覚書通掲歎異抄12条・第10の金言  通掲の趣旨および資料頁へクリックOK!

本願を信じ念佛をまうさば(ぶつ)に成る、そのほか何の(かく)(もん)かは往生の要なるべきや。

まことにこの(ことわり)に迷へべらん人はいかにも〜學問して本願の旨をしるべきなり。(第12条)

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(柴田私釈)往生には『本願を信じて念仏すれば仏になる』これ以外なんの学問が必要というのか。

《しかし、どうしてもこの理が納得できないという人は、大いに学問して本願の中味を味わい知るべき

である。》

ただし第10条に“念仏には無義をもて義とす。不可称・不可説・不可思議の故に”(不可思議の仏の

願からもたらされているので自己の思慮を加えず、意味付けしないことが大切。)とも記されている。

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MEMO

無分別(むふんべつ)・・・・思惟分別を超えた絶対平等の境地

本願寺派・寶林寺HP参照

 

 

「無相解脱門」・・・差別の相をはなれる。

 解脱門= 解脱(さとり)に入るための三つの門)のひとつ         

私編「仏道要集」より(原典不詳)

 

 

(ほとけ)(しゅ)菩提(ぼだい)()げたもう

 「およそあらゆる(そう)(みな)これ虚妄(こもう)なり。

  もし諸相(しょそう)(そう)(あら)ずと()るときは、

  すなわち如来(にょらい)()る。」

          

岩波文庫6285-6286「般若心経・金剛般若経」中村元・紀野一義訳注48頁より。

 

須菩提:原語ではスブーティ、釈迦の十大弟子の一人で、()(くう)第一、

         空性(くうしょう)の理解にかけては最優秀とされている

 

信号が赤であること、黄であること、青であることは、各々、

交通標識としては厳然たる事実である。

しかし、このような分別・区別を離れた仏教的観点に立つと、

  

 

1.諸行(しょぎょう)無常

   2.諸法(しょほう)無我(むが)

諸法無我とは、すべてのものは因縁によって生じたもので、いかなる存在も

永遠不滅の実体を有していないということです。当時のインドでは、永遠不滅

の実体である「我」の存在を認めるのが常識でしたが、仏教はそれを否定しました。

  3.一切皆苦

  4.涅槃寂静

という「四法印」の第二にあるように、(もろもろ)の法の一つである各色の信号

としての相(すがた)には実体が無い。

 したがって、そのまま、ありのままが実はお念仏である、というのがこの詩の見方である。                   

 

法(ほう)梵語ダルマの訳で、全ての存在するものの意味と、存在の法則にもとづいて

為された教え、真理を意味する。仏法のこと。

 

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(各)

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