四元康祐さん。シックですてきです。特集の「海外現代詩」では、わたしの知らない新しい詩人たちが紹介されていて、読むのが楽しみ。「わたしの好きな外国の詩」というアンケートがあり、自分なら何を選ぶだろうと考える。たぶんジョン・アシュベリーかパウル・ツェランかな。わたしも「伝言」という詩を書いています。


4月23日(木)

『詩論へ』の感想を書いて投函する。的外れなことを書いたのではないかと、ちょっと心配。

『死の海を泳いで』読み始める。癌を告知されたソンタグは、克服できると信じていたという。わたしの母は心の準備もなく末期癌を告知されたが、死に対する想像力に欠けていたため、まったく動じなかった。仕事柄か、あまりにも事細かに書いていて、気が滅入ってくる。どうしても母のことを思い出してしまうのである。


4月21日(火)

『詩論へ』のなかで、瀬尾育生さんが天沢退二郎さんの「血の日曜日」という詩を解読している。描かれた風景の在処を探っていく文章がスリリングですばらしい。〈エテロトピー〉(混在郷)ということばを初めて知った。天沢さんの現代詩文庫を取り出して、読んでみる。

ディヴィッド・リーフの『死の海を泳いで』(上岡伸雄訳・岩波書店)を買う。著者はジャーナリストでスーザン・ソンタグの子息。ソンタグ最期の日々を回想したもの。批評家であり小説家であったソンタグがどのように死を受け入れ、闘ったのか、ぜひ知りたいと思う。


4月18日(土)

昭和記念公園へ。毎年この時期に行くのが恒例になっている。手入れの行き届いた広大な公園。フラワーフェスティバルということで、ポピーや菜の花、ネモフィラなどが花盛り。昭和天皇記念館のある緑のゾーンが新しくできてJR立川駅からすぐに行けるようになった。銀杏の若芽をのぞきながら歩く。気温もほどよい散歩日和の一日だった。

『ヴァージニア・ウルフ短篇集』を読んでいる。「意識の流れ」の手法をもって小説に革新をもたらした作家。とはいっても、おさめられた17の短篇には玉石混淆の感があるのは否めないと思う。今ここからのまなざしではなく、その時代に降りていって読まなければならないのだろうし、研究者ではないのでえらそうなことは言えないが、ウルフの作品には小説というより詩に近いものを感じる。何を書くかではなく、どう書くかということに力が注がれているように思える。数年前に買ったことを忘れて、また購入してしまった。


4月17日(金)

「短篇通信」更新しました。まだ整理不足で読みにくいかと思いますが、お時間のある方はのぞいてみてください。『雨期』38号〜43号に掲載したものです。


4月16日(木)

家族が借りたDVD『ペネロピ』を観る。タイトルが妙だし、豚の鼻をした女の子の話と聞いて、子ども向けかと思ったのだが、大人の観賞にもたえるおもしろさだった。名門ウィルハーン家の5代目の娘ペネロピは呪いをかけられて豚の耳と鼻をもって生まれ、屋敷から出たことがない。同じような家柄の男がありのままのペネロピを愛したとき呪いがとけるというので、毎日のようにお見合いをさせられて7年、やっと一人の男が現れる。

けれど彼はペネロピの写真を撮るために雇われたギャンブル狂いで、名門の子息ではない。賢く心優しいペネロピに惹かれ、事情を理解しながら、求愛を受けることができずに、去ってしまう。失望したペネロピは初めて外の世界に飛び込み、一人で暮らし始めて・・・。イギリスが舞台のため建物や室内が重厚で、全体に暗い色調なのがヨーロッパ映画風。ちょっと『シザーズ・ハンド』と似た雰囲気がある。主演はクリスチーナ・リッチ。監督はマーク・パランスキー。


4月14日(火)

首都大学東京 ・現代詩センターの機関誌『詩論へ』1号をいただく。執筆者は北川透さん、藤井貞和さん、福間健二さん、瀬尾育生さん。藤井さんの「詩学のために」に本居宣長のことが書かれている。どこまで理解できるかわからないけれど、興味津々で読み始めた。

北川さん「〈私〉と〈他者〉と〈現在〉」、福間さん「詩について語る」、瀬尾さん「聖戦遂行型戦争機械について」。いずれも長篇の評論。190ページという厚さで、一学年度に二冊のペースで発行とのこと。


4月12日(日)

上野の文化会館へ。フジコ・ヘミングとリトアニア室内管弦楽団のコンサート。洗練された管弦楽団の演奏と骨太のフジコのピアノ。モーツァルトというのもちょっと意外。チケットをもらって、初めてピアノ協奏曲を聴く。

紫色の羽織みたいな上着に白いブラウス、朱色のリボンを帯のように結んだ独特のファッション。没落貴族ということばが浮かぶ。下はレギンスに平たい靴。火消しのお兄さんのようだが、それがまたカッコいい。フジコのいつもの(CDで聴いている)スタイルと速度でモーツァルトのピアノ協奏曲第21番を弾いていた。

演奏中に雑念が入ったり、ミスを引きずったり、先の難所のことを考えたりすることはないのだろうか、といつも思う。集中力を切らさずに弾ききるピアニストってすごい。才能と練習。それがすべてだろう。アンコールバッハの「主よ人の望みの喜びよ」とリストの「ラ・カンパネラ」。この曲を生で聴くことができるとは思わなかった。涙が出る。何度もアンコールに応えてくれた管弦楽団の最後の曲は、ヴァイオリンの弦を指で弾く小品。タイトルはわからない。

上野公園の桜は終わりだが花見客はいっぱい。ここは日本なのだろうかと目を疑うような、ちょっと異様な風景。モーツァルトの余韻も醒める。
湯島を通って本郷三丁目から丸の内線に乗る。


4月10日(金)

たまたまつけたテレビで、マリア・ジョアン・ピレシュというピアニストのワークショップをやっていて、釘付けになる。ピレシュは日焼けした小柄な女性。白い木綿のワンピースに、すてきなカットのベリーショート。生徒は11歳のオランダの少年で、曲はシューマンのアラベスク(初めて聴いた)。「光を感じて」「願いを外に向けるように」というような指導をする。年嵩の生徒たちに囲まれて何度もやり直しをする少年がちょっと気の毒になる。でも相当な技術を持っていることはわかる。

ピレシュは1944年リスボン生まれ、ブラジル在住。最後に「ピレシュの至芸」と題して、コンサートでの連弾が映された。ごつい腕時計をつけ、片方の手首にはタトゥのようなものが。手が小さいのに、ダイナミックに弾きこなす。今までわたしが持っていたピアニストのイメージをあっさり覆すカッコよい女性。来週も見なくちゃ。


4月8日(水)

『本居宣長補記U』まで読了。小林秀雄は古人の心に添って『古事記』を読むべきであって、学者のように解釈してはならないと何度も書く。神話が生と暮らしを支えていた、文字のなかった時代の人々の心に降りよ、と。

うまく全体が掴めないので、橋本治の『小林秀雄の恵み』(新潮社)を読み始める。おもしろい。本居宣長は歌を詠んだが、師である賀茂真淵からやめろと言われる。真淵は「万葉ぶり」しか認めなかったのだが、宣長の歌は「今風」であった。

『源氏物語』の作中人物には『源氏物語』という「自分の生きる世界」があって、その世界は、作中人物の彼や彼女に「生の声」を発せさせてくれる「土壌」となる。しかし、本居宣長にはその「土壌」がない。(中略)『源氏物語』以後にその「土壌」はない。その「土壌」はどこへ行ったのか?(中略)その謎を求めて、本居宣長は「『源氏物語』に於いて生の声を発せさせる≠可能にした土壌」のルーツ探しを始める。宣長はかくして『古事記』へと向かうのである。

そういうことなのか。あまりにも長い本なので前半の内容を忘れてしまった。何かズルしているような気もするけれど、橋本治さんにおしえてもらうつもりで読んでいこうと思います。


4月5日(日)

ヴァージニア・ウルフの『灯台へ』(御輿哲也訳・岩波文庫)を購入。一緒に『ヴァージニア・ウルフ短篇集』(西崎憲訳・ちくま文庫)も。小池昌代さんが薦めてくれたので、最も新しい池澤夏樹訳のものを買おうと思ったけれど、ジーン・リースの『サルガッソーの広い海』(未読です)も入った二本立て。やっぱりウルフだけのほうがいい。

数年前にウルフの文庫を読んだのだが、見当たらないしタイトルも覚えていない。そのときは退屈と思ったのだろう。今度は最後まで読もうと思う。冒頭から重たくて、イギリスという土壌ゆえか、シルヴィア・プラスの世界に共通するものを感じる。


4月2日(木)

札幌で発行されている同人誌『グッフォー』51号に、堀川正美さんの詩「休息の半島」が引用されていた。いいなあと思い、現代詩文庫を読み返している。その一部を引く。

この火葬のくらい谷をくだると
合歓の花が咲き
こいびとたちは青くもえながら待っている
生と死に裏切られ讃歌もなくゆらめいて

また丘で
きみは、一本の削られた櫂である
女たちはみな一枚の葉となる
信頼にたかなるためではなく
不吉な色のひとふりの
ふるびた剱をなおもかぎりなく燻すため
年の終りごとにあつめられるのだ

叙事詩のようなスケールの詩である。


3月31日(火)

三井喬子さんの個人詩誌『部分』39号を読む。三井さんの「早く目覚めて」は力作。「戦争」ということばを反語的に使って、身体と思考の流れを作品にしている。最終連がいい。「わたし」は「世界は滅びよ!」と言い放つのだが、それは「美しく さびしい朝に。/早く目覚めて/なすべき仕事すらもない と思う朝に。」というのである。

もう一つの詩、時里二郎さんの「通訳」に圧倒される。丸木舟の上で通訳と「ことば」についての問答をするという内容。「舟はことばを運ぶもの」。島人のことばに対する信仰が「わたし」を戸惑わせる。「島嶼論より」と最後にあるから、連作なのだろう。ことばの発生について考察された、すばらしい詩であると思った。


3月27日(金)

久々に都心へ。帰宅後、顔の皮膚がちくちくする。最近は長い時間、戸外にいると花粉の症状が肌に出る。まだらに赤くなり、痛痒い。今年は軽いと思っていたけれど、やはりそんなことはなさそう。

内田樹の『こんな日本でよかったね』(バジリコ)を読み始める。内田樹のブログからコピペしたテクストという体裁になっている。第一章「制度の起源に向かって」の最初の文章は「「言いたいこと」は「言葉のあとに存在し始める」。「発話主体がまず存在して、それが何かを発語するわけではない。発話主体は発話という行為の事後的効果なのである」。それが構造主義言語学の常識であると書かれていて、目から鱗でした。


3月24日(火)

WBCを観る。9回に心臓がバクバクし始め、10回の裏は観ていられず、テレビを消す。すばらしい試合だった。岩隈と中島にMVPをあげたいです。杉内にも。

礼状を2通書き、校正をする。一行がうまくいかず悶々とする。明日になると別の一行が不満になるのだろう。


3月22日(日)

池袋で『ボン書店の幻』(内堀弘・ちくま文庫)を買う。詩人の中村剛彦さんからおしえてもらい、読みたいと思っていた本。O市を往復する電車のなかで読了。1930年代にあらわれたモダニズム詩の出版社、ボン書店。鳥羽茂という青年がひとりで活字を組み、好きな詩集を造っていた。詩人の卵でもあった鳥羽茂の評伝。印刷の仕事で得た収入のほとんどをつぎこみ、瀟洒な装丁の詩集を次々と世に出したが、結核のために仕事が立ちゆかなくなる。東京を去り、故郷の九州に戻って死去。享年28。

一人で出版と印刷をこなし、モダニズム詩の時代を拓こうとした鳥羽茂という一出版人の足跡を追った著者は、古書店の店主とのこと。中原中也のようなモダンな服装をした姿やボン書店が手掛けた詩集の写真が多数が挿まれていて、詩集出版の原点を知ることができ、おもしろく読んだ。                                                                                                                                            


3月18日(水)

段々社の坂井正子さんより、ラスキン・ボンドの短篇集『ヒマラヤの風にのって』をいただく。ヤングアダルト小説。最初の「ぬれた紙幣」を読んで驚いた。さわやかである。スリの少年がインドの街なかで見かけたアルンという男の下で働くことになる。アルンは料理の仕方や名前の書き方をおしえてくれたが、悪癖が抜けない少年は金を盗み逃げようとする。駅で列車に乗ろうとしたところで、こう考える。きちんとした文章を書けるようになれば、100ルピー以上の大きな成功を手に入れることができるではないかと。文章の書き方を習いたいというのが少年の切なる願いだった。

悪人は出てこない。アルンは、ひとを疑うことを知らない若い男である。国民の意識を高めるための小説という読み方もできるだろうが、この素物語はもっと風通しがよい。著者は1934年生まれ。イギリス人の両親を持ち、インドで育った。この爽快感はどこから来るのか?二番目の「アストリーさんはいつ帰る?」も読んでみた。旅に出た主人の帰りを待って、屋敷をまもる黒人の老人の話。主人と爺やの対等な関係。互いを認め合い、大切にする。二つの短篇に共通しているのは、インドのひとたちの他者との関わり方が一貫しているということ。年齢も人種も貧富の差も関係なく、人間として尊重し合う。素朴な物語のちからを持った短篇だと思います。


3月17日(火)

『本居宣長』の最後近くに、死について書かれた箇所がある。そこだけトーンが違うので、気になって何度も読んだ。引いてみます。

本当に、死が到来すれば、万事は休する。従って、われわれに持てるのは、死の予感だけだと言えよう。しかし、これは、どうあっても到来するのである。己れの死を見る者はいないが、日常、他人の死を、己れの眼で確かめていない人はないのであり、死の予感は、其処に、しっかりと根を下ろしているからである。

小林秀雄はここで自らの最期を見据えたのだと思う。



3月15日(日)

N響アワー「ベストコンサート2008」を見る。ソロの第一位はレイフ・オヴェ・アンスネスという30代の男性ピアニスト。ラフマニノフ第二番の二楽章を聴く。俳優のような顔、苦悩の表情。演奏には気品があった。きっと女性ファンが多いだろう。先日、中国の天才ピアニスト、ランランの演奏をテレビで見た。超絶技法と派手なパフォーマンスに驚いたが、小太りで漫画のような顔をしているのにちょっと興醒め。ピアニストにはストイックな容貌と雰囲気があってほしい。ランランは28歳。年を取れば枯れてくるかもしれません。


3月13日(金)

『本居宣長』読了。でも上巻の内容はかなり忘れてしまったし、理解できたか心許ない。今わかったといえるのは、宣長は『古事記』を、学者のように解釈するのではなく、古人の心に入り、その時代を生きる者として読んだということ。そしてたった一人、信じる学問の道を拓いていったということ。師である賀茂真淵との訣別や上田秋成との論争など、孤独な闘いを強いられることもあったが、学ぶよろこびに満たされた生涯だった。

長い「補記」は後にして、巻末にある江藤淳との対談を読むことにする。要点をチェックできると思う。何か受験生みたいだけれど。


3月10日(火)

娘の卒業式へ。この学年(平成2年〜3年3月生まれ)はみんなおっとりしていて、いい意味で幼さが残っているように思える。この地域だけかもしれない。小学校・中学校の卒業式のときも、先生たちがそのようなことを言っていた。悪ぶっている子がいない。茶髪も腰パンもドレッドもいない。畑に囲まれ、古戦場の近くという環境も関係しているのだと思う。卒業証書授与のときにパフォーマンスをやる子が数人いたけれど、それも微苦笑を誘われるというほどの無邪気なものだった。最後に、先生方に感謝の呼びかけ(小学校でよくやる、あれ)をして、花束を贈呈していた。涙ぐむ先生も。あたたかな、いい卒業式だった。


3月7日(日)

郊外へ出かけ、帰宅したら顔がかゆくなる。花粉だろう。数年前に高尾山に行ったときも、杉花粉で朦朧とした状態になった。突然眠気がやってきて、まっすぐ歩けなかった。11月に寒冷蕁麻疹で皮膚科に行ったときにもらった薬を塗る。数時間で治りました。

WBCを観る。中島はいい選手ですね。きょうのMBPは断然中島だと思います。松坂のピッチングもすごい。球種はよくわからないのだけれど、すごいことはわかる、という程度の野球ファンです。


3月3日(火)

内田樹『昭和のエートス』(バジリコ)のなかで、名文について書かれている箇所があったので引用します。

名文には名文にしかないパワーがある。それに直接触れるだけで読み手の中の言語的な深層構造が揺り動かされ、震え、熱してくる。そして、論理的思考も、美的感動も、対話も、独創的なアイディアも、この震えるような言語感覚ぬきには存立しえないのである。(中略)創造というのは自分が入力した覚えのない情報が出力されてくる経験のことである。それは言語的には自分が何を言っているのかわからないときに自分が語る言葉を聴くというしかたで経験される(「自分が何を」以下傍点)。


夕方スーパーに行ったら、菜の花も絹さやも五目寿司の素も売り切れ。一から作るしかないようです。


2月27日(金)

モーツァルトは長調よりも短調のピアノ曲がいいと聞いた。ソナタ第8番を聴いて、確かにそうだと思った。形式美と転調のみごとさ。世のなかにはモーツァルト好きのひとがあまりにも多いので、長いあいだそんなにいいかなあと思っていたのだが、確かにすばらしい。エッシェンバッハのCDをくりかえし聴いている。難解ではないけれど、ミスなく弾きこなすのは至難のわざだと思う。

クララ・ハスキルというピアニストは、ピアノが弾けなくなったら掃除婦になると言ったらしい(曖昧な記憶ですが)。1曲を最初から最後までピアニシモで弾いたという伝説もある。CDの写真は白髪頭の老婦人。ピアニストってすごい。


2月25日(水)

『雨期』52号ができあがる。萌葱色の表紙にしたかったのだが、安いウグイス餅のように明るい色になって、ちょっとがっかり。色校正をすればよかった。一度もしたことはないのだけれど。詩作品は古内美也子・原口哲也・荻 悦子・山岸光人・渡辺 洋・北野英昭と須永。アンケートは「名文とは?」で、荻・原口・渡辺・北野・須永が回答しています。


2月20日(金)

教育テレビ「芸術劇場」を見る。「南米ベネズエラの音楽教育『エル・システマ』が生んだ奇跡の響き」と題された、28歳の天才指揮者グスターボ・ドゥダメルがチャイコフスキーの第五番を振る「シモン・ボリバール・ユース・オーケストラ・オブ・ベネズエラ」の演奏会。エル・システマは社会政策の一環として全国的に展開されている音楽教育。ベネズエラでは、子どもたちを犯罪と貧困から救うために、無料で音楽教育を受けることができる場所がたくさんあるという。昨年末に新聞で知り、ぜひ聞きたいと思っていた。

若い団員たちで舞台はぎゅうぎゅう詰めという感じ。南米らしく肌を露出し過ぎのドレスや片耳ピアスなど、思い思いの格好で、楽しくてしかたがないというように全身で演奏するのに圧倒された。ドゥダメルもすばらしい。団員と一体になって、ていねいな指示を出す姿に、目が離せなかった。アンコールではバーンスタインの「マンボ」をやって、このときは全員の顔が輝いていた。オーケストラの演奏に感動するというのは初めてのことかもしれない。見てよかったと思った。


2月18日(水)

短い詩の草稿を書く。『雨期』に載せるものは長いあいだ苦しんだのに、すんなりできた。もちろんこれから徹底的に推敲するのだけれど。何か掴めたのであればいいなあ。

アニー・ディラードの『本を書く』(柳沢由実子訳・パピルス)をamazonで買う。ずいぶん前に図書館で借りてよかったので、やはり手許に置きたいと思った。どこで書くか、どんなふうに主題を思いつくか、どのように仕上げるかなど、書くことについてのエッセイ。書斎の様子、日課と食事。書くことを本業としているひとの生活をのぞきみることができる。無作為にひらいたページを少し読むだけで、何だか書きたい気持ちになってきます。


2月16日(月)

『雨期』52号の入稿。今回も苦しむ。これでやっと次の仕事に入ることができます。

財部鳥子さん発行の『鶺鴒通信』冬号を読む。シンプルで美しい詩誌。小説家の加藤幸子さんや入沢康夫さん自筆の短詩、財部さんの詩とエッセイなど読み応えがあります。財部さんとお会いする機会はあまりないのだが、時おり厳しい感想をくださる。そのときは納得できなかったりするが、必ず後で効いてくる。ありがたいことです。


2月14日(土)

散歩日和なので、石神井公園へ。25から30までの間、この街に住んでいた。駅から徒歩20分のマンションとは名ばかりのアパート。精神的にも経済的にもいちばん苦しい時期だった。

ボート池は絶好の散歩コース。昔とまったく変わっていない。三宝寺池は人の手が入らない自然の沼沢地。緑の季節にはまだ早いのが残念だけれど、バンやカモ、オシドリなどの自然の生態が眺められる。井の頭公園を小さくしたような感じ。

『星影のワルツ』を観る。若木信吾という気鋭の写真家が監督の映画。祖父へのオマージュといっていいと思う。大らかで陽気な祖父を喜味こいしが演じる。漫才コンビ「喜味こいし・夢路いとし」の一人。テレビに出ていたとき(40年ほど前か?)は押しの強そうな風貌だったけれど、80歳の今は味わいのある渋さ。東京で写真の仕事をしている孫のノブが実家で過ごした数日を映像にした作品。ノブは祖父の写真を撮り、とりとめのない話を聞く。絵を描き、畑仕事をし、一人で居酒屋に出かけ、兄が自殺した後、海辺で形見のヴァイオリンを弾く。ストーリーはほとんどなく、ただ祖父の行動を追っている。

うーん、ちょっと退屈と思って観ていたのだが、クレジットの後におまけのように実際の祖父の映像が流された。三つ揃いにソフト帽をかぶった姿、畑に座り込んで苗を植える姿。喜味こいしはそれを再現するように演じていたのだとわかった。そこにショパンのノクターンが流れて、なかなか心憎い映画でした。


2月9日(月)

O市へ。月に2回のペースで通うことになった。あれこれ悩むこともなく、ほとんど機械的に一泊分の荷物を詰める。車中で、どうしてもうまくいかない詩を推敲する。これが終わらないと次が書けない。母を見舞う。個室から大部屋に移ったが、みんな眠っていて不気味なほど静かだった。

『4分間のピアニスト』に、手錠をかけられたまま後ろ向きでピアノを弾くシーンがあった。そんなことが可能なのだろうか。ロック系の短い曲だった。


2月7日(土)

『4分間のピアニスト』を観る。ドイツの映画。女性刑務所のピアノ教師である80歳のトラウデ・クリューガーが、囚人の一人で元天才ピアニストのジェニーをコンクールに出場させるまでを描いたもの。トラウデはナチス刑務所の看護士で、同性の恋人を処刑された過去を持つ。ジェニーは無実の罪で捕えられた暴力的な少女。トラウデは昔風の厳しい教師。ピアノを愛し、ジェニーの才能を開花させようと奮闘する。二人の間に信頼関係ができかけるが、すんなりといかないところがアメリカ映画と違うところ。安易なヒューマニズムに持ち込まないのがよいと思った。

ピアノの演奏もすばらしい。ラスト4分のジェニーの前衛的な演奏がすごい。椅子を蹴り、立ち上がって、弦に指をすべらせたり蓋をたたいたり。観客は首をかしげるが、最後には大喝采する。シューマンの曲が現代音楽風にアレンジされたものだそう。


2月4日(水)

Yahooメールにログインできなくなる。なぜかわからないが、IDを打ち込んでも間違っているという文字が。毎回パスワードを変更しなければならず、時間がかかってしまう。この作業で一日が終わったような感じ。

『昭和のエートス』を読む。夜は『本居宣長』を眠くなるまでひらくことにした。朝日新聞夕刊の橋本治さんのコラム「人生の贈りもの」がおもしろく、買ったままになっている『小林秀雄の恵み』を早く読みたいと思う。『本居宣長』について書かれた本です。


2月1日(日)

『雨期』52号の編集作業。この3か月、書いた詩を推敲しているのだが、まだ納得できるような出来ではない。毎日少しずつ訂正している。締めきりがなければ、何年も一つの作品に関わっているだろう。季刊の詩誌『びーぐる』2号、栗原澪子さんの詩集『洗髪祀り』(北冬舎)、『左庭』12号を読む。


1月28日(水)

多和田葉子の「隅田川の皺男」を読む。多和田さんにしてはめずらしく東京が舞台になっている。主人公マユコはOL。ヒロインが物書きや無職という設定が多いのに、これは違う。と思ったら、やはり奇妙な短篇だった。男娼をしている浪人生のウメワカ、目医者の乱暴な女医。ふつうの人間は出てこない。唯一リアルに感じたのは、見知らぬ女が植物園の話をしているのを小耳にはさんで、どこにあるのかと尋ねたところ、その女に引きずられるように植物園に行くことになってしまうという箇所。こういう邦画があったような気がするけれど、何だったか。

多和田葉子の小説はどこをとっても自然ではない。その力業に引きこまれる。室井光広さんの解説がおもしろい。柳田国男の『妹の力』を引用して「あやしのアルキミコ」というタイトルの論考になっている。アルキミコは「歩行巫女」と書くそうです。


1月24日(土)

老親の住む街へ。途中、湘南ライナーが急停車し、蕨駅付近で人身事故があったというアナウンスがあったが、13分後に運転が再開された。駅の手前、隣の線路にリュックサックが置かれていて、停車車両の下にひとの背中らしいものが見えた。レスキュ-隊員が救急箱を持って走っている他は事故の形跡も気配もなかった。無事だったと思いたい。

車中で多和田葉子の「無精卵」を読む。気味の悪い短篇。でも続きが読みたくなる。物書きの女が住む家に浮浪児の少女が侵入してきて、一緒に暮らす話。すべては女の妄想なのだろう。女は野生児のような少女を洗ってやり、いきなり噛みついてくる少女の頬を打ち、縛られて動けなくなり、食べ物を請い、糞尿を垂れ流し、その姿をのぞき見られ通報され、誘拐の罪で逮捕される。ほとんどしゃべることのできない少女がただひとつ夢中でやることは、女の書いた原稿を写すこと。女が連れ去られた後、少女は写した原稿を持って逃げる。

少女は〈作品〉であり、物を書くというのは想像力の産物を人目に晒す恥ずかしい行為。そのように読むことができると思った。


1月21日(水)

オバマ大統領の就任演説を聞く。確固としたビジョンがあり、人々に希望を与えることのできる指導者と同時代に生きていること、この日に立ち合えたことに感謝したい。単純に過ぎるかもしれないが、「大統領についていく」という一般庶民のことばを聞いたときに既に胸にせまるものがあった。迷走するアメリカ、混迷のなかにある世界を今よりはよい方向に導いていってくれるに違いない。「今求められているのは、新たな責任の時代だ」、わたしたちはこういうことばを待っていたのだと思います。


1月19日(月)

ポール・オースター『幻影の書』読了。後半の意外な展開に驚く。複雑ないくつかの話が絡み合って物語は進む。映画に取り憑かれ壊れた人間を描いた小説といったらいいだろうか。顔にあざのある美女アルマの悲痛な最期。7年をかけ世界を飛び回って書いた原稿が灰にされているのを見て、衝動的に突き飛ばした相手が死んでしまう。多くの読者はここに至るまでの伏線の数々を思い出すことになるだろう。

テレビの料理番組で見て、定番になった真鱈とあさりの鍋。土鍋にこんぶを敷き、あさりと鱈をのせて酒蒸しする。それからだしを注ぎ、具を入れる。鱈がふっくらおいしくなります。生揚げやセリが合うようです。


1月18日(日)

「N響アワー」を観る。きょうは大好きなラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、ピアノはレイフ・オヴェ・アンスネス。すばらしい演奏だった。男性ピアニストは軽々と淡々と弾くので安心して聴いていられる。でも男性はほとんどがスーツ姿なので、腕が見えないのが残念でならない。女性は露出の高い衣装を着ていて、腕がむきだしであるから肘から手首までの肉のつきかたを見ることができる。単にその部分に興味があって、太かったりがっしりしているとうれしくなる。男性も腕を見せるような衣装で弾いてくれるようになればいいと思います。


1月17日(土)

池袋の書店で倉橋由美子の『暗い旅』(河出文庫)を買う。むかし愛読していたものが変色してしまったので。車中でめくって気恥ずかしくなる。スノブの世界。二人称で書かれる主人公の、背伸びした高校時代の挿話。男性は読まないだろうなあ。もう一冊、多和田葉子の『ゴットハルト鉄道』(講談社学芸文庫)を購入。

老親の家へ。入院した母を見舞う。大量のゴミを捨て掃除をし、買い物と食事作り。


1月12日(日)

この一週間、身辺でさまざまなことが起こった。わたしにできることはなく、ただどっしり構えているしかなさそうだ。次の一週間はどうなるのだろう。

ポール・オースターの『幻影の書』、なぞの女性が登場して運命的な恋に落ち、車で空港に向かう。こう書くとありきたりな話だけれど、その数ページだけでロード・ムービーになるようなスピード感のあるシーンが続く。車をぶつけて軽い怪我をし、いらいらするジンマーの前に現れた顔にあざのある美女。怒りと脅迫と涙。これを読めただけで、もう満足。


1月4日(日)

Yahooメールで送られてきたファイルが開けないことがある。今まで原稿などは別の方法で送ってもらっていたが、家族に転送して、それを開けばいいことがわかった。データが重いからだろうと思っていたのだけれど、Yahooメールに問題があったらしい。

きょうの『題名のない音楽会』はアンコール特集。山下洋輔さんがバッハのチェロ無伴奏曲をジャズにアレンジしたものを弾いていた。すばらしかった。『N響アワー』では中村紘子さんがラフマニノフのピアノ協奏曲第1番。有名な2番を連想させるフレーズがいくつかあった。こんな難曲を弾きこなすピアニストってやはりすごい人たちだと思った。

そのあと吉本隆明さんの講演を観る。まだうまく整理できないのだけれど、吉本さんの芸術について、自己表出についての話は一つ一つ腑に落ちるものでした。


1月2日(金)

新年おめでとうございます。本年もよろしくお願い申しあげます。

31日に老親の家へ行き大掃除。結露で泥のような匂いがする壁を拭き、大量のゴミを捨てる。1日はお寺へお金をとどけ、神社で初詣。昨年のお札やお守りをおさめ、新しいものを買う。お昼には兄の家族と食卓を囲む。作る暇がないので、おせちは市販。夜に帰宅。車中で『いま哲学とはなにか』(岩田靖夫・岩波新書)を読む。

今年はじっくり書く年にしたいと思います。発表する場所があまりないのは淋しいことですが、今こそ個人誌・同人誌の時代といえるのかもしれません。一つ一つ全身全霊で書いていくだけです。がんばりましょう。